ピッフル国
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ありのままを望め、と阿修羅王の言葉を思い出した。
一人じゃない、とサクラは言ってくれた。
いつもの私が好きだ、とモコナは言ってくれた。
周りを見ろと、大丈夫だよと、ファイが言ってくれた。頭を撫でてくれた。
私はその言葉たちを抱えてなら、強くなれる。もう、捨て身じゃない、悲しませないでもあの子達を守れる方法を見つけ出さなきゃ。
ーーーー---
湧き上がる歓声が地を這うように聞こえる。華々しく紙吹雪や音楽が降り注ぐ中、本日は、ドラゴンフライレースの本選。
昨日は疲れてあのまま自室にこもっていたので、まだファイときちんと話をしていない。
それを不安に思っているのか、サクラの表情は時々曇っていたが、もう本番もそこまで近づいている。
今は、ダイドウジさんが用意した衣装を更衣専用トレーラーで着替えている。私もこの後出番なので、一緒に。
陰っていた表情も、ダイドウジさんの作ってくれたピンクのワンピース型の衣装を見ると、恥ずかしいような嬉しいような明るい顔になったのでよかった。
「やっぱりわたくしの想像した通り、サクラちゃんにぴったりですわ」
「すごい…これお店で用意してくれたんですか?」
「いえ、サクラちゃんやメイリンさんには、わたくしの思いのこもったお洋服を着ていただきたくて自分で作りましたの」
「すごーーーい!」
『綺麗ね…!』
私もサクラと同じ型で、少しデザインと色がが違う。サクラのピンクより淡い、純粋な白いワンピース。レースでの支障はないからと下にパニエまで入ってスカート部分がモコモコしている。胸元には王冠のマークが刺繍されている力の入りようである。
髪型もそれに寄せて、王冠型の髪留めに短めのヴェールがついてある。
髪も二つに結んでもらって、ふわふわに巻いてもらった。背中には天使のような羽根が付いている。デザインが百点すぎる。いや、デザインだけじゃなくて、単純に端の処理や縫い目が綺麗で、誰が見ても店で売れるレベルだ。
採寸してもらった時より痩せてしまったのか、ウエストだけ少し余ってしまったのが申し訳ないが、それでも十分綺麗な衣装だった。
「3人とも、とっってもお可愛いですわ」
「ありがとうございます…。なんだか照れちゃうね」
『…本当に。私に似合ってるの不安なくらい素敵』
「だいじょーーーぶ!小狼もファイも、きっと似合うって言ってくれるよ!」
小狼は素直に褒めるだろうが、ファイはどうだろう…。
まだ、あの時言った言葉を謝っていない。
喉に詰まった魚の小骨みたいに、心に引っかかってしまう。
それに、顔が衣装に負けている気がする。お母様譲りの綺麗な配置の顔面ではあるが、しかしお母様に似てアジア系のキツ目の顔なのだ。サクラが着れば一等可愛いのは誰が見ても一目瞭然。これが格差社会。
むずがゆいような、気恥ずかしいような、申し訳なさが込み上げてくる。今からこれ着て大勢の人の前に立つのか…。
「大丈夫ですわ。メイリンさんは可愛らしくて素敵なんですもの。きっと、素晴らしいショーになりますわ」
『…あはは、ありがとう。クライアント様の言うこと信じてみるわ。
それじゃあ先に出ているわね』
裏口から出ると、やっぱり人が大勢いた。立ち見の人や、通過ポイントでの観覧もあるようだ。数えられないくらいの顔が、レースを今か今かと待ち望んでいる。期待も、気合も十分。
深呼吸を一つ。やる事は、決まっている。他社の誰が何を強いろうと、私も、私がやりたいことをしよう。クライアントと、お客様の期待に応えたい。
黒衣のお姉さんに連れられ、準備を始める。
さぁ、ショータイムだ。
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歓声に包まれて、小狼、黒鋼、ファイは女の子達が着替え終わるのを待っていた。
「予選の時より人いっぱいだねーー」
「メイリンさんのファンの方もいらっしゃるみたいですね」
小狼がそういうと、目につくのはメイリンのうちわやパネルを持ったファンだった。あの予選や宣伝映像を見たのだろう。そして、今も尚、あの宣伝映像の時に流れた曲がエンドレスでかかっており、その熱を助長させている。
しかし、同じ旅の仲間としては複雑な心境だ。ファイにしても、それは同じのようだが。
そうこうしているうちに、更衣室の扉が開いて知世が現れた。
「お待たせ致しましたわ」
知世に連れられ、扉の陰に隠れていたサクラもひょこりと顔を出した。恥ずかしそうに新しい衣装を身に纏うサクラに、小狼は目を奪われる。呑気に可愛いねーーと褒めるファイとは違い、見惚れていて言葉も出ない、という様子だ。
知世手製の衣装を本当に喜んでいるサクラに、敬語を外しておしゃべりしませんか?と提案する知世を見ると、かの少女---メイリンは故郷である国の木之本さくらと大道寺知世を思い出すだろう。懐かしく、愛おしいという表情を浮かべるのは想像に難くない。
「申し訳ありません。
結局誰が不正を働いたのか、本選までに探し出せなくて」
「知世ちゃんのせいじゃないよ」
「この本選にも、何か仕掛けてくるかもしれません」
サクラの手をきゅっと握り、起こるかもしれない妨害を憂う。何もできなかった自分を。
しかし、次の瞬間にはピッフル・プリンセス社の社長である顔になり、俯くことをやめる。
「この本選にも何か仕掛けてくるかもしれません。警備体制は万全を期していますが、それでも何が起こるか分かりません---気をつけて下さいね」
深刻な、命の危険もあるかもしれないと忠告を口にするが、旅人達は眉一つ動かさず、いやむしろ笑顔で答える。
「…誰が何しでかそうが、勝ちゃあいいんだろ」
「だねぇ」
「はい」
「頑張る!」
ここにいない、もう一人分の想いを繋いで、優勝を目指す。
「さあ、本選前の抽選が始まりますわ」
「抽選?」
「出走場所を決めるんです」
「場所?」
はてなを出す一行の耳には、未だに彼女の歌声が微かながらに聞こえる。
それが、徐々に大きくなり、辺りもざわつく。しかし、抽選会が始まる為の演出だと思ったのか、皆ワクワクしているようだ。
〈もがいては、叫んではそっとこの手を伸ばした。ある時、誰かに触れた気がした。
君だったんだ。
やっと分かったーーー行かなきゃ…!〉
ザザザ。
突然ノイズが鳴り響き、観客は再び騒つく。
サクラ達も混乱に対して少し警戒しているようだった。---ただ一人、知世・ダイドウジを除いて。
流れていた曲も途中で切れ、ステージについていた照明も消えていた。
すると、一人、ステージの上にせり上がってきたシルエットが分かる。逆光で、誰だか分からないが。女の子だった。
女の子は、片手を上にあげ、指差している。
そのタイミングで、照明は女の子を照らし、---やっとその場に立っているのが、メイリンだと皆が気づいた。
凄まじい熱量の歓声が、彼女に向かう。
ニヤリ、と笑いメイリンは体全身を震わせ、歌を奏でる。
『触れた僕の手と涙に、例えば見て見ぬフリも出来ただろう…、それだってのに!
君につながれた一瞬は こんなにも
思い出せるよ 何があっても。
“大丈夫”だと思えた』
高揚した頬と、自然と上がる口角。
きらきらと宝石のように輝く彼女の瞳には、呆然と、天使のように真っ白な出で立ちのメイリンから目が離せない、ファイだけを映している気がした。
(大丈夫だと思えた)