ピッフル国
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突然の風に、窓ガラスは全て割れその破片が参加者を襲う。私たちも例外なく。
咄嗟のことにファイは私を抱き寄せ、自分の体で私を覆う。皆が混乱している中、ガラスが割れる音と、無機質な高い耳が痛くなる音が響く。
数秒もすると風は収まったが、まだずっと無機質な音は鳴り響いている。
「ふぅ、何だったんだろうねーー」
『ファイ!!サクラ達を探さないと!
羽根が危ない!!』
焦燥感が私の心を支配する。それもこれも、あんな突風に巻き込まれたからだ。けれど、今はそばにファイがいる。それだけあれば、私はいつもの私で居られる。
キョロキョロと辺りを見渡すと、黒髪をなびかせて手に防衛用の銃を所持しているダイドウジさんが目に入り、サクラの声も聞こえた。ダイドウジさんの目線を追うと、私たちが探していた人物がやっと、顔を出した。
ファイの手を振りほどき、駆け足でその人物に向かって、ーー飛び蹴りを入れる。
「ゔぐっ…!!」
『やっと正体を現したわね、ーーカイル=ロンダート』
「……やはり、貴方は早々に処分すべきでしたよ…!!李苺鈴!」
一同がカイルの存在に身を固めていると、よろよろとカイルは立ち上がり、宙に手を伸ばす。すると、そこには先程までトロフィーの中にあったはずの羽根が、カイルの手元に。
『くそッ…!!』
奪い返そうと、手を伸ばすが、ゴォオオと唸りを上げて羽根は思わぬ方向へと向かっていった。
「モコナの秘密技、超吸引力(中)なのっ」
『さすがよモコナ!最高!』
「ちっ!」
「早く!羽根をサクラちゃんの中に入れてください!」
ダイドウジさんがカイルに銃を向けながら、モコナに言う。なぜそれを知っているのか、彼女はどう言う立場なのか。
しかし、今はそれどころではない。再びカイルに羽根を奪われないよう、モコナは指示通りサクラに羽根を返した。糸が切れたように眠りにつくサクラを優しく見守っている。
「……まったく、ジェイド国といいまた妙な邪魔をしてくれたな、あの生き物も、貴方も」
『はっ!そんな眼光で怯むと思ってるワケ?
常日頃から野生の飢えた熊みたいな眼力で、こちとら鍛えられてるのよ!お生憎様ね!』
「…ふっ、怖いのか?震えてますよ」
『っ!』
図星と、虚勢がバレたことに思わず言葉を詰まらせる。震える手をぎゅっと握り、また奴の姿を見据える。
「ジェイド国とこのピッフル国で、貴方には散々痛い目に合わせてたからな、無理もないだろう」
「じゃあ、あなたは本当にカイル先生!?」
この状況を飲み込めていなかった小狼が、疑問をぶつける。
その言葉にカイルは再びにやりと口元に弧を描く。気持ち悪い、と脳が叫ぶ。肩が震える。
「おまえ達だけが次元を渡れるわけじゃない。異なる世界には、同じ顔をした別の人間がいる。けれど、本当に別人かは分からない」
「
ダイドウジさんの一言で、警備の人達が大勢カイルの拘束に乗り込む。しかし、カイルは窓から身を投げ出した。
まだ動けなくなっている私とは違い、小狼は窓の外に逃げ出したカイルを食い入るように見ていた。
「…消えた」
『別の世界に、移動したのかしら』
ピンと張られた緊張の糸がプツリと切れたように、私はその場に座り込んだ。深い深いため息が溢れる。
そこにダイドウジさんの安否を確認すべく、黒衣のお姉さん達がやってきた。
「社長!!」
「わたくしは大丈夫です。皆さんにお怪我がないか確認を。気球を安全な所に降ろして、ピッフル・プリンセス社が責任を持って参加者の皆様をお送りしてください」
その光景をぼーっと眺めていると、ファイから手が差し出された。困ったように、眉を下げている。有り難く手を取り、私も立ち上がる。
「レースは終わったし、もう事情を教えてもらってもいいかな?知世ちゃん」
『……悪巧みの共犯者を頼むんなら全部教えてて欲しかったわよ、クライアント様』
「…はい。お話致します」
ーーーーーーーー
あれから飛行機を降りて、私たちのトレーラーへと場所を移した。
サクラは、あれから眠ったままだ。
ファイの用意した紅茶が目の前に置かれ、湯気が私の鼻腔をくすぐる。
ダイドウジさんは真剣な眼差しで、私たちを見つめ、ふっと喉を震わせる。
「レースに仕掛けをしたのは、わたくしです」
「貴方が!?」
「予選の爆発と、本選の途中まで?」
「気づいていらっしゃったんですね」
「主にこの人がーー」
「指差すな!…予選が終わった後、ここに来た時言っただろう。誰がこんな事をしたのか突き止めて探し出すって」
「ええ」
「ありゃ、本気で言ってる目じゃねぇ」
黒鋼の野生の勘は、凄まじい。
『…けれど、勘がなくとも何となくは分かるわよ』
「お伺いしても?」
『予選で敗退した人と、私の対応の差。中にはドラゴンフライが爆発して怪我を負った人だっているだろうに。私には目が醒めるまで監視の人や警備が付いていた。これは自分で仕掛けたものと、カイルが起こした不正の差』
続けて、私は言葉を紡ぐ。
『気になったのはもう一つ。ファイがリタイアしたあのドラゴンチューブ』
「あーーあのぐにゃぐにゃの」
『そう、あれの素材。私がドラゴンフライの外装で使ってたクッション性の高いゼリーなのよ。あれはぶつかっても衝撃を吸収するような性質だから、最初はチューブ内でドラゴンフライの羽とか擦っても大丈夫なようにかと思ってた。
ーーけれど、あのチューブを途中で破裂しても、中の人に大きな怪我を与えない為だとしたら?』
「なるほどーーー」
ファイと小狼が納得している中、イマイチ理解の及ばないのか黒鋼だけ首を傾げていた。
ニブチンめ。
ダイドウジさんは用意された紅茶を一口含み、笑顔で、何かに納得したように口を開く。
「聞いていた通りですわね」
「誰にだ」
「知世姫ですわ」
「えっ?」
『へっ、』
「あぁ!!?」
黒鋼の食ってかかるような勢いにも負けず、眉を緩めてにこにことまた紅茶に口をつける。そして、懺悔をするようにダイドウジさんは唇を動かす。
「今から一年前。ピッフル・プリンセス社の発掘グループが海底から持ち帰ったのが、羽根の形をした不思議なエネルギー体でした。
ピッフル国には存在しない素材で出来ていて、とてつもなく大きな力を持ったもの。
それが何なのか、我が社の開発陣がどれほど調べてもわかりませんでした。
ーーーーそして、夢を見たんです。
私にそっくりな女の子。その子のいる国は、日本国といって、服装も全く違っていて。でも名前は同じ知世で」
黒鋼がまたもやぴくりと反応する。何かにまた気づいたのだろうか。
話を聞く限りでは、知世姫は夢を渡ってダイドウジさんに会いに来たのだろう。
「知世姫が教えてくださったんです。あの羽根のこと。別の世界の存在。いつか来るはずの、羽根を探している人達のことを。
そして、あなた達がいらっしゃいました」
「どうして分かったんですか。おれ達がこの国に着いたことが」
ダイドウジさんは小狼の問いに答えず、にこりと笑うだけだった。
しかし、その答えは別の人が用意していた。
玄関口から現れたのは、浅黄さんと、フライングレディ号に乗ってレースに参加していた、残さんって人だ。
「まぁ、相手は“ピッフル・プリンセス社”だからな」
「お邪魔します」
「俺達も説明に参加すべきだと思ってな。
この社長は、ヘタするとこの国の大統領より偉いんだよ」
「大統領?」
「一番えらいひと!王制だと、王様とかになるの!」
『物凄く簡単に説明するわね…』
ファイが気を遣い、追加で二人分の紅茶を用意して各自に渡している。こういう所は見習わないと。
「でも、どうしてそのままサクラちゃんに返さなかったのー?」
「知世嬢がその夢を見たのが、既にあの充電電池のことが発表された後のことだったんです」
「国中の人間が知っちまって、近隣諸国からも注目の的だった。いくらピッフル・プリンセス社でも、そのまま誰かに渡して“はいおしまい”ってワケにはいかないくらいにな」
〈前のわたし〉のいた世界でも、エネルギー問題とかよくあったような気がする。風力や太陽光で賄える部分もあるが、人口や使うものによっては住んでいる土地を汚すごとにもなる。それがこんな科学水準の高い国であれば尚更だろう。
「知世姫からサクラちゃんの羽根を狙っている誰かがいることもお聞きしました。それが色んな世界にいる事も。発表したからには、きっとこの国の羽根も我がものにしようとするでしょう」
「そこで、僕が提案したんです。あの羽根をドラゴンフライレースの賞品にしてみてはどうかと」
「そしたらそいつもちょっかい出して来るだろうし、うまくいけばレース中に捕まえられる」
「貴方達もきっとレースに参加なさるでしょうしと、知世姫も仰いましたし。特に黒鋼さんが」
『うわー…』
「黒様、日本国でも負けず嫌いだったんだねぇ」
「うるせぇ!」
思わず引いてしまうくらい、知世姫の手のひらの上だった。
「けれど、レース中に羽根を奪おうとしている者達がどんなことを仕掛けてくるか分かりません。…現に、こうして美しい人にまで被害が及んでしまった」
『あ、えっと、』
残さんは悲痛な表情でわたしの手を取った。
恥ずかしがる暇もないくらい急だったため、戸惑いしかない。
しかし、その繋がれた手をファイがニコニコと無言で剥がしてしまった。ニコニコ王子様フェイスの残さんとファイの無言の攻防は数秒で終わり、また話が始まる。な、何だったんだよ。
「だから、予選でちょっと細工をして、他にも羽根を狙っているヤツらがいるってそいつらを牽制するのと、同時にあんたらに警戒してもらおうと思ってな」
「レースで何かしようと思ってるのがいるよーーって?」
「けど、残の言うようにそこのお嬢さんにも被害が出て、俺らにちょっとばかし協力してもらうことになったんだがな」
「それでメイリン、CMとかライブやったの?」
『えぇ。予選で消したはずの私が、次の日になってピンピンしてドラゴンフライの宣伝してたら、奴らもびっくりするでしょ?
私が大丈夫だと分かれば、また違うアプローチをしてくると思って』
おかげでファイには怒られたし、サクラには泣かれてしまったけれど。
「それで、おれ達に妨害工作をしている者がいると、知らせて下さったんですか」
「おお。もーー、演技するのめちゃくちゃ大変だったぜ。他の予選通過者に聞き取りとかしてないっつーの!おまけにその日、プリメーラと遊ぶ約束だったから遅れちまって、怒って怒って大変で…!」
「デートだったんだーよしよし♡」
「女性に嘘をつくなんて…。罪悪感で心臓が止まりそうでしたよ」
残さんと浅黄さんがどんよりしている様を見て、なんだか安心してしまった。この人達もグルだったのには気が付かなかったが、なんだかんだ憎めない。
「あ、それで知世ちゃん予選の時ずっとサクラちゃんの側で飛んでたんだー」
「あら」
「撮影だったらあんなに近くにいる必要ないでしょー?」
「本選の時も、いつもお二人が側を飛んでいましたね」
小狼も気がついたのか、二人にそう質問するとはにかんだ笑顔が返ってきた。それが答えだろう。私にも監視や警護のお姉さんがよくついてくれたのを覚えている。
「私がお願いしたんです。本選でも、羽根を奪取しようとする者を探し出す為の仕掛けを用意してありましたから。
でも、結局皆さんを危険な目に合わせてしまいましたわ」
ダイドウジさんは、黒鋼や私を見てまた表情を暗くさせる。
「すべて私の責任です。
本当に申し訳ありませんでした」
『……顔をあげなさい。私はクライアントから頭を下げられるような事、何もされてないわ』
「ですが…」
『あなたの頭は、そんなに軽いものでもないでしょ?』
「ありがとうございます…」
現にファイや小狼、サクラは傷を負ってない。それもこれも、この人達の配慮があってこそだ。
「……じゃあ、予選でのメイリンちゃんのリタイアと、最後の間欠泉は、」
「…カイル先生」
カイル=ロンダート。ジェイド国で、私とサクラを拘束した男。私とサクラが危険だと、知っていた男。
そして、やはりというか、結局あの城跡で遺体が発見されなかったのは生きていたから。あの顔に警戒を怠った私のミスでもある。
夜の帳は静かに下りる。
(それは懺悔のように)