ピッフル国
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ファイも鋭い殺気に反応していたようで、未だにわらわらと集まっている学生達をかき分けて、私の手を握り颯爽とその場を去っていった。
無理に引っ張り出され、ずんずんと前を歩くファイに、少し小走りでついて行く。
ファイの手はいつも冷たいが、さらに凍ったような冷たさだった。
ショッピングモールを出て、人気が少ない場所まで来て、やっと立ち止まったと思えばこちらを振り向かないで、少し震えている。
「……メイリンちゃん、もしかしてさっきのがあるかも知れないって、分かってて今日オレを誘った…?」
『…ないしょ。だけれど、そうね概ね正解よ』
答えると、私の背後にあった壁に思いっきり殴りつけ、逃げ道を塞がれる。
ファイの表情は、見えない。
悔しいような、悲しいような、怒っているような雰囲気。けれど、どうしてファイがそんな気持ちになるのか分からない。分からないように、している。ーーーー私も、ファイも。
「……どうして、そういう危ないことするの」
『私を餌に危機回避できるなら、安いものだからよ。あなた達には本選がある。むしろそのレース中の方が危ない事や妨害があるかも知れない。だから、それ以外は私が引き受けるの。』
そうしなければ、私のいる意味がない。ここに居ていい訳がない。
「そんな事して…、もし、さっき何かされてたら。もし、人混みに紛れてまた怪我を負わされたら…!!そんなことは考えなかったの!?」
『考えてるわよ、ずっとね。けれど、サクラの羽根に比べたらそんなもの軽いわ』
私は所詮、プラスαなイレギュラーだ。この世界には不要と言ってもいい。
だからこそあなた達の手助けが出来て、だからこそ“捨て駒”になれる。命は大事だけれど、それ以上にあなた達が傷つかない方がよっぽど大事だ。
そして、羽根。あれを手に入れるチャンスを、私は一つ潰してしまった。これは、“これら”はその償いでもある行為だ。
「……そんな言葉、聞きたくない」
『ごめんなさいね』
「どうして…、どうして自分を無下に扱うんだ!!もっと周りを見て…」
『…それを、あなたに言われたくはないわ』
自然と、つるりと口から滑り落ちた言葉は私の心とは別で、温度を持っていなかった。ナイフのようなその言葉は、ぐさりとファイに突き刺さっただろう。
これは意志を持っていった言葉じゃない。きっと、私の中に眠っている〈物語〉の記憶から漏れ出した言葉だ。
“死ねない”けれど、“死なない”わけじゃない、ファイへの言葉。
『……小狼達も帰って来る頃だし、帰りましょうか』
「………あぁ、そーだね」
握られていた手は、再び繋がれることはなく。一定の距離を開けて、二人で歩いて帰った。
ーーーーーーーー
帰宅すると、まだ黒鋼一人だけのようで小狼達はまだ帰っていないようだ。気を紛らわせるために笑顔でただいまを言う。すると、黒鋼は何かを察したように眉間にしわを寄せて短く返事をするだけだった。
私とファイと黒鋼で、みんなのドラゴンフライの整備を進める。昨日もしたが、メンテナンスは大事だろう。
数刻すると、小狼達がブロロロと車を走らせて帰って来る。
「おっかえりーー。ん?なんか、あったー?」
「………」
『難しい顔ね、小狼』
ファイの嘘の仮面は、流石だと思う。先程まであんなに冷たい顔だったのに、今は小狼やサクラを安心させるように笑顔だ。
しかし、何かがあったのも、難しい顔もブーメランだけれど、小狼達も買い物中に何かあったのだろうか?
突然、箱の上に乗っていたモコナがめきょっと大きく瞳を開く。一同はビックリし身を固まらせるが、モコナの額の石が光を放ち次元の魔女が投影された。
「わーい、侑子だ侑子だっ♡
どうしたの、侑子!」
〈ちょっと用があったの〉
「用、ですか?」
『…どーせ、ロクな事じゃないわね』
投影されている次元の魔女は優雅に椅子に腰掛ける。百合の花の髪飾りが“外見には”よく似合っている。
形の良い彼女の唇が短く動く。
〈服は?〉
「あぁ!?」
〈元いた国での服はどうしたの?〉
『…そういえば、』
「紗羅ノ国に置いてきてしまったんです」
「白まんじゅうが無理矢理別の国に連れて来やがって」
「戻ってもそのまますぐ、このピッフル国に移動しちゃったからねぇ」
と、言うファイ。すると、これ見よがしに次元の魔女が見せたのは、洗って天日干しされている私たちの元の服だった。
「わたしの服!」
〈紗羅ノ国から回収しておいたわ〉
『………なんで、そんな』
「侑子すっごーーい!」
「ありがとうございます」
「さっさと寄越せ」
〈ダメよ〉
魔女は黒鋼の要求をさらりと断り、自分が回収したから自分の物だ。欲しければ対価を寄越せと、まるでジャイアンのような台詞をさも当然かのように説いた。いや、理屈は通っているが、私の家で織られた、由緒正しい式服なんだが???
「屁理屈こねやがってー!!」
「まーまー、お父さん。拾い物は拾った人のものって事ですねー」
「何をお渡しすればいいですか」
小狼はあくまで真面目に、己の服を取り戻そうとする。対価を支払うようだ。
〈対価は、この服に見合うものを。〉
「「見合うもの……」」
〈あまり納得していない人が数名いるけれど、考え付いたらモコナに言ってあたしを呼び出しなさい。それまで預かっておくわ〉
『…ぐぬぬ!』
〈あぁ、でも。あんまり長く待たせると流しちゃうかもね、質流れみたいに〉
「えっ!?」
『どこに流すつもりよ!?』
「質草かよ!!」
「「質流れ…?」」
服に見合う対価なんて、人それぞれだろう。ただ着るためだけの人や、防寒、攻撃を防ぐ為のものでもある。サクラのものは王族の、生地がいいものなのかもしれない。
しかし、私は違う。別に、李家で織られたものだからとか関係ない。あれがないと、〈李苺鈴〉じゃなくなってしまう。私があろうとした、彼女ではなくなる。いつか、絶対取り戻さないと。ぎゅっと手のひらを握り、サクラが投影された魔女へ話しかける声を聞いた。
「最初の時はわたし眠ってて、高麗国の時はまだ半分夢の中みたいで。
だからお会い出来たらお礼を伝えたいって考えたんです。モコちゃんを貸して下さって有り難うございました」
〈……旅はどう?〉
「一人だったら、きっと辛かったと思います。でも、……一緒だから」
私はこんなに健気な子知らない。いつからか彼らの為に、よりもこの子の為に何かしてあげたくなっている自分に胸がそわっと浮くような感覚だ。
最初は本当にふわふわで、私と違う所だらけで嫌いだったのに。いつの間にか力になりたいと思っている。この子は、木之本さんとはまた別の力をこの子は持っている気がしてならない。小狼も、優しい顔でサクラを見つめていた。
「でも、まだいっぱい眠っちゃって、役に立ててないんですけど…」
〈…来たわね。じゃあまたね。
そうそう、ホワイトデー。あんまり待たせ続けると銀竜とイレズミも質流れさせるわよ〉
「フザケンナこの強欲女ーーー!!!」
『あなた作ってないでしょーが!!』
自分勝手に通信を終える魔女に向かって、私と黒鋼が吠える。四月一日くんに渡すなら全然いいけど、次元の魔女にホワイトデー強要されるのが腹立つのよ!!あと、あの意味不明な短歌!あれで催促してくるのもムカつく!
モコナは改めて小狼達にバレンタインとホワイトデーの説明をしていた。
「って事なんだけど、小狼達誰もお返ししてないから、侑子怒ってるんだと思う」
「無理矢理押し付けといて何がお返しだ!」
『残念ながら黒鋼に同意だわ…。悪徳商法じゃないんだから』
「でも、そうだったんだー」
「お返し何がいいだろう? 決まり事とかあるのかな?」
「ある国もあるけど、何でもいいんだよー」
『真面目ね、小狼』
「……したいな。次元の魔女さんに、お礼したいな」
ふんわりしたサクラの笑みに、ため息が漏れる。仕方ない、折れてやろう。魔女に対してのお返しと、小狼達が買い物中に何があったのかを聞くために、一息つくことにした。
「おやつ食べながらにしよーよーー。手伝ってーー、お父さーん♡」
「お父さーーーん♡」
ぶちん、と黒鋼の何かが切れる音がして、ものすごい剣幕でお父さんいじりをするモコナ達を凄む。モコナに至っては鷲掴みされているのに楽しそうだ。サクラと小狼は相変わらずついていけないようで、後ろであわあわしている。
………やっぱり、この光景を守りたい。非力ながらそう思う。
キィィイと、上空からの機械音と共に、優雅な声が聞こえる。
「楽しそうですわね」
「わぁ!!」
『……やっときたか』
船のように帆を張っている飛行型の乗り物に乗って、ダイドウジさんがやってきた。
私の呟いた声が届いたファイは、そっと顔を歪めた。
(あなたに言われたくない)