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マスターちゃんとホクサイくん

【Madonna】



氷の洞窟の奥深くで、ボクのくしゃみは盛大に木霊した。コンサートホール並みの、見事な残響だ。ここでミカエルクンにピアノを演奏してもらえたら、きっと素晴らしいリサイタルになるに違いない。ピアノの鍵盤って凍るものなのだろうか、と余計な考察をし始める。
コートも手袋もなしに氷の洞窟へとやって来たボクに彼女が告げたのは、「馬鹿なの?」というシンプルな感想だった。
「貴方の我儘に付き合って、こんな辺鄙な場所に態々出向いたのよ」彼女は冷ややかにボクを一瞥し、さっさと洞窟の中へ入って行く。「迷惑だけはかけないで頂戴」
待ってよ〜と、温かそうなコートを着込んだ彼女の後ろについて行く。そうして、くしゃみが止まらない今に至る。
全身が氷の膜に覆われているように冷たい。
「もう」先を歩くマスターが、ぐずぐずと鼻を啜るボクを、心配そうに振り返る。「そんな軽装備で来るから……」
最初の反応が至極冷淡だったから、この心配そうな表情は付加価値が高い。振り子と同じ原理だ。冷たさと優しさの振幅は同等だけれど、振れ幅として見たらその差は大きい。一度落としてから上げる、というやつだ。
マスターはコートの前面を開け広げて、ほら、と目で合図した。広がるコートが、滑空するムササビの飛膜みたいだ。
「そのままじゃ風邪を引くわ。いらっしゃい」
どうやら、ボクをコートの内に招き入れて、寒さを凌がせてくれるようだった。
「マスターありがと〜。助かったよ〜」
二人で一つのコートを毛布のように羽織り、分け合う。
ほんのりと内に残る彼女の体温が、氷の膜をじんわりと溶かしてくれる気がする。
ぬるま湯に浸かっているみたい。
羊水に浮かぶ人の子も、きっとこんな感じだろう。
「キミってマリアみたいだ」母親の代名詞は、それしか知らない。
「マグダレーナ?」彼女が尋ねる。
「それ、皮肉かい?」笑うと息が白くなる。
聖母のつもりで言ってみたから、そっちの解釈は意外だった。





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