短編集(夢主固定)
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教室へ戻ると、俺──花村陽介は珍しいものを発見した。
現在放課後、生徒用の学習机。そのうちのひとつに生き物がつっぷしている。犬とか猫とかそういう系のかわいいやつ。窓から射し込んだ夕日が、か細く華奢な胴体を照らし出している。
(────は?)
もちろん人サイズの四足獣なんているわけがない。テレビの中と違って、ここは現実だ。でも、遠目からは本当に猫とかワンコが丸まっているように見えるのだ。俺は興味本位で机につっぷしている生き物に近づいた。そして正体に驚き、まじまじと見つめてしまう。
(珍しいな。コイツが、教室で眠るなんて)
生き物の正体は、俺の友達だ。クラスメイトにして、気の許せる親友にして──俺が心を寄せている女の子。教室に歩いてくる俺の足音に気がつかないほど、よく眠っている。起こすのはかわいそうだ。それに……。
「よっと、借りるぜ」
──俺は彼女の近くにあった席から椅子へと、音を出さないように腰かける。真正面に座ったから、彼女の寝顔をまるまる見れる特等席。ちょっと得した気分で椅子から乗り出して、自分の企みが叶わないと気がついた。彼女の寝顔は、完全に彼女の築いた腕バリケードに覆い隠されてしまっている。
「寝顔、見れねぇか……」
やっぱそうはいかねーよな。と落胆にガクリと肩が落ちた。
堅牢な腕のバリケードは、鉄壁のガードを持つ彼女そのものだ。
起きている彼女は常に堂々として、隙がない。針金どころかパイプ通ってんのかってくらい背筋はまっすぐ伸びていて、品格さえ感じさせる。ファンタジーの騎士みたいだ。ガッカリ王子なんか、月とすっぽんである。
(昨日の探索もそうだったなぁ。新入りの直斗守りながら、立回り方とかちゃんと教えて敵倒して見せてたっけ。……あ、その疲れがたまって、ここで寝ちまったのかな)
とりとめのない思考を巡らせ、落胆を誤魔化す。……凛とした彼女がどんな寝顔をしているか、俺は見てみたかったのだ。
「ん……」
思考がかよわい声に途切れる。まさか、起きたのかと彼女を見た俺は、予想を裏切られた。なんと彼女の腕バリケードが崩れ、寝顔があらわになっているではないか!
俺はそーっと、彼女の寝顔を覗きこむ。放っておこうとか、罪悪感とかそういう心もないではないが、好きな子の寝顔が見られるんだぞ! 年頃の高校生が、こんな千載一遇のチャンスを見逃せるか! むしろ誰も知らない彼女の寝顔を俺だけが目撃できる特別感のが強いね。
(なんて……自分に言い聞かせてるけど、やっぱドキドキするな)
どくどくと自分を殴る心臓を押さえつけて、俺は好きな人の寝姿と対面する。
すぅ、すぅと健やかな寝息が鼓膜をくすぐる。柔らかい吐息を生み出す淡い唇は、ほんのかすかに開いて、ふっくらとした下唇の存在を際立たせている。彼女がいつも真一文字に引き結んでいる唇は、こんなに柔らかそうだったのか。
長い睫毛に縁取られた瞼は力が抜けて、今は安らかに閉じられている。眠る彼女は、遊び疲れてふかふかの毛布で眠る幼子のようにあどけなく、無垢だ。
「か、かわ……」
思わず呟いて、俺は複雑な気持ちになった。女の子の寝顔のぞき見て感想を呟くとか変態の所業である。彼女の幼い寝姿も罪悪感に拍車をかけた。白くて柔らかい布にベタベタと手垢をつけたような罪悪感に身を引こうとしたそのとき──。
「ん、んん……」
彼女がむずかる。安らかだった眉を歪めて、首をいやいやとかすかに振った。しかし、不機嫌の歪みがとれることはない。そのまま、猫が毛繕いするような動作をゆっくりと繰り返す。
「なんだ、気持ち悪いんか……?」
観察して、その原因に気がついた。動いた反動によるものか、彼女の長い髪が顔にかかてしまっている。それが鬱陶しくて、毛繕いに似た動きを繰り返していたのだろう。
俺は手を伸ばして──彼女に触れる寸前で止める。触れて良いのだろうか。こんなにきれいな子に。いっそ起こしたほうがと考えが傾いたとき、彼女のあどけなく安らかな寝顔が頭をよぎる。
意を決して、彼女に触れた。しっとりと艶やかな長い髪を指先にかけて、彼女の白い耳にかけてやる。とたんに、彼女の寝顔が安らかなものに変わった。それどころか、さっきより幸せそうに頬を緩めている。俺は詰めていた息を吐き出す。良かった。もう嫌そうな顔はしていない。
(それにしても──)
彼女の髪に触れた指先をすり合わせる。
淡く光る絹糸にも似た彼女の髪は見た目にたがわず、しっとりとして柔らかかった。まるで、繊細な織物に触れているみたいに心地いい。その感触が恋しくて、俺は自然と彼女の頭へ手を伸ばしていた。
(う、わ)
さら、さらさら。うわ、俺の癖っ毛なんかと全然違う。女の子の髪ってなんていうか、すごく素直だ。指先にしっとり柔らかくじゃれつくかと思えば、離れるときはまとわりつかない。きれいな髪を濡れ羽色って言うけど、色だけでなく感触のことも言ってたんだな。いけないと分かっている。でも、離れがたくてつい撫でてしまう。彼女が起きてしまうかもしれないのに!!
「んぅ……、……?」
「いぃっ……!」
ほーーーーらほらほら!! 俺のバカ! ガッカリ王子!! 寝ていた彼女が起きちゃったじゃねーか! 突っ伏していたはずの彼女は、うとうととして俺を見ている。つか、寝起きぽけぽけしてかわい……じゃねえよ、俺! 頭から手をどけろ。
しかし、混乱で固まった俺の手はまあったく動かない。顔面蒼白になる俺と頭の添えられた俺の手を、彼女は寝起きのとろんとした目で見つめる。そして──ふわっと、ゆるく笑った。
「へへ、ようすけだぁ……、ゆめのなかに、ようすけがいる……」
「うぇ……!?」
凄まじい爆弾を、彼女は投下してきた。彼女が、俺を、名前で呼んだ。今まで、名字でしか呼ばれたことないのに。俺の身体へと一気に熱が巡る。驚きは終わらなかった。
なんと、彼女は俺の手に頬を寄せてきたのだ。くぅとか、きゅぅとか、とにかく子犬が飼い主に甘えるような声と一緒に、彼女はするりと俺の手に肌を擦り付ける。
「あったかい……、ようすけのて……すき、へへへ」
「………ッ……ッ……!!」
あれだな。人間ってほんとに驚くと声でないんだな。寝ぼけた彼女は現実と夢の区別がついていないらしい。つか、俺のほうが夢ん中にいない? 夢の中なかで好きな子の肌に触れる夢叶えちゃってない? けれど、指先に伝わる感触が本物だ。夢では分からないモチモチ感とあったかさがたまらない。
「もっと……なでて?」
あああああああああだめですお客さま当方そのようなサービスお断りしておりましてと、脳内テンタラフー状態で硬直していると、しゅんと彼女の瞳が寂しそうに揺れる。まるで雨ざらしの子犬みたいな表情に、俺の胸が締め付けられた。
俺は、コイツの傷ついた表情がすごく苦手だから。
「──そんな顔するな。よーしよし」
自然と身体が動いていた。喉から飛び出した声は、自分でもびっくりするほど優しくて。固まっていた手は滑らかに、だが決して衝撃を与えないように彼女の頭を撫でる。すると、泣き出しそうだった彼女が、みるみるうちに無垢な笑顔を取り戻していった。
そして、再びうとうとと目を細める。涙のはった瞳がゆらゆら揺らぐ。すると彼女は、むずかるように唇を歪めた。きっと眠気がぶり返しているのだ。
「はは、まだ起きてる気かよ。明日、早いんだろ」
「やぁ……もっとあたま、なでてほし……」
なんかすっごく嬉しいことを言ってくれた。俺だってこんなに甘えたな彼女は嬉しくて、もっと撫でていてあげたい。
けれど、これはズルだ。俺は彼女に想いを告げていない。だから、彼女に本当は触れてはいけなくて。俺にとって都合のいい夢の中に浸ってるのと同じだ。彼女と、同じように。
そして、夢はいつか覚めなければならない。そうしなければ、前に進めないから。
だから夢から覚めて俺はちゃんと、お前に触れたい。
「じゃあ、俺からお前に魔法かけとく」
もはや返事を返すのも億劫なのか、とろとろおめめで彼女は首をかしげる。
「目が覚めたら、俺はお前を撫でるよ。お前の寝癖をなおすためにな」
きれいな瞳が涙の幕の向こうで揺らぐ。だから、涙の底にある宝石を見逃さないように目を合わせて、俺は言った。
「だから、そんな寂しい顔しなくていいんだ。俺を信じて」
すると、彼女の瞳が一瞬像を結んだ。鏡のように鮮明に、微笑む俺が映る。しかし、すぐにとろりと溶けた瞳に戻り、あどけない、無垢な笑みを笑顔を形づくった。それを返事の代わりに、俺は彼女の両目に手のひらで優しくふたをする。本当に魔法をかけるみたいに。
「おやすみ、早く寝ろよ?」
────夢から覚めれば会えるから。
その言葉を聞き届けた、彼女の身体から力が抜ける。夢の国へ旅立った彼女は、春の木漏れ日の下でうたた寝しているような、幸せそうな笑みを浮かべていた。
俺は彼女が安心できるように、華奢な背中をゆっくりと撫でる。
やっぱり人は寝ている間、無防備になるらしい。それは鉄壁のガードを持つ彼女も例外ではないようで。普段は凛としている彼女だけれど──本当は繊細で無邪気な、心優しい女の子だ。だけどそれゆえに傷つきやすい心を、鉄壁じみた鎧で覆い隠している。しゃんとした背筋はその現れだ。今は眠っているから、鎧は外れているけれど。
鎧をまとった彼女も、本来の彼女も、俺は好きだ。だから、どちらにも寄り添わせて、傷つかないように、──あわよくば俺だけに守らせてほしいと思う。
夕暮れが射し込んで、彼女のあどけない寝顔を照らし出す。俺は席を移動させて、彼女の日傘がわりになった。顔にかかりかけていた髪を、白い耳にかけてやる。
目が覚めたとき、俺が髪を撫でたら彼女はどんな反応をするだろうか。今から楽しみで仕方ない。にまにまとだらしない頬を自覚しながら、俺は頬杖をついて彼女の寝顔を眺める。すると、彼女の柔らかそうな唇が薄く開く。そういえばコイツはどんな寝言を言うんだろう。そろりと耳を近づけてみる。
「よう……すけ」
────だい、すき。
頬が熱く、照っていくのが分かった。俺は頭を抱え、声なき叫びとともに悶絶する。寝ている彼女はすごくすごく素直で、心臓に悪い。今すぐにでも触れたくなる。だけど、魔法にかかった彼女が、幸せそうに眠るから、触れるなんてできないのに。
(ああ、もう……)
お前に触れたくて、たまらなくなる。
だから、早く起きて、眠り姫。
現在放課後、生徒用の学習机。そのうちのひとつに生き物がつっぷしている。犬とか猫とかそういう系のかわいいやつ。窓から射し込んだ夕日が、か細く華奢な胴体を照らし出している。
(────は?)
もちろん人サイズの四足獣なんているわけがない。テレビの中と違って、ここは現実だ。でも、遠目からは本当に猫とかワンコが丸まっているように見えるのだ。俺は興味本位で机につっぷしている生き物に近づいた。そして正体に驚き、まじまじと見つめてしまう。
(珍しいな。コイツが、教室で眠るなんて)
生き物の正体は、俺の友達だ。クラスメイトにして、気の許せる親友にして──俺が心を寄せている女の子。教室に歩いてくる俺の足音に気がつかないほど、よく眠っている。起こすのはかわいそうだ。それに……。
「よっと、借りるぜ」
──俺は彼女の近くにあった席から椅子へと、音を出さないように腰かける。真正面に座ったから、彼女の寝顔をまるまる見れる特等席。ちょっと得した気分で椅子から乗り出して、自分の企みが叶わないと気がついた。彼女の寝顔は、完全に彼女の築いた腕バリケードに覆い隠されてしまっている。
「寝顔、見れねぇか……」
やっぱそうはいかねーよな。と落胆にガクリと肩が落ちた。
堅牢な腕のバリケードは、鉄壁のガードを持つ彼女そのものだ。
起きている彼女は常に堂々として、隙がない。針金どころかパイプ通ってんのかってくらい背筋はまっすぐ伸びていて、品格さえ感じさせる。ファンタジーの騎士みたいだ。ガッカリ王子なんか、月とすっぽんである。
(昨日の探索もそうだったなぁ。新入りの直斗守りながら、立回り方とかちゃんと教えて敵倒して見せてたっけ。……あ、その疲れがたまって、ここで寝ちまったのかな)
とりとめのない思考を巡らせ、落胆を誤魔化す。……凛とした彼女がどんな寝顔をしているか、俺は見てみたかったのだ。
「ん……」
思考がかよわい声に途切れる。まさか、起きたのかと彼女を見た俺は、予想を裏切られた。なんと彼女の腕バリケードが崩れ、寝顔があらわになっているではないか!
俺はそーっと、彼女の寝顔を覗きこむ。放っておこうとか、罪悪感とかそういう心もないではないが、好きな子の寝顔が見られるんだぞ! 年頃の高校生が、こんな千載一遇のチャンスを見逃せるか! むしろ誰も知らない彼女の寝顔を俺だけが目撃できる特別感のが強いね。
(なんて……自分に言い聞かせてるけど、やっぱドキドキするな)
どくどくと自分を殴る心臓を押さえつけて、俺は好きな人の寝姿と対面する。
すぅ、すぅと健やかな寝息が鼓膜をくすぐる。柔らかい吐息を生み出す淡い唇は、ほんのかすかに開いて、ふっくらとした下唇の存在を際立たせている。彼女がいつも真一文字に引き結んでいる唇は、こんなに柔らかそうだったのか。
長い睫毛に縁取られた瞼は力が抜けて、今は安らかに閉じられている。眠る彼女は、遊び疲れてふかふかの毛布で眠る幼子のようにあどけなく、無垢だ。
「か、かわ……」
思わず呟いて、俺は複雑な気持ちになった。女の子の寝顔のぞき見て感想を呟くとか変態の所業である。彼女の幼い寝姿も罪悪感に拍車をかけた。白くて柔らかい布にベタベタと手垢をつけたような罪悪感に身を引こうとしたそのとき──。
「ん、んん……」
彼女がむずかる。安らかだった眉を歪めて、首をいやいやとかすかに振った。しかし、不機嫌の歪みがとれることはない。そのまま、猫が毛繕いするような動作をゆっくりと繰り返す。
「なんだ、気持ち悪いんか……?」
観察して、その原因に気がついた。動いた反動によるものか、彼女の長い髪が顔にかかてしまっている。それが鬱陶しくて、毛繕いに似た動きを繰り返していたのだろう。
俺は手を伸ばして──彼女に触れる寸前で止める。触れて良いのだろうか。こんなにきれいな子に。いっそ起こしたほうがと考えが傾いたとき、彼女のあどけなく安らかな寝顔が頭をよぎる。
意を決して、彼女に触れた。しっとりと艶やかな長い髪を指先にかけて、彼女の白い耳にかけてやる。とたんに、彼女の寝顔が安らかなものに変わった。それどころか、さっきより幸せそうに頬を緩めている。俺は詰めていた息を吐き出す。良かった。もう嫌そうな顔はしていない。
(それにしても──)
彼女の髪に触れた指先をすり合わせる。
淡く光る絹糸にも似た彼女の髪は見た目にたがわず、しっとりとして柔らかかった。まるで、繊細な織物に触れているみたいに心地いい。その感触が恋しくて、俺は自然と彼女の頭へ手を伸ばしていた。
(う、わ)
さら、さらさら。うわ、俺の癖っ毛なんかと全然違う。女の子の髪ってなんていうか、すごく素直だ。指先にしっとり柔らかくじゃれつくかと思えば、離れるときはまとわりつかない。きれいな髪を濡れ羽色って言うけど、色だけでなく感触のことも言ってたんだな。いけないと分かっている。でも、離れがたくてつい撫でてしまう。彼女が起きてしまうかもしれないのに!!
「んぅ……、……?」
「いぃっ……!」
ほーーーーらほらほら!! 俺のバカ! ガッカリ王子!! 寝ていた彼女が起きちゃったじゃねーか! 突っ伏していたはずの彼女は、うとうととして俺を見ている。つか、寝起きぽけぽけしてかわい……じゃねえよ、俺! 頭から手をどけろ。
しかし、混乱で固まった俺の手はまあったく動かない。顔面蒼白になる俺と頭の添えられた俺の手を、彼女は寝起きのとろんとした目で見つめる。そして──ふわっと、ゆるく笑った。
「へへ、ようすけだぁ……、ゆめのなかに、ようすけがいる……」
「うぇ……!?」
凄まじい爆弾を、彼女は投下してきた。彼女が、俺を、名前で呼んだ。今まで、名字でしか呼ばれたことないのに。俺の身体へと一気に熱が巡る。驚きは終わらなかった。
なんと、彼女は俺の手に頬を寄せてきたのだ。くぅとか、きゅぅとか、とにかく子犬が飼い主に甘えるような声と一緒に、彼女はするりと俺の手に肌を擦り付ける。
「あったかい……、ようすけのて……すき、へへへ」
「………ッ……ッ……!!」
あれだな。人間ってほんとに驚くと声でないんだな。寝ぼけた彼女は現実と夢の区別がついていないらしい。つか、俺のほうが夢ん中にいない? 夢の中なかで好きな子の肌に触れる夢叶えちゃってない? けれど、指先に伝わる感触が本物だ。夢では分からないモチモチ感とあったかさがたまらない。
「もっと……なでて?」
あああああああああだめですお客さま当方そのようなサービスお断りしておりましてと、脳内テンタラフー状態で硬直していると、しゅんと彼女の瞳が寂しそうに揺れる。まるで雨ざらしの子犬みたいな表情に、俺の胸が締め付けられた。
俺は、コイツの傷ついた表情がすごく苦手だから。
「──そんな顔するな。よーしよし」
自然と身体が動いていた。喉から飛び出した声は、自分でもびっくりするほど優しくて。固まっていた手は滑らかに、だが決して衝撃を与えないように彼女の頭を撫でる。すると、泣き出しそうだった彼女が、みるみるうちに無垢な笑顔を取り戻していった。
そして、再びうとうとと目を細める。涙のはった瞳がゆらゆら揺らぐ。すると彼女は、むずかるように唇を歪めた。きっと眠気がぶり返しているのだ。
「はは、まだ起きてる気かよ。明日、早いんだろ」
「やぁ……もっとあたま、なでてほし……」
なんかすっごく嬉しいことを言ってくれた。俺だってこんなに甘えたな彼女は嬉しくて、もっと撫でていてあげたい。
けれど、これはズルだ。俺は彼女に想いを告げていない。だから、彼女に本当は触れてはいけなくて。俺にとって都合のいい夢の中に浸ってるのと同じだ。彼女と、同じように。
そして、夢はいつか覚めなければならない。そうしなければ、前に進めないから。
だから夢から覚めて俺はちゃんと、お前に触れたい。
「じゃあ、俺からお前に魔法かけとく」
もはや返事を返すのも億劫なのか、とろとろおめめで彼女は首をかしげる。
「目が覚めたら、俺はお前を撫でるよ。お前の寝癖をなおすためにな」
きれいな瞳が涙の幕の向こうで揺らぐ。だから、涙の底にある宝石を見逃さないように目を合わせて、俺は言った。
「だから、そんな寂しい顔しなくていいんだ。俺を信じて」
すると、彼女の瞳が一瞬像を結んだ。鏡のように鮮明に、微笑む俺が映る。しかし、すぐにとろりと溶けた瞳に戻り、あどけない、無垢な笑みを笑顔を形づくった。それを返事の代わりに、俺は彼女の両目に手のひらで優しくふたをする。本当に魔法をかけるみたいに。
「おやすみ、早く寝ろよ?」
────夢から覚めれば会えるから。
その言葉を聞き届けた、彼女の身体から力が抜ける。夢の国へ旅立った彼女は、春の木漏れ日の下でうたた寝しているような、幸せそうな笑みを浮かべていた。
俺は彼女が安心できるように、華奢な背中をゆっくりと撫でる。
やっぱり人は寝ている間、無防備になるらしい。それは鉄壁のガードを持つ彼女も例外ではないようで。普段は凛としている彼女だけれど──本当は繊細で無邪気な、心優しい女の子だ。だけどそれゆえに傷つきやすい心を、鉄壁じみた鎧で覆い隠している。しゃんとした背筋はその現れだ。今は眠っているから、鎧は外れているけれど。
鎧をまとった彼女も、本来の彼女も、俺は好きだ。だから、どちらにも寄り添わせて、傷つかないように、──あわよくば俺だけに守らせてほしいと思う。
夕暮れが射し込んで、彼女のあどけない寝顔を照らし出す。俺は席を移動させて、彼女の日傘がわりになった。顔にかかりかけていた髪を、白い耳にかけてやる。
目が覚めたとき、俺が髪を撫でたら彼女はどんな反応をするだろうか。今から楽しみで仕方ない。にまにまとだらしない頬を自覚しながら、俺は頬杖をついて彼女の寝顔を眺める。すると、彼女の柔らかそうな唇が薄く開く。そういえばコイツはどんな寝言を言うんだろう。そろりと耳を近づけてみる。
「よう……すけ」
────だい、すき。
頬が熱く、照っていくのが分かった。俺は頭を抱え、声なき叫びとともに悶絶する。寝ている彼女はすごくすごく素直で、心臓に悪い。今すぐにでも触れたくなる。だけど、魔法にかかった彼女が、幸せそうに眠るから、触れるなんてできないのに。
(ああ、もう……)
お前に触れたくて、たまらなくなる。
だから、早く起きて、眠り姫。