ピッフル国
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船を止め、ダイドウジさんを含めみんなでおおやつタイム。今日はサクラとモコナが一緒に作ったチーズケーキだ。皆舌鼓を打ち、ダイドウジさんは目を輝かせて絶賛している。
「サクラちゃん、最近料理の腕前急上昇中なんだよねーー」
「ファイさんと、メイリンちゃんが優しく教えてくれるから」
『褒めたって何も出ないわよ』
私の言葉に、そんなんじゃないよ!と慌てるサクラ。可愛いなぁ、と思いもう一口分のケーキをフォークに刺す。
ファイとは、まだ目が合わない。
「私も、サクラちゃんとお呼びしてよろしいですか?」
「もちろん!わたしも知世ちゃんってよんでもいいですか?」
「はい、もちろんですわ」
二人の華やかな笑顔に、この場に暖かい空気に囲まれる。そして、BGM代わりについていたテレビからあるCMが流れた。
「あ、あれ!」
モコナが反応する、そのCMに、一同の目が動く。私とダイドウジさんは、微笑みながら紅茶を口に含む。
〈君が待ってても いなくても、走るよ。
このまま足を動かせば、光になる〉
歌と共に、空を見上げる少女の姿が写り。振り返ると長い黒髪がはらはらと風になびく。
そして、ドラゴンフライの機体へ乗り込み、空へまた飛び立つ。
何のことはない、ドラゴンフライの本選の宣伝映像。
「あ、あれって…」
「メイリンさん!?」
「メイリンかわいーーー♡」
「……」
『ありがと』
そう、何のことはない映像。そこに写っているのが私というだけで。
涼しい顔でお茶を飲んでいる私とは正反対に、サクラや小狼、モコナはすごく驚いているようだ。黒鋼は興味がなさそうで、ファイは目を見開いたまま固まっていた。
「おほほほほ。わたくしがお願いしたんです。メイリンさんの歌がお上手だと耳にしまして」
「すごく素敵だった!いつ撮ったの?」
『あの日、退院した後にね』
「ちなみにこちらの映像は全てのチャンネルをジャックして一挙に放送させましたので、一気に話題になると思いますわ」
おほほほほ、とダイドウジさんの高笑いが止まらないようだ。というか、CM枠買い取るのって結構するんじゃなかったっけ? いくらなんでも大掛かりすぎる。そこまで聞いてなかったぞ?
でもこれで、仕掛けた犯人は今頃悔しくて身震いしている事だろう。壊して脅した私がこれだけピンピンしているのだ。さっきの接触といい、知性的に見せてすごく短絡的な奴なのだろうことが分かる。
ーーーーーさぁ、炙り出されろ。
「それで、これ見せに来たのかよ」
「……いいえ」
「予選レースで妨害行為があったんですよね?」
「何故?」
「今日会った人がそう言ってました。笙悟さんと、残さんという人です」
ダイドウジさんは酷く吃驚したように、体を強張らせた。予選レースの妨害。主催側にとっては、あってはならないことだ。浮かない顔で、不正があった事実を述べる。
「何かお手伝いできることはありますか?」
「有難う御座います。でも、不正を防げなかったのは我が社、ひいては社長である私の責任。現在我が社の調査部がレース出場者、及び関係者の調査に入っています。
誰があんな事をしたのか突き止めて、必ず探し出しますわ」
「……」
『………』
ダイドウジさんからの言葉を真摯に受け止めるサクラと小狼。黒鋼は何か違和感を持ったようだ。ファイは少し沈んでいるように、見える。
「知世は今日はそのお話できたの?」
「いいえ。実は…、サクラちゃんは本選では何をお召しになりますの!?」
ダイドウジさんは突然、机に身を乗り出し、サクラの手を握りしめる。この場の空気がガラリと変わったのでサクラも小狼も黒鋼も戸惑っている。
「えっ?」
「もう決めてしまわれました?」
「い、いいえ」
「でしたら!是非、是非!私に作らせてくださいな!超絶可愛いサクラちゃんにぴったりなレースコスチュームを考えましたのーー♡」
ダイドウジさんから花が飛び散る様に、黒鋼と小狼はまだ口が塞がらないようだ。
やはり、まだ違和感の方が強いんだろうなぁ。
「私の作ったコスチュームを着て、颯爽と空を駆けるサクラちゃん!
素晴らしいですわーーーー!!」
「モコナにもコスチューム欲しいー♡」
「お任せくださいな。メイリンさんの分もご用意しておりますので」
『えっ、アレで終わりじゃないの?!』
宣伝映像だけで、私の仕事は粗方終わっていると思っていたが。どうやらこの策士はまだ何かあるようだ。
外が薄暗くなった頃、ダイドウジさんはそろそろお暇しますわ、と席を立った。
乗ってきた船まで、皆で見送ることにした。
「それでは皆さま、本日はお邪魔いたしました」
「また遊びに来てくださいね」
「えぇ、是非」
『あぁ、そうだわ』
私が思い出したようにダイドウジさんの側へ近付き、耳元で今日会った事を打ち明ける。
すると、ダイドウジさんは一瞬目を見開いて、にこりと誤魔化すように笑った。
「有難う御座います。そう、伝えますわ。
それでは、ごきげんよう」
『えぇ、お願いね』
「メイリン、なんて言ったのー?」
『ないしょ』
モコナの疑問もひらりと躱す。まだ、打ち明ける時ではない。
ーーーーーー
メイリンは自室にいると、知世が帰った後は晩御飯もいらないと早々に部屋に入り閉じこもった。
小狼、サクラ達はドラゴンフライの練習をしている。予選は通過したが、サクラの実力はまだレースに出られるようなものではない。その為、小狼がこうして横に着き操作方法を実践を交えて教えていた。
その微笑ましい情景を眺めながら、ファイと黒鋼、モコナはドラゴンフライの整備をしている。ファイと黒鋼の機体は操作が難しく、機体も大きい為手がかかる。大体の作業は昨日の晩、メイリンが大方整えたようで整備といってもあまり難しい事もないが。
「知世の作ってくれる服、楽しみー!」
「知世ちゃん、張り切ってたもんねー。サクラちゃんもドラゴンフライの練習頑張ってるし」
「サクラがんばれーー!」
ファイの頭の上に乗っていたモコナはぴょんぴょんと飛び跳ね、サクラ達の応援に行ってしまった。
「でも、不正かーー…。メイリンちゃん、知ってたみたいだったねぇ。予選でメイリンちゃんを襲った突風も、不正だったのかな」
「さぁな。
だが、アイツは無理してでも妨害したヤツを突き止めるつもりだろうな。それを、俺達が望んでなくても」
「…うん、そうだろうね。ホント、頑固で、自分勝手で、酷く傲慢だ…」
ファイは初めてメイリンに、対しこんな言葉を使う。それに黒鋼は、何も言わない。
顔を歪めていたのも数秒で、ファイの顔はいつものへらりとした笑顔になる。
「黒りーが時々感じるオレ達を見てる視線とも関係あるのかなぁ」
「………」
「何にせよ、本選は気をつけないとねぇ」
メイリンは知らない。自分が傷を作れば作るほど、守れるものはあれど、その行為のせいで守りたい者が悲しむ事を。メイリンも、ファイも、小狼も、知らないのだ。
そして、その事について憤りを感じる者や、憂う者がいる事も、彼らは知らない。
自室の洗面所で、一人電気も付けず、胃からせり上がる吐き気に耐える。情けない声と、嗚咽が漏れ、冷や汗と生理的な涙が止まらない。歯はガタガタと震え、手は冷たい。
メイリンが考えるのは、今日の、あのショッピングモールの、あの殺気。
あんなに憎悪や嫌悪、悪意のこもった殺気を自身に当てられる事などなかった。
簡単に、単純に言うと怖かったのだ。恐怖。
それがメイリンの心を支配している。
しかし、げっそりした気持ち悪い顔を見せられない。〈李苺鈴〉ならば、こんな事で心が折れたりしない。こんなところで、挫けたりしないのだ。
鏡に映る自分に手をかざし、うわ言のように小さく唱える。
『……大丈夫、大丈夫』
まるで呪文のように、呪いのように呟く“大丈夫”は最初から存在しないものみたいに、暗闇へと溶けた。
メイリンの自室から窓を見上げると、流れ星のように飛行するウィング・エッグ号とモコナ号が見えた。その姿は、夜なのに眩しくて目が霞んで、思わず視線を逸らした。
(心の穴を満たして)