七章、新たな光
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楽しい祝祭日は、一変して悲劇の舞台へと変貌した。二つの木の創造主であるヤヴァンナは、自分の子供同然に愛していた創造物を抱き締めて泣いていた。隣には、メルコールとの戦いで傷ついた夫のアウレが、黙って寄り添っている。瀕死の木を注意深く観察したアイウェンディルは、立ち上がってフェアノールの手を握って言った。
「まだ助かる!助かります!二つの木の光を閉じ込めた、あなたの作品なら……」
だが、フェアノールはアイウェンディルの手を振り払って、地面に叩きつけた。そして、ぞっとするような冷たい声で言い放った。
「シルマリルは、誰にも渡さぬ」
「フェアノール!血迷ったか!」
叫ぶマンウェを無視してヴァリノールを去る準備を始めようとしたフェアノールの背を、マンドスが地底から沸き出るような恐ろしい声で呼び止めた。
「フェアノール。お前は、その傲慢によって大切なものと引き換えに、宝を失うことであろう」
「ふん。あなたの予言など、未だかつて一度も当たらなかったではないですか!」
「傲るな、イルーヴァタールの子よ」
「私はフェアノールだぞ?お前たちの中の誰よりも素晴らしい創造をやってのけた!私はフェアノールだ!」
彼がそう叫んだときだった。突然、伝令が息急ききって飛び込んできた。
「申し上げます!フェアノール様、お父上がお亡くなりに」
この知らせに、場内は更に混乱を極めた。自分の祖父に当たるフィンウェの死は、エルミラエルにとっても衝撃的な凶報だった。
「何故……何故だ。何故死んだ!我らイルーヴァタールの子は、下らぬ理由では死なぬはず!」
「それが……お留守の間に、メルコール様が来られて……シルマリルを奪うと、お父上様を手にかけて……」
伝令の言葉を最後まで待たず、フェアノールは地面に膝から崩れ落ちた。マンドスの予言が、一言一句たがわず成就したのだ。呆然とするフェアノールを無視して、クルニーアは膝をついてヤヴァンナを見上げた。
「ヤヴァンナ様。とにかく、先ほどの樹液で再生を図ってみては?」
「そうね……」
ヤヴァンナは二つの木の樹液を、どす黒く変色した傷口に塗ってみた。だが、効果はない。闇に対して、寄せ集めの光はあまりに無力だった。クルニーアは闇の力の強大さにうちひしがれ、俯くことしか出来なかった。
「クルニーア、お前は頑張った。精一杯頑張ったのだから、顔を上げよ」
アウレはクルニーアの肩を抱いて、今にも泣き出しそうな部下を言葉で慰めた。一方、フェアノールは地面に座り込んだまま、メルコールが逃げ帰った方向を睨み付けている。そして怒りに打ち震える声で、こう呟いた。
「────モルゴス……!」
それは、エルフ語で「エルフの敵」という意味の言葉だった。フェアノールは立ち上がると、曇天の空に向かって吼えた。
「モルゴーース!!貴様を、私は許さん!この手でお前の喉を切り裂き、忌まわしき創造物など全て葬り去ってやる!待っておれ!ノルドールのフェアノールは、決してこの恨みを忘れぬ!」
エルミラエルは狂ったように叫ぶフェアノールを、虚ろな瞳で見つめていた。妹の頭に肩を貸していたガラドリエルが、その髪を優しく撫でた。
「もう、苦しまずとも良いのです。メルコールは、我らが敵。それにあなたは、あやつと友としての縁を切ったのですから」
「ええ……そうね、お姉様」
しかし、思い出は永久に消すことはできない。エルミラエルは、メルコールと友として過ごした日々を振り返りながら目を閉じた。もう、永遠に戻ってくることはない。
それならいっそ、何も知らないあの頃に戻りたい。一体、何を間違えたのか。エルミラエルは、口を抑えて嗚咽を漏らした。
やがて、失意の中に雨が降り始めた。雨足は強くなり、やがて雷雨となった。それでもまだ泣いているエルミラエルに気づいたクルニーアは、風邪を引かないように自分のガウンを頭に掛けてやると、黙って目の前に膝を折って座った。エルミラエルは彼に抱きつくと、顔を胸に埋めて泣いた。
「クルニーア……!」
「おぉ……泣くでない。そなたに涙は似合わぬ」
「クルニーア、あなたはどこにも行かないわよね?ベレグーア様みたいに、変わったりしないわよね?」
「もちろん。わしはわしのまま。永遠に、そなたが友として思うてくれたクルニーアのままでおろう」
ガラドリエルは、クルニーアの異常なほどに優しい声色に気づいていたが、敢えて何も言わなかった。今は、悲しみにうちひしがれる妹の心を癒す人が必要だったからだ。
クルニーアの魔力がこもった声は、エルミラエルの悲しみも痛みも和らげてくれた。彼女はクルニーアの腕の中で、自分は全て失った訳ではないのだと知った。そして誰よりも心地よいその胸に、いつまでも頬を寄せ続けた。
クルニーアは、そんなエルミラエルの儚げな温もりに胸をときめかせながら、密かに心の中で何度もその名を呼んだ。冷たく不穏な雨が全身に降り注いでいたが、心はどんな時よりも熱かった。
しかしこの何千年も後、彼は変わらずにいることがどれ程難しいことであるかを知る。そしてこの約束を破る決意が、彼の人生を大きく変えてしまうことになるのである。
「まだ助かる!助かります!二つの木の光を閉じ込めた、あなたの作品なら……」
だが、フェアノールはアイウェンディルの手を振り払って、地面に叩きつけた。そして、ぞっとするような冷たい声で言い放った。
「シルマリルは、誰にも渡さぬ」
「フェアノール!血迷ったか!」
叫ぶマンウェを無視してヴァリノールを去る準備を始めようとしたフェアノールの背を、マンドスが地底から沸き出るような恐ろしい声で呼び止めた。
「フェアノール。お前は、その傲慢によって大切なものと引き換えに、宝を失うことであろう」
「ふん。あなたの予言など、未だかつて一度も当たらなかったではないですか!」
「傲るな、イルーヴァタールの子よ」
「私はフェアノールだぞ?お前たちの中の誰よりも素晴らしい創造をやってのけた!私はフェアノールだ!」
彼がそう叫んだときだった。突然、伝令が息急ききって飛び込んできた。
「申し上げます!フェアノール様、お父上がお亡くなりに」
この知らせに、場内は更に混乱を極めた。自分の祖父に当たるフィンウェの死は、エルミラエルにとっても衝撃的な凶報だった。
「何故……何故だ。何故死んだ!我らイルーヴァタールの子は、下らぬ理由では死なぬはず!」
「それが……お留守の間に、メルコール様が来られて……シルマリルを奪うと、お父上様を手にかけて……」
伝令の言葉を最後まで待たず、フェアノールは地面に膝から崩れ落ちた。マンドスの予言が、一言一句たがわず成就したのだ。呆然とするフェアノールを無視して、クルニーアは膝をついてヤヴァンナを見上げた。
「ヤヴァンナ様。とにかく、先ほどの樹液で再生を図ってみては?」
「そうね……」
ヤヴァンナは二つの木の樹液を、どす黒く変色した傷口に塗ってみた。だが、効果はない。闇に対して、寄せ集めの光はあまりに無力だった。クルニーアは闇の力の強大さにうちひしがれ、俯くことしか出来なかった。
「クルニーア、お前は頑張った。精一杯頑張ったのだから、顔を上げよ」
アウレはクルニーアの肩を抱いて、今にも泣き出しそうな部下を言葉で慰めた。一方、フェアノールは地面に座り込んだまま、メルコールが逃げ帰った方向を睨み付けている。そして怒りに打ち震える声で、こう呟いた。
「────モルゴス……!」
それは、エルフ語で「エルフの敵」という意味の言葉だった。フェアノールは立ち上がると、曇天の空に向かって吼えた。
「モルゴーース!!貴様を、私は許さん!この手でお前の喉を切り裂き、忌まわしき創造物など全て葬り去ってやる!待っておれ!ノルドールのフェアノールは、決してこの恨みを忘れぬ!」
エルミラエルは狂ったように叫ぶフェアノールを、虚ろな瞳で見つめていた。妹の頭に肩を貸していたガラドリエルが、その髪を優しく撫でた。
「もう、苦しまずとも良いのです。メルコールは、我らが敵。それにあなたは、あやつと友としての縁を切ったのですから」
「ええ……そうね、お姉様」
しかし、思い出は永久に消すことはできない。エルミラエルは、メルコールと友として過ごした日々を振り返りながら目を閉じた。もう、永遠に戻ってくることはない。
それならいっそ、何も知らないあの頃に戻りたい。一体、何を間違えたのか。エルミラエルは、口を抑えて嗚咽を漏らした。
やがて、失意の中に雨が降り始めた。雨足は強くなり、やがて雷雨となった。それでもまだ泣いているエルミラエルに気づいたクルニーアは、風邪を引かないように自分のガウンを頭に掛けてやると、黙って目の前に膝を折って座った。エルミラエルは彼に抱きつくと、顔を胸に埋めて泣いた。
「クルニーア……!」
「おぉ……泣くでない。そなたに涙は似合わぬ」
「クルニーア、あなたはどこにも行かないわよね?ベレグーア様みたいに、変わったりしないわよね?」
「もちろん。わしはわしのまま。永遠に、そなたが友として思うてくれたクルニーアのままでおろう」
ガラドリエルは、クルニーアの異常なほどに優しい声色に気づいていたが、敢えて何も言わなかった。今は、悲しみにうちひしがれる妹の心を癒す人が必要だったからだ。
クルニーアの魔力がこもった声は、エルミラエルの悲しみも痛みも和らげてくれた。彼女はクルニーアの腕の中で、自分は全て失った訳ではないのだと知った。そして誰よりも心地よいその胸に、いつまでも頬を寄せ続けた。
クルニーアは、そんなエルミラエルの儚げな温もりに胸をときめかせながら、密かに心の中で何度もその名を呼んだ。冷たく不穏な雨が全身に降り注いでいたが、心はどんな時よりも熱かった。
しかしこの何千年も後、彼は変わらずにいることがどれ程難しいことであるかを知る。そしてこの約束を破る決意が、彼の人生を大きく変えてしまうことになるのである。