レコルト国
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「小狼くん!?」
サクラのその言葉に、はっとして振り向けば、小狼が先ほどの本を持って涙を流していた。どうしたのか、とみんな集まってくる。
「小狼くん!小狼くん!」
「小狼泣いてる!」
ファイが何かに気付いたのか、小狼の持っている本を無理やり奪おうとするが、接着剤で固めたみたいに本は手から離れない。
サクラもグイグイと引っ張ってみるが、結果は同じだった。私は、ここを、知っている。
黒鋼も小狼の持っている本に手を伸ばし、ガッと触れると、本は小さな光を放ち、あっさり小狼の手元から離れた。
そして、糸が切れたように、小狼はふらりと後ろへ倒れる。が、頭を打つ前に、黒鋼が腕を引いた。
「小狼!」
「小狼くん!」
「黒鋼さん…、ごめんなさい…」
先ほどの意に返さないような涙とは違い、小狼は心から涙し、後悔しているように見えた。
私は、この光景を、知っている。
私は、この“ごめんなさい”の、意味も、理由も知っている。
そのことに吐き気がした。
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あの後気を失った小狼に司書さんが気づき、目が醒めるまで、図書館の医務室に寝かせてもらえることになった。
みんな不安げに顔を沈めている。特に、サクラは眉を下げ、今にも泣いてしまいそうに、小狼の目覚めをベッドの側でじっと待っていた。
チ、チ、チ、チ、チ、と時計の針の音が、嫌に響く。
数分、いや十分少しすると、小狼はすっと、目を開けた。そのことに安心して、ベッドの横にいたモコナとサクラは優しく声をかける。壁際にいたファイも歩み寄り、現状を説明する。しかし、小狼の目に映っているのは、黒鋼のみだった。
無理もない、“あの記憶”を見てしまったのだから。…虫食いだった〈本筋〉の記憶を思い出した私でさえ、黒鋼の行動が嫌に目に入る程だ。
「黒鋼さん…、話が、あるんです」
「……」
ファイは何かに気がついたのか、そっとサクラの手をとった。
「オレら、ちょっと出てよっかー」
「…え、でも、メイリンちゃんは?」
『私も、出…』
「小娘は残れ」
『…分かった』
戸惑う小狼を置いて、ファイとサクラとモコナは、医務室を出る。
黒鋼は、なぜ私に残るように言ったのだろう…?私が、ここにいる“意味”があるのか?
しかし、小狼は己がやらねばならないことを、行うだけだった。
「……すみません」
「何の事だ」
私のことを気にしつつも、小狼は先ほどの本で見せられた黒鋼の記憶について語った。
悲痛な表情で、黒鋼の身に起こったあの諏訪での惨劇を、見てきたように語った。
黒鋼はただ目を瞑って、それを聞いているだけだったが、小狼の語りが終わると、ふっと目を開ける。
「…それがあの本を開いて、お前が見たもの、か」
「はい……」
「…確かに、それは俺の過去だな」
小狼はまた眉を寄せ、顔を歪ませる。そして、寝ていた身を起こし、黒鋼に頭を下げた。
「…すみませんでした。勝手に黒鋼さんの過去を見てしまって…」
「お前が望んだことでもないだろうが」
「でも…!黒鋼さんの思い出は、黒鋼さんだけのものなのに…!!」
それは、対価として愛しいサクラの記憶から自分の存在が消えた小狼だからこそ、出てきた言葉だった。語り合うことも、浸ることも、再現することも、懐かしむことも許されない、小狼だからこそ。
黒鋼は、苦しむ小狼の手をそっと握り、一つも色を変えない顔で言う。
「そうだ、だから。
知っちまったからって、俺の昔の傷をお前が抱え込むことはねぇ」
「……はい」
黒鋼の言葉に、小狼はやっと、いつもの意志の強い顔つきに戻った。それに、黒鋼は少しだけ口角を上げる。
「てめーもだ、小娘」
『え?』
「お前、さっき小僧が言った俺の過去のこと、知ってただろ」
『……バレバレだね』
「また例の夢見か?」
気に入らないものを試すような、そんな目で私を見据える。私は“知っていた”代償として、一つだけあなたに打ち明けてあげる。
『ごめんね、黒鋼。あれ、嘘なの』
「あぁ?」
『私には夢見なんて特別な力ないよ。“知ってる”だけ。“知ってた”だけなの』
黒鋼も、小狼も、その言葉に目を見張る。
だんだんと険しくなる黒鋼の顔色に、思わず笑ってしまいそうになる。もしかしたら、嫌われるかもしれない、気持ち悪い、と軽蔑されるかもしれない。けれど、私は口を開く。
『まだ、詳しく話せないけれど、私は知ってる。“過去”も、“未来”も。
でも、その記憶すら、今の私にはない。どこかで、奴らに封じられてしまったみたい』
「それって、どういう…--」
「…ないんなら、何故俺の過去を知っていやがった」
『私の記憶は虫食いのパズルみたいなもの。隠されていたピースが目の前にあるなら、それを当てはめるだけ。
さっき、小狼があの本で黒鋼の記憶を見て、直後に倒れたのがそのピースってわけだね、多分』
多分って…と、小狼が考えながら呟くが、今はこれしか言えないし、これくらいしか分からない。ごめんね、と一つ零し2人の反応を目を固く閉じながら待つ。
「理由は分かったが、二つ聞きてぇ。
お前は、母上を殺したやつの仲間か?」
『違うわ。』
「他にも隠してることがあんだろ」
『ええ。でもそれはまだ言えない』
「いつか…、言える日は来ますか?」
黒鋼の問答に、機械的に答えていると、小狼が身を乗り出して、私に問う。それは願いのようで、祈りにも似て。
その顔が、いとこの小狼と重なってしまって、絆されてしまった私の負けだ。
『えぇ。いつか、話したいと、思うわ。
正直言ったことないから怖いけど、その時が来たら聞いてくれる?』
「はい!」
「…はぁ、話すならいい。
あと、それあの魔術師にも言ってやれ。
あいつはあいつで、めんどくせぇし。…お前はまだ何かあんだろ」
黒鋼が言うそれはきっと、私の最大の負の疑問。あの本のことだ。
“ある少女は
小狼が黒鋼の過去を見ていた時の感覚と、少しだけ似ていた。ような気がする。
つまり、あれは〈前のわたし〉の記憶。思い出。無くしていた〈わたし〉が私になった理由の、鍵だ。
すっと、小狼は体制を変え、今度は黒鋼に向き合う。
「黒鋼さん」
「あぁ?」
「…聞くべきじゃない分かっています。けど、確かめたいことがあるんです」
「言ってみろ」
「黒鋼さんのお母さんは、祭壇のような所から、突然現れた剣のようなものに刺し貫かれたように見えました」
「あぁ」
そうだ。黒鋼のお母様を殺した犯人。それ自体は飛王・リードだということは覚えている。が、なんの為にとか、どうしてなのかは、やはりどうも思い出せない。
「それが誰だか分かったんでしょうか?」
「いいや。あの日、白鷺城の忍軍迎えられてからも、あの時見た剣の持ち主を探し続けたが、結局分からず仕舞いだった。
母上の祷場に腕だけとはいえ割り込んできたってことは、相当の呪術使いなのは確かだが」
呪術使い、きっと魔術師のことだろうか。
飛王自身、相当な魔力の持ち主なのだから、黒鋼の推測は当たっていた。
そして、小狼は思っているまま、まっすぐに言葉を吐き出す。
「あの剣の、蝙蝠のような飾りに見覚えがあるんです」
「何だと?」
「玖楼王国の遺跡で襲ってきた奴らの、服や手剣のマークと同じなんです」
一歩一歩と、かの黒幕に近づく足音が聞こえる気がした。
(黒幕へのアンダンテ)