東京国
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降り立った場所は、ビルの瓦礫が敷き詰められた場所だった。
次の世界、にこられたのだろう。
…あんな回避の仕方しかなかったのか。もっと他に逃げる方法はなかったのか。それだけが、頭の中を支配している。ファイが魔法を使った。それは何かのトリガー、いや、何かが始まる予兆だった気がして、心が騒つく。
「姫は…」
「寝てるだけだ」
黒鋼の言葉に小狼は、安心したような顔を覗かせる。自分の怪我の心配ではなくやはりサクラの身を気にしていたようだ。
そんな小狼の肩からひょっこりと顔を出し、何事もなかったようにヘラヘラと笑っている、ファイ。
「なんとか逃げられたねーー」
「でも、ファイ。魔法は使わないんじゃなかったの?」
モコナでさえも、レコルト国でのファイの行動に眉を寄せていた。
そう、死にそうになっても、怪我をしててもこの魔術師は頑なに魔法を使わなかった。
なのに、今回ファイは魔法を使った。
私は、それを“知っていた”。
黒鋼の過去のように、きっと重要なことなのだろう。〈本筋〉に関わってくるような…。
「んーーー、一応今まで使ってた魔法とはちょっとちがったんだけどねぇ。音を使った魔法で、オレの習ったのとは別系統の魔法なんだけど」
「魔力は魔力だろ」
「かなぁ」
『…………っ…』
ファイは、穏やかそうな、けれどどこか諦めた表情を浮かべる。
私は、無力だ。いくら“知って”いても、あんな直前に思い出すようじゃ、意味がない。私は守りたいと、思ったのに。
奥歯をぎり、と噛み締めていると、不意にファイと目が合う。
「ごめんね」
『なに、それ…!』
「……すみません。おれが図書館からの脱出方法をもっと考えていれば」
「小狼君は精一杯やったでしょーー。
ちゃんと記憶の羽根取ってきたし」
「……」
ファイの言葉に納得していないような、腑に落ちないことがあるように、小狼は黙り込む。私もまだ、飲み込めていないことが山のようにある。
それに私に謝る時の、ファイは大嫌いな表情をしている。いつもいつも、無理やり笑顔を作って、私を安心させるように。
それが腹立たしい。
「小狼もメイリンもどうしたの?
どこが痛い?」
「おれは大丈夫だよ」
『…えぇ、私も平気よ。というか、小狼は怪我してるでしょ?血も結構出てたし』
それに、冷たい目をしていた、あの小狼。
あれはなんだったのか…。
「おれは本当に平気ですっ」
『…はぁ、もう分かったわよ。ただ、治療できる場所があればすぐに手当するからね!』
「…はい、ありがとうございます」
「………どいつもこいつも」
黒鋼の呟きは、風に消えた。ファイが気分を変えて、明るく声を上げる。
「さてーー、今度はどんな所かなぁーー」
瓦礫を登って見えた場所は、ビルや建物が壊れ廃墟のようになった砂埃の多い街並みだった。
それが目に映った瞬間、何かが胸の中で弾ける音がした。ドクン、ドクンと鼓動が嫌に響く。まるで、何か分からないものと呼応しているように。
「メイリンさん、大丈夫ですか?」
『…大丈夫、大丈夫だから』
心配そうな小狼に笑顔で答えると、拭いきれない不安を隠して彼も笑顔を返した。
何もかもがあやふやだけれど、一つだけわかる。やはり、ここは〈本筋〉の重要な国らしい。
ーーーーーーーー
瓦礫を越え、この国を歩き回る。
建物や住民はいないか、といつものように探索だ。しかし、辺り一面壊れた建物や砂ばかりで不安が募る。砂の上を歩くような靴ではないから尚更、みんなと距離ができてしまい、早足でついていく。
「…メイリンちゃん、手貸して?」
『言っとくけど、手伝いは不要よ』
「でもメイリン、ヒールだから歩きにくいと思うの!サクラも黒鋼にお姫様抱っこされてるし!」
「ずっと担いでるだけじゃ、頭に血が上がっちゃうしねーー。
メイリンちゃんも、オレで申し訳ないけど、こんな所で疲れちゃうよりはー、ね?」
ファイの言っていることは、最もだ。これからどれだけの距離を歩くか分からない上に、この砂だ。みんなに迷惑をかけないためにも、ここは私が妥協するしかないだろう。
『……あとで、ちゃんと話し合いに乗ってくれるなら』
「うん、オレも聞きたいことがあるからね」
そっと、壊れ物を扱うみたいに私の手をとり歩く。それが私の胸をきゅっと締め付けているとも知らずに。
ファイはずるい。ムカつくのに、その笑顔は嫌いなのに、どうしても好きが溢れる。いっそ、言葉か涙にして零してしまいたい。閉まっておくには、もう私の器では無理だ。
少しだけ、握られた手にきゅっと力を込める。これで私の想い全部が伝わればいいのに、と都合のいいことを思いながら。
「しかし、何なんだここは」
「壊れた建物ばっかり」
『…それに、建物にコンクリートや鉄が使われてる。きっと廃退する前は、私やモコナのいた所と同じような世界だったのかも』
「んーーー、オレには分からないけど、小狼君の治療が出来るような所があればいいんだけどねーー」
こんなに瓦礫まみれの世界で、小狼の治療は本当に出来るのだろうか。もしかしたら、すごく危ない世界なんじゃ…。
すると、小狼が近くにあった岩を触り、何かを確かめている。
「どうしたのーー?」
「この廃墟、瓦礫の角が丸いんです」
「それがどうした?」
「風化したにしても、風だけでこうなるものか」
小狼が言った通り、この瓦礫やあちこちにあるものの角が丸みを帯びていた。風でこうなるものだと思い込んでいたが、どうやら違ったようだ。
しかし、確かめるまでもなく、雨が降り出す。しとしと、と降っていた雨は一瞬でザーザーと降り出した。
「いたい!いたいよぉ!なんでぇ!?」
「焼けた!?」
雨に濡れた手が焼けたのだ。
「これお水じゃないよう」
「このまま雨に当たるとちょっとまずいねぇ」
「あの建物はまだ倒壊してないみたいです!」
遠目に映る建物を指差して小狼が言う。霞ができていてはっきりとは見えないが、確かに何かがむき出しになっていたり、倒れていない建物が一つだけあった。
「ちょっとだけ我慢してねー」
『ぇっ、ちょっと私は担がなくていいから!』
「痛いの嫌でしょー。ほら、黒たん急いでーー」
「また走るのかよ」
私の身体を横抱きにして、ファイは小狼と黒鋼とともに走る。
ファイの枷になっているようで、申し訳なさが積み重なっていくが、それと同時にまた抱きしめてくれていることに喜びを感じている。
こんなんじゃ、ダメなのに。
ひりひりと痛む雨で濡れた頬に、少しだけ、濡れても痛まない雨が降った。
遠目から見てしっかりした建物は、近くで見ても立派だった。駆け込むようにして、入った建物が雨を凌いでくれた。
ファイは私をそっと下ろして、一息つく。
外は、バケツをひっくり返したような降水になっていた。
「もうちょっと遅れてたら穴だらけになってたねぇ。メイリンちゃん、痛くなかった?」
『あなたが無理やり覆いかぶさってからね!!…まぁ、そのお陰で無事だけれど』
「女の子にはこの雨厳しいから無事なら良かったよーー」
「モコナのキュートなボディもセーフだよ!」
「…いや、そうでもねぇな」
少しばかり穏やかになった空気を壊すように、黒鋼が声をあげる。
その目線の先には…ーーーー
「みるな!!!」
『え、でもファイ…あれって』
ファイの手に、視界を遮られたが、見えてしまった。
あか、あか、赤。黒く霞んでいたけれど、赤い何かと、瓦礫ではないものが山のように積み上げられている様を。
そして、いくら視界を塞いでも、雨が降っていても分かる、嫌な匂い。頭が痛くなり、吐き気が襲う。それでもーーーー
『…ファイ、私にも見せて。
見なくちゃ、いけない』
「でも、君がみるようなものじゃない」
『んーん、私は見ないといけない。私がずっと拒んでたものを。ない、と思い込んでたものを』
「それでもっ……」
ファイの声が悲痛に掠れる。私の視界を塞いでいる、この弱々しい手は退けようと思えばすぐに退けれる。優しい、私を守ってくれる手。
けれど、それも裏切って、私はこの現実を見ないといけない。
この旅を続けるのなら、私は殺意や死に、直面しないといけない。慣れるまではいかなくても、そう成らなくちゃいけない。
「覚悟は、あるのか?」
『えぇ。十分よ』
「なら見ろ。……人間が、死に絶えた姿だ」
黒鋼は低く呟くと、ファイの手を下ろし、私の視界を明るくした。
言葉通り、そこには血を水溜りのようにした人や、何かに手を伸ばし途中で息が耐えた人や、腕が途中でちぎれている人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人。血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血。
思わず目を瞑りたくなる光景が、一面に広がっていた。私の知らない、視界に入れていなかった、知らないふりをしていた、事実。
現実が、そこにあった。
『ホンモノ…、よね』
「ああ、殺されてる」
『……サクラが眠っていてよかった。
確かに、こんな所見せたくないものね』
「……っ!!」
『ありがとう、ファイ、黒鋼』
頬を上げ、そういうと、黒鋼は無表情に頷く。ファイは、苦しそうに表情を歪めていた。
ありがとう、ごめんなさい。
(ガーネットの心はいつでも)