三章、二人の友
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充分に眠っていなかったエルミラエルは、昼頃に目覚めて起きてきた。フィナルフィンが呆れた様子の声をあげているが、彼女は特段気にしていない。それよりもエルミラエルにとって、今日という日をどうやって乗り切るかの方が大切だった。
刺繍をしてみても、絵を描いてみても、何も手につかない。一体何が足りないのか。胸の内にぽっかり空いた寂しさを、いつでも埋めてくれる何か。そんなものを、彼女は無意識のうちに欲していた。ベレグーアはいつも一緒に居てくれる訳ではない。来てくれたとしても、朝が来ればまた一人になってしまう。
そんなことを考えながらハープを弾いていると、その旋律に歌声を載せる者が現れた。朗々とした、力強く魅力的な声だった。
「汝よ 我が愛しき汝よ
夢に 現に惑うなら
我が胸に抱き 眠りを与えん
叶わぬ 叶わぬ夢よ
刹那に 永久に届かぬなら
我が胸を裂き 心を奪え
嗚呼 汝よ 我が愛しき汝」
エルミラエルが振り返ると、そこにはクルニーアが居た。その美声に頬を赤く染めたことを悟られないように、彼女は慌てて背を向けた。
「あ、あなただったのね」
「随分悲しい歌を弾いていたな」
「そう?悲しいかしら。人生なんて、長すぎたら悲しいことの方が多いと思うけれど」
「エルフらしい返事だな」
エルミラエルは俯いて、大理石で出来ている床に視線を落とした。クルニーアはその隣に腰掛け、じっと彼女の横顔を見つめた。
恐ろしいほど、何の会話も為されない時間が続く。沈黙がその場を支配した。それでも何故か、より大切な何かが満たされていく感覚が二人を包んだ。やがて夜の帳を告げる光が降り、クルニーアは立ち上がった。
「……帰るの?」
「引き留めるつもりか?乙女が夜更けに男と会うなど、あらぬ疑いを掛けられるだけだぞ」
その言葉の裏に、まだ隣に居たいという願いが隠されていることをエルミラエルは気づかなかった。その代わり、意図していない形でクルニーアの願いは叶えられることとなった。
「明日も、来てくれる?」
「……わしが?」
「ええ。あなたが」
初めて素直な気持ちをぶつけられたクルニーアは、大いに戸惑った。どんなに賢い彼でも、こんなときに何と返事をすれば良いかを知らなかったからだ。だから返事の代わりに、小さく、本当に小さく頷くことにした。その瞬間、エルミラエルの瞳に光が満ちた。そして、笑顔でこう言った。
「ありがとう、クルニーア」
二人の視線が重なる。それはとても心強く、暖かだった。
翌日から本当に、クルニーアは毎日欠かさずエルミラエルの元を訪れるようになった。エルミラエルは宮殿にある書物やタペストリーなどを持ち出し、二人で批評を重ねながらの鑑賞を楽しんだ。一方クルニーアも、エルミラエルが好きそうな美しい書物を持ち寄り、艶やかな声で古くから伝わる詩を諳じた。
静かだったエルミラエルの部屋には、誰も満たすことのできなかった笑い声が絶え間なく響くようになった。このことを誰よりも喜んだのは、母エアルウェンだった。
「あなた、エルミラエルが幸せそうで良かったですわね」
だが、夫フィナルフィンからの返事はない。それもその筈だ。彼は喜ぶどころか、クルニーアの来訪に何かを感じていた。
「災い……?」
尋常でない胸騒ぎがした。だが、彼には未来を見通す力など何もない。
胸騒ぎなど、あるはずはないのだ。フィナルフィンは自分にそう言い聞かせて、娘の笑い声に耳を傾けるのだった。
そして二週間が経った。クルニーアはいつものように、エルミラエルの元へ足を運ぼうと廊下を急いでいた。すると、今日は珍しくフィナルフィンの客人たちが来ていた。部屋を横切ったとき、そのうちの一人である、船造りのキーアダンの声がクルニーアの耳に飛び込んできた。
「最近、クルニーアが出入りしているとか?」
「ああ、そうだ。娘の良き話し相手となっているらしい」
フィナルフィンの言葉に、キーアダンは呆れ返った。そこに、それを聞いていたフィナルフィンの長男、フィンロドが会話に加わる。
「父上も、災難な方を抱えたものだ」
「災難?」
「ええ。やはりヴァラールに忠実なるマイアールの中で、最も心身共に優れているのはミスランディアですから。クルニーアは傲慢で、鼻持ちならぬ完璧主義な男です」
エルフたちの高笑いが響く。クルニーアは今すぐに扉を蹴破って、真の姿を見せてでも彼らを屈服させてやろうと憤った。だが、その方法では傲慢で鼻持ちならぬという誤解は解けそうもないと悟ったのか、彼は構えた杖を下ろした。それから肩を落とし、とぼとぼと来た道を戻り始めた。
クルニーアは決して皆が言うような、傲慢で鼻持ちならない男ではなかった。それは単に、彼の常人には理解しがたい複雑怪奇な性格が見せる、仮初めの人格だった。けれど、誰も本当の彼を理解しようとはしなかった。それは、彼の苦しみについても同じだった。
生身の生き物の姿をとる際に、クルニーアやミスランディアは条件をつけられていた。老人の姿で居ること。これはクルニーア自身に大きな精神的負担を強いていた。彼の真の姿はエルフさえもひれ伏すような美青年であり、その心身の齢は25にも満たない若さだった。それが突然老人の身体に押し込められたのだから、大変な苦痛を伴ったことは想像に難くない。
何度も姿を取ることを止めようとしたことはあった。どうせ自分を待ってくれている人はこの世界に居ないのだから。だが、その度に逃げたと嘲笑われることが怖くなった。
逃げることもできず、進む辛さにも耐えられない。それが傲慢で鼻持ちならない完璧主義と囁かれている、クルニーアの真の姿だった。
彼は石段に腰掛けると、杖を隣に置いて俯いた。少し落ち込めば、立ち直れる。いつも独りで解決しているのだから。そう自分に言い聞かせた。
けれど、心のどこかで願ってしまう。誰かが隣にやって来て、自分を理解して慰めてくれることを。それが特に、あの人であれば───
そのとき、クルニーアはハッとした。
「何故、わしはあやつのことを……?」
いつも笑顔で話を聞いてくれる、優しく利発なあの人。母親譲りの銀髪が美しいあの人。
何を望んでおる。馬鹿な。なんと愚かな。
クルニーアは慌てて首を横に振り、妄想を振り払った。それでも、自分の心の中に生まれた望みを拭い去ることは出来なかった。
そんなことを一人で考えていたせいで、彼は背後に現れた人影に気づくのに遅れてしまった。その人──エルミラエルは、自分のことに全く気づかないクルニーアの肩を叩いた。
「わっ!!なっ、何じゃ。そなたか」
「そうよ。いつも時間通りに来るのに、珍しいじゃない」
返事がない。エルミラエルはクルニーアの顔を覗き込んで、目を丸くした。
彼は、とても悲しい顔をしていた。そして、とても強い痛みに耐えているように見えた。エルミラエルはいつの間にか、しゃがみこんでクルニーアの頬に指先で触れていた。
「────な、何を……」
「とても、悲しそうだったから」
「……わかるのか?」
エルフの姫は小さく頷いた。クルニーアは、そなたに何がわかると鼻で笑おうとした。だがそれより前に、エルミラエルが話し始めた。
「私ね、時々……産まれてこなければ良かったのかなって思うの」
突然の言葉にたいする驚きで、クルニーアは話そうとしたことを忘れてしまった。エルミラエルが、遠い目をしながら続ける。
「ガラドリエル姉様は、とても強くて美しい。あの人はいつでも輝いている。だからその隣に立つのが、いつも怖い。私には輝きも、勇敢さも、親から寄せられる期待さえも無いから」
エルミラエルは幼い頃から、姉のガラドリエルと比較され続けてきた。何に於いても優れているのは、いつもガラドリエルだった。それにエルフらしくない感情表現豊かな性格のせいで、エルミラエルはいつも避けられてきた。
「仕方がないわよね!いつも、優れているのは姉様の方だから」
その一言に、クルニーアは世界に光が差す感覚を覚えた。
最も優れているのは、ミスランディアの方だから。そんな心無い言葉に苦しめられている人は、自分一人では無かったのだ。
いつの間にか、クルニーアは自分から話し始めていた。
「わしも、いつもミスランディアと比べられてばかりだ。彼を越えようと頑張ってみても、彼のように振る舞ってみても、全く駄目でな……はは……」
哀しげに笑うクルニーアを、エルミラエルはじっと見つめた。そして、おもむろにこう言った。
「駄目。そんなのじゃ、駄目。あなたはあなたらしく、自分らしく生きなきゃ。誰かの真似をしたって、あなたはあなた以外の何者にも成れないのよ?」
「わし……らしく?」
「そう。……私、あなたのことが最初は嫌いだった。鼻持ちならないし、尊大だし。でも、それはあなたじゃないって分かってから、私はあなたのことが嫌いじゃなくなった。今はむしろ、大好きよ」
この世界にマイアとして誕生して以来、初めて言われる言葉だった。クルニーアは嬉しすぎることが連発してしまったせいで、当然のことながら思考停止状態に陥った。そんなことに気づくはずもないエルミラエルは、誰よりも眩しい笑顔と共に手を差し出し、こう言った。
「私たち、お友達になりましょう」
世界に、二つの木が生み出す光が満ち溢れる。クルニーアは戸惑いながらも、か細くて雪のように白いエルミラエルの手に、シワだらけの自分の手を重ねた。
そんな微笑ましい光景を、怒りと嫉妬にまみれた視線で睨み付ける男がいた。それは、エルミラエルへの贈り物を携えたメルコールだった。
「友達……だと?」
整った細い眉が、怒りで震える。黒髪のヴァラは親しげな二人に背を向け、空を翔ぶように東へ駆け戻った。要塞にたどり着いたメルコールは、冷ややかな怒りを含んだ声でサウロンを呼びつけ、厳しい口調で命じた。
「クルニーアとやらについて調べ上げよ。奴に見張りをつけ、誰に会ったか、何をしたか。全て事細かに知らせろ」
「クルニーア……ああ、クルモですか。奴のことなら、同じアウレの部下であったのでよく存じ上げています。しかし、特に気に掛けるほどの男では────」
「黙れ!私が見張れといったら見張るのだ!良いな!」
いつもと違う主人の様子にサウロンは首を捻ったが、やがて二つ返事で承知してからその場を後にした。メルコールは石で出来た壁に拳をぶつけ、下唇を噛み締めながら西方の地を睨み付けた。
「クルニーアと言ったな。私が西方の地を制すとき、真っ先に貴様の息の根を止めてやる故、覚悟しておくがいい」
下級精霊のマイアールごときが、上位に属するヴァラールの行く手を阻むとは。
「良い度胸ではないか……ははは……ははははは……あはははははははははははは!」
メルコールの空虚な笑い声がこだまする。二人の間に芽生えた新たな関係が、運命の歯車を回し始めた瞬間だった。
刺繍をしてみても、絵を描いてみても、何も手につかない。一体何が足りないのか。胸の内にぽっかり空いた寂しさを、いつでも埋めてくれる何か。そんなものを、彼女は無意識のうちに欲していた。ベレグーアはいつも一緒に居てくれる訳ではない。来てくれたとしても、朝が来ればまた一人になってしまう。
そんなことを考えながらハープを弾いていると、その旋律に歌声を載せる者が現れた。朗々とした、力強く魅力的な声だった。
「汝よ 我が愛しき汝よ
夢に 現に惑うなら
我が胸に抱き 眠りを与えん
叶わぬ 叶わぬ夢よ
刹那に 永久に届かぬなら
我が胸を裂き 心を奪え
嗚呼 汝よ 我が愛しき汝」
エルミラエルが振り返ると、そこにはクルニーアが居た。その美声に頬を赤く染めたことを悟られないように、彼女は慌てて背を向けた。
「あ、あなただったのね」
「随分悲しい歌を弾いていたな」
「そう?悲しいかしら。人生なんて、長すぎたら悲しいことの方が多いと思うけれど」
「エルフらしい返事だな」
エルミラエルは俯いて、大理石で出来ている床に視線を落とした。クルニーアはその隣に腰掛け、じっと彼女の横顔を見つめた。
恐ろしいほど、何の会話も為されない時間が続く。沈黙がその場を支配した。それでも何故か、より大切な何かが満たされていく感覚が二人を包んだ。やがて夜の帳を告げる光が降り、クルニーアは立ち上がった。
「……帰るの?」
「引き留めるつもりか?乙女が夜更けに男と会うなど、あらぬ疑いを掛けられるだけだぞ」
その言葉の裏に、まだ隣に居たいという願いが隠されていることをエルミラエルは気づかなかった。その代わり、意図していない形でクルニーアの願いは叶えられることとなった。
「明日も、来てくれる?」
「……わしが?」
「ええ。あなたが」
初めて素直な気持ちをぶつけられたクルニーアは、大いに戸惑った。どんなに賢い彼でも、こんなときに何と返事をすれば良いかを知らなかったからだ。だから返事の代わりに、小さく、本当に小さく頷くことにした。その瞬間、エルミラエルの瞳に光が満ちた。そして、笑顔でこう言った。
「ありがとう、クルニーア」
二人の視線が重なる。それはとても心強く、暖かだった。
翌日から本当に、クルニーアは毎日欠かさずエルミラエルの元を訪れるようになった。エルミラエルは宮殿にある書物やタペストリーなどを持ち出し、二人で批評を重ねながらの鑑賞を楽しんだ。一方クルニーアも、エルミラエルが好きそうな美しい書物を持ち寄り、艶やかな声で古くから伝わる詩を諳じた。
静かだったエルミラエルの部屋には、誰も満たすことのできなかった笑い声が絶え間なく響くようになった。このことを誰よりも喜んだのは、母エアルウェンだった。
「あなた、エルミラエルが幸せそうで良かったですわね」
だが、夫フィナルフィンからの返事はない。それもその筈だ。彼は喜ぶどころか、クルニーアの来訪に何かを感じていた。
「災い……?」
尋常でない胸騒ぎがした。だが、彼には未来を見通す力など何もない。
胸騒ぎなど、あるはずはないのだ。フィナルフィンは自分にそう言い聞かせて、娘の笑い声に耳を傾けるのだった。
そして二週間が経った。クルニーアはいつものように、エルミラエルの元へ足を運ぼうと廊下を急いでいた。すると、今日は珍しくフィナルフィンの客人たちが来ていた。部屋を横切ったとき、そのうちの一人である、船造りのキーアダンの声がクルニーアの耳に飛び込んできた。
「最近、クルニーアが出入りしているとか?」
「ああ、そうだ。娘の良き話し相手となっているらしい」
フィナルフィンの言葉に、キーアダンは呆れ返った。そこに、それを聞いていたフィナルフィンの長男、フィンロドが会話に加わる。
「父上も、災難な方を抱えたものだ」
「災難?」
「ええ。やはりヴァラールに忠実なるマイアールの中で、最も心身共に優れているのはミスランディアですから。クルニーアは傲慢で、鼻持ちならぬ完璧主義な男です」
エルフたちの高笑いが響く。クルニーアは今すぐに扉を蹴破って、真の姿を見せてでも彼らを屈服させてやろうと憤った。だが、その方法では傲慢で鼻持ちならぬという誤解は解けそうもないと悟ったのか、彼は構えた杖を下ろした。それから肩を落とし、とぼとぼと来た道を戻り始めた。
クルニーアは決して皆が言うような、傲慢で鼻持ちならない男ではなかった。それは単に、彼の常人には理解しがたい複雑怪奇な性格が見せる、仮初めの人格だった。けれど、誰も本当の彼を理解しようとはしなかった。それは、彼の苦しみについても同じだった。
生身の生き物の姿をとる際に、クルニーアやミスランディアは条件をつけられていた。老人の姿で居ること。これはクルニーア自身に大きな精神的負担を強いていた。彼の真の姿はエルフさえもひれ伏すような美青年であり、その心身の齢は25にも満たない若さだった。それが突然老人の身体に押し込められたのだから、大変な苦痛を伴ったことは想像に難くない。
何度も姿を取ることを止めようとしたことはあった。どうせ自分を待ってくれている人はこの世界に居ないのだから。だが、その度に逃げたと嘲笑われることが怖くなった。
逃げることもできず、進む辛さにも耐えられない。それが傲慢で鼻持ちならない完璧主義と囁かれている、クルニーアの真の姿だった。
彼は石段に腰掛けると、杖を隣に置いて俯いた。少し落ち込めば、立ち直れる。いつも独りで解決しているのだから。そう自分に言い聞かせた。
けれど、心のどこかで願ってしまう。誰かが隣にやって来て、自分を理解して慰めてくれることを。それが特に、あの人であれば───
そのとき、クルニーアはハッとした。
「何故、わしはあやつのことを……?」
いつも笑顔で話を聞いてくれる、優しく利発なあの人。母親譲りの銀髪が美しいあの人。
何を望んでおる。馬鹿な。なんと愚かな。
クルニーアは慌てて首を横に振り、妄想を振り払った。それでも、自分の心の中に生まれた望みを拭い去ることは出来なかった。
そんなことを一人で考えていたせいで、彼は背後に現れた人影に気づくのに遅れてしまった。その人──エルミラエルは、自分のことに全く気づかないクルニーアの肩を叩いた。
「わっ!!なっ、何じゃ。そなたか」
「そうよ。いつも時間通りに来るのに、珍しいじゃない」
返事がない。エルミラエルはクルニーアの顔を覗き込んで、目を丸くした。
彼は、とても悲しい顔をしていた。そして、とても強い痛みに耐えているように見えた。エルミラエルはいつの間にか、しゃがみこんでクルニーアの頬に指先で触れていた。
「────な、何を……」
「とても、悲しそうだったから」
「……わかるのか?」
エルフの姫は小さく頷いた。クルニーアは、そなたに何がわかると鼻で笑おうとした。だがそれより前に、エルミラエルが話し始めた。
「私ね、時々……産まれてこなければ良かったのかなって思うの」
突然の言葉にたいする驚きで、クルニーアは話そうとしたことを忘れてしまった。エルミラエルが、遠い目をしながら続ける。
「ガラドリエル姉様は、とても強くて美しい。あの人はいつでも輝いている。だからその隣に立つのが、いつも怖い。私には輝きも、勇敢さも、親から寄せられる期待さえも無いから」
エルミラエルは幼い頃から、姉のガラドリエルと比較され続けてきた。何に於いても優れているのは、いつもガラドリエルだった。それにエルフらしくない感情表現豊かな性格のせいで、エルミラエルはいつも避けられてきた。
「仕方がないわよね!いつも、優れているのは姉様の方だから」
その一言に、クルニーアは世界に光が差す感覚を覚えた。
最も優れているのは、ミスランディアの方だから。そんな心無い言葉に苦しめられている人は、自分一人では無かったのだ。
いつの間にか、クルニーアは自分から話し始めていた。
「わしも、いつもミスランディアと比べられてばかりだ。彼を越えようと頑張ってみても、彼のように振る舞ってみても、全く駄目でな……はは……」
哀しげに笑うクルニーアを、エルミラエルはじっと見つめた。そして、おもむろにこう言った。
「駄目。そんなのじゃ、駄目。あなたはあなたらしく、自分らしく生きなきゃ。誰かの真似をしたって、あなたはあなた以外の何者にも成れないのよ?」
「わし……らしく?」
「そう。……私、あなたのことが最初は嫌いだった。鼻持ちならないし、尊大だし。でも、それはあなたじゃないって分かってから、私はあなたのことが嫌いじゃなくなった。今はむしろ、大好きよ」
この世界にマイアとして誕生して以来、初めて言われる言葉だった。クルニーアは嬉しすぎることが連発してしまったせいで、当然のことながら思考停止状態に陥った。そんなことに気づくはずもないエルミラエルは、誰よりも眩しい笑顔と共に手を差し出し、こう言った。
「私たち、お友達になりましょう」
世界に、二つの木が生み出す光が満ち溢れる。クルニーアは戸惑いながらも、か細くて雪のように白いエルミラエルの手に、シワだらけの自分の手を重ねた。
そんな微笑ましい光景を、怒りと嫉妬にまみれた視線で睨み付ける男がいた。それは、エルミラエルへの贈り物を携えたメルコールだった。
「友達……だと?」
整った細い眉が、怒りで震える。黒髪のヴァラは親しげな二人に背を向け、空を翔ぶように東へ駆け戻った。要塞にたどり着いたメルコールは、冷ややかな怒りを含んだ声でサウロンを呼びつけ、厳しい口調で命じた。
「クルニーアとやらについて調べ上げよ。奴に見張りをつけ、誰に会ったか、何をしたか。全て事細かに知らせろ」
「クルニーア……ああ、クルモですか。奴のことなら、同じアウレの部下であったのでよく存じ上げています。しかし、特に気に掛けるほどの男では────」
「黙れ!私が見張れといったら見張るのだ!良いな!」
いつもと違う主人の様子にサウロンは首を捻ったが、やがて二つ返事で承知してからその場を後にした。メルコールは石で出来た壁に拳をぶつけ、下唇を噛み締めながら西方の地を睨み付けた。
「クルニーアと言ったな。私が西方の地を制すとき、真っ先に貴様の息の根を止めてやる故、覚悟しておくがいい」
下級精霊のマイアールごときが、上位に属するヴァラールの行く手を阻むとは。
「良い度胸ではないか……ははは……ははははは……あはははははははははははは!」
メルコールの空虚な笑い声がこだまする。二人の間に芽生えた新たな関係が、運命の歯車を回し始めた瞬間だった。