ピッフル国
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
とうとう明日、ドラゴンフライレース本選がやってくる。整備は順調だし、サクラの乗り手としての技術もここ数日で確実にレベルアップしているだろう。教えれば、意外とこなしてしまうのだ。
私の宣伝映像のおかげで、ピッフル国で元々人気の高いドラゴンフライレースは、さらに熱を上げていた。そして、ずっと流れているあのCMの所為で、私自身も買い物に行くと指を指される程度には有名なようだ。
外を出るとすぐに囲まれるのも面倒くさいので、あまり外にも出なくなった。
『……情けないなぁ』
自分でもわかるくらい、今の私は精神的に弱くなっている。いっそのこと、黒鋼を挑発して組手でも相手してもらおうか。
気分転換に作ったミネストローネの鍋をコトコト混ぜながら思い悩む。
明日が本番なんだから、もっとしっかりしないと。レース中は、何があるかわからないんだから。
「おっはよーーメイリン」
「わぁ、いい匂い」
『こんな中途半端な時間だけれど、よかったら飲む?』
時間は朝の6時ごろで、誰も起きてこないと思ったのに、自室から降りてきたのはサクラとモコナだった。もう少しすれば朝ごはんにしようと思ったのだが、朝は少し冷え込むからと、ミネストローネが入ったマグカップとスプーンを二人分渡す。
「ありがとう。…その、メイリンちゃんも、一緒に食べよう?」
『…えっと、私は』
最近食事があまり喉を通らない。それを隠すように、食事の時間をずらしたり、ダイエットだと偽って、あまり味のしないスープやサラダばかりの生活だった。皆、それを薄々感じているのだろう、というのは知っていた。けれど、どこか腫れ物を扱うように、あまりその事には触れてこないでいてくれた。
「ね、たべよたべよ?」
『……』
皆用に濃く味付けしたそれを飲むと、吐いてしまいそうだ。俯いていると、モコナが私を呼ぶ声がし、ふと、視線をあげると。ーーー口に何かを突っ込まれた。
『…!!!』
「メイリンちゃん!?」
急激に広がる酸味とザラザラとした豆の感触が喉に引っかかる。サイコロ状に切った人参やほかの野菜の味を舌が侵食されるに連れ、何も入っていなかった胃から、別の酸っぱいものが迫り上がる感覚に襲われる。
口元を手で押さえて、トイレに急ぐ。
『ぅっ……』
「メイリンちゃんっ、大丈夫?!」
「メイリンっ、メイリンごめんね!?」
『…ううん、私こそ、ごめんなさい』
突然私が嘔吐した事で、二人ともびっくりしたのだろう。申し訳ないことをした。
モコナも、悪気があってスープを口に入れたわけじゃないというのも分かった。
「ねぇ、メイリンちゃん。
何か悩みがあるなら、…不安なことがあるなら相談してくれないかな?」
『…なにもないわ』
「小狼君もね、そういう顔して、いつも何でもないって隠すの。でも、そういう時はわたしの知らないところで傷ついて、戦ってる時だって知ってる」
『…サクラ、』
「わたしじゃ力になれないかもしれない。それでも、一人で戦わないで。しんどい時や、つらい時はつらいって言ってほしい」
わたしの手を握り、懇願にも似たような、優しい言葉をくれる。
無力だと思っていた女の子は、こんなにも強い瞳で、前を向いていたのか。
こんなにも、強い光を抱えて。--その光に当てられて、悪意に塗られていた心が溶け出した。
『……どうしようもなく情けなくて、弱い話よ?』
「メイリンちゃんのお話なら聞くよ」
「モコナも!メイリンの痛いがちょっとでもなくなるならきくよ!」
『…あり、がとう』
ーーーーーーーー
サクラとモコナに、この前あった出来事や、今思っていることを話した。トレーラーの中だと誰かに聞かれるかもしれないからと、我儘を言って外に出て。
すると、何故かサクラの瞳から大粒の雫がポタポタとこぼれ出した。
『サ、サクラ…?』
「辛かったよね、怖かったよね…!!
話してくれて、ありがとう」
涙を流しながら笑うサクラが、とても綺麗なものの結晶に見えた。
ギュッと握られた手からサクラ熱が伝わってくる。ずっと冷たかったわたしの手が、サクラの熱を通して、暖かくなっていくみたいだ。
「…メイリンちゃんはいつも自分は違うって、一線引いているように見えたの。それを大人だなぁ、強いなぁってわたし、勘違いしてて。でもそれって、みんなで旅をしているのに、一人ってことでしょ?そんなのさみしいし、つらいよ」
『……』
「玖楼国のね、兄様が言ってたの。
“人には容量がある。その線を超えるまでは一人で出来ることもあるけれど、超えてしまったら人は駄目になる”って。
子供だったわたしには、あんまり理解できなかったけど、メイリンちゃんには分かるでしょ?」
『…そうね』
さすが王様、いいことを言う。
そして、同時にある人の言葉も蘇った。
『……もし、望むものがあるのなら。ありのままの心で、そのものを望め』
「なーに、それ?」
『阿修羅王が、私に残してくれた言葉よ』
かの王が私の思い出のなかでふっと笑う。
そうだ、こんな姿をあの人に見られたら不機嫌そうに無理やり食べ物を口に押し付けられるか、大笑いされるかのどちらかだろう。
なんとまぁ情けない姿だ、と。
小狼とサクラには優しい対応だったが、私には基本優しくないのだ。
思い出し笑いをしていた私の膝にモコナが飛び乗って、細い糸目と目があった。
「メイリンはね、笑顔が似合うの!
それでね、お料理が上手で、サクラと小狼とモコナに優しくてね、黒鋼をいじって遊んでて、ファイとちょっぴりいい感じでねっ!強くってね、岩とかおててで砕いちゃうの!
……モコナね、そんなメイリンが大好きだから、メイリンがそうやっていられるようにお手伝いしたいなっ」
『……ありがとう、モコナ。サクラも』
モコナの頭とサクラの頭をふわふわと撫でる。守らなければいけない人が悲しむ、といつか黒鋼に言われたことがあった。その時は作戦で頭がいっぱいだったから聞き流していたけれど、この子達が傷つくのは見たくないなぁと、思ってしまう。
「ファイさんとも、仲直りできるといいね」
『…気づいてたのね。
そうね、私ファイに酷いこと言っちゃったの。謝らないと』
「それがいーよ!実はモコナ、ファイとメイリンの事ひっそりと応援してるのーーー♡」
きゃっきゃと一人でハートを撒き散らすモコナの言葉に、サクラはハテナで返していた。
少女漫画でラブコメだよーと騒ぎ立てるモコナに何も言うなと釘を刺して。
さて、と朝ごはんの準備を始めようと思い3人でトレーラーの中へ入っていく。
(一人きりの戦い)