三章、二人の友
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エルミラエルはアマンの夜空を眺めながら、今日起きた出来事を思い出していた。すると、隣にいつの間にか男が現れた。黒髪の美しい長髪で、その艶やかさはクルニーアの髪にも負けていない。瞳は鋭く、目は炎のように冷ややかに燃えている。エルフに似た面持ちの男は、ふわりと微笑んだままエルミラエルの横顔を眺めた。
しばらく経ってから、ようやくエルミラエルは隣に視線を移した。そして悲鳴を上げた。
「きゃっ!!」
「しーっ!静かに。フィナルフィンに気づかれてはならぬ!」
男は慌ててエルミラエルの口を手で塞いだ。その手を剥がすと、彼女は瞳を輝かせながら笑った。
「ベレグーア様!」
「久しぶりだな、エルミラエル」
「今までどちらに?」
「ヴァラ────特にアイヌアともなると忙しいのだ。その代わり、これをそなたに贈ろう」
ベレグーアと呼ばれた男は、彫像のような顔を笑顔で満たして一輪の花を差し出した。庭中に芳しい花の香りが広がっていく。エルミラエルはその花を受け取ろうと手を伸ばした。だが、ベレグーアの手は彼女の指先をすり抜けて、銀色の髪に伸びた。それから、髪と装身具の間に花を挿した。
「うん。これで良い」
「ありがとうございます。……でも、花はいつか枯れてしまうわ」
落ち込むエルミラエルを見て、ベレグーアが微笑む。
「それなら、こうしてあげよう」
黒髪のヴァラは、透き通るように白く優美な手を花にかざした。すると次の瞬間、花は美しい装飾に変化した。
「わぁ……凄い!」
「これで枯れることはない。永遠にな」
ベレグーアはエルミラエルの隣に座ると、今日起きた出来事に耳を傾けた。子供のようにはしゃぐ姫の姿を見て、彼は目を細めて微笑んだ。
「それでね。絶体絶命のピンチだったんだけど、突然目の前のバルログが灰になってしまったの!」
「そなたのことを、誰が見守ってくれているのだろうな」
「わからないけど、その人に会ったらお礼を言いたいわ」
エルミラエルはそう言って、無邪気に笑った。それから今度はベレグーアに尋ねた。
「じゃあ、ベレグーア様は何をされていたの?」
「私か?そうだな……」
ベレグーアは少し考えると、今まで自分がしてきた仕事を話し始めた。彼が語る創造の話は、滅多に宮殿から出ることのないエルミラエルにとってのお気に入りだった。
いつの間にか更けていた夜が去り、空が白み始めた。新しい一日を告げる光が満ち始めたのだ。
「さて、私も帰らねば」
ベレグーアは立ち上がると、まだ残っている闇夜に足を踏み出そうとした。だが、その歩みはすぐに静止することとなった。その背中に、エルミラエルが問いを投げ掛けたのだ。
「次はいつ来るの?」
「そなたが望めば、いつでも」
ベレグーアはいつも、エルミラエルの質問をはぐらかす男だった。けれど、そんなことはあまり気にしていない様子の彼女は、笑顔で手を振った。
「じゃあ、またね。イム・メルロン(私の友よ)」
「ああ、クイオ・ヴァエ(さようなら)」
この別れの挨拶の後、ベレグーアは闇に消えた。エルミラエルは、別れの時間が一番嫌いだった。一人ぼっちになる寂しさに襲われるからだ。
ベレグーアはエルミラエルの親友だ。森で出会ったこのヴァラールのことが、彼女は大好きだった。時折意地が悪いところも散見するが、それでも彼女にとってベレグーアは大切な存在である。
だが、一つだけ気になることがあった。ベレグーアというアイヌアの話など、未だかつて聞いたことがないのだ。しかし、他人に尋ねることは出来ない。なぜならエルミラエル自身、ベレグーアと約束をしていたからだ。
「絶対に、私のことを誰にも話さないでほしい……か」
謎めいた人物ではあるが、エルミラエルは友を失いたくなかった。だからこの日も、小さな秘密として疑問は全て胸の内にしまっておくことにした。
ベレグーアが闇に紛れて降り立った先は、アマンよりはるか東方にあるアングバンドの要塞だった。彼を真っ先に出迎えたのは、主人に勝るとも劣らぬ顔立ちをした副官サウロンだ。
「お帰りなさいませ、メルコール様。西方の地で何かありましたか?」
「いや、特に何も」
ベレグーア改め、メルコール────反逆のヴァラールは、要塞の深層にある玉座に腰掛けた。外ではおびただしい数のバルログやオークたちが犇めいている。
「バルログを一体、灰にされたとか」
「勿体無いと言いたげだな、サウロン」
「ええ。しかし、我が主君は無駄を嫌うので、特に心配はしておりません」
「理由を知りたいか?」
「はい、可能でしたら」
メルコールは立ち上がると、底知れぬ笑みを浮かべながら西の地を眺めた。野心が燃える瞳を細め、彼は副官に答えた。
「私には、欲しいものがある。どんな宝石よりも美しく、私の心を安らげてくれるものだ」
「それは、手に入れ難いものなのですか?」
「いや、容易いはずだ。何故なら……」
メルコールは冷笑を湛えながら振り返った。
「────私は、メルコールだからだ。『アイヌアのうちにありて、この上なき力を持つ者はメルコールなり』と吟われた、あのメルコールなのだから!」
彼の醜悪な高笑いが響く。メルコールの望みが何であるか。それはまだサウロンさえも知らない。それは、メルコールの小さな秘密なのだから。
しばらく経ってから、ようやくエルミラエルは隣に視線を移した。そして悲鳴を上げた。
「きゃっ!!」
「しーっ!静かに。フィナルフィンに気づかれてはならぬ!」
男は慌ててエルミラエルの口を手で塞いだ。その手を剥がすと、彼女は瞳を輝かせながら笑った。
「ベレグーア様!」
「久しぶりだな、エルミラエル」
「今までどちらに?」
「ヴァラ────特にアイヌアともなると忙しいのだ。その代わり、これをそなたに贈ろう」
ベレグーアと呼ばれた男は、彫像のような顔を笑顔で満たして一輪の花を差し出した。庭中に芳しい花の香りが広がっていく。エルミラエルはその花を受け取ろうと手を伸ばした。だが、ベレグーアの手は彼女の指先をすり抜けて、銀色の髪に伸びた。それから、髪と装身具の間に花を挿した。
「うん。これで良い」
「ありがとうございます。……でも、花はいつか枯れてしまうわ」
落ち込むエルミラエルを見て、ベレグーアが微笑む。
「それなら、こうしてあげよう」
黒髪のヴァラは、透き通るように白く優美な手を花にかざした。すると次の瞬間、花は美しい装飾に変化した。
「わぁ……凄い!」
「これで枯れることはない。永遠にな」
ベレグーアはエルミラエルの隣に座ると、今日起きた出来事に耳を傾けた。子供のようにはしゃぐ姫の姿を見て、彼は目を細めて微笑んだ。
「それでね。絶体絶命のピンチだったんだけど、突然目の前のバルログが灰になってしまったの!」
「そなたのことを、誰が見守ってくれているのだろうな」
「わからないけど、その人に会ったらお礼を言いたいわ」
エルミラエルはそう言って、無邪気に笑った。それから今度はベレグーアに尋ねた。
「じゃあ、ベレグーア様は何をされていたの?」
「私か?そうだな……」
ベレグーアは少し考えると、今まで自分がしてきた仕事を話し始めた。彼が語る創造の話は、滅多に宮殿から出ることのないエルミラエルにとってのお気に入りだった。
いつの間にか更けていた夜が去り、空が白み始めた。新しい一日を告げる光が満ち始めたのだ。
「さて、私も帰らねば」
ベレグーアは立ち上がると、まだ残っている闇夜に足を踏み出そうとした。だが、その歩みはすぐに静止することとなった。その背中に、エルミラエルが問いを投げ掛けたのだ。
「次はいつ来るの?」
「そなたが望めば、いつでも」
ベレグーアはいつも、エルミラエルの質問をはぐらかす男だった。けれど、そんなことはあまり気にしていない様子の彼女は、笑顔で手を振った。
「じゃあ、またね。イム・メルロン(私の友よ)」
「ああ、クイオ・ヴァエ(さようなら)」
この別れの挨拶の後、ベレグーアは闇に消えた。エルミラエルは、別れの時間が一番嫌いだった。一人ぼっちになる寂しさに襲われるからだ。
ベレグーアはエルミラエルの親友だ。森で出会ったこのヴァラールのことが、彼女は大好きだった。時折意地が悪いところも散見するが、それでも彼女にとってベレグーアは大切な存在である。
だが、一つだけ気になることがあった。ベレグーアというアイヌアの話など、未だかつて聞いたことがないのだ。しかし、他人に尋ねることは出来ない。なぜならエルミラエル自身、ベレグーアと約束をしていたからだ。
「絶対に、私のことを誰にも話さないでほしい……か」
謎めいた人物ではあるが、エルミラエルは友を失いたくなかった。だからこの日も、小さな秘密として疑問は全て胸の内にしまっておくことにした。
ベレグーアが闇に紛れて降り立った先は、アマンよりはるか東方にあるアングバンドの要塞だった。彼を真っ先に出迎えたのは、主人に勝るとも劣らぬ顔立ちをした副官サウロンだ。
「お帰りなさいませ、メルコール様。西方の地で何かありましたか?」
「いや、特に何も」
ベレグーア改め、メルコール────反逆のヴァラールは、要塞の深層にある玉座に腰掛けた。外ではおびただしい数のバルログやオークたちが犇めいている。
「バルログを一体、灰にされたとか」
「勿体無いと言いたげだな、サウロン」
「ええ。しかし、我が主君は無駄を嫌うので、特に心配はしておりません」
「理由を知りたいか?」
「はい、可能でしたら」
メルコールは立ち上がると、底知れぬ笑みを浮かべながら西の地を眺めた。野心が燃える瞳を細め、彼は副官に答えた。
「私には、欲しいものがある。どんな宝石よりも美しく、私の心を安らげてくれるものだ」
「それは、手に入れ難いものなのですか?」
「いや、容易いはずだ。何故なら……」
メルコールは冷笑を湛えながら振り返った。
「────私は、メルコールだからだ。『アイヌアのうちにありて、この上なき力を持つ者はメルコールなり』と吟われた、あのメルコールなのだから!」
彼の醜悪な高笑いが響く。メルコールの望みが何であるか。それはまだサウロンさえも知らない。それは、メルコールの小さな秘密なのだから。