ハナモモ
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あれは早咲きの桜が咲き始めた頃。
編入手続きとか入寮の手続きで、転校より前に一度この学園を訪れたことがあった。
保護者として、使用人の偉が同伴で。
実際、私のする事なんて殆どなくて、入寮の手続きと諸色々な説明を受けた後、静かにしているのを条件に、学園内を見学させてもらうことになった。偉は心配そうにこちらを見ていたが、私だってもう高校生だ。
迷子になんてならないわよ!と言った数十分後には迷っていた。
『最悪だ…迷った……』
授業中なのか周りには人っ子一人おらず、ケータイも持ってくるの忘れてしまって八方塞がり。
そんな時、一つの教室の扉が開いたままなのが目に入った。
そこは音楽室と言うにはあまりに殺風景で、教室というにはグランドピアノの存在が大きすぎる部屋だった。机も椅子もまばらにあるのみで、ピアノの鍵はかけられておらず、カーテンが風に揺れている。
絵画のような風景に、思わず見惚れてしまった。
無意識のうちに、私の指が鍵盤をなぞり、音を奏でた。完璧な調律だ。それだけでこの学園の評価が上がる。
備え付けの椅子に腰を下ろし、ーーーー今期話題のアニメのオープニングを弾き、メロディーを口遊む。
耳コピだし、テレビで流されている部分のみだが誰もいない教室にはよく響いた。
歌が終わり、教室の外からガタッと物音がしてそこで人影に気づいた。私の頭の中にやばい、の文字がずらりと埋め尽くされる。
授業中だし、私自身まだここの生徒じゃないし、不法侵入だと思われかねない。そしてなによりも、まず、私が生粋のアニメオタクだと言うのを家族すら知らない。
あの超弩級に厳しいお母様にこの事を知られたら、グッズも廃棄、この学園の転入も無くなるだろう。
それだけは避けないと。けれど、頭をフルに使っても何も策は出てこなくて。
苦し紛れに、外の人影にそっと声をかけた。
『……ど、どなたか存じませんが、この事はご内密に。どうか、私とあなたの秘密で、お願いします』
「分かりました。綺麗な歌を聞かせていただいたお礼に、この事はないしょで」
低い、ゆっくり流れるような男性の声が聞こえた。口約束ではあるが、何だか誠実そうだし、先ほどの焦燥感はいつの間にか消えていた。
「お約束する代わりに、一つお願いしてもいいですか?」
『は、はい!秘密を守っていただけるなら!』
「ふふ、それは大丈夫、守ります。
…じゃあ、もう一度、なんでもいいので歌ってくれませんか?」
細やかなそのお願いに、私も小さく笑い、返事の代わりにピアノを奏でる。
言い方が悪いが、あんなアニソンの耳コピを気に入っていただけた事が嬉しくて、私は大好きなアニメの曲を歌う。
『…ふぅ』
フルで弾き語りしていたら、いつの間にか人影はなくなっており、丁度いいところで偉が迎えにきたのだった。
あの人はなんだったのか。けれど、なんとなく約束は守ってくれそうな気がして足取りは軽くなった。
あの後お母様からなにもない所を伺うとやっぱりあの人影もないしょにしてくれているようだった。
転入した後でも、“あの時の人”を探し出すような事はしなかった。無粋なような気がして。というか、まずここの生徒数は物理的に探し出せるような人数ではないので、ハナっから無理なんだが。