マスターちゃんとホクサイくん
【キミより可愛い子】
日除けのパラソルの下に敷かれたレジャーシート。
白いワンピースに麦わら帽子を被った彼女が、ぱらりと本のページを捲る。
海辺で読書というのは良い。たとえそれが、雑踏の中であったとしても。
観光地として有名なとあるビーチで、彼女は余暇を過ごしていた。あえてプライベートビーチにしなかったのは、目立つことを避けるためだ。人混みの中に紛れた方が、プライベートが守られる。人というのは、案外周りを見ていないものだ。
貴銃士を数人連れてきているが、みな好きなように遊ばせている。この余暇は、連勤続きの彼らを慰るためでもある。部下に休暇を与えるなんて、私は出来たマスターだ。お陰で今日は彼らの監督から逃れて、自由を謳歌することができる。……と、これが彼女の本音であった。つまるところ、子育てから離れて自分の時間が欲しい母親の心情なのである。
しかし、曲者揃いの貴銃士たちが、大人しく彼女に自由を差し出すわけもない。
「マスタ〜!」
にこにこと嬉しそうな笑顔で戻ってきたのはホクサイだ。
「見てみて〜! ボクちゃんが可愛いからって、綺麗なお姉さんが奢ってくれたんだ〜。はい、あげる!」
彼が差し出したのはかき氷。例の如くブルーハワイだ。彼女は既に満腹で、これ以上は食べられない。なぜなら、こうして彼が戦利品を手に戻ってきたのは、これで三度目だからだ。それでも、毎度律儀に貢ぎ物を持ってくるホクサイは、やはり可愛い。
「ありがとう」
手元の本を膝に置いた彼女は微笑む。そうして受け取ったかき氷を、流れるような所作で、隣のゴーストに受け渡す。ゴーストはかき氷を口に含み、「またブルーハワイかいな」と不満を漏らした。
「マスターは泳がないの?」紺青色の水着に、同色のパーカーを羽織ったホクサイが、彼女の隣に座り込む。「せっかくビーチに来てるのに〜」
「私は海辺で読書がしたいの。海は眺めているのが一番だもの」
「分かるわ……」かき氷をつつくゴーストが、彼女の言葉に頷いた。
ところで、先ほどホクサイは「綺麗なお姉さん」が奢ってくれた、と言っていた。プルシアンブルーにしか目がない彼にも、女性を「綺麗」と形容する感性があるのだな、と彼女は意外に思った。綺麗と言うのは、自分のタイプだった、ということだろうか。後学のためにも、ここは掘り下げておきたいところだ。
「貴方にかき氷を奢ってくださったお姉さんは、どんな方だったの?」
「どんなって?」ホクサイは不思議そうに首を傾げる。
「外見の話よ。綺麗な方だったのでしょう?」
「うんうん! あれはねぇ、とても綺麗な水着だったよ」
「もしかしてもしかしなくても、それはプルシアンブルーの水着?」
「マスター大正解〜」何で分かったの、とホクサイはヘラヘラ笑っている。
彼の感性に期待をした数分前の自分の思考が哀れだった。結局彼はいつも通り、プルシアンブルーにしか目がない子だった。これ以上掘り下げるまでもない。
「貴方も海で遊んで来たら?」ホクサイの通常運転に安心したところで、彼女はそう提案した。
「何か貰っても、いちいち私のところへ戻って来なくて良いのよ。女性に声をかけられたら、そのまま彼女たちと遊んでいらっしゃいな」
そして私の読書の邪魔をしないでね、という本音は、心の中に留めておいた。
「う〜ん……」前へ放り出した両足を閉じたり開いたりしながら、考え込むようにホクサイは唸る。「だって、キミより可愛い子がいないんだもの」
「え?」手元の本を開こうとしていた彼女は、彼の呟きに驚いて、顔を上げた。「今、可愛いって……、私が?」
「変なの」驚いた様子の彼女を見て、ホクサイはアハハと愉快に笑った。
「いつも自分で自分のこと可愛いって言ってるのに、ボクちゃんが言うと驚くんだ?」
「黙れや」
彼女を困惑させるホクサイの後頭部に、ゴーストの踵が蹴りを入れる。
「いてっ」蹴られた頭を片手でおさえて、ホクサイは不満げに振り向いた。「っも〜何するのゴーストクン。てゆーかキミいつからいたの?」
「最初っから居ったわ。あんさんが戦利品の焼きそばと焼きトウモロコシとかき氷を嬉しそ〜にマスターのとこに持ってくんの、ずっと見とったで。その上さらっと口説きよって。もう見てられんわ」
「ゴーストクンのストーカー! マスターの背後霊!」
「しばくぞワレ」
「冗談だよ〜」怒ったゴーストから逃げるように、裸足のまま砂の上を走り出したホクサイが、ふと振り向いた。
「マスターより可愛い子なんているのかな?」
そう笑った青いパーカー姿が、人混みの中に消えてゆく。
「今度はイチゴ味がええな」
ホクサイが再び戦利品のかき氷を持ってくることを期待しているゴースト。
「……そうね」
彼の手前、動揺を見せるわけにもいかない彼女は、澄ました表情で読書を続ける。
本の内容など、全く頭に入らなかった。
数分後。
「マスター、ゴーストクン! 見てみて〜!」
三本のアメリカンドッグを持ったホクサイが、パラソルの下の二人目指して走ってくる。
「何やあいつ。逆ナン率半端ないねんな……」
はああと溜め息をつきながら、苦々しい表情で囁くゴースト。
「もうお腹いっぱいだし、読書は進まないし、何なのあの子」
色んな意味で、頭を抱えた。
日除けのパラソルの下に敷かれたレジャーシート。
白いワンピースに麦わら帽子を被った彼女が、ぱらりと本のページを捲る。
海辺で読書というのは良い。たとえそれが、雑踏の中であったとしても。
観光地として有名なとあるビーチで、彼女は余暇を過ごしていた。あえてプライベートビーチにしなかったのは、目立つことを避けるためだ。人混みの中に紛れた方が、プライベートが守られる。人というのは、案外周りを見ていないものだ。
貴銃士を数人連れてきているが、みな好きなように遊ばせている。この余暇は、連勤続きの彼らを慰るためでもある。部下に休暇を与えるなんて、私は出来たマスターだ。お陰で今日は彼らの監督から逃れて、自由を謳歌することができる。……と、これが彼女の本音であった。つまるところ、子育てから離れて自分の時間が欲しい母親の心情なのである。
しかし、曲者揃いの貴銃士たちが、大人しく彼女に自由を差し出すわけもない。
「マスタ〜!」
にこにこと嬉しそうな笑顔で戻ってきたのはホクサイだ。
「見てみて〜! ボクちゃんが可愛いからって、綺麗なお姉さんが奢ってくれたんだ〜。はい、あげる!」
彼が差し出したのはかき氷。例の如くブルーハワイだ。彼女は既に満腹で、これ以上は食べられない。なぜなら、こうして彼が戦利品を手に戻ってきたのは、これで三度目だからだ。それでも、毎度律儀に貢ぎ物を持ってくるホクサイは、やはり可愛い。
「ありがとう」
手元の本を膝に置いた彼女は微笑む。そうして受け取ったかき氷を、流れるような所作で、隣のゴーストに受け渡す。ゴーストはかき氷を口に含み、「またブルーハワイかいな」と不満を漏らした。
「マスターは泳がないの?」紺青色の水着に、同色のパーカーを羽織ったホクサイが、彼女の隣に座り込む。「せっかくビーチに来てるのに〜」
「私は海辺で読書がしたいの。海は眺めているのが一番だもの」
「分かるわ……」かき氷をつつくゴーストが、彼女の言葉に頷いた。
ところで、先ほどホクサイは「綺麗なお姉さん」が奢ってくれた、と言っていた。プルシアンブルーにしか目がない彼にも、女性を「綺麗」と形容する感性があるのだな、と彼女は意外に思った。綺麗と言うのは、自分のタイプだった、ということだろうか。後学のためにも、ここは掘り下げておきたいところだ。
「貴方にかき氷を奢ってくださったお姉さんは、どんな方だったの?」
「どんなって?」ホクサイは不思議そうに首を傾げる。
「外見の話よ。綺麗な方だったのでしょう?」
「うんうん! あれはねぇ、とても綺麗な水着だったよ」
「もしかしてもしかしなくても、それはプルシアンブルーの水着?」
「マスター大正解〜」何で分かったの、とホクサイはヘラヘラ笑っている。
彼の感性に期待をした数分前の自分の思考が哀れだった。結局彼はいつも通り、プルシアンブルーにしか目がない子だった。これ以上掘り下げるまでもない。
「貴方も海で遊んで来たら?」ホクサイの通常運転に安心したところで、彼女はそう提案した。
「何か貰っても、いちいち私のところへ戻って来なくて良いのよ。女性に声をかけられたら、そのまま彼女たちと遊んでいらっしゃいな」
そして私の読書の邪魔をしないでね、という本音は、心の中に留めておいた。
「う〜ん……」前へ放り出した両足を閉じたり開いたりしながら、考え込むようにホクサイは唸る。「だって、キミより可愛い子がいないんだもの」
「え?」手元の本を開こうとしていた彼女は、彼の呟きに驚いて、顔を上げた。「今、可愛いって……、私が?」
「変なの」驚いた様子の彼女を見て、ホクサイはアハハと愉快に笑った。
「いつも自分で自分のこと可愛いって言ってるのに、ボクちゃんが言うと驚くんだ?」
「黙れや」
彼女を困惑させるホクサイの後頭部に、ゴーストの踵が蹴りを入れる。
「いてっ」蹴られた頭を片手でおさえて、ホクサイは不満げに振り向いた。「っも〜何するのゴーストクン。てゆーかキミいつからいたの?」
「最初っから居ったわ。あんさんが戦利品の焼きそばと焼きトウモロコシとかき氷を嬉しそ〜にマスターのとこに持ってくんの、ずっと見とったで。その上さらっと口説きよって。もう見てられんわ」
「ゴーストクンのストーカー! マスターの背後霊!」
「しばくぞワレ」
「冗談だよ〜」怒ったゴーストから逃げるように、裸足のまま砂の上を走り出したホクサイが、ふと振り向いた。
「マスターより可愛い子なんているのかな?」
そう笑った青いパーカー姿が、人混みの中に消えてゆく。
「今度はイチゴ味がええな」
ホクサイが再び戦利品のかき氷を持ってくることを期待しているゴースト。
「……そうね」
彼の手前、動揺を見せるわけにもいかない彼女は、澄ました表情で読書を続ける。
本の内容など、全く頭に入らなかった。
数分後。
「マスター、ゴーストクン! 見てみて〜!」
三本のアメリカンドッグを持ったホクサイが、パラソルの下の二人目指して走ってくる。
「何やあいつ。逆ナン率半端ないねんな……」
はああと溜め息をつきながら、苦々しい表情で囁くゴースト。
「もうお腹いっぱいだし、読書は進まないし、何なのあの子」
色んな意味で、頭を抱えた。