ハナモモ
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私は、今深刻な問題に直面していた。
どちらに向かうか。片方を選べば、それはそれはいい結果が返ってくるだろうが、本来そちらは私の望んだものではない。
しかし、望みは時として要求とは異なる事がある。
「…早く選んだほうがいいんじゃないか?」
『そーーは言うけど四月一日くん。
コーラス部には入ってみたい気持ちはあるけど、もれなく、絶対的に、あのストーカーが付いてくるんだよ?奴はああ見えて文化部の総括顧問なんだからっ』
「奴って…」
『だからといってサクラ達のいるフィギュアスケート部は寒そうだし、後候補としては新体操部だけど…』
部活。大抵放課後のみの活動だが、学生にとっては大問題。青春期の醍醐味。人格形成にも大きく関わってくる。
人生を左右すると言っても過言ではない。
加えて私は、あのストーカーに付き纏われてからというもの、一部の女子に敵意を向けられまくっている。恐らくファンの子だろうってひまわりが言っていたけれど。面だけは良いのは認めるが、マジか、の一言に尽きる。
いや、誰彼構わず仲良くなりたい!とか、友達100人ほしい!とかはない。むしろ友人は選り好みするタイプだし。
ただ視線が鬱陶しい。
ひそひそ囁かれる陰口も。
「まぁ、ほら!
そこは流石のファイ先生も考えてくれるだろう?だから何選んでも大丈夫だって!」
『転校初日から追っかけ回してきた非常識の塊だよ?本当に大丈夫?』
「………」
『黙らないで四月一日くん!!
不安になるから!!』
コーラス部か、新体操部か。
コーラス部に入ろうものなら、毎日のように、合法的に、奴は私の所に来る。
部活が憩いの場じゃなくなってしまう。
どうせ新体操部にも奴のファンは居るだろうけど、表立って何か意地悪されてるわけじゃないし、なにより武力行使に出られても私の方が強い。
『…よし、心は新体操部に傾いたわ』
「だろうね。顧問は黒鋼先生だし、何か悪さされる事もないだろう。
侑子先生、催促しだしたらめんどくさいから早く出しちゃいなよ」
『うん、相談乗ってくれてありがと』
どういたしまして、と言うと優しい四月一日くんは、そのまま部活の助っ人として呼ばれていると行ってしまった。
取り敢えず、入部届けを壱原先生に届けないと。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲
夕日が差す廊下をパタパタと歩いて、職員室の扉をノックする。
『失礼します』
「はーーーい」
返ってきたのは聞き慣れたふにゃふにゃのびた声。言葉に詰まるが、何事もなかったように職員室へ入ると、中には図ったようにファイ先生しかいなかった。何故だ…。
しかし、入部届けを持って踵を返すのも面倒になり、渋々ファイ先生に渡す。
『これ、入部届けです。壱原先生に渡しておいてくれますか?』
「はーーー…い、ってなにこれ?
どうしてメイリンちゃん、コーラス部じゃないの?」
『へ?』
どうして、はこちらのセリフだ。
まだ四月一日くんにしか伝えていなかったもう一つの候補を、何故コイツが知ってい…あ、ストーカーだったわ。
しかし、何故だろう。いつもと雰囲気がまるで違うファイ先生は、ゆらゆらと立ち上がり、がっしりと私の手を掴んで離さない。
ひんやり冷たい長い指が、絡まって解けない。
『…あ、あの、離して』
「……もしかして、オレが居るから?
オレが居るから、コーラス部に入りたくても入らないで、黒りん先生の方に入っちゃうの?」
暗い、今にも血迷ってしまいそうな弱々しい表情に、叱られた子供みたいな声に、堪らず励ましたくなってしまった。
『まぁ、ぶっちゃけそれが大っきいですが』
「やっぱり…、そうだよねぇ」
『でも。今思うと、実家にいるときは拳法の稽古付けてくる人がいたんです。けれど、こっちじゃ寮暮らしでしょ?そうなると体育の運動量じゃ少ないんですよ、圧倒的に。
だから、運動不足解消の為に。あと、どこで聞いたか知らないですけど、……歌はどこでも歌えるから』
私の言葉一つで、ここまで表情が晴れる人、初めて見た。
曇り空だったのに今は小春日和。すっかりいつもの笑顔に戻ってしまった。
ファイ先生は、握っていた私の手をゆっくりと離し、サファイアブルーの瞳を細めた。
こうしていると、笑顔が綺麗な普通の人だ。
「……じゃあ、これ侑子先生に渡しとくねーーーー。部活でレオタード着るとき言ってねー。盗撮しに…じゃなくて、応援に行くからね〜」
『仕事を!!してください!!』
「……また歌うときはいつでもピアノ、貸すからね」
『っ!!』
その言葉に、私はある可能性が浮かんだ。
“あの時”約束した人は、ファイ先生なのかもしれない。いや、でも、あんな素敵な人がストーカーとか、あり得ないだろ。
しかし、一度浮かんだ思考を止めることは出来ず。
『……あの、先生。
私と一回、転入前に会ってますか…?』
「んーー?もし会ってたら、その時からメイリンちゃんをスト…、見守ってたかなー」
『訂正しなくても、もうストーカーって言ってるじゃない』
「そんなことより、今初めてオレの事せんせーって呼んでくれたでしょーーー?
ね、ね、もう一回呼んでみて!今度はぁ、『ファイせんせ♡』って可愛く首傾げて、オレに向かって上目遣いでー、」
『さよーなら変態!!』
扉を勢いよくしめると、思いの外大きな音がした。私に対して、“ほらやっぱり”と言わんばかりに。
いや、分かっていたのだ。あんな人が“あの時いた人”じゃないって。
なんだか残念な気持ちを胸にしまい込んで、夕日が傾くオレンジ色の廊下を歩く。