東京国
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モコナは羽根がこの建物の下にあると指し示し、小狼は迷わずに奥を見てきます、とモコナを連れて行ってしまった。
しばらく経って、モコナの悲鳴のような声が聞こえた。
『モコナ!?』
「俺がいく」
『私も…!!』
「お前の靴はうるせぇ。敵に見つかる。
ここで待っていろ」
身を乗り出した私の身体を、黒鋼の大きな手がそっと押し返す。
サクラをファイに預けて、隠れてろ、とだけ残し、小狼の歩いて行った方向へ足を進めて行った。
「…黒様相変わらず男前ーー」
『お前は邪魔だって言ってくれた方が気が楽だってのに…』
「メイリンちゃん…」
黒鋼が私のメンタルや体調を気にかけてくれての言葉だということは分かっている。
それでも武人として、情けなくなってしまうのだ。
残されてしまった私達は建物の奥、とまではいかないが瓦礫の間の、身を隠せる場所に潜んだ。モコナのあの悲鳴は、おそらく小狼が何者かに襲われたからだと、推測できる。黒鋼が向かったからそれはそれで対処できるだろうが。しかし、サクラを抱えている私達が人質に取られれば勝算は低くなることがうかがえる。
瓦礫を背もたれに、そっと息をつく。
隣ではサクラを抱え、無表情のファイ。少しの無音が続くが、それを破ったのは私だった。
『ねぇ、ファイ。
ファイはあの、レコルト国の小狼が倒れた図書館で…。〈わたし〉の記憶、見た?』
「…………」
『見たんだよね。
あの時からファイ、様子おかしかったし』
伏せ目がちにそうこぼすと、ファイも小さく頷いた。
「あの時持っていた本から流れてきたものが、あのどろどろとした感情とか映像が君のものだというなら、オレはしっかりと見たよ」
『……そっか、あれやっぱり私のだったんだ』
どこか見て見ぬ振りをしていた映像を、客観的に私のだろうと言われて、納得したような気持ちになった。
そうか、ファイも見てしまったんだ。
何故だかわからないが、私はなんとも言えない感情が心を渦巻く。恥に似たような、見ないで欲しかったし、自分から質問しておいて聞きたくなかったとも思う。あんまりにも自分勝手。
もう嫌だ。私の知られたくない部分まで見られてしまった。
それなら全て、ぶちまけて仕舞えばいい。
『ファイはどこまで見た?
黒鋼達には言ってないんだけど、私“違う世界”から来たの。って、ここで言う違う世界って難しいわね。要は別の次元、というか根本から違う世界なんだけど…』
「……」
胸が、頭が、ズキズキと痛む。
『私が元いた世界とも違って、黒鋼のいた国とも、モコナがいた国とも違う。日本の学生だったんだけどね。そこで、あなた達が描かれている書物を読んでて、この旅の結末や、あなた達の過去も未来も、“知っている”』
痛い。痛いよ。助けて。
『この体や名前、血も、私のものじゃない。私は、…私は〈李苺鈴〉のように振舞って、〈李苺鈴〉を演じて、周りを欺いて…!
なのに、あなたに名前を呼ばれる度に嬉しくなって。あなたを綺麗だと思ってしまった。
……可笑しいよね、私は本来居ないはずの人間なのに』
「っ、メイリンちゃん…!」
ふわりと、鼻腔をくすぐる冬の香りがした。
少し考えて、ファイに抱きしめられていることに気がついた。お互い、体が芯まで冷えているが、こうすれば暖かくなるのか。なんとも簡単な話だ。
「……オレは、君にそんな事を言わせたかった訳じゃないんだ。痛いなら、苦しいなら、助けて欲しいならオレに言って?
オレじゃなくてもいい、…なんて今は余裕なくて言えないけど、黒りんだって小狼君だってサクラちゃんやモコナも、君を助けるくらい、なんて事ないよ」
『…ダメだよ、みんな重たい荷物持って、必死に歩いてるのに。
私だけ助けてなんて甘い事言えないよ!』
「それを言って、助けてくれるのが仲間でしょ?メイリンちゃんは違うの?
オレや黒りんやサクラちゃん、小狼君、モコナが助けてーって言ってたら、絶対嫌な顔して振り向いて手を差し出してくれるでしょ?」
『…そんなの、当たり前じゃないっ…!』
私にとって、彼らを助けることは当たり前のことだ。私はそれを成すためにここに居るのだから。けれど、彼らも同じ気持ちで、私を見てくれているとしたら?
私にも、同じように手を差し伸べてくれるとしたら?
そんなに嬉しいことはないだろう。
「だったら、オレ達も同じだよ」
『……本当に、いいの?』
「うん、いいよ」
『私の荷物、相当重いわよ…』
「だろうねぇー。
でも、メイリンちゃんのものなら、オレが持ちたいなぁ」
『…小狼達も、持ってくれるかしら』
「持つと思うよー。黒様にもいっぱい持たせてあげよーよ。力強いし有り余ってるしー」
『そう、ね』
ファイの緩やかな笑顔に、どうにかなってしまいそうな気持ちになる。
ファイの言葉に、さっきまで冷たかった心が暖かくなる。この男は、魔法使いだ。
糸が切れたように眠くなってしまい、これではダメだと頭をふる。
「眠ってもいいよ。
いっぱい、いっぱい無理させちゃったから」
『…ごめん、なさ』
「うん、ちゃんとごめんなさいできて偉いね」
羽に触れるように頭をなで付けられ、意識を手放した。
ーーーーーーーーーー
ザァアザァアと雨がこの都庁に降り注ぐ夜。
なんとかここの住民達に許可を得て、部屋の一室を借り、ベッドや毛布までか貸してくれる仲になれた。それもこれも、ここのリーダー神威が「好きにしろ」と言ったおかげだろう。
牙暁という女性の口添えで、こうして神威と戦った小狼の怪我の治療もできた。
そして、この国に降り続く雨、酸性雨の影響と、地下に眠る水の価値も説明された。
「寝るトコもらえてよかったねぇ。毛布も貸してくれたし。
……サクラちゃん、まだ目覚まさないねぇ。
この国にどれくらいいることになるか分かんないけど、できれば眠ったままでいてくれるといいんだけど。…メイリンちゃんも、疲れて眠ってるし、何も起きないといいけどねぇ」
サクラの眠るベッドに、メイリンも小さくなって横になっている。サクラの側には突っ伏して眠っている小狼。その小狼の額に手を当てると、少し熱かった。
「小狼君、熱出るかも。
オレ起きてるから黒様寝ててー」
「……」
「えーーっと、何か答えてくれないと、オレ独り言言い続けてる微妙な人になっちゃうんだけどー」
「ならお前も答えろよ」
「なにを?」
この場にメイリンが居たら、また仮面のようなファイの笑顔を見てぎりっと奥歯を噛みしめることだろう。
されど、黒鋼は言葉を紡ぐのをやめなかった。それはまるで罪人に、罪状をつらつらと言い、問い詰めるような。張り詰めた空気だけが、その場を支配した。
「あの口笛。
高麗国とやらで、死ぬかもしれない時でも、おまえは魔力を使わなかった。
言ってたな。“元いた国の水底で眠っている奴が目覚めたら追い付かれるかもしれない”。
“だから逃げなきゃならない、いろんな国を”」
「黒りん記憶力いいねー。さっすがお父さんーー」
黒鋼は、ファイのおふざけには、乗らなかった。
「つっこんでようーーー、寂しいじゃないーー」
「…おまえが罪人で追われてるのか、それとも別の理由があるのか俺には関係ねぇ」
「黒様らしいねぇ」
「おまえがそう望んでるんだろ。
へらへらしながら誰も寄せ付けないように、誰とも関わらねぇように。
だがな、今のおまえは小僧の熱を気にして、姫がこの国の惨状を知ることを案じている」
それに、と黒鋼は続ける。
視界の先には、メイリンが眠っていた。
「小娘のことだ。
ここに来て隠れてんのがバレたとき、あいつは泣きはらした目で、おまえの膝で眠ってた。この国に来る前までちょこちょこ虚勢やら何やらでいっぱいいっぱいになってた奴が、てめーの膝を濡らして」
「……あの子は、オレの側以外で泣かないからね」
「そりゃ今はどうでもいい。おまえの側以外で泣くまいが、おまえ自身が泣かせてんのか。
問題は、前の国で使ったあの魔力」
「言ったでしょ?オレは死ねないって。
だから…」
「おまえは“自分では死ねない”だけだろう。
だが、誰かのせいで死ぬなら別だ」
ファイの穏やかな笑顔は、徐々に剥がれ落ちていく。目元が下がり、口元が下がり。しかし、顔色は変えない。
「あのままなにもしなければ、俺達は捕まるか、悪くすりゃ死んでたかもな。
なのにおまえは自分から魔力を使った。
自分から関わったんだ、あいつらに」
ザァアザァアと絶え間なく振り続ける雨が、窓を叩く。部屋には、その音だけが響く。
ファイは、何かに押しつぶされそうになりながら、声を絞り出す。
「…オレは、オレが関わることで、誰も不幸にしたくない」
それは黒鋼が聞いた、ファイのはじめての本音だった。本当の顔だった。
ファイからは、それ以上の言葉は出なかった。メイリンへの気持ちも、それが歯止めになっていて動けないでいる。
不幸にしたくないから、距離をとって。
不幸にしたくないから、優しく関わらないようにしていたのに。
いつの間にか曖昧になっていた線を、自分で越えていたことに気づかないでいた。気づかないようにしていた。
黒鋼達に対しても、メイリンに対しても。
ばさっとカーテンが開いたのはすぐ後だった。
奥から都庁の集団の、優しげな顔の遊人と、厳つい草薙が入ってきた。
どうやら自分たちに話があるようで、訪ねてきたらしい。ファイはいつもの調子で黒鋼が聞くと答えた。さっきの話をなかったことにするように。
しかし、黒鋼はそれを許すはずもなく、ファイの腕を掴む。
「話そらせたとかおもってんじゃねぇぞ」
「いたいよーーぅ」
「……言ったな。俺には関係ねぇと」
「うん、聞いたー。だから気にしないでオレのこと…」
「おまえの過去は関係ねぇんだよ。
だから、いい加減、今の自分に腹ぁ括れ」
言いたいことを告げ、黒鋼はさっさと遊人達についていく。
寝ている彼ら以外誰も居なくなった部屋で、ファイはへなへなと座り込む。
黒鋼の言葉が、ファイの心にずぶずぶと鉛のように沈んでいく。
「あはは…、黒様は難しいことを言う」
きっと彼の言葉は、オレの過去とメイリンちゃんへの気持ちをどうするのか決めろ、と遠回しに言っていたのだろう。
なんにも、知らないくせに。
雨は、まだやまないようだ。
(アンモライトはまだ闇の中)