サムは原稿に目を通すガンダルフをじっと見た。魔法使いは静かに頷くと、原稿をホビットに返した。
「うむ、良く書けておる」
「ありがとうございます」
　頭を下げるサムをよそに、ピピンが何気なくこんなことを呟いた。
「約束を守り続けれていれば、サルマンは裏切らなかったのかな」
「それは難しいじゃろう。あの背信は、ただの権力に狂った男の所業では無かった」
　────わしは……ただ……戻りたかった……あの頃……あの頃の……家族に……三人で、もう一度……
　ガンダルフは、サルマンの最期の告白を思い出して目を閉じた。忘れたくとも、あの言葉だけは頭からこびりついて離れることは無い。
「サルマン……いや、クルニーア。何と不器用な男じゃ……」
　技巧者という意味の名というのに。ガンダルフは哀しげに微笑むと、パイプ草に火をつけた。
「さて、ここからがいよいよじゃ」
「もちろん。まだ、サルマンとエルミラエル姫のロマンスはこれっぽっちも始まっていませんからね」
「さて……それはあと千年ほどあとの話になるやもしれんな。まだまだ二人の間には、色々長い由縁があるんじゃよ」
　ガンダルフの言葉に、メリーがすっとんきょうな声をあげる。ピピンも目を白黒させている。
「えぇ！？エルフと精霊の時間感覚に浸ってると、俺たちまでおかしくなっちゃうな」
「そうじゃな、メリー。じゃが、まだこの二人の物語は始まったばかり。そう焦るでない」
　ガンダルフは目を細めて、遠い昔に思いを馳せた。朧気な記憶であっても、目を閉じれば今でも二人の笑い声が聞こえてくる。