レコルト国
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後ろからの視線が突き刺さる中、サクラは遺跡をじぃっと眺めていた。
「やっぱりサクラの国の遺跡と一緒?」
「そうみたい。遺跡にはたくさん発掘隊の人たちがいて…。みんないい人ばかりだったんだけれど、中でもいろんな国を巡ってるっていう考古学者の先生がとても優しいひとだったの」
小狼が、いつにも増して悲しげに眉を歪める。サクラの記憶は小狼にとって儚く、痛い。それでも対価だからと、必死に耐え忍ぶ姿は、見ていて気持ちのいいものではない。
「遺跡に遊びに行こうとすると、いつも兄様に叱られるんです」
「発掘中で危ないからかなぁ」
「ええ、それもあったんですけど、……どうしてだったんだろう」
何かを探すようなサクラの瞳が、小狼を締め付ける。私は思わず、目を伏せた。
「なんかちょっと不思議な感じだね、この遺跡。道が広がったりせまかったり!
あ、このベンチみたいなのおっきい!」
「これ時計かな?ちっちゃいね。
サクラちゃんの記憶だから、強く印象に残っているところが強調されてるのかもーー」
サクラの記憶。
今より小さかったから、ベンチは大きく映って、遺跡は不思議なもの、というイメージが強かったからか、道が狭まったり急に広がったりしている。そして、時間は見たくないから、時計は小さい。
私としてサクラの記憶の中、ということで頭痛が一時的に収まっているようだから有難くはあるけれど、それは当事者じゃないからだ。小狼の表情は未だ晴れ間を見せない。
階段を降りて遺跡の地下へ潜る。カツーン、カツーン、と響く音が、何かのカウントダウンのようだ。
最深部までやってきたようで、とてもひらけた、広場みたいな所まで辿り着いた。モコナが言うには、羽根の波動は、この下から感じるらしい。
突然、ゴゴゴと唸るような地響きと揺れが私たちを襲った。小狼はサクラを守るように後ろ手に庇う。私と黒鋼とファイは臨戦体勢を崩さず注意を払う。
「なになにーーー!?」
『ひ、開いた…』
そう、けたたましい音を立てながら、中央に大きくあった紋が自動扉のように真ん中で開いたのだ。完全に開き終わると、音も鳴り止んだ。大きくあった紋は、今は深く大きな穴、になっていた。
「真っ暗だねぇ」
ファイの声が響きながら、穴の中へ声が落ちる。
「この下になにがあるかサクラちゃん覚えてる?」
「いいえ」
「でも、サクラの羽根の波動。ここから感じる」
風が穴へと落ち、悲鳴のような声がこだまする。穴の深さは未知数。上がってこれる確率なんて、低いのか高いのかさえ分からない。
けれど、小狼は迷わず穴のへりに足を止めた。
「小狼くん!」
「行きます」
「何があるか分からないのに!
わたしが行く!」
「姫は待っていてください」
「でも!!」
「おれが行きます」
サクラの羽根のことになると、梃子でも動かない。曲げない、小狼に悲しい顔で不安そうな表情で、サクラは問う。
「…どうして?
どうしてそんなにしてまで、わたしの羽根を探してくれるの?」
それは、サクラ以外には明白な理由だった。
けれど、その答えは口にせず、小狼はサクラに掴まれた手をそっと離す。
「姫をお願いします」
「この世界にはあの蝙蝠の刀のヤツはいねぇようだからな。だったら用はねぇ。
羽根が手に入りゃ、白まんじゅうは次の世界へ行くだろ」
「黒鋼さん」
『…私も、行く』
黒鋼、小狼と同じように穴のギリギリまで近づく。すると、ファイが咄嗟に私の手を掴んだ。悲痛に眉をひそめて、私を離さない。
「…行っちゃ、だめだ。メイリンちゃん、さっきまであんなに体調悪そうだったのに」
『大丈夫よ、今は平気』
「それでもっ…--」
『ありがとう、サクラをお願いね』
すっと、ファイの冷たい手を引き離す。
これ以上、優しくしないで。構わないで。好きにさせないで。醜くさせないで、と言えないものを飲み込んで。
黒鋼と小狼の合図とともに、誤魔化すように穴へ飛び込んだ。
「小狼くん!黒鋼さん!メイリンちゃん!!」
サクラの悲鳴にも似た名前を呼ぶ叫びが、穴に響いた。
ーーーーーー--
かなり長い浮遊感に襲われた。まるで不思議の国のアリスのような感覚。穴に落ちた、あたりは同じだ。
このままだと、底に着いた瞬間ミンチだ。どうしたものか、と考えているうちに、地面へ到着した。が、予測していた衝撃は来ずに軽やかに着地した。
あたりは暗く、小狼や黒鋼が見当たらない。
「小娘」
『…あら、よかった。
また異世界で迷子かと思ったわ』
黒鋼の声が後ろからして、振り向くと確かにそこには黒い仏頂面の大男が立っていた。
「なんで一緒に穴に落ちた?」
『なんでって、…戦うなら2人より3人の方がよくない?』
「何とだ?」
『へ、』
「どうして敵と戦闘になると分かる?」
『……あ、れ…?』
口から咄嗟に出てきた言葉ではあったが、どうしてここで戦いが起こると分かったのか。
一つだけ、仮説がだ、私の〈本筋〉の記憶を封印していたものが、緩くなっている…?
どうして、と考えているとすぐそばで大きな音が響いた。
黒鋼と2人で駆け足で向かうと、小狼と先程中央図書館の門前で見かけた、大きな大きな番犬が戦っていた。
小狼は番犬の前足に蹴りを入れるが、私の目から見ても、明らかにそれは手を抜いた攻撃だった。
「莫迦が!!んな寸止めで倒せる相手か!」
『小狼…!』
黒鋼の言う通り、小狼の蹴りは全く通用しておらず、番犬の前足で、鋭く尖った爪で、薙ぎ払われた。
血まみれで倒れた小狼へ慌てて駆け寄ると、すぐ様、ゆらり、と小狼が再び起き上がった。まるで、痛みなど感じていないように。自分の身体など後回しだと言わんばかりに。
「…小僧?」
黒鋼も私も異様な雰囲気に包まれた小狼を、ただ見守ることしかできなかった。
先程まで番犬に対して、攻撃を躊躇していた小狼は、人が変わったように容赦のない蹴りを入れる。
打撃音と、番犬の苦しそうなうなり声が聞こえる。
『な、何…』
まるで、倒す、より壊す、という攻撃だ。
何を破壊しても、サクラの羽根を手に入れる、とも取れる。いつのまにか手も足も出なくなっていた番犬は、あっという間に小狼に倒されていた。
攻撃に沈んだ番犬の傍には、目的の記憶の本があった。小狼は本を手に取り、標本のように表紙に飾られたサクラの羽根を取るため、仕切っていたガラスを無造作に割った。
羽根を取り出すと、本に用はない、と捨ててしまった。
『っ…』
「お前………、誰だ?」
黒鋼も、感じたようだ。
あれは私たちの知っている小狼じゃない。小狼は、真っ白な本だからといって、あんなに無造作に捨てたりしない。歴史を、本の大切さを知っている小狼なら、あんなことしない。羽根に固執し、茨の道を進むのは同じなんだろうけれど、以前感じた小狼の怖さ、とは違った恐怖を感じた。
また、ぐらり、と頭の痛みに視界が揺れる。
ビー、ビー、と耳をつんざくような警報と共に、先程まで倒れていた番犬や、周りの空間が溶け出す。目の前には先程別れたファイとサクラとモコナがいて、記憶の世界から、出てきたようだ。
「小狼くん!!」
サクラの声に、ハッとした小狼は、先程までの異様な雰囲気は、もう無かった。
「……サクラ姫!」
手に持っていた羽根が、呼応するように淡い光を放ちながら、するりとサクラの胸へと還る。また一つ、羽根が戻った。
糸が切れたように眠りにつくサクラを、小狼が抱き寄せる。
「小狼、手当しなきゃ!」
「その前に、早く次の世界へ移動を!」
…やっぱり、いつもの小狼だ。恐怖などない、優しく健気で、まっすぐサクラを見つめている。
『…黒鋼、あれは』
「分からねぇ……」
「……」
小狼のことも気になるが、一先ず図書館の守衛機能により捕まってしまうかもしれない。早く、移動しないと。
モコナは大きな翼を出し、口を開けていつものように移動を試みるが、肝心の魔女の魔法陣が待てども現れなかった。
『何で!?』
「…図書館から本を盗んで逃げたり出来ないように、移動魔術に対する防除魔術が働いてるんだねぇ」
ファイの考察は、おそらく正解だ。
黒鋼はサクラを俵担ぎして、素早く行動に移す。こういう時の咄嗟の判断は、流石だと賞賛せざるを得ない。警報が鳴っている中、図書館の人に追いつかれる前に走って逃げる算段だ。先ほどの魔法壁の所まで来ると、グルルルと、唸る番犬が、そこにいた。
「やっぱ待ってたかーー、ぴゅー♪」
追っ手が来るのは織り込み済みだったが、まさかここにも番犬がいるとは。どうする、どうする。そんなことを考えている暇もなく、番犬は口から炎を吐き出す。まるで、よく知っている封印の獣のように。
私たちは本棚に飛び乗りなんとか火炎の攻撃を回避する。
「小狼!」
「大丈夫だ!…それより本が!」
一番怪我が重症の小狼も回避はできたようだが、己の怪我の心配ではなく、炎が本に萌えうつる心配をしていた。しかし、それは杞憂に終わり、本には魔法が効かないようになっているらしい。
なんとも小狼らしい。そして、それと同時に、やはり先ほどの冷たい目をした小狼が脳裏をちらつく。けれど今は、後回しだ。
冷たい、本を蔑ろにした小狼も、この頭痛も、よく分からない映像が流れ込んできた本も、ファイのことも。全部、ここから逃げ出せたら考えよう。
今は目の前の危機を回避しないと。
(心臓に根を張るシラー)