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side story

【見ざる聞かざる言わざる】



「吊るしの安物で台無しです」
両手を上げてボディチェックを受けているファルが、隣の男を一瞥する。
「何の話〜?」
同じく両手を上げてボディチェックを受けているラブワンが、飄々と尋ねる。
「質の良いネクタイが、貴方の下品な容貌で台無しです、と言ったのですよ」
「あっはっは! ファルちんキッツ〜」
失礼しました、とセキュリティスタッフの男たちの手が離れる。武器を所持していないかと身体中を触られたので気持ちが悪い。だからファルの機嫌も悪いのだろう。
どうぞ奥へ、と開けられた道を素直に進むと、既にセキュリティチェックを終えたマスターとホクサイが、何やら話し込んでいる。
「遅かったのね」ファルとラブワンの気配に気づいた彼女が振り向く。黒いドレスの膝下丈の裾が、ふわりと揺れる。「何かあった?」
「この人の装飾がゴテゴテ派手なので、警戒されたのですよ」ちっと軽く舌を打ちながらファルが答える。「まったく。身なりには気を遣って欲しいものです」
「ファルちんってば、さっきからオイラにだけ手厳しくない?」
「パーティーかぁ。退屈だね」ファルとラブワンの話も無視して、ホクサイは猫のような欠伸を漏らした。「早く帰りたいな〜」



ミスター・ローガンにレジスタンスから接触があったと兵士から報告を受けたのは数日前。
ローガン氏は、古銃の収集・保存を世界帝府によって認められた古美術商で、軍内部でも名が知れている。その所以は、初代の世界帝が同氏と懇意にしていたからでもあった。初代の娘であるマスターも、ローガン氏と会ったことがあるらしい。
「ご機嫌よう。ローガン様」小首を傾げた彼女は、目の前の古美術商に愛想笑いを向ける。「お元気?」
彼女の纏う漆黒のドレスは、腰で絞られたレイヤード。胸にあしらわれた花柄のレース。肩にはケープ風のレースの襟そでを羽織っている。
「やあ、お嬢さん。すっかりご立派になられて……」
「社交辞令は結構よ」彼女は愛想笑いを浮かべたまま、ローガン氏の言葉を遮る。「今日は、私に古銃をプレゼントしてくださるのでしょう?」
「もちろんでございます。貴女に楯突くレジスタンスが所持する古銃は、このローガンが全て買い取らせていただきました」
「貴方の協力に感謝します。亡き父もきっと喜んでくださいましょう」
「そんな、滅相も無い」
他愛のない会話をしながら、ローガン氏は落ち着かない様子だった。話題が途切れた頃合いを見計らい、「ところで」と彼は口を開く。
「そちらの御仁は、一体……?」
黒いドレスを着た彼女の後ろに、スーツで粧し込んだ三人の青年が立っている。ボディガードにしては華やか過ぎるが、身内といった感じでもない。
「部下です」
彼女が笑顔で答えると、眼鏡の青年の表情が引き攣った。
「はあ、部下ですか。出世なさいましたなぁ」
疑う術を知らぬローガン氏の間抜け面に、金髪の青年は精一杯笑いを堪えている。
「我々はこれからパーティー会場へ向かいます」にやつく金髪を睨みつけながら、眼鏡の男は淡々と説明した。「当然、身分は隠します。ご心配には及びません」
「私たち、貴方の親戚ということになっていますの」片手を頰に当てた彼女が、ふふっと小さく微笑んだ。
「宜しくお願いしますね。ローガン叔父様」
「ああ、……ええ」叔父様と呼ばれたローガンは、たじろきながらも何とか笑顔をつくってみせた。「どうぞ、ごゆっくり」
片手を上げて挨拶をした彼女の後ろに、三人の「部下」が付いていく。
「ファルるん見た〜? あいつのニヤつく顔」はっと渇いた声で笑って、ラブワンは隣のファルに目配せをした。「姫の愛想笑いに見事にデレちゃってさ〜。どうする? お嫁にくださいなんて言われたら」
「ローガン氏が、私を?」ラブワンの冗談に、彼女は呆れ顔で振り向いた。「よして。親子ほど歳が離れてるのに」
「マスターの嫁ぎ先が決まるのであれば、私としては願ってもないことです」左手の腕時計で時刻を確認したファルは、そう言ってやれやれと溜め息を漏らす。「彼女は賞味期限が近いので」
「ちょっと。どういう意味よ」
「冷凍すれば半永久的に保存できるよ」
賞味期限という言葉の意味だけを拾ったホクサイが、全く脈絡のない発言をしたため、この会話はここで終わる。
廊下の壁際に等間隔に立っている雇われの兵士たちには、マスターと三人の特別幹部の件は伝達されている。いざとなれば、全兵士が雇い主であるローガンを差し置いて、マスターである彼女の命令に従うという手筈になっている。加えて、三人の貴銃士たちの本体はこの屋敷の中へ兵士たちに運び込ませた。体制は万全である。
「兵士ちゃんたちをこんだけ配備しておいて、何でオイラたちまで呼ばれるわけ? 姫に貴銃士の護衛が必要なら、ファルちん一人で十分じゃ〜ん?」
「だよねぇ〜」
ラブワンの指摘に、ウンウンと深く同意するホクサイ。彼が着ているのは、光沢のある濃紺のスーツ。光に当てると、カモフラージュ柄のような模様が浮かび上がる小洒落たデザインだ。
「貴方がたは、万が一のための保険です」
会場の扉の前で首元のネクタイを整えるファルは、防具を外しただけのいつも通りのスーツ姿。彼の場合は、通常服が華やかな場所にお呼ばれしても違和感の無い格好なので、着替える必要がほとんど無いのだ。
「さあ、みなさん。今夜はほどほどに楽しんでくださいね。では、後ほど」


***



『誰かに話しかけられても、決して喋ってはいけないわ』
ファルとラブワンのボディチェックを待っている間に、マスターにそう釘を刺された。どうしてと尋ねると、貴方が只者でないことがばれてしまうからよ、と笑いながら答えられる。
『いい? 絶対に口をきいてはダメよ』
この約束が守れたら新しい研究設備の増設を検討してくれると言うので、素直に従う。そんな自分が、ご褒美を餌に言うことを聞かされている幼子のように思えてならない。すっかり子供扱いだ。まあ、黙っているだけで研究設備の拡張が実現できるのだから、安いものか。
人と話す必要がないので、適当な壁に寄りかかり、パーティーの様子を観察しながらグラスを飲み干す。シャンパンだった。ビールの方が良かったな、と残念に思う。あの苦味が美味しいのに。
「ホクちんやっほ〜★ 楽しんでる?」
金髪の青年に突然話しかけられる。
ああ、この人ラブワンクンかぁ、と声を聞いて初めて気がつく。
今日の彼はトレードマークの星型サングラスを外している。頭のトゲトゲも無くなっている。服装も特注の花火柄のスーツではなく、濃いグレーの無地のジャケット、薄いグレーのベスト、黒いワイシャツの首元に白黒ストライプのネクタイ、といった様子だ。指にたくさんはめている指輪はそのままだった。
「あはっ、んなわけないか〜。ホクちん研究の方が好きだもんね〜。おまけにそれ、ビールが飲みたい〜って顔じゃん?」
少々酒が回っているのか、ラブワンは一人で陽気に喋っている。へらへらと笑いながら、ボクの肩に腕を回してきた。もっとも、彼の場合は素面でも陽気なので、酔っているかどうかは定かではない。
「ホクちんのさぁ、血を青くする研究ってどうなの? うまくいくの?」
首を捻って尋ねてくる彼に、肩を竦めて応えてみせる。さあね、という投げやりなジェスチャーだ。今のところ実現する見込みはないから、何とも言えない。
「じゃーやめちゃえば?」肩を抱かれたまま、耳元で低く囁かれた。
「どうせその血が青くなったって、誰もお前の中身なんて見やしないよ」
何を言われているのか、分からなかった。
空になったグラスを持ったまま、食い入るようにラブワンクンを見つめる。
彼の嘲るような微笑みを眺めて、ようやく事態が把握できた。
ボクちゃん、挑発されている。
「ホクちんが妙な人体実験で消耗すると、それを直すために、マスターが命を削って力を使う。オイラ、それが納得いかなくてさぁ。マスターに話しても、研究のためだから仕方ない、とか言っちゃって……」
はは、と彼の喉から息が漏れる。笑おうとしていたが、全然笑えていなかった。
「ふざけるなよ。あの力は、俺とライたんの為にあるんだ」
それは違う、と心の中で反論する。
マスターの力は、ボクたち全員のもので、共有するものだ。その力の根源に限りがあるだけ。オアシスの水と考え方は同じ。一番多くの水を獲得した者が、より長く生きられる。仲良く分け合うものではない。奪い合いなのだ。しかし、全て独り占めしようとすると、集中砲火で殺される。
マスターの力が自分たち兄弟だけの為にあると思っているこの兄も、そのうち潰されるだろうなぁ。
金髪の彼の冷酷な青い瞳。
目を逸らせば、遠巻きにこちらを眺めている女性たちと視線がぶつかる。
こっちに誘き寄せるため、にこりと笑みを浮かべてみせる。見目の良さには自信があるんだ。それはラブワンも同じなようで、爽やかな微笑みで、彼女たちを手招きしている。
「ちょっと可愛い顔してるからって、調子に乗るなよ」
「へえ?」その台詞が可笑しくて、ボクは笑った。「ボクちゃん、可愛いんだ?」
「良く言うよ〜。分かっててあの子たちを誘ったくせに〜」
後はキミに任せたよ、と壁伝いに出口へと歩き出す。パーティーでの立ち振る舞いは、ファルとラブワンに任せておけば十分だ。ボクが居たって意味はない。何か面白い事がないか、屋敷を探検してみよう、と思い立った。
「そーだ」数歩進んだところで、振り返り、微笑みかける。
「キミのジャム癖も、相当可愛いと思うけど?」
手を振っていたラブワンクンの、清廉な笑顔が凍りつく。
「じゃあね〜」
ボクもひらりと手を振って、素早くその場を後にする。
弾を撃ち込んだ獲物を見続けることなどしない。
ばたりと会場の扉を背後で閉めたところで、あ、とボクは思い出した。
約束、守れなかった。
大分喋っちゃったなぁ。


***



「ラブワンさん、派手に遊んでいますね」眉間に皺を寄せたファルが、はあと深い溜め息をつく。「ほどほどに、と言いましたよね? 私」
ラブワンは多くの女性に囲まれている。次々にグラスのワインを飲み干しては、まだ足りないと煽り出す。ラブワンの隣には、見知らぬ赤毛の青年が、同じくワインを飲み干している。どうやら、パーティー客の一人と飲み対決をしているらしい。女性たちは、その取り巻きだ。
「遠目に見ても、あの子の顔はやっぱり素敵」シャンパングラスを片手にほろ酔い気分のマスターは、ラブワンの飲みっぷりにうっとりと目を細める。「そう、あれは、ギリシア彫刻のよう」
「貴女はそう言いますが、彼の顔は意外と地味ですよ。パーツの一つ一つが整い過ぎて、これといった特徴がなく、ぼやけています」だから派手な格好をして人目を引こうとするのでは、というファルの考察が後に続く。
「それ、負け惜しみ?」まああ、と戯けた調子でファルを見上げる彼女。
「マスター、もう酔ったふりですか? 止してくださいよ、ざるのくせに」
「ざるだなんて」嗜む程度です、と彼女は反論する。
「ラブワンは地味なんかじゃないわ。よくご覧なさい」
「それはマスターの欲目というやつですね。彼は貴女が初めて召銃なさった貴銃士なので、特別にそう見えるのでしょう。まだホクサイさんの容貌の方に華がある、と私は思いますが」
「そういえば、ホクサイは?」彼女は目を丸くして、ざっと会場を見渡した。「どこにもいないわ」
「先ほど会場の外に出て行くところをお見かけしました」
「あら、そう。あの子ったら、もう飽きてしまったのね」
「貴女が喋るなと命令するから、つまらなくなったのでは?」
「だってあの子、口を開くと残念なところがあるの」秘密よ、と唇に人差し指を当てて彼女は囁く。「喋らなければ完璧なのに」
「貴女のその認識も酷いものですね」やれやれ、とファルは肩を竦めた。
二人はローガンの親戚ということで、パーティー会場で挨拶廻りをしていた。ローガンと同じく古美術商を営んでいる兄妹、という設定だ。全く顔が似ていないのに、誰も疑わないのだから笑ってしまう。
「気疲れしました」眼鏡を外して眉間を指で摘むファルは、そう独り言ちる。
古美術商に扮して美術の話をすること自体は構わないのだが、普段使わない会話の引き出しを用いたため、脳に余計な負荷がかかった。この疲労感を趣味に没頭して吹き飛ばしたい、と願う。そうだ、尋問しよう。いや、ここでは無理だ。しようと思って簡単にできる趣味ではないのが難点だ。
「マスター。提案があるのですが」
「急に何?」
「ここは一つ、この非日常を楽しむため、プライベートな関係になってみませんか」
尋問が無理ならば、彼女を揶揄って憂さ晴らしをする他無い。
「プライベートな関係?」グラスを空にした彼女が、怪訝な顔で尋ねる。「例えばどんな?」
「そうですねぇ」
ファルは片手を顎に添え、うーんと考え込んでから、にっこりと満面の笑みで人差し指を立てた。
「飼い主と、その飼い犬はいかがでしょう」
「貴方が飼い犬?」彼女は眉一つ動かさず、冷たい眼差しのままさらりと言い放つ。
「あはっ」彼は満面の笑みを崩さず、尖った声で応えた。「斬新な発想ですねぇ!」
この隙の無さ、やっぱりざるじゃないですか、と憎らしく思う。



端的に言うと、ローガンの策は失敗した。
パーティーも終わり客が全て出払ったところで、レジスタンスを兵士たちが取り囲み、捕らえるつもりだった。そのレジスタンスというのが、古銃の貴銃士だったのだ。銃を手にした途端、絶対高貴となった彼らは、次々に兵たちを薙ぎ払う。
「ああ、眩しい」二階の回廊から戦闘を見守っていたマスターは、冷めた口調でそう言い、瞼の上に手をかざす。「古銃はきらきらと眩しくて、見ていられないわ」
「彼はしくじりました」同じく眩しそうに目を細めて、階下を見下ろす男は言った。「いかがいたしましょう」
「放っておきなさい。どうせ古銃なんて、何挺集まろうが関係ないもの」
マスターは絶対高貴の輝きから目を背け、静々と回廊を歩き出す。ローガンの行く末には、さっぱり興味が無いようだ。
「私達は、ただパーティーに参加したかっただけ。息抜きよ。そうでしょう?」
「……ええ」
戦場からこっそりと逃げ出すローガンの背を、一人の古銃が追いかけて行く。
「マスター。急用ができました」彼の眼鏡は、高貴の輝きを反射していた。「先に車へ戻ってください」
「別に構わないけれど……、急用って?」
ファルは、階下へ向けていた視線を持ち上げ、彼女を見つめる。
「大したことではありません」
その冷たい瞳とは裏腹に、唇が愉悦に歪んでいた。


***



「はいは〜い。大人しくしてくれたら何もしないよ〜ん。オイラ英国紳士だから★」
「お願いします、お願いします……」ラブワンに肩を抱かれて連行されるローガンは、青白い顔で震えていた。「命だけは。命だけは……」
「何言ってんの? レジスタンスの銃口からあんたを助けたのは、この俺じゃん」
「死にたくない、死にたくない」
「だからぁ、大人しくしてれば何もしないって言ってんじゃん」何度同じこと言わせるんだよ、とラブワンは内心で舌を打つ。英国紳士が台無しだ。
「ラブワンク〜ン!」向こうの廊下の陰から、ホクサイが笑顔で顔を出す。「こっちこっち〜」
新たな特別幹部の出現に、ローガンはさらに青くなる。
「ホクちんご機嫌じゃ〜ん。良いことあった?」
「それがねぇ、屋敷を探索してたら、ちょっと面白い部屋を見つけちゃって」
よほどその発見が嬉しかったのか、ホクサイは大袈裟な身振り手振りで、ラブワンに説明をし始めた。
「ほらぁ、そこのローガンサン、古美術商でしょ? 多分コレクションの一環なんだろうけど、すっご〜〜〜く年季の入った拷問器具がズラーッと並んだ部屋を見つけちゃって〜。おっといけない、これはファルクン案件だ☆ と思って彼に報告したら、案の定彼喜んじゃって〜。褒美として、ボクちゃん監修の研究設備を増設することを、モーゼルクンに進言してくれるって! いや〜ラッキーだったよ!」
「おっとぉ!? まさかのオチ〜〜〜」ヒュウと吹いたラブワンの口笛が、暗い廊下に木霊する。
「……んで? 年季の入った拷問器具って何? ローガンちゃん」
ニタリと意地悪く嗤った男は、つい先ほど陽気に口笛を吹いた男と同一人物とは思えないほど、周囲の温度を下げていた。
「そ、それは……ただのコレクションの一環で……」ローガンの顔色は、蒼白だ。声は震え出し、上下の歯はがちがちと鳴り出している。「中世の、魔女裁判に使われた道具なんです。立派な骨董品です。決して、拷問器具などでは」
「拷問器具も人を死に至らしめる武器の一環!ってのは、このご時世じゃ常識だよねぇ」ラブワンの反対、震えるローガンの横に並んだホクサイが、ニタ〜と目を細めて嗤った。
「古銃と同じで、収集・保存には帝府の認可が必須なわけだけど……あれれ〜? ローガンサンが持ってるのは、古銃の収蔵許可だけだよねぇ?」
「中世の骨董品です!」恐ろしさに目を剥きながら、決死の覚悟で叫び出すローガン。「断じて、拷問器具などでは……!」
「はいは〜い、それは今から証明するよ〜。ラブワンクン、あそこあそこ」
「証明?」その単語に、はてとラブワンは首を傾げた。
ホクサイの指示通り、ある部屋の前で立ち止まる。
「ファルクンお待たせ〜!」ノックも無しに唐突にドアを開け放ち、ホクサイは満面の笑みで声を張り上げる。
「被験体を連れて来たよ〜。中世の拷問器具で人体実験! 胸が高鳴るよ〜。もしやこれが浪漫ってやつかい!?」
「勘違いしないでいただきたいのですが、これは実験ではありません」
暗い部屋の中をゆったりと歩き回るファルは、まるで博物館の学芸員のような面持ちで、ローガンのコレクションを眺めている。
「実証ですよ。これらの展示品が拷問器具ではない事を、ローガン氏にその身をもって証明していただきます」
「ああ、証明ってそゆことね」
ローガンの肩を抱きながら、ははあと部屋の骨董品を眺めるラブワンがぽつりと零した。
「っま、本当にただの骨董品なら死んじゃう事もないんだし、大丈夫っしょ。ローガンちゃん、ファイト★」
「は……?」
ラブワンにバシンと背中を叩かれ、激励されるミスター・ローガン。恐怖で頭が回っていないのか、状況が理解できていないようだった。
「さて。では早速始めましょうか」
「りょうか〜い」ファルの開始の合図に、心底嬉しそうに返事をするホクサイ。「事後処理はボクちゃんに任せて、ファルクンは存分にやっちゃって〜!」
「ラブワンさん。マスターを頼みます」ぎちぎちと黒い手袋を両手に着用しながら、心底楽しそうに微笑みかけるファル。「この事は他言無用です」
「……りょうか〜い」
ラブワンはじりじりと後退り、後ろ手でドアノブに手をかける。
ローガンの悲愴な視線は、何もしないと言ったじゃないか、と責めている。
そんなミスターの視線も無視して、そそくさと尋問部屋から立ち去る。
何もしないよ。
少なくとも、オイラはね。



ファルが言っていた「万が一」とは、まさにこの事だったのだ。
ホクサイは事後処理、そしてオイラはマスターの対応。
「よっし」
屋敷の外の駐車場に出たラブワンは、両の頰を叩いて気合を入れる。
一台だけ残された車へ近づくと、後部座席の窓が開く。
「遅い」待ちくたびれた様子の彼女が、むっとした表情でラブワンを睨んだ。「一体何をしていたの」
「ごめんごめ〜ん。オイラ屋敷の中で迷子になって、遅くなっちった」てへ、と舌を出して無邪気に笑う。
「あの二人は?」すぐさま彼女が問いかける。ファルとホクサイの事だろう。
「あ〜、ファルるんとほっきゅんは、ローガンちゃん軽く懲らしめてから帰るってさ」
「あら、そう。仕事熱心だこと。放っておけばいいのに」
彼女は微塵も疑わない。車内の椅子の背にもたれ、小さく息をついていた。
懲らしめるというのは本当だが、軽くというのは大嘘だ。
ラブワンは、さっさと運転席に乗り込む。シートベルトを引っ張りながら、ミラーで彼女の顔色を伺う。
「ラブワン?」ミラー越しに目を合わせたマスターは、きょとんと目を丸くした。「そんな深刻な顔をして、どうしたの」
いっけね、と彼は内心ひやりとする。
いつもの陽気な自分に戻らなければ、彼女が余計な詮索をする。
「マスター。……このままオイラと遠くへ逃げちゃう?」
カチリとシートベルトを差し込み、ミラーに映る彼女の瞳に、悪戯に微笑みかけた。
夜の闇を閉じ込めたような双眼。
その瞳に晒していいのは、綺麗なものだけ。
真っ赤な嘘をついてでも、隠し通さなければならないものが、時にはある。
俺の十八番が嘘吐きになったのは、彼女のせいだ。





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