ピッフル国
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レースもラストスパートだろう。残り8機、1位に黒鋼、8位にはサクラ。この二人に賭けるしかない。がんばって…!
〈さぁ!残った8機さらに渓谷を進みます!狭い岩壁を抜けて、見えてきました!第三チェック地点最終難関!!間欠泉です!〉
『なっ…!?』
「うわぁーー、水かぶったり、ぶつかったら飛べなくなりそうだねぇーー」
「いつ噴射されるか、ランダムだそうです。
姫……」
間欠泉のランダムさに皆苦戦している中、サクラの表情は私たちが思っているよりも落ち着いていた。
〈おお!他の機体がスピードダウンをしている中、ウィング・エッグ号スピードをあげました!!〉
間欠泉が行く手を阻む中、本物の鳥のように軽やかに避け、他の選手の前へ出る。
「「ひゅー」サクラちゃんすごーい」
『…本当、まるで予知』
「………」
〈ウィング・エッグ号4位になりましたーー!〉
サクラはすいすいと間欠泉を避けて進むが、その線上なら大丈夫だと思った後続機が次々とリタイアしていった。
残ったのは、あと5機。
〈読めない間欠泉の噴き上がるタイミングきさすがの上位機と手こずっています!しかし、ウィング・エッグ号のみ飛ばしています!!おお!ウィング・エッグ号!2位まで順位を上げてきましたーー!〉
モニターには黒鋼とサクラが並んでいる姿が。終盤組から2位にまで追い上げてサクラに、観客の湧き上がる声が聞こえる。
私や小狼も、自然と口角が上がる。
「サクラちゃんかっこいいーー」
「すげーーな!」
そんな話をしていると、遠巻きにこちらを見ていた龍王さんがこちらの私たちのテーブルに相席して、自然と混ざってくる。いや、違和感のない顔だから、私たちも自然に受け入れてしまうんだよ。
「あの子も一緒に旅をしてるのか?」
「うん」
「どういう関係なんだ?」
「え、えっと」
「小狼君とサクラちゃんとメイリンちゃんとモコナが兄弟でーー、この人がお父さん」
「「えっ!?」」
『いやいや無いから』
「あのウサギみたいなのも!?」
「そうなのーーモコナが一番上で、次がメイリンちゃんー」
『無いから』
へらりと嘘をのたまうこのアホは、後で黒鋼に言いつける事にして。
しかし、龍王さんからチラチラと視線を感じるのは、おそらく気のせいではないだろう。
『…あの、なにか?』
「いや、あの。俺、龍王ってんだ!
その、歌すげーーな!!ドラゴンフライの操縦もすげー上手いし!!」
『あ、ありがと、ございます』
爛々と輝く龍王さんの瞳が私を離さない。心なしか顔も近いし。これは、言い寄られてるんだろうか。見知った顔の人からだと、なんとも可笑しな気分だ。
すると、ファイから再び手が伸びてきて、親しげに肩を抱かれる。突然のことに身体がついてこず、ファイの胸に顔を埋める事になってしまった。
『ちょ、ファイ?!』
「ダメだよー、うちの子に手を出したらーー。メイリンちゃんは、大事な子なんだから、ね?」
「お、おぅ…?」
『何言ってんのお馬鹿!離れなさい!』
「あーあーー」
かぁあと顔が赤くなってしまう。もう、本当にこの魔術師やだ!!
ぐいっと引き剥がし、知らんぷりしてさっさとモニターに目線をそらす。
〈さぁ!そろそろ間欠泉を抜けます!間欠泉を抜けたら5機にバッジが与えられます!〉
「あーやってバッジもらえるんだねぇ」
『…モコナったら暢気に黒鋼に手を振ってるわよ』
「元気だな、お前のねーちゃん!」
「あははは…」
第三チェック地点も抜け、あとはゴールを目指してのスピード勝負だ。残った者たちや観客も、皆そう思っていた。
だが、突然ーーーーウィング・エッグ号に間欠泉の水柱が襲いかかる。
「サクラ!」
『っ!!?』
呆気にとられていたサクラは避ける暇もなく、しかし、黒鋼がサクラのウィング・エッグ号を突き飛ばし、水柱は黒たん号を直撃した。
「そんな…!!」
〈もう間欠泉地帯は抜けていた筈ですが、いきなり噴き上げてきました!直撃した黒たん号大丈夫でしょうか!?〉
『………』
無意識のうちに、自分の手足が冷たくなって震えていた。呼吸も、乱れているようでどうやって吸って吐いたらいいのか、よく分からない。黒鋼が心配だから、衝撃的だったから、というのもあるが、予選の突風を、思い出してしまったのだ。
あの不条理な、秩序もクソもない、あの衝撃を。痛みを。
『…っは、はぁ』
「大丈夫だよー、メイリンちゃん」
ぎゅっと握られた手は、何時ものファイの手のひらだった。少し冷たいのに、暖かくなるような、優しい手。
ほら見て、と言われモニターを再び見ると、水面から黒鋼が上がってきていた。
「ね、黒様殺しても死なないからー」
『…ふ、そうね』
〈黒鋼選手いました!しかし、ウィング・エッグ号が止まっている間に、スノーホワイト号とイエロータイガー号が飛んでいきます!〉
安堵のため息が、私たちから溢れる。
サクラも黒鋼と話して、再び決意を固めて飛べたようだ。
知らない間に、私の呼吸も通常通りになっていた。
〈予選第1位の黒たん号、残念ながらゴール間近でリタイアです!!〉
「でも良かったな!怪我ないみたいで、お前の親父さん!」
「いや、父さんじゃ…」
あわあわしている小狼を横目に、ファイはガタリと立ち上がった。
「ファイさん?」
「黒様もここに来るでしょー。だからちょっと行ってくるよー」
「なんで?待ってりゃいいのに」
「ちゃんとお医者さんに診てもらわないでしょ、黒りんはー」
『……それもそうね』
「えっ!?」
あれだけで怪我をしてるかどうか分かるファイも相当だが、あれだけの衝撃を受けて隠せるほどの怪我で抑えられている黒鋼も相当なものだ。
「意地っ張りだからねーお父さんは」
『はぁ、頑固親父。まったく、しょうがないわね。小狼はサクラを見ててあげて』
「応援してあげて。オレとメイリンちゃんと、黒たんの分も」
それじゃ、と小狼と龍王さんを残してその場を離れ、黒鋼の元へと向かう。
「…というかー、自然について来たけど、そんなに黒たんに会いたかったー?それともオレと離れたくなかったりーーー?」
『残念ながらどっちもハズレよ。
……確かめたいことがあったの』
あの最後の間欠泉。あれはあの場にいた者にしか感じられない違和感があったと思う。
私も違和感は感じるものの、モヤモヤと晴れない霧がかかっているような気分だ。
飛空船の玄関あたりのモニターに、立ち止まっている大きな黒い影があった。黒鋼だ。
少し濡れた髪をそのままにして、モニターをずっと、見守るように眺めている。
「黒様はっけーーん」
『髪、濡れたままだと風邪引くんじゃない?』
「あぁ?」
私達に気付いたように、一瞬だけこちらを視界に入れ、またモニターを眺める。
『はぁ、仕方がないから、黒鋼パパの為にタオルもらって来てあげるわ』
「わぁーーー!メイリンちゃんやっさしーーぃ」
「だから誰がパパだ!!」
吠えられるが、この旅で慣れてしまい怖くもなんともないのが面白い。
まだ近くにスタッフの方が居たようで、その人達にいうと急いでタオルを持って来てくれた。ありがとう、と一つお礼を言い、黒鋼達の元へ戻る。レースは本当に最終局面だ。
〈全機ラストスパートで警告を抜けましたー!ゴールはこの滝の向こうにあります!!〉
『滝って…!』
「お水かぶっちゃうと飛べなくなっちゃうのに、サクラちゃんどうするんだろー」
「んなの、上から行きゃあいいだろうが」
『だから黒鋼はダメなのよ』
「んだと!?」
上から行けば問題ない、なんて今までのレースの仕掛けを見て来たらまずありえない。渓谷でのセンサーや、第一チェック地点での動けなくなるセンサーが付いていると、誰もが考え、それを実際設置するのが我らが主催者だ。そして私の考えが当たり、実況の人の注意が聞こえる。
『…サクラ』
ぎゅっ、と固く握りしめた拳は、願いのような、祈りのようなものだろう。無意識のうちに爪が食い込むほど力んでしまっているのが分かる。
全機滝の前で止まる中、何かを思いついたのかウィング・エッグ号のみエンジンを思いっきりかけた。
〈ウィング・エッグ号!!滝に突進したーーー!!〉
一同が、思わず息を飲む。けれど、サクラの凛々しい横顔には、不安の文字など一つもなかった。
〈た、滝に突っ込んだーーー!?〉
「サクラちゃんっ…!?」
『………大丈夫。絶対、大丈夫。あの子があんな顔してる時は、大抵』
「……」
自分に言い聞かせる。いつも、そうだったんだから。今回だって、大丈夫だ。
少しの沈黙。それはわずか3秒ほどか、もう少しか。しかし、とても重く、長い時間。
それを切り裂いたのは盛大なアナウンスだった。
〈ゴォォォオーーーール!!!
初出場のウィング・エッグ号!優勝ですーー!!〉
『っ…!!やった…!!』
「「ひゅー」さすが、さくらちゃんーー」
花吹雪と共に笑顔で優勝を噛みしめるサクラに、思わず目頭が熱くなる。やわやわと開いた手のひらが、さっきとは別の震えでうまく涙が拭えない。擦ってしまおうかと思ったが、横からすっと出てきた指に私の溢れそうな涙が攫われた。
「かっこよかったね」
『…えぇ、すごく』
「というか、口で言うのヤメロ」
「だってー夜魔ノ国で練習してもできなかったしぃーーー」
『え、そんな事やってたの?案外暇だったのね』
「じゃあ、ひと段落ついた所でー」
ファイがそう言って黒鋼の腕を取り、ポケットに入ってた手を取り出す。
すると、手袋をしていたのに負った傷から赤い血が滲み出ていた。
『っ、』
「お医者さんに見せに行こっかーー」
「面倒くせぇ」
「そう言うと思ったーー。だめだよー、お父さんがそんなんじゃ。子供達が真似するでしょー?現にほら、ここに真似っこしたおバカさんがいるしーー」
「だからそれヤメロ!!」
『おバカさんって私のことかしら?』
喧嘩売られてるのかしら?値引きしてでも買い叩くわよ?とカンに触る物言いに突っかかっても、帰ってくるのはあはははーという笑い声のみ。予選終わりの夜、包帯巻かずに帰ってきたことまだ怒ってるのか。意外、というか変にねちっこい所あるな。
「わざわざそんな戯言言いに来たのかてめぇは!!」
「んーー、それもあるけどー」
『あるんだ…』
「オレもメイリンちゃんも、ちょっと気になってねぇ」
そこで私の名前が出て、改めて本来の目的を思い出す。そうだ、私は黒鋼に先ほどの間欠泉について聞きに来たのだ。なにも漫才をする為ではない。
ファイはそんな私達を置いて、するすると疑問点を口にする。
「あのね、レース中にあった色んなアクシデントとさー。最後の黒様がリタイアした間欠泉だっけ?なんか違う気がするんだよねー」
「…最後のは、モロに食らったら怪我じゃ済まなかっただろうな。それこそ、そこの小娘の時みたいな」
『えぇ。私の時の突風と、黒鋼の時の間欠泉。どちらも自然発生したものじゃない。それは私と、サクラが証明してる』
私は予選であった他の突風は風の巡りを読み、躱せていた。サクラも他の間欠泉は避けていた。そこに他意や、悪意、殺意が混じっていなければ…。
「やっぱり知世ちゃんが言ってたように、不正を働いてたのがいるってことかー」
「……二派、な」
『…それって、やっぱり』
脳裏に嫌な予感が浮上する。
そんな、まさか。考えたくない思考が、黒鋼の言葉で加速していくのを、ざわざわとする胸で、脳で感じる。
(確かめたいこと)