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side story

【ほんと馬鹿】



神社の石段に腰掛けたマスターの両足は、靴擦れの絆創膏だらけ。
「馬鹿ねぇ」痛々しい姿を眺めて、呆れたように呟いた。「浴衣でヒールなんて履くからよ」
「おしゃれは我慢。そうでしょ?」新品のサンダルを誇らしげに見下ろして、彼女は応える。
「靴擦れは女の勲章よ」

エフは、マスターに連れられて街の納涼祭に来ていた。途中まではファルも一緒だったが、彼は急な仕事が入り、そそくさと退散した。ファルがいなくなったから、やはりマスターは元気がない。彼女は、このお祭りのために浴衣を着て、自慢の黒髪を簪で結い、ヒールのサンダルを履いている。誰のために着飾っているのかは、明らかだった。

「ファルちゃんも馬鹿よねぇ。アンタを差し置いて、仕事を優先するなんて」
サンダルに包まれた、女の勲章だらけの足元。
この勲章も、相手に認めてもらわなければ意味がない。
「ええ」悔しそうに唇を噛んだ彼女は、言う。
「本当に……、馬鹿みたい」
「アタシじゃだめなわけ?」
ふと呟いた言葉に、はっと顔を上げるマスター。
聞こえなかった、という表情ではなさそうだ。
「アタシの顔も、なかなかだと思うんだけど」
優秀な兄に何処と無く似た風貌で、艶やかに微笑む。
ファルの弟、という肩書きは結構気に入っていた。
「何言ってるの」くすっと可笑しそうに笑い出す彼女は、泣き出しそうな表情だ。
「ファルがだめなら、今度は貴方だなんて。都合が良すぎるでしょう?」
マスターは馬鹿な女じゃない。
自分が歯牙にも掛けられないことを、ちゃんと知っている。
諦めなさいな、などと無責任な助言は出来ない。
それができたら苦労しないのだ。
マスターも、そしてアタシも。
「ご都合主義でもいいじゃないの」
彼女の華奢な肩を抱き寄せて、耳元でそっと囁いた。
恋は幻なのだから、少しくらい夢を見たって構いやしない。
「今だけはアタシのこと、ファルちゃんだと思って甘えなさい」

こんな風にしか励ますことができないアタシって、ほんと馬鹿。





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