サンストーンのあなた
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
理たちと合流を果たし、異形の神父を撃破した。休息のためにメンバーたちが教会を後にする中、陽介はサブリーダーである理に声を掛けられる。
「瀬名さん、花村たちを救出するために相当頑張ってたから、気にかけてあげて」
理は手短に告げると、ひらひらと手を振って帰っていった。残っていたメンバーを全て回収して。教会内に残っているのは、陽介と瑞月だけだ。
「瀬名、どうしたー。帰んぞー」
「……ああ」
背後にいる瑞月へと振り返って、陽介は声を掛けた。刀袋に、武器——氷の刃が溶けて杖となったもの——を収納し、背負ったようだ。彼女の動きは油の切れたブリキのようにぎこちなく、陽介へと振り向いた。訝しんだ陽介は瑞月へと歩みを寄せる。
「瀬名ー? 何し——!?」
一歩踏み出した途端、ぐらりと瑞月の身体が傾く。反射的に陽介は床を蹴って、彼女の懐に飛び込んだ。なんとか立ち上がろうと瑞月はもがくが、力が抜けてしまうのか、彼女はだらりと陽介へと寄りかかる。
理の助言通りだった。彼女は無理を押し通していたのだ。陽介は血の気が下がる。
瑞月の呼吸が掠れていた。肌の色が蝋のように白くなるほど、血の巡りが悪い。
「花村……すまない。少し静かにして休んでいれば、動けるようになると思ったのだが……」
「バッカ、お前フラフラじゃねーか! すぐ回復魔法かけてやるから……」
なぜすぐに言わなかったのか、と陽介は瑞月を責めない。彼女はあまり弱った姿を人に見せたがらない人間だ。大勢の前となると、なおさらである。
陽介は手近な座席に瑞月を座らせ、ジライヤを召喚する。ディアラマの燐光が瑞月へと降り注いだ。不健康に青白くなっていた顔色に血が巡る。彼女の苦しみを軽減できた兆しに陽介はほっと息を吐く。
しかし、次の瞬間、陽介は固まった。瑞月がころりと涙をこぼしたのだ。紺碧の瞳が涙で揺らめき、唇が弓を張る。
「い……」
「い?」
陽介は思わず片膝を折った。どこか、痛いのかと、瑞月の片手を握る。すると瑞月が、涙をこぼしながらも陽介の手を両の手で握りしめた。陽介の存在を確かめるように、痛みを与えないぎりぎりの力で、強く、強く。
「生きてて、よかった……」
こらえていたものを体の内側から吐き出すような瑞月の告白に、陽介はあっけにとられた。疑問に言葉を失くした陽介に対して、瑞月は懸命に言葉を紡ぐ。伏せられた瑞月の表情は、陽介からは分からない。けれど、小さな雫が瑞月の袖にパタリパタリと落ちる。
「おまえさまが、鳴上とともに落ちて、すごく怖くて。花村は強い人だけれど、それでもやっぱり失ってしまったらって……怖くて。でも、落ちるとき、おまえさまが笑って親指を立てていたから、きっと無事でいるって信じて、迎えに行かなければって……私、私は」
感情の堰が崩壊した彼女の言葉には脈絡がない。言葉には変換できないような大きな感情を、それでも彼女は必死に伝えようとしている。
瑞月が隠していたものは、疲労だけではなかった。誰かを──陽介を失う恐れを、再会までずっと抱えていたのだろう。心身の疲労も相まって、瑞月は感情の制御が甘くなっている。
『瀬名さん、花村たちを救出するために相当頑張ってたから、気にかけてあげて』
理は気づいていたのだ。瑞月が抱えていたものに。瑞月がそれを陽介にしか打ち明けないと見抜いたから、陽介とともに教会に残した。観察眼も達者だが、気の回し方にソツがない。さすが個性の強いS.E.E.S.リーダーといったところか。
陽介の片手を握った瑞月の両手が、小刻みに震えている。割れる直前の玻璃のような瑞月へと、陽介は手を伸ばした。
「うん。俺はちゃんと、ここにいるよ」
陽介はことさら優しく瑞月に呼びかける。瑞月の肩に空いた手を添えて、彼女が崩れてしまわないように、その華奢な線をなぞって確かめた。
「だから今、俺を迎えに来てくれた、すっげー頑張ってたお前が辛くて寂しいっていうんなら、平気になるまで、俺ができることなるべくしてやりたいって、俺は思ってるよ」
「だからさ、なんで瀬名が泣いてんのか、もっと教えてくんねーかな?」
涙を見せないようにと俯く彼女に、陽介は問う。陽介は、瑞月の泣いている姿を見たくはない。ゆえに、泣いている原因が陽介ならば知らなければならない。知って、言葉をかけなければならないのだ。陽介は唇を引き結び、彼女の言葉を待った。
「嬉しい……から」
「え……?」
瑞月の言葉に、陽介は唇を薄く開いた。短い言葉を皮切りに、瑞月の口から感情が流れ出す。
「おまえさまは傷つかないままで、私が倒れそうになったら支えてくれて、回復魔法も使ってくれて……花村の回復魔法も、花村自身もいつもと変わらず優しくて、私の手を、花村が握ってくれて、その温度がいつもと変わらず温かくて……もうなんだか、嬉しくて、たまらなくて……」
そういって、瑞月は涙を振り払うかのように頭を振るった。そうして、朱色に染まった目の縁を穏やかに緩める。まるで、大切な宝物へと向ける愛おしさに溢れた笑顔が、陽介に向けられた。
「花村が、無事でいてくれて、生きていてくれて……私は、とても、うれしい」
そのまま、陽介の片手に包まれた両手を、瑞月は己の心臓に抱え込む。前かがみになった瑞月の身体が、もう離さないと訴えるように、陽介の片手を包み込んだ。
陽介の眼の奥が熱くなる。彼女に泣いてほしくないと願ったのに、彼女が流す喜びの涙が宝石のように輝いて、もっと見ていたい自分をずるいと、陽介は思う。
ただ、陽介が生きている。それだけの事実に涙を流して、本気で喜んでくれる人がいる。
失いたくないと、愚直に手を伸ばしてくれる人がいる。
「ありがとうな」
その言葉が、陽介から溢れた。瑞月の涙にも似て、制御できずに。
瑞月の丸まった小さな背中を、陽介は撫でる。己の体温を伝えるためにゆっくりと。泣いて強張っていた瑞月の身体は、陽介のあたたかな掌が過ぎるたびに柔らかく、ほぐれていった。
「瀬名さん、花村たちを救出するために相当頑張ってたから、気にかけてあげて」
理は手短に告げると、ひらひらと手を振って帰っていった。残っていたメンバーを全て回収して。教会内に残っているのは、陽介と瑞月だけだ。
「瀬名、どうしたー。帰んぞー」
「……ああ」
背後にいる瑞月へと振り返って、陽介は声を掛けた。刀袋に、武器——氷の刃が溶けて杖となったもの——を収納し、背負ったようだ。彼女の動きは油の切れたブリキのようにぎこちなく、陽介へと振り向いた。訝しんだ陽介は瑞月へと歩みを寄せる。
「瀬名ー? 何し——!?」
一歩踏み出した途端、ぐらりと瑞月の身体が傾く。反射的に陽介は床を蹴って、彼女の懐に飛び込んだ。なんとか立ち上がろうと瑞月はもがくが、力が抜けてしまうのか、彼女はだらりと陽介へと寄りかかる。
理の助言通りだった。彼女は無理を押し通していたのだ。陽介は血の気が下がる。
瑞月の呼吸が掠れていた。肌の色が蝋のように白くなるほど、血の巡りが悪い。
「花村……すまない。少し静かにして休んでいれば、動けるようになると思ったのだが……」
「バッカ、お前フラフラじゃねーか! すぐ回復魔法かけてやるから……」
なぜすぐに言わなかったのか、と陽介は瑞月を責めない。彼女はあまり弱った姿を人に見せたがらない人間だ。大勢の前となると、なおさらである。
陽介は手近な座席に瑞月を座らせ、ジライヤを召喚する。ディアラマの燐光が瑞月へと降り注いだ。不健康に青白くなっていた顔色に血が巡る。彼女の苦しみを軽減できた兆しに陽介はほっと息を吐く。
しかし、次の瞬間、陽介は固まった。瑞月がころりと涙をこぼしたのだ。紺碧の瞳が涙で揺らめき、唇が弓を張る。
「い……」
「い?」
陽介は思わず片膝を折った。どこか、痛いのかと、瑞月の片手を握る。すると瑞月が、涙をこぼしながらも陽介の手を両の手で握りしめた。陽介の存在を確かめるように、痛みを与えないぎりぎりの力で、強く、強く。
「生きてて、よかった……」
こらえていたものを体の内側から吐き出すような瑞月の告白に、陽介はあっけにとられた。疑問に言葉を失くした陽介に対して、瑞月は懸命に言葉を紡ぐ。伏せられた瑞月の表情は、陽介からは分からない。けれど、小さな雫が瑞月の袖にパタリパタリと落ちる。
「おまえさまが、鳴上とともに落ちて、すごく怖くて。花村は強い人だけれど、それでもやっぱり失ってしまったらって……怖くて。でも、落ちるとき、おまえさまが笑って親指を立てていたから、きっと無事でいるって信じて、迎えに行かなければって……私、私は」
感情の堰が崩壊した彼女の言葉には脈絡がない。言葉には変換できないような大きな感情を、それでも彼女は必死に伝えようとしている。
瑞月が隠していたものは、疲労だけではなかった。誰かを──陽介を失う恐れを、再会までずっと抱えていたのだろう。心身の疲労も相まって、瑞月は感情の制御が甘くなっている。
『瀬名さん、花村たちを救出するために相当頑張ってたから、気にかけてあげて』
理は気づいていたのだ。瑞月が抱えていたものに。瑞月がそれを陽介にしか打ち明けないと見抜いたから、陽介とともに教会に残した。観察眼も達者だが、気の回し方にソツがない。さすが個性の強いS.E.E.S.リーダーといったところか。
陽介の片手を握った瑞月の両手が、小刻みに震えている。割れる直前の玻璃のような瑞月へと、陽介は手を伸ばした。
「うん。俺はちゃんと、ここにいるよ」
陽介はことさら優しく瑞月に呼びかける。瑞月の肩に空いた手を添えて、彼女が崩れてしまわないように、その華奢な線をなぞって確かめた。
「だから今、俺を迎えに来てくれた、すっげー頑張ってたお前が辛くて寂しいっていうんなら、平気になるまで、俺ができることなるべくしてやりたいって、俺は思ってるよ」
「だからさ、なんで瀬名が泣いてんのか、もっと教えてくんねーかな?」
涙を見せないようにと俯く彼女に、陽介は問う。陽介は、瑞月の泣いている姿を見たくはない。ゆえに、泣いている原因が陽介ならば知らなければならない。知って、言葉をかけなければならないのだ。陽介は唇を引き結び、彼女の言葉を待った。
「嬉しい……から」
「え……?」
瑞月の言葉に、陽介は唇を薄く開いた。短い言葉を皮切りに、瑞月の口から感情が流れ出す。
「おまえさまは傷つかないままで、私が倒れそうになったら支えてくれて、回復魔法も使ってくれて……花村の回復魔法も、花村自身もいつもと変わらず優しくて、私の手を、花村が握ってくれて、その温度がいつもと変わらず温かくて……もうなんだか、嬉しくて、たまらなくて……」
そういって、瑞月は涙を振り払うかのように頭を振るった。そうして、朱色に染まった目の縁を穏やかに緩める。まるで、大切な宝物へと向ける愛おしさに溢れた笑顔が、陽介に向けられた。
「花村が、無事でいてくれて、生きていてくれて……私は、とても、うれしい」
そのまま、陽介の片手に包まれた両手を、瑞月は己の心臓に抱え込む。前かがみになった瑞月の身体が、もう離さないと訴えるように、陽介の片手を包み込んだ。
陽介の眼の奥が熱くなる。彼女に泣いてほしくないと願ったのに、彼女が流す喜びの涙が宝石のように輝いて、もっと見ていたい自分をずるいと、陽介は思う。
ただ、陽介が生きている。それだけの事実に涙を流して、本気で喜んでくれる人がいる。
失いたくないと、愚直に手を伸ばしてくれる人がいる。
「ありがとうな」
その言葉が、陽介から溢れた。瑞月の涙にも似て、制御できずに。
瑞月の丸まった小さな背中を、陽介は撫でる。己の体温を伝えるためにゆっくりと。泣いて強張っていた瑞月の身体は、陽介のあたたかな掌が過ぎるたびに柔らかく、ほぐれていった。