四章、ときめきの輝き
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エルミラエルとクルニーアが、すっかり古き友に見間違える程に親しくなった頃のことだった。突然、ヴァリノールの祝祭日に行かないかと誘ってきたのだ。
「それって、私が行っても大丈夫なの?」
「もちろん!数多のヴァラールたちが集まり、歌や音楽、詩や躍りさえも披露されるだろう」
ヴァリノールに行ったことがなかったエルミラエルにとって、クルニーアの申し出はとても魅力的なものだった。だから、彼女は満面の笑みで快諾した。
「じゃあ、一緒に行く!クルニーア、迎えに来てね」
その頼みに、クルニーアは疑問を覚えた。
「フィナルフィン様やガラドリエル様も来られるのでは?共に行けば良いのに」
「私はたぶん留守番よ。出来損ないの娘を、向こうだって晒したくないでしょう」
ふてくされるエルミラエルの事情を察すると、クルニーアはそれ以上何も言わず頷いた。それから当日の朝に迎えに来ると約束を交わし、二人は別れた。
エルミラエルは喜びを抑えきれず、服選びを始めていた。同じ衣装部屋を使うガラドリエルが、隣で不思議そうに首をかしげている。
「エルミラエル、何をしているの?」
「何って、服選びよ!ヴァリノールの祝祭日に行くの!夢みたい!」
ガラドリエルは失笑と共に、ため息をついた。姉の態度が癪に障ったのか、エルミラエルは口をへの字に曲げた。
「何よ。何が面白いのよ」
「だってエルミラエル、まだ祝祭日まで一週間以上あるわ」
「いいじゃない!ちゃんと招待状も貰ったんだし」
クルニーアから別れ際に渡された招待状を姉の鼻先に突き出し、エルミラエルは再び服選びに戻った。招待状に視線を落としたガラドリエルは、招待主に意外な人物の名前が書かれていることに驚いた。
「クルニーアじゃない。最近仲が良いのね」
「ええ、親友だから」
「エルミラエル、あの人は──」
「分かってるって。あの人はマイアールで、私はエルフなんでしょ。それがどうしたのよ」
あっさり流そうとしている妹に、ガラドリエルは厳しい口調で告げた。
「エルミラエル。マイアールとは親しくなれないのよ」
「そう。ヴァラールはいいのに?私の友達は誰がなんと言おうと、クルニーアなの」
「親しくという言葉の意味を、解っていないようね。慕ってはならないということよ」
その場に妙な沈黙が漂った。だが次の瞬間、エルミラエルは腹を抱えて大笑いし始めた。
「なっ、何が面白いの!?私は真面目に注意を……」
「クルニーアを私が?あははははっ!無い無い!あり得ないなら安心して!あの人は私の友達だけど、ときめきとかそんなこと、何一つ感じたことは無いから」
そう言い切ってから、徐にエルミラエルは服を探す手を止めた。後ろの方で、ガラドリエルのため息が聞こえる。
果たして、本当に一切ときめいたことが無かっただろうか。そんな疑問が突如として頭をよぎる。
「まさか、ね」
エルミラエルは肩をすくめると、再び服選びに集中し直すことにした。着飾った服を見せたい相手が、深層心理の中ではクルニーアであると気づくこともなく。
一方、クルニーアはミスランディアと共に書物を読んでいた。アイウェンディル(後のラダガスト)にも連絡を入れたのだが、一向にやって来る気配はない。いつもならそのことについてクルニーアが文句を述べ始めるのだが、今日は違った。どこか上の空で、そもそもアイウェンディルが来ていないことすら気づいていないらしい。ミスランディアは恐る恐る、クルニーアを覗き込んだ。
「……おや?」
「なっ、何じゃ!オ、オローリンか……びっくりさせるな」
「クルモ殿。本が、上下逆です」
慌ててクルニーア(クルモはマイアールとしての本名であり、クルニーアはシンダール語名。ミスランディアもシンダール語名で、本名はオローリンである)は、本をひっくり返した。ところが、ミスランディアの失笑は止まらない。涙を浮かべながら笑う彼は、震える指先でクルニーアを指差した。
「こりゃあ、傑作ですな……!!ははは!クルモ殿、本は元から逆になってはおりませんでしたよ」
「こやつ……わしを騙しおったな!?」
「そんなに上の空で、一体何を考えておられたのです?」
杖で殴ろうと立ち上がったクルニーアだったが、ミスランディアのこの問いに言葉を無くして、大人しく再び席についた。どう説明すれば良いかと必死に思案を巡らしていると、丁度良いところにアイウェンディルが現れた。
「クルモ!オローリン!待たせたな!」
「遅い!今を何時だと思っておる」
「へへん。そんな物差しで測ったような人生、楽しくなかろう?」
「なっ……」
正論だ。クルニーアはついに黙り込んでしまった。アイウェンディルのことは腹立たしいが、今日は彼に救われた。心の中で感謝の念を覚えながらも、やはり反りが合わない男だと、クルニーアは悪態をつくのだった。
日が暮れて解散になったあと、ミスランディアはアイウェンディルを呼び止めた。話題はもちろん、クルニーアのことだった。
「アイウェンディル、最近クルモの様子がおかしいと思わんか?」
「あいつが?いつも通りだったぞ。何かあったのか?」
「ああ。何というか、いつもより落ち着きがないというか……上の空というか……ソワソワしている気がするんじゃ」
ミスランディアの話を聞き終わって、アイウェンディルは少し考えた。そして徐にこんなことを提案してきた。
「……つけてみるか?」
「止めておけ!あのクルモが気づかんと思うか?」
「大丈夫。小鳥ならばれんよ」
そう言って、アイウェンディルは美しい小鳥を放った。それから振り返って、楽しそうに笑いをこらえながらミスランディアに尋ねた。
「さて。万が一、まずいものでもみたらどうする?」
「そのときは黙っておく。余程大きな問題でなければな」
その言葉にアイウェンディルが口を尖らせる。
「どうせだったら、ちょっと虐めてみたい気もするがな……」
「まぁ……ちょっとした借りを作るには悪くないな」
ミスランディアがウィンクをして、悪戯っ子のように笑う。こうして二人の小さな秘密の共有が始まったことを、クルニーアは知る由も無かった。
クルニーアは自室に戻ると、自分の頬を叩いた。
「愚か者!しっかりせい!」
それから頭を左右に振り、何かを振り払ってから椅子に腰掛けた。それでも物憂げな瞳は治らない。
「わしは……どうしてしまったんじゃろうか」
目を閉じて仮眠しようとしても、落ち着かずにすぐ目を開けてしまう。何故なら、残像のように焼き付いたエルミラエルの笑顔が現れてしまうから。
「あぁ!何なんじゃ、これは!」
考えないように頑張ってみてだめなら、考えてみればいい。そう思ったものの、いざ考え始めると強い動悸に襲われる。胸の奥が苦しくて、息が出来ない。老人の病に似たようなのものがあることは知っていたが、外見だけが老人なだけで、身体の働きは二十歳の若者と同じなのであり得るはずがない。
「一体……これは……?」
至高の知恵を持つ自分にすら分からないこの症状を、クルニーアは酷く恐れた。そして原因を究明すべく、ありとあらゆる書物を手に取り始めた。
そう。これは彼の予想通り、病である。その名は、恋。クルニーアはエルミラエルに、友情を遥かに越えた愛情を寄せ始めていた。彼はこの姫に心を開き、これまでどんな美しいイルーヴァタールの子にすら抱かなかった思慕を覚えたのだ。
しかし、彼は人の姿に縛られたマイア。イルーヴァタールの子を愛した罪の重さを、クルニーアはまだ知らなかった。
祝祭日を翌日に控えたエルミラエルは、浮き足立つ心を抑えながら眠りにつく支度をしていた。すると、突然強い風が彼女の頬に吹きつけたので、驚きのあまり目を閉じてしまった。目を開けた彼女は、またもや間髪いれず驚かされた。
「────ベレグーア様!」
「元気にしていたか?エルミラエル」
「ええ。お久しぶりです」
目の前には、いつの間にかメルコールが立っていた。エルミラエルは久々に会う友に駆け寄り、満面の笑みで出迎えた。だが、今日の彼はいつもと少しだけ違っていた。
「エルミラエル、今日はすぐに帰らねばならないんだ。ここに来たのは、約束して欲しいからだ」
「約束?どんな?」
「例え私がどのようであろうとも、変わらず友でいてくれると」
深刻な顔をしてそう言うメルコールを、エルミラエルはしばらくの間見つめていた。それからすぐに、彼女は笑顔で大きく頷いた。
「うん!もちろん。あなたは私の友よ」
「そうか。では、またいつか」
「さようなら!ベレグーア様」
エルミラエルは背を向けて立ち去ろうとしているメルコールに、力一杯手を振った。その姿があまりに愛しくて、彼は少しだけ足を止めて振り返った。黒髪のヴァラは名残惜しそうに目を細めたが、やがていつものように闇の中に姿を消した。何故なら、これが親友として交わす別れの挨拶としては最期になることを、メルコールはただ一人だけ知っていたから。
翌朝、部屋の外にはエルミラエルを迎えに来たクルニーアが立っていた。しかも、いつもならローブを羽織っているのに、今日はオフホワイトの礼服だけを着ていた。留められているベルトの位置から、すらりとした均衡の整った体型であることがよくわかる。そのいつもと違う服装に、偶然隣を通りかかったガラドリエルが足を止めた。普段から見上げるほど背が高いことは知っていたが、彼女がわざわざ立ち止まって思わず眺めてしまうほどに足の長さが目立つのだ。
「……あれ以外の服を持っていらっしゃったなんて。意外です」
「たまには変えねば。流石に飽きてしまいます」
「そうですか」
それにしても足が長いなと言いたげに、ガラドリエルはまじまじとクルニーアの体つきを眺めた。顔立ち自体は悪くないことは、口にこそ出さないが彼女も認めていた。これで見目が老人で無く、もう少し柔和な性格であれば、どれ程の女性に思いを寄せられていたことだろうかと思うと、何となく気の毒な気もする。
そんなことを考えていると、部屋の戸が開いた。遅いぞと小言を言おうと口を開いたクルニーアだったが、その唇から文句が発せられることは無かった。
部屋から出てきたエルミラエルの姿が、あまりに眩しかったからだ。髪は光の祝福を受けて輝き、瞳は夜空を映す硝子のように透明で、煌めきながらも深い色をしていた。薄桃色の唇は陶器のように滑らかで、白い肌は雪のように透き通っている。白に近い若草色のドレスは、彼女の優しさと芯の強さに隠れた儚さを引き立てていた。
言葉を無くして立ち尽くしているクルニーアに、エルミラエルは微笑みを向けた。
「お待たせしました、クルニーア」
「あ……ああ。ゆ、行くぞ」
慌てて背を向け、白髪のマイアは歩きだした。その頬と耳が真っ赤に染まっていたことを、ガラドリエルが見逃すはずは無かった。
「それって、私が行っても大丈夫なの?」
「もちろん!数多のヴァラールたちが集まり、歌や音楽、詩や躍りさえも披露されるだろう」
ヴァリノールに行ったことがなかったエルミラエルにとって、クルニーアの申し出はとても魅力的なものだった。だから、彼女は満面の笑みで快諾した。
「じゃあ、一緒に行く!クルニーア、迎えに来てね」
その頼みに、クルニーアは疑問を覚えた。
「フィナルフィン様やガラドリエル様も来られるのでは?共に行けば良いのに」
「私はたぶん留守番よ。出来損ないの娘を、向こうだって晒したくないでしょう」
ふてくされるエルミラエルの事情を察すると、クルニーアはそれ以上何も言わず頷いた。それから当日の朝に迎えに来ると約束を交わし、二人は別れた。
エルミラエルは喜びを抑えきれず、服選びを始めていた。同じ衣装部屋を使うガラドリエルが、隣で不思議そうに首をかしげている。
「エルミラエル、何をしているの?」
「何って、服選びよ!ヴァリノールの祝祭日に行くの!夢みたい!」
ガラドリエルは失笑と共に、ため息をついた。姉の態度が癪に障ったのか、エルミラエルは口をへの字に曲げた。
「何よ。何が面白いのよ」
「だってエルミラエル、まだ祝祭日まで一週間以上あるわ」
「いいじゃない!ちゃんと招待状も貰ったんだし」
クルニーアから別れ際に渡された招待状を姉の鼻先に突き出し、エルミラエルは再び服選びに戻った。招待状に視線を落としたガラドリエルは、招待主に意外な人物の名前が書かれていることに驚いた。
「クルニーアじゃない。最近仲が良いのね」
「ええ、親友だから」
「エルミラエル、あの人は──」
「分かってるって。あの人はマイアールで、私はエルフなんでしょ。それがどうしたのよ」
あっさり流そうとしている妹に、ガラドリエルは厳しい口調で告げた。
「エルミラエル。マイアールとは親しくなれないのよ」
「そう。ヴァラールはいいのに?私の友達は誰がなんと言おうと、クルニーアなの」
「親しくという言葉の意味を、解っていないようね。慕ってはならないということよ」
その場に妙な沈黙が漂った。だが次の瞬間、エルミラエルは腹を抱えて大笑いし始めた。
「なっ、何が面白いの!?私は真面目に注意を……」
「クルニーアを私が?あははははっ!無い無い!あり得ないなら安心して!あの人は私の友達だけど、ときめきとかそんなこと、何一つ感じたことは無いから」
そう言い切ってから、徐にエルミラエルは服を探す手を止めた。後ろの方で、ガラドリエルのため息が聞こえる。
果たして、本当に一切ときめいたことが無かっただろうか。そんな疑問が突如として頭をよぎる。
「まさか、ね」
エルミラエルは肩をすくめると、再び服選びに集中し直すことにした。着飾った服を見せたい相手が、深層心理の中ではクルニーアであると気づくこともなく。
一方、クルニーアはミスランディアと共に書物を読んでいた。アイウェンディル(後のラダガスト)にも連絡を入れたのだが、一向にやって来る気配はない。いつもならそのことについてクルニーアが文句を述べ始めるのだが、今日は違った。どこか上の空で、そもそもアイウェンディルが来ていないことすら気づいていないらしい。ミスランディアは恐る恐る、クルニーアを覗き込んだ。
「……おや?」
「なっ、何じゃ!オ、オローリンか……びっくりさせるな」
「クルモ殿。本が、上下逆です」
慌ててクルニーア(クルモはマイアールとしての本名であり、クルニーアはシンダール語名。ミスランディアもシンダール語名で、本名はオローリンである)は、本をひっくり返した。ところが、ミスランディアの失笑は止まらない。涙を浮かべながら笑う彼は、震える指先でクルニーアを指差した。
「こりゃあ、傑作ですな……!!ははは!クルモ殿、本は元から逆になってはおりませんでしたよ」
「こやつ……わしを騙しおったな!?」
「そんなに上の空で、一体何を考えておられたのです?」
杖で殴ろうと立ち上がったクルニーアだったが、ミスランディアのこの問いに言葉を無くして、大人しく再び席についた。どう説明すれば良いかと必死に思案を巡らしていると、丁度良いところにアイウェンディルが現れた。
「クルモ!オローリン!待たせたな!」
「遅い!今を何時だと思っておる」
「へへん。そんな物差しで測ったような人生、楽しくなかろう?」
「なっ……」
正論だ。クルニーアはついに黙り込んでしまった。アイウェンディルのことは腹立たしいが、今日は彼に救われた。心の中で感謝の念を覚えながらも、やはり反りが合わない男だと、クルニーアは悪態をつくのだった。
日が暮れて解散になったあと、ミスランディアはアイウェンディルを呼び止めた。話題はもちろん、クルニーアのことだった。
「アイウェンディル、最近クルモの様子がおかしいと思わんか?」
「あいつが?いつも通りだったぞ。何かあったのか?」
「ああ。何というか、いつもより落ち着きがないというか……上の空というか……ソワソワしている気がするんじゃ」
ミスランディアの話を聞き終わって、アイウェンディルは少し考えた。そして徐にこんなことを提案してきた。
「……つけてみるか?」
「止めておけ!あのクルモが気づかんと思うか?」
「大丈夫。小鳥ならばれんよ」
そう言って、アイウェンディルは美しい小鳥を放った。それから振り返って、楽しそうに笑いをこらえながらミスランディアに尋ねた。
「さて。万が一、まずいものでもみたらどうする?」
「そのときは黙っておく。余程大きな問題でなければな」
その言葉にアイウェンディルが口を尖らせる。
「どうせだったら、ちょっと虐めてみたい気もするがな……」
「まぁ……ちょっとした借りを作るには悪くないな」
ミスランディアがウィンクをして、悪戯っ子のように笑う。こうして二人の小さな秘密の共有が始まったことを、クルニーアは知る由も無かった。
クルニーアは自室に戻ると、自分の頬を叩いた。
「愚か者!しっかりせい!」
それから頭を左右に振り、何かを振り払ってから椅子に腰掛けた。それでも物憂げな瞳は治らない。
「わしは……どうしてしまったんじゃろうか」
目を閉じて仮眠しようとしても、落ち着かずにすぐ目を開けてしまう。何故なら、残像のように焼き付いたエルミラエルの笑顔が現れてしまうから。
「あぁ!何なんじゃ、これは!」
考えないように頑張ってみてだめなら、考えてみればいい。そう思ったものの、いざ考え始めると強い動悸に襲われる。胸の奥が苦しくて、息が出来ない。老人の病に似たようなのものがあることは知っていたが、外見だけが老人なだけで、身体の働きは二十歳の若者と同じなのであり得るはずがない。
「一体……これは……?」
至高の知恵を持つ自分にすら分からないこの症状を、クルニーアは酷く恐れた。そして原因を究明すべく、ありとあらゆる書物を手に取り始めた。
そう。これは彼の予想通り、病である。その名は、恋。クルニーアはエルミラエルに、友情を遥かに越えた愛情を寄せ始めていた。彼はこの姫に心を開き、これまでどんな美しいイルーヴァタールの子にすら抱かなかった思慕を覚えたのだ。
しかし、彼は人の姿に縛られたマイア。イルーヴァタールの子を愛した罪の重さを、クルニーアはまだ知らなかった。
祝祭日を翌日に控えたエルミラエルは、浮き足立つ心を抑えながら眠りにつく支度をしていた。すると、突然強い風が彼女の頬に吹きつけたので、驚きのあまり目を閉じてしまった。目を開けた彼女は、またもや間髪いれず驚かされた。
「────ベレグーア様!」
「元気にしていたか?エルミラエル」
「ええ。お久しぶりです」
目の前には、いつの間にかメルコールが立っていた。エルミラエルは久々に会う友に駆け寄り、満面の笑みで出迎えた。だが、今日の彼はいつもと少しだけ違っていた。
「エルミラエル、今日はすぐに帰らねばならないんだ。ここに来たのは、約束して欲しいからだ」
「約束?どんな?」
「例え私がどのようであろうとも、変わらず友でいてくれると」
深刻な顔をしてそう言うメルコールを、エルミラエルはしばらくの間見つめていた。それからすぐに、彼女は笑顔で大きく頷いた。
「うん!もちろん。あなたは私の友よ」
「そうか。では、またいつか」
「さようなら!ベレグーア様」
エルミラエルは背を向けて立ち去ろうとしているメルコールに、力一杯手を振った。その姿があまりに愛しくて、彼は少しだけ足を止めて振り返った。黒髪のヴァラは名残惜しそうに目を細めたが、やがていつものように闇の中に姿を消した。何故なら、これが親友として交わす別れの挨拶としては最期になることを、メルコールはただ一人だけ知っていたから。
翌朝、部屋の外にはエルミラエルを迎えに来たクルニーアが立っていた。しかも、いつもならローブを羽織っているのに、今日はオフホワイトの礼服だけを着ていた。留められているベルトの位置から、すらりとした均衡の整った体型であることがよくわかる。そのいつもと違う服装に、偶然隣を通りかかったガラドリエルが足を止めた。普段から見上げるほど背が高いことは知っていたが、彼女がわざわざ立ち止まって思わず眺めてしまうほどに足の長さが目立つのだ。
「……あれ以外の服を持っていらっしゃったなんて。意外です」
「たまには変えねば。流石に飽きてしまいます」
「そうですか」
それにしても足が長いなと言いたげに、ガラドリエルはまじまじとクルニーアの体つきを眺めた。顔立ち自体は悪くないことは、口にこそ出さないが彼女も認めていた。これで見目が老人で無く、もう少し柔和な性格であれば、どれ程の女性に思いを寄せられていたことだろうかと思うと、何となく気の毒な気もする。
そんなことを考えていると、部屋の戸が開いた。遅いぞと小言を言おうと口を開いたクルニーアだったが、その唇から文句が発せられることは無かった。
部屋から出てきたエルミラエルの姿が、あまりに眩しかったからだ。髪は光の祝福を受けて輝き、瞳は夜空を映す硝子のように透明で、煌めきながらも深い色をしていた。薄桃色の唇は陶器のように滑らかで、白い肌は雪のように透き通っている。白に近い若草色のドレスは、彼女の優しさと芯の強さに隠れた儚さを引き立てていた。
言葉を無くして立ち尽くしているクルニーアに、エルミラエルは微笑みを向けた。
「お待たせしました、クルニーア」
「あ……ああ。ゆ、行くぞ」
慌てて背を向け、白髪のマイアは歩きだした。その頬と耳が真っ赤に染まっていたことを、ガラドリエルが見逃すはずは無かった。