ハナモモ
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成績は、悪い方ではない。
どちらかというと良い方なのは、小さい頃から家庭教師がついていたおかげだろう。
その為に、赤点追試補習なんかは無縁の存在だ。
ただ、そんな私とて苦手な科目はある。
数学と、化学だ。
化学はあのへらへらストーカーが担当教師だから、という理由である。
いやだってね?目が合うとひらひら手を振ってくるし、よそ見してたら声かけてくるし、寝てたら写真撮られるし、そのくせ授業はちゃんとするもんだから鬱陶しいにも程があるのよ!!
元から化学もそんなに得意じゃないから、より苦手意識が高くなってしまう。
ちなみに数学は小学校の算数から苦手だ。
「テスト返していくよ。
名前呼ばれたら来てねー」
その数学教師の封真先生がこの間のテストを採点して返却している。
そう、この間、私がファイ先生に勉強を教えてもらって挑んだテストだ。
これでもし、数学の点数が70点以下の場合、私は強制送還させられる。せっかくお友達もできて、小狼達にも会えたのに。それだけは嫌だ。
次々と名前を呼ばれて、クラスメイトが前へ出て行く。テストを返され、その表情は嬉しさを噛み締めている者や悲しさや悔しさに眉をひそめる者もいる。
封真先生の低音ボイスは好きだが、これは無理だ。この緊張感は嫌いだ。
どくんどくん、と心臓の音がやけに大きく聞こえる。無意識に唱えていた神様への祈りは、私の名前を呼ぶ声に遮られた。
「李ー。返して欲しくないの?」
『ほ、欲しいような、欲しくないような…。ほら、乙女心は秋の空、パンドラの匣は開くなと言いますし』
「でも先生も秋空とかパンドラの匣は要らないかな。
悪足掻きは良して取りにおいで」
『はい…』
クスクスと聞こえる笑い声は誹謗中傷というより、クラスの緊張が解けたようなもので、なんとも気恥ずかしい。
とぼとぼと重い足を運ぶと、いつの間にか教壇はすぐそこで。
ええいままよ!とぎゅっと目を瞑り、両手を差し出すと、封真先生までふふっと笑っていた。
「そんな気張らなくてもいいんじゃない?」
『…ゔ、すみません』
「いやいや、李は今回頑張ったんじゃないかな。……ファイ先生のお陰だね」
『………え?』
はらりと渡されたそれは、赤いペンで大きく86点と書かれていた。景気良く花丸も付いている。理解が追いつかなくて、声すら出ない。
86点って、100点満点中の86点でいいんだよね??お母様が下したラインが70点だから16点も上回ってるって事でいいんだよね?
それってつまり。
『……か、帰らなくても、いいの?』
「よかったね!メイリンちゃんっ!!」
「本当、よかったわね」
『うん、うんっ!』
自分の事のように立ち上がって喜ぶサクラと、教卓近くの席で微笑んでいるひまわり。その姿を見て、やっと実感した。
私、お母様の無茶振りに応えられたんだ…。
帰らなくてもいいんだ。
「噛み締めてるところ悪いけど、サクラさんと李。席へ戻ってね」
「は、はい…」
『あははは、失礼しました…』
またもやクスクスと笑いに包まれ、サクラと一緒になって赤面しながら席へ着いた。
きゅっと抱えたテスト用紙を、こんなに大事にファイルへなおしたのは、初めてだった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『どーーよ!小狼っ、小龍!!』
「わっ、86点!すごいねっ、苺鈴さん」
「あぁ、教えた奴の功績を称えてやらないと」
『私に対しての当たりキツくない?
確かに教え方は、…う、上手かったけど!
私めちゃくちゃ頑張ったのよ!
褒めてよ褒めてよ!』
「煩い調子にのるな」
「に、兄さんも褒めてると思うよ?」
『エッ何処が?』
テスト返却という地獄は、午前までで学校が終わる。学生の憂鬱さはそこで緩和されているといっても過言ではない。
午後から部活がある者は、お昼を食べ終わってから部室へ向かうため、私と小狼と小狼は久し振りに一緒にご飯を食べている。懐かしの食卓。
ちなみに、小狼とサクラは清いお付き合いをしているそうで。
お昼ご飯は一緒に食べないのか聞くと、顔を真っ赤にして今日は別々で!部活で用事があるから!と言っていた。なんでも、週一くらいで一緒に食べているのだとか。青春って感じが最高に可愛い。
「でも、本当に苺鈴さんすごいね。
この前より30点くらい上がったんじゃない?」
「カンニングなら見つからないようにやれよ」
『違うし実力だし』
「あ、そういえばファイ先生に教えてもらってたんだっけ?おれ達も一緒に教えて貰えば良かったね」
小狼の何気ない一言に、場の空気がピシッと音を立てて凍りついた。
油のさしていないオンボロ自転車のようなぎこちない動きで、小龍は私を見た。
「苺鈴、」
『いやだってあなた達二人や、四月一日くんとか、全然誰も捕まらなかったから…!』
「それにしてもおまえ。…まさか二人きりか?」
『あ、う、うん。サクラもひまわりも自分で出来るところまでするってとってもいい笑顔で置いてかれた…』
「あの人、理事長公認のおまえのストーカーだぞ?」
「そうなの!?
で、でもファイ先生いい人だよ?苺鈴さんにこうやって担当教科でもない数学を教えてくれるだなんて」
何かされてないか!?と迫る小龍と、ファイ先生はすごいなぁとにこにこ褒めはやしている小狼。
同じ顔でも全然違う意見に笑えてくる。
こう見えて、存外小龍の方が過保護というか、お兄ちゃん気質なのだろう。(口は悪いが)
『なんにもされてないし、何にもなかったから!意外と大丈夫だったから!ただ、いい点取れたってお礼言わないとだけどね…』
不服だけれど、礼儀はきちんとしないと。
不義を働いたとなれば、それこそお母様から強制送還されかねない。
「あ、それなら今から行ってきたら?
ファイ先生まだ職員室にいると思うよ」
『今からって、私部活あるんだけど…』
「大丈夫、黒鋼先生見たら遅れるって言っておくよ」
そういうことじゃない。
そういうことじゃないんだよ小狼。
小龍、横で笑ってんのバレバレだからな?
こいつ私が小狼の言うこと基本的に断れないの知ってて何も言わずに笑ってるんだよ。本当にタチ悪いし、性格悪いな。
あれよあれよと言う間にお弁当箱を片付けられて、職員室へと向かわされた。あんないい笑顔でいってらっしゃい、と言われたら行くしかない。私にはやっぱりあの笑顔を突っぱねることは出来ない。
くそっ、天然いい子め。
こうなったら早く済ませよう、と競歩で廊下を歩いていると反対側からお目当ての人が歩いてきた。なんだか手を振っている。
……知らぬ顔をして通り過ぎたい。
「わーー、メイリンちゃんから会いにきてくれるだなんて、今日はいい事ありそうだー」
『おみくじか私は。
って別に会いにきてないし!たまたま!ばったり会っただけだし!』
しかし、この人が言っていることもあながち間違いでもない。私はこの人を探すために廊下を歩いていたんだから。そいうところがムカつくのだ。けれど今からこの人にお礼を言わなくちゃいけない。
私はスカートのポケットに折りたたんで入れていた答案用紙を取り出して、ん!と差し出した。
ファイ先生はその様子にきょとんとした表情を浮かべるが、答案用紙を素直に開いて確認すると、みるみる喜びの表情に変えていった。
「……すごい」
『べ、勉強教えてくれてありがとう、ございました。先生のおかげよ』
顔がやけに熱い気がした。
しん、とした空気に、外で始まっている部活生の声がよく響いた。
それを皮切りに、ファイ先生は答案用紙を私に返してくれた。
「んーオレはちょーーっとだけ、お手伝いしただけだから」
『それでも、すごく助かった…』
「…うん、お役に立ててなによりだよー」
『本当に、とても助かったわ。
お母様に強制送還されずに済んだし、アレも押収されずに済んだし…』
「あれ?」
『あ!いや、なんでもない!!
それよりお礼、何がいい、ですか?』
懇切丁寧に菓子折りでも持っていったら一番良かったのだが、小狼に急かされてきたのでそれもない。
「オレがやりたい事やって、結果出したのはメイリンちゃんだからお礼なんていいよーって言いたいんだけど」
『そんな訳にもいきません』
「いきませんかぁー。
…そしたらさ、オレとデートしてよ」
『デ、デート?』
教師と生徒が?
それって本当にやばいのでは?教育委員会とか、未成年保護法?的にやばいのでは??
だがしかし、この人が求めているお礼であることは間違いない。
「言ったでしょ?お礼はカラダでいいよって。今週末、オレに一日ちょうだい」
『っ!わ、かりました。
えっちな、倫理に反することじゃないので、お受けします…』
「え、いいの???」
『っ、いいも何も、あなたが言い出したんでしょ?!』
「そっか、そっかぁーー。
じゃあ今週土曜日は体育館整備で新体操部お休みだよね、その日にしよー。
10時頃に学校の最寄駅で待ち合わせねー」
『ちょっと待ってなんでナチュラルにスケジュール把握してるの?』
「えへへー、ちゃんとおしゃれしてきてねーーー。わーーいメイリンちゃんとデート〜♡
黒ぽん先生に自慢しよーーー」
私の手をぎゅっと握り、よろしくねーと言って嵐は去っていった。くるくるダンスしながら。あからさまに浮き足立っているあのテンションを見ると、怒るに怒れなくなり、ため息が一つ。
とりあえず、ひまわりやサクラにこのことを相談しよう。こういうコトは、学年のマドンナや彼氏持ちに聞くのが一番いいだろう。そう思いながら部活へと足を運んだ。
まぁ、その際に黒鋼先生から遅刻への怒号はなく、代わりに心配と呆れの眼差しを向けられたのは言うまでもない。