六章、悲劇の始まり
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祝祭日の前夜、エルミラエルはバルコニーからヴァリノールの都を見下ろしていた。
「────綺麗であろう?」
彼女が振り向いた先には、クルニーアが立っていた。
「わしは、この都が好きだ。全てが整っていて、一つも狂うことはない。計られたように物事が行き通り、不調和は存在しない」
「あなたらしい好みね」
「だが、そなたは真逆だ。フィナルフィンの娘、エルミラエルよ」
クルニーアは隣に並ぶと、都の方に目を向けたままそう言った。エルミラエルは、また嫌みを言うのだろうと思いながら口を尖らせた。だが、今回はそうではなかった。
「……わしは、そういうそなたが嫌いではない。どうしてかと聞かれると、いつも分からん。そなたはいつでも想像の範疇をあっさりと越えてくるし、予定調和などという言葉は相応しくない」
クルニーアはそこまで言うと、エルミラエルの方を見て笑った。
「わしは、そんなそなたが羨ましいのかもしれん。本当は、いつだってそうありたいと思っているのやもしれんな」
エルミラエルはその言葉に驚いて、隣にいるマイアールを見た。そして、星々の光を受けて輝くその顔立ちの美しさに目を奪われた。
「不思議だな。そなたには、何でも話せる気がする。まぁ、聞いておる側にとっては迷惑な話だとは思うが……」
初めて、クルニーアは誰かに心を許すことが出来た気がした。アウレにも、オローリンにも、アイウェンディルにも言えないような事であっても、不思議とエルミラエルには簡単に話せる。
けれど、それは自分だけが思っていることなのだろう。クルニーアは途端に悲しくなって、バルコニーの手すりに視線を落とした。だが、そんな彼の手をエルミラエルは優しく握って微笑みかけた。
「迷惑だなんて、思うわけないじゃない。何でも話せて当たり前よ。だって、私たちは友達なんだから」
「エルミラエル……」
友達とは、見つめられるだけで胸が熱くなり、傍に居ないだけで心が苦しくなるものなのだろうか。クルニーアは、僅かにはにかみながらも笑った。
彼が抱いている思いは、友情ではなく愛情であることも知らず。
翌日、エルミラエルとクルニーアは祝宴の会場に集ったエルフたちとヴァラールたちの人数を見て、壮大な宴が開かれると確信した。その中にはフェアノールとその息子たち、そしてもちろんフィナルフィンの子達も含まれていた。エルミラエルはガラドリエルを見つけると、大きく手を振った。
「お姉様ーーー!!」
「エルミラエル!恥ずかしいから止めなさい!」
フィナルフィンの叱責も聞かず、エルミラエルは姉のもとに駆け寄った。
「お姉様、聞いて。私、クルニーアと共に歌うの!」
「そう、それは楽しみだわ」
「……フィナルフィンの娘らよ」
姉妹が談笑していると、突然隣にフェアノールが現れた。その場の空気が一気に張り詰める。ガラドリエルは表情を曇らせて、彼に頭を下げた。
「フェアノール様、御無沙汰しております」
「お前が美しい髪をくれずとも、私は至高の作品を完成させたぞ。その髪が並べば霞むほどに美しい宝石、シルマリルをな」
ガラドリエルはフェアノールを嫌悪の眼差しで睨み付けた。エルミラエルは二人の間に漂うただならぬ空気を察し、口をつぐんだ。すると、フェアノールは彼女に向き直った。
「……お前は、災いを背負い込む。マイアール──よりにもよって、嫌われ者のクルニーアと心を通わせる、恥知らずのエルフめ」
フェアノールの言葉が、エルミラエルの心に火を投げ込んだ。怒りの焔は一気に燃え上がり、次の瞬間火の粉を散らした。
「クルニーアは、我が友です。人を敬う礼儀を解さぬ者に、彼を貶める資格はありません」
「何と……随分、強情な性格だ。図々しさは祖母に似たか?」
「フェアノール、そろそろ止めなさい」
事態を納めるべく仲裁したのは、いつになく真剣な眼差しのアウレだった。フェアノールはエルミラエルを鼻で笑うと、そのまま席へと向かっていった。彼女は立ち去る叔父の背中に舌を出すと、クルニーアの方を見た。案の定、傷ついたようすの彼は地面を黙って眺めている。エルミラエルはそんな彼の背中を思いきり叩いた。
「痛っ!!な、何をするんじゃ!」
「元気だしてよ!あんな、いけすかないエルフの言うことなんて放っておけば良いもの。誰が何と言おうが、クルニーアは私の友達だし、世界で一番愛すべきマイアールなんだから」
エルミラエルの言葉の一つ一つは、クルニーアの心を満たしてくれるものだった。彼は暖かな思いに包まれると、友の顔を見て頷いた。
そして笛の音が鳴り響き、宴の始まりが告げられた。彼らはまだ知らない。この宴の始まりが、長きに渡る戦の始まりになるとは。
エルミラエルとクルニーアの歌は、集まった客人を大いに沸かせ、会場を盛り上げた。ヴァラールたちは、上機嫌に踊ったり歌ったりしている。アウレに至っては、酒樽を抱えて大はしゃぎしていた。隣でワインを嗜むミスランディアは、すっかり出来上がっているアウレを諌めた。
「アウレ様、飲み過ぎですよ」
「やかましい!今日は祝祭日だぞ!休みだ!それともオローリン。お前も飲むか?ええ?」
「やめておけ、オローリン。アウレ様は酔うと厄介だ」
眉間にしわを寄せて首を横に振るクルニーアにさえ、アウレはお構い無く絡んできた。
「クルニーアー!!こっちへ来るかぁ?」
「いえ、結構です」
「そう言わず!ほら!エルミラエル姫、こいつはかなりの酒豪でな。けっこう強いんだぞ」
「止めてください!」
と言いながらも、クルニーアは差し出されたワインを飲み干した。かなりの量があったはずだが、けろっとしている。
「すごいじゃない。大丈夫なのね」
「ワインとは、少量を嗜むものです!これはビールの飲み方ですぞ」
「ビールの方が好きか?」
「違います!」
顔を真っ赤にして怒るクルニーアが面白くて、エルミラエルが笑った。
「何が面白いんじゃ。全く……」
「だって、本気で怒るんだもの」
「あのなぁ……」
クルニーアが何かを言おうとしたときだった。アイウェンディルが席に飛び込んできて、二人の手を引っ張った。
「クルモ!エルミラエル姫!踊りましょう!」
「わ、わしは興味ない」
頑なに拒むクルニーアの背中を、マンウェがそっと押した。
「行ってこい。酔っぱらいヴァラールの介抱は私がする」
「こら、マンウェ。誰が酔っぱらいヴァラールだ」
「どう見ても酔っぱらいでしょうに」
アウレに絡まれているマンウェに一礼すると、クルニーアは渋々踊る群衆の中に入った。隣を見ると、既にエルミラエルはミスランディアやアイウェンディルたちと共に踊って楽しんでいた。クルニーアは突然独りぼっちになった気がして、下を向いた。
すると、誰かが彼の手を握った。エルミラエルだった。
「踊りましょう、クルニーア!」
「あ……ああ。そうしよう」
彼女は赤面するクルニーアの手を取って、周りがするように踊り始めた。二人は同じリズムでステップを踏み、曲に体を委ねた。
このまま、永遠にこの時が続けば良いのに。
クルニーアの心の中に、そんな願いが浮かんできた。
エルミラエルは、わしにとって特別な存在だから。誰にも代えがたい、たった一人の存在だから。彼女は、我が魂の片割れ────
そう思った瞬間、何かが音を立てて彼の頭の中で弾けた。感情の渦が思考を飲み込み、周りの全てが雑踏と化す。耳に聞こえてくるものは、自分の吐息と高鳴る鼓動だけ。
この感覚は……友情ではなかったのか。
クルニーアは、エルミラエルの美しい瞳の奥を見つめた。果たして、彼女は同じ気持ちになってくれるのだろうか。いや、もう同じ気持ちなのだろうか。
クルニーアはようやく、自分の病が何であるかを悟ってしまった。恋────それが彼の病の名前。己の魂の片割れを探し求める、甘く切ない気持ち。
一体、いつからこんな風に慕うようになったのだろうか。クルニーアは記憶を必死にたどった。しかし、いくら考えても答えが見つかる様子はない。
そうか……初めて会うたときから、このわしはずっと彼女を好いておったのか。
詩の中でしか触れたことのなかった好きという気持ちは、クルニーアにとっては夏の新緑のように新鮮だった。そして、どんな言葉でも語り尽くせない程に、彼女を愛していることを知った。どんな言葉も彼女の美しさを形容することは出来ないし、どんな詩も彼女の些細な部分に現れる愛らしさを吟うことは出来ないと、クルニーアは確信していた。
彼女こそが、イルーヴァタールの傑作だ。エルが生み出した、至高の子だ。
触れることすらおこがましく思え、クルニーアは無意識にその手を離した。エルミラエルが目を丸くして彼を見つめる。
「クルニーア?どうしたの?」
「え……あ……」
そんな目で見ないでくれ。この思いが、悟られてしまうではないか。
何も話せないクルニーアの様子に、エルミラエルはますます心配を募らせた。
「大丈夫?何だか……すごく手が熱いけど」
「なっ、何でもない。大丈夫じゃ」
「やっぱり酔ってるのよ。気分が優れないなら、戻りましょう」
エルミラエルに言われるがまま、クルニーアは席に戻った。水を持ってきたエルミラエルは、相手が死にそうなくらいに胸をときめかせていることも知らず、頬に手を当てた。
「うーん、やっぱり酔ってるわね。耳まで真っ赤だもの」
「なっ、何じゃと!?」
これはいかん。クルニーアは慌てて水を飲み干し、頬と耳を美しい髪で隠した。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。どうしたの?」
「何でもない。わしは至って元気じゃ」
「嘘ばっかり。ちょっと休んだら?ほら、横になって」
エルミラエルは何も考えず、クルニーアの肩を押した。その手が柔らかく、そして暖かかったので、彼は愛しさのあまり反射的に自分の手を添えてしまった。
「あ……」
もちろん、驚いたのはエルミラエルの方だった。突然手を重ねられたことに戸惑う彼女の鼓動は、力強く跳ね上がった。彼女は慌てて視線を、クルニーアの真っ直ぐな瞳から逸らした。全て悟られてしまいそうな気がしたからだった。
一体、何を悟られて困るというのか。エルミラエルが思考を振り切って何かを言おうと口ごもったときだった。
突如として辺りを闇が覆い尽くし、祝祭の喜びが悲鳴に変わった。そしてその直後、戸惑う人々の目に信じ難い光景が飛び込んできた。
「木が……二つの木が!」
ヴァラールが創造した万物の中で最も美しいとされていた二つの木が、どす黒く変色し始めたのだ。一体、何が起こったのか。エルミラエルは闇の中で目を凝らした。
そして、驚くべき人物がその場に現れたことを知った。彼女は息をのんで、それから我を忘れて立ち上がると、ふらふらと歩き始めた。
「そんな……嘘……」
その人は、二つの木に黒い槍を突き刺し、満足げな笑みを浮かべていた。エルミラエルは彼に向かって叫んだ。
「────ベレグーア様!」
その人────ベレグーアことメルコールは、はっと顔を上げた。エルミラエルは彼に駆け寄ろうとしたが、クルニーアが間に割って入った。
「危ない!近づくでない」
「ベレグーア様!どうしてこんなことを!?どうして!?」
「エルミラエル……どうして、君がここに?」
クルニーアの腕から身を乗り出して、エルミラエルは悲痛な叫びを上げた。メルコールの方も、エルミラエルがヴァリノールに居ることに対し、驚きを隠せずにいた。
「二人とも、下がっておれ!メルコール、今すぐそこを離れなさい」
先程まで酔っていたはずのアウレが立ち上がった。彼の髪は怒りで逆立ち、瞳は普段の笑顔や言動からは想像もつかないほどに、燃え盛る炉の焔のように鋭い。彼は即座に巨大な鎚を創り出すと、メルコールに向けた。
「さもなくば、お前がかつて我が創造物を破壊した如く、私がお前を破壊する」
「それは面白い!」
メルコールは槍を幹から引き抜くと、アウレに向けて不敵な笑みを浮かべた。それは、エルミラエルの知っている男がするような表情ではなかった。
「──────闇よ。姿を現すがいい。そして、存分に喰らうがいい」
メルコールがそう言った瞬間、闇が引いた。そして新たな脅威が、その姿を現した。
「あたし、お腹すいたの」
闇から現れたのは、巨大という言葉さえも相応しくないほどに大柄な蜘蛛だった。
「さぁ、ウンゴリアント。二つの木を味わうがいい」
「食べていいの?やったぁ!」
一体、彼らは何を話しているのか。誰もが息を呑むばかりでいる中、独りクルニーアだけは素早く行動を始めていた。彼は咄嗟に拾った空の杯に二つの木の樹液を取ると、木の創造主であるヤヴァンナに渡した。
「これを。恐らく必要になるはず」
それから彼は直ぐにエルミラエルの方を見た。立ち尽くす彼女の目の前には、巨体の雌蜘蛛────ウンゴリアントが迫っている。クルニーアは地面を蹴って走り、間一髪でエルミラエルを救いだした。
「何よ、あんた。邪魔ね。そのアホ女と一緒に消えな」
「貴様、さては堕落したマイアールじゃな?」
「うるさいわね。後で食べてやる」
二つの木に向かおうとするウンゴリアントの足にしがみついたクルニーアは、ミスランディアに叫んだ。
「杖を!」
ミスランディアは隣に立て掛けてあった杖を取ると、クルニーアめがけて投げた。彼は器用にそれを受け取ると、木の樹液を吸い始めているウンゴリアントに突き立てた。光が直撃したことで、蜘蛛は怯んで木から口を放した。
「邪魔しないで!このジジイ!」
「ジジイか。その言い草なら、わしが誰であるかは知らんようだな」
クルニーアは立ち上がると、ウンゴリアントを睨み付けた。普段から決して温厚な表情ではないが、今の彼には視線で相手を射殺す力さえあるように思われる。
「貴様は二つ、わしに言うてはならんことを言った」
杖を構え直しながら、彼は敵意を剥き出しにする蜘蛛に朗々と告げた。
「一つは、わしの容姿のこと。そしてもう一つは……」
クルニーアは後ろで震えているエルミラエルに、少しだけ微笑んだ。それから激しい怒りを込めて、強力な魔力の込められた言葉を放った。
「もう一つは、我が友を貶めたことだ」
その言葉を聞いて、アウレと戦っていたメルコールは全てを悟った。何故、エルミラエルにクルニーアが友として傍に居るのか。何故、身を呈してまで守ろうとしたのか。そして何故、己への罵りよりも、彼女への罵詈雑言の方に腹を立てているのか。
────────全て、見抜いたぞ。我が目を欺けるとでも思うたか!
そう。メルコールは、クルニーアと同じ思いをエルミラエルに寄せていた。同じくらいに激しく、燃えるような恋情を。
彼は怒りに任せて槍を振るい、アウレの鎚を破壊した。そして、二つの木に充分な損害が出ていることを確認すると、彼はウンゴリアントを呼び寄せた。それから、エルミラエルに手を差し伸べた。
「さぁ、エルミラエル。共に来てくれ。君に全ての祝福を与えよう。私が、世界を創り直す。君の望むものは、全て私が創り出そう」
エルミラエルは、地面に座り込んだ状態でかつての友を見上げた。その瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。
「エルミラエル。約束したはずだ。例え私がどのようであろうとも、変わらず友でいてくれると」
「したわ。約束した。けれど、それはあなたとではない。私は、ベレグーア様と約束したの。メルコール様ではないわ」
「ベレグーアは、メルコールだ。私は私だ!」
メルコールは激昂した。その声は一連の山々を崩し、大粒の雨を抱えた嵐を呼んだ。
「来い、エルミラエル。そなたは私のものだ。わが友だ」
エルミラエルは差し出された手を払いのけて立ち上がった。
「こんなことしなくても、友達だって思ってた」
彼女は冷ややかな視線を投げつけ、メルコールに告げた。
「でも、今ようやくわかったわ。私の、本当の友達が誰なのかってことが」
「よせ……止めろ!そいつは駄目だ!そいつだけは!」
メルコールの叫びを無視して、エルミラエルは戦いで疲弊したクルニーアの手を取った。そして、強い口調でこう言い放った。
「あなたの望む世界は、独りで創ってちょうだい。それは、私の望む世界ではないから。友達なら、望まないことを強制したりなんてしない。でも、あなたは止めない。それは、自分の野望だから。友達だなんて、最初から求めていなかったから」
「エルミラエル、違うんだ」
「あなたが求めていたのは、自分の野心の成就。そして、私はその道具でしか無かった」
「違う……そうではない……そうではない!」
そうではない。野心の成就の先に、君との未来があるんだ。メルコールはそう言おうとしたが、ヴァラールの手先であるトゥルカスが応援に駆けつけたのを見て、闇に再び戻っていった。彼はもう一度だけ、エルミラエルの方を見た。闇の切れ間から見た彼女の視線は、とても冷淡なものだった。雪解け水のように、それはメルコールの肌に刺さった。
そして、次に覚えたのは怒りであり、憤激だった。至高のヴァラールが、マイアールごときに敗北を期したこと。そして、一人の女性の感情さえ思い通りにならない力を嘆いた。
彼は吠えた。力の限り、大地を揺るがす声で吠えた。けれど、その破壊の爪先程度でさえも、心の傷が癒えることはなかった。
ヴァリノールから闇が遠退いたのは、それからすぐ後だった。毅然としていたはずのエルミラエルは、改めて事の重大さに気づいてその場に倒れこんだ。それを身体で支えたのは、自らも疲弊しきっていたクルニーアだった。彼の腕の中で安心したのか、エルミラエルは泣き出した。
「私……私……友達だと思ったのに……なんで……なんで……」
「騙されたのだ。……気の毒に」
クルニーアはエルミラエルの頭を優しく撫でた。それから、顔を上げた彼女の涙を拭ってやった。
「クルニーア……私、とても悲しいわ。悲しいなんて言葉がちっぽけに見えるくらい……」
「大丈夫。このわしが傍におる。そなたの友は、あの男一人では無かろう?」
その言葉が、どれ程心強かったか。エルミラエルは再び泣き出すと、クルニーア────唯一の友に強く抱きついた。
「そなたは、わしが守る。例え、どんなことがあろうとも。そなたの手を、離したりはせん」
何故なら、わしはそなたを愛しておるから。
クルニーアはエルミラエルの背中をさすりながら、アングバンドの方角を睨み付けた。
メルコール。貴様には、彼女を渡したりはせん。
これが世に言い伝えられている、二つの木の枯死の真相である。だが、一体だれが想像しただろうか。これを越える悲劇が、これからメルコールの手で生み出されていくことを。
「────綺麗であろう?」
彼女が振り向いた先には、クルニーアが立っていた。
「わしは、この都が好きだ。全てが整っていて、一つも狂うことはない。計られたように物事が行き通り、不調和は存在しない」
「あなたらしい好みね」
「だが、そなたは真逆だ。フィナルフィンの娘、エルミラエルよ」
クルニーアは隣に並ぶと、都の方に目を向けたままそう言った。エルミラエルは、また嫌みを言うのだろうと思いながら口を尖らせた。だが、今回はそうではなかった。
「……わしは、そういうそなたが嫌いではない。どうしてかと聞かれると、いつも分からん。そなたはいつでも想像の範疇をあっさりと越えてくるし、予定調和などという言葉は相応しくない」
クルニーアはそこまで言うと、エルミラエルの方を見て笑った。
「わしは、そんなそなたが羨ましいのかもしれん。本当は、いつだってそうありたいと思っているのやもしれんな」
エルミラエルはその言葉に驚いて、隣にいるマイアールを見た。そして、星々の光を受けて輝くその顔立ちの美しさに目を奪われた。
「不思議だな。そなたには、何でも話せる気がする。まぁ、聞いておる側にとっては迷惑な話だとは思うが……」
初めて、クルニーアは誰かに心を許すことが出来た気がした。アウレにも、オローリンにも、アイウェンディルにも言えないような事であっても、不思議とエルミラエルには簡単に話せる。
けれど、それは自分だけが思っていることなのだろう。クルニーアは途端に悲しくなって、バルコニーの手すりに視線を落とした。だが、そんな彼の手をエルミラエルは優しく握って微笑みかけた。
「迷惑だなんて、思うわけないじゃない。何でも話せて当たり前よ。だって、私たちは友達なんだから」
「エルミラエル……」
友達とは、見つめられるだけで胸が熱くなり、傍に居ないだけで心が苦しくなるものなのだろうか。クルニーアは、僅かにはにかみながらも笑った。
彼が抱いている思いは、友情ではなく愛情であることも知らず。
翌日、エルミラエルとクルニーアは祝宴の会場に集ったエルフたちとヴァラールたちの人数を見て、壮大な宴が開かれると確信した。その中にはフェアノールとその息子たち、そしてもちろんフィナルフィンの子達も含まれていた。エルミラエルはガラドリエルを見つけると、大きく手を振った。
「お姉様ーーー!!」
「エルミラエル!恥ずかしいから止めなさい!」
フィナルフィンの叱責も聞かず、エルミラエルは姉のもとに駆け寄った。
「お姉様、聞いて。私、クルニーアと共に歌うの!」
「そう、それは楽しみだわ」
「……フィナルフィンの娘らよ」
姉妹が談笑していると、突然隣にフェアノールが現れた。その場の空気が一気に張り詰める。ガラドリエルは表情を曇らせて、彼に頭を下げた。
「フェアノール様、御無沙汰しております」
「お前が美しい髪をくれずとも、私は至高の作品を完成させたぞ。その髪が並べば霞むほどに美しい宝石、シルマリルをな」
ガラドリエルはフェアノールを嫌悪の眼差しで睨み付けた。エルミラエルは二人の間に漂うただならぬ空気を察し、口をつぐんだ。すると、フェアノールは彼女に向き直った。
「……お前は、災いを背負い込む。マイアール──よりにもよって、嫌われ者のクルニーアと心を通わせる、恥知らずのエルフめ」
フェアノールの言葉が、エルミラエルの心に火を投げ込んだ。怒りの焔は一気に燃え上がり、次の瞬間火の粉を散らした。
「クルニーアは、我が友です。人を敬う礼儀を解さぬ者に、彼を貶める資格はありません」
「何と……随分、強情な性格だ。図々しさは祖母に似たか?」
「フェアノール、そろそろ止めなさい」
事態を納めるべく仲裁したのは、いつになく真剣な眼差しのアウレだった。フェアノールはエルミラエルを鼻で笑うと、そのまま席へと向かっていった。彼女は立ち去る叔父の背中に舌を出すと、クルニーアの方を見た。案の定、傷ついたようすの彼は地面を黙って眺めている。エルミラエルはそんな彼の背中を思いきり叩いた。
「痛っ!!な、何をするんじゃ!」
「元気だしてよ!あんな、いけすかないエルフの言うことなんて放っておけば良いもの。誰が何と言おうが、クルニーアは私の友達だし、世界で一番愛すべきマイアールなんだから」
エルミラエルの言葉の一つ一つは、クルニーアの心を満たしてくれるものだった。彼は暖かな思いに包まれると、友の顔を見て頷いた。
そして笛の音が鳴り響き、宴の始まりが告げられた。彼らはまだ知らない。この宴の始まりが、長きに渡る戦の始まりになるとは。
エルミラエルとクルニーアの歌は、集まった客人を大いに沸かせ、会場を盛り上げた。ヴァラールたちは、上機嫌に踊ったり歌ったりしている。アウレに至っては、酒樽を抱えて大はしゃぎしていた。隣でワインを嗜むミスランディアは、すっかり出来上がっているアウレを諌めた。
「アウレ様、飲み過ぎですよ」
「やかましい!今日は祝祭日だぞ!休みだ!それともオローリン。お前も飲むか?ええ?」
「やめておけ、オローリン。アウレ様は酔うと厄介だ」
眉間にしわを寄せて首を横に振るクルニーアにさえ、アウレはお構い無く絡んできた。
「クルニーアー!!こっちへ来るかぁ?」
「いえ、結構です」
「そう言わず!ほら!エルミラエル姫、こいつはかなりの酒豪でな。けっこう強いんだぞ」
「止めてください!」
と言いながらも、クルニーアは差し出されたワインを飲み干した。かなりの量があったはずだが、けろっとしている。
「すごいじゃない。大丈夫なのね」
「ワインとは、少量を嗜むものです!これはビールの飲み方ですぞ」
「ビールの方が好きか?」
「違います!」
顔を真っ赤にして怒るクルニーアが面白くて、エルミラエルが笑った。
「何が面白いんじゃ。全く……」
「だって、本気で怒るんだもの」
「あのなぁ……」
クルニーアが何かを言おうとしたときだった。アイウェンディルが席に飛び込んできて、二人の手を引っ張った。
「クルモ!エルミラエル姫!踊りましょう!」
「わ、わしは興味ない」
頑なに拒むクルニーアの背中を、マンウェがそっと押した。
「行ってこい。酔っぱらいヴァラールの介抱は私がする」
「こら、マンウェ。誰が酔っぱらいヴァラールだ」
「どう見ても酔っぱらいでしょうに」
アウレに絡まれているマンウェに一礼すると、クルニーアは渋々踊る群衆の中に入った。隣を見ると、既にエルミラエルはミスランディアやアイウェンディルたちと共に踊って楽しんでいた。クルニーアは突然独りぼっちになった気がして、下を向いた。
すると、誰かが彼の手を握った。エルミラエルだった。
「踊りましょう、クルニーア!」
「あ……ああ。そうしよう」
彼女は赤面するクルニーアの手を取って、周りがするように踊り始めた。二人は同じリズムでステップを踏み、曲に体を委ねた。
このまま、永遠にこの時が続けば良いのに。
クルニーアの心の中に、そんな願いが浮かんできた。
エルミラエルは、わしにとって特別な存在だから。誰にも代えがたい、たった一人の存在だから。彼女は、我が魂の片割れ────
そう思った瞬間、何かが音を立てて彼の頭の中で弾けた。感情の渦が思考を飲み込み、周りの全てが雑踏と化す。耳に聞こえてくるものは、自分の吐息と高鳴る鼓動だけ。
この感覚は……友情ではなかったのか。
クルニーアは、エルミラエルの美しい瞳の奥を見つめた。果たして、彼女は同じ気持ちになってくれるのだろうか。いや、もう同じ気持ちなのだろうか。
クルニーアはようやく、自分の病が何であるかを悟ってしまった。恋────それが彼の病の名前。己の魂の片割れを探し求める、甘く切ない気持ち。
一体、いつからこんな風に慕うようになったのだろうか。クルニーアは記憶を必死にたどった。しかし、いくら考えても答えが見つかる様子はない。
そうか……初めて会うたときから、このわしはずっと彼女を好いておったのか。
詩の中でしか触れたことのなかった好きという気持ちは、クルニーアにとっては夏の新緑のように新鮮だった。そして、どんな言葉でも語り尽くせない程に、彼女を愛していることを知った。どんな言葉も彼女の美しさを形容することは出来ないし、どんな詩も彼女の些細な部分に現れる愛らしさを吟うことは出来ないと、クルニーアは確信していた。
彼女こそが、イルーヴァタールの傑作だ。エルが生み出した、至高の子だ。
触れることすらおこがましく思え、クルニーアは無意識にその手を離した。エルミラエルが目を丸くして彼を見つめる。
「クルニーア?どうしたの?」
「え……あ……」
そんな目で見ないでくれ。この思いが、悟られてしまうではないか。
何も話せないクルニーアの様子に、エルミラエルはますます心配を募らせた。
「大丈夫?何だか……すごく手が熱いけど」
「なっ、何でもない。大丈夫じゃ」
「やっぱり酔ってるのよ。気分が優れないなら、戻りましょう」
エルミラエルに言われるがまま、クルニーアは席に戻った。水を持ってきたエルミラエルは、相手が死にそうなくらいに胸をときめかせていることも知らず、頬に手を当てた。
「うーん、やっぱり酔ってるわね。耳まで真っ赤だもの」
「なっ、何じゃと!?」
これはいかん。クルニーアは慌てて水を飲み干し、頬と耳を美しい髪で隠した。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。どうしたの?」
「何でもない。わしは至って元気じゃ」
「嘘ばっかり。ちょっと休んだら?ほら、横になって」
エルミラエルは何も考えず、クルニーアの肩を押した。その手が柔らかく、そして暖かかったので、彼は愛しさのあまり反射的に自分の手を添えてしまった。
「あ……」
もちろん、驚いたのはエルミラエルの方だった。突然手を重ねられたことに戸惑う彼女の鼓動は、力強く跳ね上がった。彼女は慌てて視線を、クルニーアの真っ直ぐな瞳から逸らした。全て悟られてしまいそうな気がしたからだった。
一体、何を悟られて困るというのか。エルミラエルが思考を振り切って何かを言おうと口ごもったときだった。
突如として辺りを闇が覆い尽くし、祝祭の喜びが悲鳴に変わった。そしてその直後、戸惑う人々の目に信じ難い光景が飛び込んできた。
「木が……二つの木が!」
ヴァラールが創造した万物の中で最も美しいとされていた二つの木が、どす黒く変色し始めたのだ。一体、何が起こったのか。エルミラエルは闇の中で目を凝らした。
そして、驚くべき人物がその場に現れたことを知った。彼女は息をのんで、それから我を忘れて立ち上がると、ふらふらと歩き始めた。
「そんな……嘘……」
その人は、二つの木に黒い槍を突き刺し、満足げな笑みを浮かべていた。エルミラエルは彼に向かって叫んだ。
「────ベレグーア様!」
その人────ベレグーアことメルコールは、はっと顔を上げた。エルミラエルは彼に駆け寄ろうとしたが、クルニーアが間に割って入った。
「危ない!近づくでない」
「ベレグーア様!どうしてこんなことを!?どうして!?」
「エルミラエル……どうして、君がここに?」
クルニーアの腕から身を乗り出して、エルミラエルは悲痛な叫びを上げた。メルコールの方も、エルミラエルがヴァリノールに居ることに対し、驚きを隠せずにいた。
「二人とも、下がっておれ!メルコール、今すぐそこを離れなさい」
先程まで酔っていたはずのアウレが立ち上がった。彼の髪は怒りで逆立ち、瞳は普段の笑顔や言動からは想像もつかないほどに、燃え盛る炉の焔のように鋭い。彼は即座に巨大な鎚を創り出すと、メルコールに向けた。
「さもなくば、お前がかつて我が創造物を破壊した如く、私がお前を破壊する」
「それは面白い!」
メルコールは槍を幹から引き抜くと、アウレに向けて不敵な笑みを浮かべた。それは、エルミラエルの知っている男がするような表情ではなかった。
「──────闇よ。姿を現すがいい。そして、存分に喰らうがいい」
メルコールがそう言った瞬間、闇が引いた。そして新たな脅威が、その姿を現した。
「あたし、お腹すいたの」
闇から現れたのは、巨大という言葉さえも相応しくないほどに大柄な蜘蛛だった。
「さぁ、ウンゴリアント。二つの木を味わうがいい」
「食べていいの?やったぁ!」
一体、彼らは何を話しているのか。誰もが息を呑むばかりでいる中、独りクルニーアだけは素早く行動を始めていた。彼は咄嗟に拾った空の杯に二つの木の樹液を取ると、木の創造主であるヤヴァンナに渡した。
「これを。恐らく必要になるはず」
それから彼は直ぐにエルミラエルの方を見た。立ち尽くす彼女の目の前には、巨体の雌蜘蛛────ウンゴリアントが迫っている。クルニーアは地面を蹴って走り、間一髪でエルミラエルを救いだした。
「何よ、あんた。邪魔ね。そのアホ女と一緒に消えな」
「貴様、さては堕落したマイアールじゃな?」
「うるさいわね。後で食べてやる」
二つの木に向かおうとするウンゴリアントの足にしがみついたクルニーアは、ミスランディアに叫んだ。
「杖を!」
ミスランディアは隣に立て掛けてあった杖を取ると、クルニーアめがけて投げた。彼は器用にそれを受け取ると、木の樹液を吸い始めているウンゴリアントに突き立てた。光が直撃したことで、蜘蛛は怯んで木から口を放した。
「邪魔しないで!このジジイ!」
「ジジイか。その言い草なら、わしが誰であるかは知らんようだな」
クルニーアは立ち上がると、ウンゴリアントを睨み付けた。普段から決して温厚な表情ではないが、今の彼には視線で相手を射殺す力さえあるように思われる。
「貴様は二つ、わしに言うてはならんことを言った」
杖を構え直しながら、彼は敵意を剥き出しにする蜘蛛に朗々と告げた。
「一つは、わしの容姿のこと。そしてもう一つは……」
クルニーアは後ろで震えているエルミラエルに、少しだけ微笑んだ。それから激しい怒りを込めて、強力な魔力の込められた言葉を放った。
「もう一つは、我が友を貶めたことだ」
その言葉を聞いて、アウレと戦っていたメルコールは全てを悟った。何故、エルミラエルにクルニーアが友として傍に居るのか。何故、身を呈してまで守ろうとしたのか。そして何故、己への罵りよりも、彼女への罵詈雑言の方に腹を立てているのか。
────────全て、見抜いたぞ。我が目を欺けるとでも思うたか!
そう。メルコールは、クルニーアと同じ思いをエルミラエルに寄せていた。同じくらいに激しく、燃えるような恋情を。
彼は怒りに任せて槍を振るい、アウレの鎚を破壊した。そして、二つの木に充分な損害が出ていることを確認すると、彼はウンゴリアントを呼び寄せた。それから、エルミラエルに手を差し伸べた。
「さぁ、エルミラエル。共に来てくれ。君に全ての祝福を与えよう。私が、世界を創り直す。君の望むものは、全て私が創り出そう」
エルミラエルは、地面に座り込んだ状態でかつての友を見上げた。その瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。
「エルミラエル。約束したはずだ。例え私がどのようであろうとも、変わらず友でいてくれると」
「したわ。約束した。けれど、それはあなたとではない。私は、ベレグーア様と約束したの。メルコール様ではないわ」
「ベレグーアは、メルコールだ。私は私だ!」
メルコールは激昂した。その声は一連の山々を崩し、大粒の雨を抱えた嵐を呼んだ。
「来い、エルミラエル。そなたは私のものだ。わが友だ」
エルミラエルは差し出された手を払いのけて立ち上がった。
「こんなことしなくても、友達だって思ってた」
彼女は冷ややかな視線を投げつけ、メルコールに告げた。
「でも、今ようやくわかったわ。私の、本当の友達が誰なのかってことが」
「よせ……止めろ!そいつは駄目だ!そいつだけは!」
メルコールの叫びを無視して、エルミラエルは戦いで疲弊したクルニーアの手を取った。そして、強い口調でこう言い放った。
「あなたの望む世界は、独りで創ってちょうだい。それは、私の望む世界ではないから。友達なら、望まないことを強制したりなんてしない。でも、あなたは止めない。それは、自分の野望だから。友達だなんて、最初から求めていなかったから」
「エルミラエル、違うんだ」
「あなたが求めていたのは、自分の野心の成就。そして、私はその道具でしか無かった」
「違う……そうではない……そうではない!」
そうではない。野心の成就の先に、君との未来があるんだ。メルコールはそう言おうとしたが、ヴァラールの手先であるトゥルカスが応援に駆けつけたのを見て、闇に再び戻っていった。彼はもう一度だけ、エルミラエルの方を見た。闇の切れ間から見た彼女の視線は、とても冷淡なものだった。雪解け水のように、それはメルコールの肌に刺さった。
そして、次に覚えたのは怒りであり、憤激だった。至高のヴァラールが、マイアールごときに敗北を期したこと。そして、一人の女性の感情さえ思い通りにならない力を嘆いた。
彼は吠えた。力の限り、大地を揺るがす声で吠えた。けれど、その破壊の爪先程度でさえも、心の傷が癒えることはなかった。
ヴァリノールから闇が遠退いたのは、それからすぐ後だった。毅然としていたはずのエルミラエルは、改めて事の重大さに気づいてその場に倒れこんだ。それを身体で支えたのは、自らも疲弊しきっていたクルニーアだった。彼の腕の中で安心したのか、エルミラエルは泣き出した。
「私……私……友達だと思ったのに……なんで……なんで……」
「騙されたのだ。……気の毒に」
クルニーアはエルミラエルの頭を優しく撫でた。それから、顔を上げた彼女の涙を拭ってやった。
「クルニーア……私、とても悲しいわ。悲しいなんて言葉がちっぽけに見えるくらい……」
「大丈夫。このわしが傍におる。そなたの友は、あの男一人では無かろう?」
その言葉が、どれ程心強かったか。エルミラエルは再び泣き出すと、クルニーア────唯一の友に強く抱きついた。
「そなたは、わしが守る。例え、どんなことがあろうとも。そなたの手を、離したりはせん」
何故なら、わしはそなたを愛しておるから。
クルニーアはエルミラエルの背中をさすりながら、アングバンドの方角を睨み付けた。
メルコール。貴様には、彼女を渡したりはせん。
これが世に言い伝えられている、二つの木の枯死の真相である。だが、一体だれが想像しただろうか。これを越える悲劇が、これからメルコールの手で生み出されていくことを。