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「そういえば、帰り道一緒になんのって、何気に初めてだよな」
マウンテンバイクを引きながら、不意に陽介は思い出した。
時刻は夕暮れ。空はすっかり、焚火を思わせる橙色に染まっていた。家路を急ぐものたちのため、陽光も昼間とは装いを変えている。灯篭のようにやさしい光に目を向けながら、瑞月は陽介のとなりで穏やかに応えた。
「そうだな。私も誰かと一緒に下校するのは初めてだ」
さらりと告げられた事実が、陽介の心をさざ波だてる。
(……『友達はいない』って文化祭のとき言ってたっけ)
今日の出来事──雪子と千枝との懇談会──でも、同級生の女子と談笑したのは初めてだと語った。ちらと、陽介は瑞月を一瞥する。日暮れに照らされていない、純白のマウンテンパーカーは翳っていて、どこか寂しげだ。
だが、あえてそれらには触れまいと、陽介は会話を続ける。
「文化祭準備してるときも、なんだかんだ別々に帰ってたしな……あ、つかお前俺と一緒に帰ってダイジョブだった?」
「……どういう意味だろうか? すまない、質問の意図を汲めない」
「あ、いや……文化祭でパンフ一緒に作ったことあったろ。そのときお前、”私用”っつって俺だけ先に帰したことあったからさ……なんか習い事とかしてるのかなって」
思案気だった瑞月がピタリと止まった。いきなりどうしたと、陽介も歩みを止めて瑞月をうかがって────見たことのない彼女に戸惑う。
瑞月はしどろもどろになっていた。普段は凛とした碧の瞳はキョロキョロとさまよい、人差し指が添えられた口元には迷いが滲む。
「あれは……その……」
「え、なんでそんな言い淀んでんだよ。まさか、校舎の幽霊探検とか?」
「いや、違う。その……非常に言いにくいことなんだが……実は文化祭の打ち合わせで」
「はぁ!?」
予想斜めの告白に、陽介は面食らった。
(……ちょっと待て。それってつまり、俺を帰らせたあと、一人で打ち合わせしてたってことか?)
当時の陽介は、正式に文化祭の手伝いを引き受けたあとだったはずだ。山のようなパンフレットを完成させるという誠意を示して。
(なのに、それなのに────やる気に満ち溢れた若者をおいそれと見送って、一人で仕事を進めるってどういうことだよ!)
「なんでだよお前、なに一人で打ち合わせしちゃってんの!? 俺、あのとき真正面から”手伝わせてくれ”っていったよなぁ!? なんでその直後に呑気に俺を帰らせてんだよ!」
「う……打ち合わせは一人じゃない、先生方も一緒だった……」
「ソコじゃないんだよなぁ!? なんで手伝うってカッコよく宣言した俺を、そのままバイバーイってお見送りしてくれちゃったわけ!?」
「う……」
怒涛の勢いに瑞月が黙った。しょんぼりと、彼女は元気をなくす。肩がふにゃっと落ち、白蓮の髪飾りまで下を向き、こころなしか萎れた花のようだった。あ、やべ、言いすぎた。と陽介は己の口を噤む。
(……というか、俺、なんにもこいつから聞いてないじゃん)
瑞月はあいも変わらずしょんぼりしている。萎れた花のような彼女に、じわじわと罪悪感がこみ上げてきた。謝らなきゃ──陽介が口を開こうとしたその瞬間、瑞月のかぼそい呟きを漏らした。
「だって……あのときの花村は、転校してきた、ばかりだったから。帰り道にも……きっと慣れてないだろうし、早く……帰らせなきゃって」
────また、転んだりしたら……いやだから。
消え入りそうな声で明かされた本音は、秋風にさらわれてすぐに掻き消えた。しかし、陽介はたしかに聞いていた。聞いて、その意味を理解して────呆然と目を丸くする。
「……」
「……花村、どうしたんだ? 急に黙って」
「…………いや、ホントにあのときの俺は軽率バカ野郎だったなって思っただけです」
はぁーーーと、陽介は長い長いため息を吐き出す。そして、羞恥のあまり道端に座りこんだ。みっともない。みっともなくて、恥ずかしい。
瑞月はそういう子だった。容姿や言動から冷たそうに見えるけれど──その根底には思いやりがある。
「花村? どうした花村? 具合が悪いのか……?」
今だって、陽介を心配してくれている。さっきまでの萎れた様子はどこへやら、陽介の隣に座り込んでオロオロしている。
それでも、彼女の両手は空いていた。すぐそばに、愛用の通学鞄を地面に置いてまで。陽介が不調だった場合、すぐ対応するための配慮からだろう。
その心遣いが、今の陽介には痛い。
「……いや、どこも悪くないっす」
力ない返答だった。ちらと、瑞月をうかがうと、瑞月はほっとした様子で胸に手を当てている。「よかった」と微笑む姿は橙色の陽に照らされて、輝いているようだった。
じわっと熱くなった頬を隠すために、陽介は目を逸らす。
「まぁ、仕方ねーよな。あの頃の俺……お前から見たら印象最悪だったもんな……軽いし、考えナシだったろうし」
「……最悪ではないけど、信用を置けるとは思ってなかったかな」
「うーーん、分かってたけど、グサッとくる」
正直、泣きそうである。今だって、陽介は頼りない自覚がある。さきほどだって、瑞月の考えを聞かずに気持ちばかりを押しつけてしまった。しくしくと、愛用のマウンテンバイクに寄りかかる。その背中に、ふわりとあたたかいぬくもりが添わされた。
「────でも、今は違うって、知ってるから」
「え?」
ビックリして、陽介は顔を上げた。瑞月はやさしい笑みを浮かべている。そして、清らかな碧の瞳で、陽介をまっすぐに見つめた。
「花村は優しくて、困ってる人を見過ごせない人だって」
よしよしと、瑞月は陽介の丸まった背を撫でた。一瞬で、陽介の悲しみが消し飛んだ。かわりに湧いてきたのは──喜びと、照れくささだ。夕日に向かって叫んで走りたくなるような衝動と、それを必死で抑えようとする理性が格闘した結果、陽介の言語中枢はショートした。
「…………天然って、恐ろしいわね」
「? ああ、そうだな。最近は日が短くなってきたから、暗い道はちょっと怖いな」
「……お前がそういうヤツでよかったよ」
「?」
「なーんでもない。んじゃ、帰るか」
すわっと、陽介は立ち上がる。瑞月の指摘通り、あたりはすっかり暗くなっていた。太陽は八十神山の稜線に沈みかけ、夜の世界に星が灯りはじめている。
陽介と瑞月は寄り添うように歩き出して、また他愛のない会話を始めた。
「にしても、星がキレ―だなぁ。こんなにキラキラ光ってるトコははじめて見たよ。都会だと、豆電球かってくらい小さかったから、誰かがLEDに付け替えてんのかってくらい明るい」
「こっちの方が、星が綺麗に見える条件が整っているんだ。都会は空気の不純物が多かったり、街明かりが多かったり、コンクリートに溜まった熱が空気を温めたりして、星の光が地上に届きにくくなっているからね」
「へー……じゃあホントは星って、スゲー輝いてんだな」
改めて、陽介は空を見上げた。濃い藍色の空に、星々が砕かれたダイヤモンドのように散りばめられている。肌を撫でる秋風が心地いい。
────そして、隣には瑞月がいる。
カラカラと、マウンテンバイクが呑気に音を立てる。この雰囲気いいなと、秋の静寂に浸っていると、不意に瑞月の声が陽介を捕えた。
「なぁ、花村」
「え……どした?」
「今日は、ありがとう。楽しかった。それから────」
すうっと、瑞月が深く息を吸う。
「もし、私が本当に、困ったとき」
────きみは、私のそばに来てくれる?
さやさやと、秋風が草木を揺らした。導かれるようにして、陽介は瑞月にむかって振り向く。
瑞月は幼い顔をしていた。長い睫毛に縁どられた碧の瞳はどこか不安げに揺れて、縋るような切なさが滲む。そして、ぎゅっと通学鞄を握る両手に気づいて。
「────そんなの、決まってるだろ」
言葉が、口をついた。
「お前が困ってるなら、俺がどこからでも駆けつけてやる。────友達だからな」
揺れる碧を、陽介はまっすぐ見返した。瑞月の目が見開かれ、揺れる水面の瞳が凪ぐ。そこに映ったのは、頼もしく笑う陽介の姿だった。
「……うん」
返ってきた返事は、いつもよりあどけない。だからこそ、陽介に深く響く。
──コイツは、多分心を開こうとしてくれている。
胸が、熱いもので満たされていった。涼やかな秋の風が、溢れた熱をさらっていく。
二人は同時に歩き出した。カラカラと、マウンテンバイクがゆっくり動き出す。瑞月がしみじみと空を仰いだ。
「星、きれいだな」
「……うん、そうだな」
秋の空は高く、重厚な藍に満ちている。吸い込まれそうな静寂と闇の海のなか、星は誰かを照らす道しるべのように澄んだ光を地上に降り注ぐ。
星の導きを頼りに、しんとした夜の底を、陽介と瑞月はとなりあって歩いていく────。
マウンテンバイクを引きながら、不意に陽介は思い出した。
時刻は夕暮れ。空はすっかり、焚火を思わせる橙色に染まっていた。家路を急ぐものたちのため、陽光も昼間とは装いを変えている。灯篭のようにやさしい光に目を向けながら、瑞月は陽介のとなりで穏やかに応えた。
「そうだな。私も誰かと一緒に下校するのは初めてだ」
さらりと告げられた事実が、陽介の心をさざ波だてる。
(……『友達はいない』って文化祭のとき言ってたっけ)
今日の出来事──雪子と千枝との懇談会──でも、同級生の女子と談笑したのは初めてだと語った。ちらと、陽介は瑞月を一瞥する。日暮れに照らされていない、純白のマウンテンパーカーは翳っていて、どこか寂しげだ。
だが、あえてそれらには触れまいと、陽介は会話を続ける。
「文化祭準備してるときも、なんだかんだ別々に帰ってたしな……あ、つかお前俺と一緒に帰ってダイジョブだった?」
「……どういう意味だろうか? すまない、質問の意図を汲めない」
「あ、いや……文化祭でパンフ一緒に作ったことあったろ。そのときお前、”私用”っつって俺だけ先に帰したことあったからさ……なんか習い事とかしてるのかなって」
思案気だった瑞月がピタリと止まった。いきなりどうしたと、陽介も歩みを止めて瑞月をうかがって────見たことのない彼女に戸惑う。
瑞月はしどろもどろになっていた。普段は凛とした碧の瞳はキョロキョロとさまよい、人差し指が添えられた口元には迷いが滲む。
「あれは……その……」
「え、なんでそんな言い淀んでんだよ。まさか、校舎の幽霊探検とか?」
「いや、違う。その……非常に言いにくいことなんだが……実は文化祭の打ち合わせで」
「はぁ!?」
予想斜めの告白に、陽介は面食らった。
(……ちょっと待て。それってつまり、俺を帰らせたあと、一人で打ち合わせしてたってことか?)
当時の陽介は、正式に文化祭の手伝いを引き受けたあとだったはずだ。山のようなパンフレットを完成させるという誠意を示して。
(なのに、それなのに────やる気に満ち溢れた若者をおいそれと見送って、一人で仕事を進めるってどういうことだよ!)
「なんでだよお前、なに一人で打ち合わせしちゃってんの!? 俺、あのとき真正面から”手伝わせてくれ”っていったよなぁ!? なんでその直後に呑気に俺を帰らせてんだよ!」
「う……打ち合わせは一人じゃない、先生方も一緒だった……」
「ソコじゃないんだよなぁ!? なんで手伝うってカッコよく宣言した俺を、そのままバイバーイってお見送りしてくれちゃったわけ!?」
「う……」
怒涛の勢いに瑞月が黙った。しょんぼりと、彼女は元気をなくす。肩がふにゃっと落ち、白蓮の髪飾りまで下を向き、こころなしか萎れた花のようだった。あ、やべ、言いすぎた。と陽介は己の口を噤む。
(……というか、俺、なんにもこいつから聞いてないじゃん)
瑞月はあいも変わらずしょんぼりしている。萎れた花のような彼女に、じわじわと罪悪感がこみ上げてきた。謝らなきゃ──陽介が口を開こうとしたその瞬間、瑞月のかぼそい呟きを漏らした。
「だって……あのときの花村は、転校してきた、ばかりだったから。帰り道にも……きっと慣れてないだろうし、早く……帰らせなきゃって」
────また、転んだりしたら……いやだから。
消え入りそうな声で明かされた本音は、秋風にさらわれてすぐに掻き消えた。しかし、陽介はたしかに聞いていた。聞いて、その意味を理解して────呆然と目を丸くする。
「……」
「……花村、どうしたんだ? 急に黙って」
「…………いや、ホントにあのときの俺は軽率バカ野郎だったなって思っただけです」
はぁーーーと、陽介は長い長いため息を吐き出す。そして、羞恥のあまり道端に座りこんだ。みっともない。みっともなくて、恥ずかしい。
瑞月はそういう子だった。容姿や言動から冷たそうに見えるけれど──その根底には思いやりがある。
「花村? どうした花村? 具合が悪いのか……?」
今だって、陽介を心配してくれている。さっきまでの萎れた様子はどこへやら、陽介の隣に座り込んでオロオロしている。
それでも、彼女の両手は空いていた。すぐそばに、愛用の通学鞄を地面に置いてまで。陽介が不調だった場合、すぐ対応するための配慮からだろう。
その心遣いが、今の陽介には痛い。
「……いや、どこも悪くないっす」
力ない返答だった。ちらと、瑞月をうかがうと、瑞月はほっとした様子で胸に手を当てている。「よかった」と微笑む姿は橙色の陽に照らされて、輝いているようだった。
じわっと熱くなった頬を隠すために、陽介は目を逸らす。
「まぁ、仕方ねーよな。あの頃の俺……お前から見たら印象最悪だったもんな……軽いし、考えナシだったろうし」
「……最悪ではないけど、信用を置けるとは思ってなかったかな」
「うーーん、分かってたけど、グサッとくる」
正直、泣きそうである。今だって、陽介は頼りない自覚がある。さきほどだって、瑞月の考えを聞かずに気持ちばかりを押しつけてしまった。しくしくと、愛用のマウンテンバイクに寄りかかる。その背中に、ふわりとあたたかいぬくもりが添わされた。
「────でも、今は違うって、知ってるから」
「え?」
ビックリして、陽介は顔を上げた。瑞月はやさしい笑みを浮かべている。そして、清らかな碧の瞳で、陽介をまっすぐに見つめた。
「花村は優しくて、困ってる人を見過ごせない人だって」
よしよしと、瑞月は陽介の丸まった背を撫でた。一瞬で、陽介の悲しみが消し飛んだ。かわりに湧いてきたのは──喜びと、照れくささだ。夕日に向かって叫んで走りたくなるような衝動と、それを必死で抑えようとする理性が格闘した結果、陽介の言語中枢はショートした。
「…………天然って、恐ろしいわね」
「? ああ、そうだな。最近は日が短くなってきたから、暗い道はちょっと怖いな」
「……お前がそういうヤツでよかったよ」
「?」
「なーんでもない。んじゃ、帰るか」
すわっと、陽介は立ち上がる。瑞月の指摘通り、あたりはすっかり暗くなっていた。太陽は八十神山の稜線に沈みかけ、夜の世界に星が灯りはじめている。
陽介と瑞月は寄り添うように歩き出して、また他愛のない会話を始めた。
「にしても、星がキレ―だなぁ。こんなにキラキラ光ってるトコははじめて見たよ。都会だと、豆電球かってくらい小さかったから、誰かがLEDに付け替えてんのかってくらい明るい」
「こっちの方が、星が綺麗に見える条件が整っているんだ。都会は空気の不純物が多かったり、街明かりが多かったり、コンクリートに溜まった熱が空気を温めたりして、星の光が地上に届きにくくなっているからね」
「へー……じゃあホントは星って、スゲー輝いてんだな」
改めて、陽介は空を見上げた。濃い藍色の空に、星々が砕かれたダイヤモンドのように散りばめられている。肌を撫でる秋風が心地いい。
────そして、隣には瑞月がいる。
カラカラと、マウンテンバイクが呑気に音を立てる。この雰囲気いいなと、秋の静寂に浸っていると、不意に瑞月の声が陽介を捕えた。
「なぁ、花村」
「え……どした?」
「今日は、ありがとう。楽しかった。それから────」
すうっと、瑞月が深く息を吸う。
「もし、私が本当に、困ったとき」
────きみは、私のそばに来てくれる?
さやさやと、秋風が草木を揺らした。導かれるようにして、陽介は瑞月にむかって振り向く。
瑞月は幼い顔をしていた。長い睫毛に縁どられた碧の瞳はどこか不安げに揺れて、縋るような切なさが滲む。そして、ぎゅっと通学鞄を握る両手に気づいて。
「────そんなの、決まってるだろ」
言葉が、口をついた。
「お前が困ってるなら、俺がどこからでも駆けつけてやる。────友達だからな」
揺れる碧を、陽介はまっすぐ見返した。瑞月の目が見開かれ、揺れる水面の瞳が凪ぐ。そこに映ったのは、頼もしく笑う陽介の姿だった。
「……うん」
返ってきた返事は、いつもよりあどけない。だからこそ、陽介に深く響く。
──コイツは、多分心を開こうとしてくれている。
胸が、熱いもので満たされていった。涼やかな秋の風が、溢れた熱をさらっていく。
二人は同時に歩き出した。カラカラと、マウンテンバイクがゆっくり動き出す。瑞月がしみじみと空を仰いだ。
「星、きれいだな」
「……うん、そうだな」
秋の空は高く、重厚な藍に満ちている。吸い込まれそうな静寂と闇の海のなか、星は誰かを照らす道しるべのように澄んだ光を地上に降り注ぐ。
星の導きを頼りに、しんとした夜の底を、陽介と瑞月はとなりあって歩いていく────。
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