ハナモモ
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学生にとっての悪魔。地獄。
そう呼ばれる期間がついに来てしまった。
部活動を勤しむ生徒は教室に残ったり、図書室で静かに己を磨いたり、寮へ帰宅したりと、思い思いに過ごしているが、その実己の身に降りかかるプレッシャーや緊張感などと戦っているのだ。
何が言いたいかというと、高等部はテスト期間に突入した。かく言う私も、その地獄に頭を悩ませている。
『……国外逃亡しかないか?』
「な、なんで!?」
「えーーっと、どうしたの?メイリンちゃん」
私の突拍子も無い発言に困惑の表情を浮かべるのは、心優しい花の名前の女の子二人。
同じクラスのひまわりと、サクラだ。
二人に聞いてもらいたいけれど、聞かせたくない話に言葉を濁しながらも口を開く。
『…も、もうすぐ期末試験でしょ?
そのテストの点数が悪かったらお母様に戻って来いと言われているの…』
「えぇっ!?メイリンちゃんまだ転校してきて二ヶ月なのに…」
『そーなの!!』
「でも、お母さん心配なんじゃないかな?初めて手を離れた娘が、どうやって生活してるか。やっぱり、それが一番出るのがテストだし」
『ゔっ……』
少々刺さる言い方をするひまわりだが、全くその通りなのだろう。お母様はここに来る一週間前まで反対してたし、学園に行くからには生活、学業をきちんとこなせと再三言われていた。
『でも帰ったらお見合いとお稽古で、学生らしい生活なんて絶対できない…』
「メイリンちゃん…」
「それじゃテスト頑張ろ!まだ期間はあるし、それにメイリンちゃんそんなに成績低くないでしょ?」
「そーだよ!なんとかなるよ!」
優しい二人はきっと女神か何かだ。
それが違うのであれば、私の生み出した幻想だ。こんなに優しい生身の女の子、居るはずがない。現に、他の女子生徒からはめっちゃ睨まれる。
「で、どの教科が一番苦手なの?」
『…す、数学。いつも赤点回避の50点そこそこが限界だったんだけど、70点は取れと…』
「70点かぁ…」
「わたし達、そんなにお手伝いできないかも…」
二人とも、成績は低くないのだが。人に教えられる程高くもない、と言ったところだろう。
分かってた。お母様、高望みし過ぎだって。
さすがに文武両道、才色兼備、眉目秀麗の娘になるのは無理です。諦めてください。
「あっ!小狼くん達に教えてもらったら?」
『小狼は集中型、小龍には断られた』
「四月一日君や、百目鬼君は?」
『四月一日君は百目鬼君とテスト勝負してるんだって。あんな笑顔で言われたら言い辛いよ…。百目鬼君とはあんまり話したことないし』
三人ともそれ以外の人の名前が出ず、押し黙った。
これは詰んだ。本格的に国に帰る用意を始めた方がいいかもしれない。
拝啓、お母様。意外とあなたの思い通りになる日が近いです。
「……あ!ファイ先生は!?」
『え"………』
「そうね。ファイ先生ならきっと喜んで教えてくれそう」
『ま、待って待って!あの人、曲がりなりにも教師でしょ?テスト期間中に生徒に勉強教えていいの?』
「いいんじゃないかな?担当教科は違うわけだし」
『…で、でもほら、ちゃんと教えてくれるかどうか』
「メイリンちゃん!ファイ先生にお願いに行こう!!ねっ!?」
サクラの涙ながらのお願いに、ついに私が折れてしまった。この顔にお願いされて、効かない奴は人じゃない。
そして、昼休みに職員室に尋ねに行った。ひまわりが先に入り、都合をつけて呼び出してくれるそうだ。私はサクラと外で待っている。というか、私が逃げないように、サクラががっちりホールドしている。
厄日なのかラッキーデイなのかはっきりしろよ。
「おまたせ、ファイ先生オッケーだって。今日から空き教室使えるようにしてくれたよ」
「よかったね!メイリンちゃん!」
「うん、オレ頑張るねーー」
『……マジか』
やっぱり厄日だと思う。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
放課後。多くの生徒は図書室や、寮の己の部屋で勉強していて、あんなに多くの生徒がいる堀鍔学園も、今の時間帯は静かなものだ。
部活動に勤しむ声も、監督している先生の怒号も聞こえない。
この教室には、私と目の前でにこにこしている奴しかいない。
こう、面と向かって対峙した事があまりない。(主に私が逃げて、コイツが追いかけてくる。もしくは、コイツが隠れて見られてる)
だから、落ち着かないし何を話したらいいかも分からない。
「メイリンちゃん手が止まってるよ〜〜」
『か、考え事してたんですっ!』
「分からないところでもあった?」
『……この設問』
「あーー、これはね、この三つの公式の応用の問題だから文章のここと、最後を見たらどの公式使うか分かるよーーー」
『…………』
な、なんだよ。なんか普通に先生っぽくてびっくりするじゃない。いつもは追いかけて来たり、ちょっかいかけて来たり、影でこそこそしてたりするのに。
所々で助言してくれるお陰で、分からない所がだいぶクリアになったが、頭がパンクしそう。
「時間も時間だし、今日はこれくらいにしようかーー」
『……ありがとう、ございました』
「お礼はカラダでいいよー」
『不潔か!!!』
「あはははははーー」
『…というか、なんでこの話受けてくれたんですか?テスト期間って、先生側も忙しいでしょ?担当教科でもないのに、どうして』
数時間で溜まった疑問を、一気に吐き出す。
こんな忙しい時期に、自分の担当でもない教科をどうしてこんな熱心に教えてくれるのか。しかも、答えを言うだけじゃなく、すごく分かりやすく教えてくれた。
私を気に入っているから?
それにしたって面倒が勝つだろう。
じゃあ、どうして?そう思うと、聞かざるを得なかった。
「ひまわりちゃんから聞いてね。
テストの点、悪かったら帰っちゃうんでしょう?帰ったらお見合いもさせられるって」
『…そ、それはそうなるかもって話で』
「帰国は?」
『……テストの点数が悪ければ確実に』
「うん、だから」
だから??????
はてなを撒き散らす私に、夕日が反射するサファイアブルーがこちらを向く。
「オレが、メイリンちゃんに帰って欲しくないし、他の男とお見合いなんてして欲しくないからお勉強教えたんだよ。
だから、オレの為に明日もお勉強頑張ってね」
『……あ、いや、あの』
何故か顔に熱が集まる。ドンドンと心臓が痛いし、早い。教室の鍵を持って早く帰るよ、と急かす背中が、広く感じた。
どうか、この顔が見られませんように。そう願っていたのに。厄日の今日は、とことん神様に見放されているようで、先生はくるりと振り返った。
「あ、お礼はカラダでって言うのも本気だからねーー」
『やっぱり不潔か!!!!』
「あはははーーー」
『教育委員会に抗議するわよ!?』
顔に集まった熱など気にならないくらい、声を張り上げた。