スキマの国
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たとん、たとんとまな板をノックする音が小気味よく聞こえる。明後日は、一世一代の大勝負、と世間ではよく言われるもの。そう、今私はバレンタインのお菓子作りに精を出しているのだ。
ちなみに、四月一日君に事前に習っていたチョコレートケーキと、チョコトリュフをコソコソと作っている真っ只中である。
『えーっと、黒鋼、小狼、モコナ、あとサクラにも届くかしら?…そんで、四月一日君と、黒モコナと、柊沢くんと、あと友枝の小狼と木之本さんと大道寺さんにも送りたいわね』
「メイリンーー!何してるのー?」
『お菓子工場を営んでるの』
「わーーい、バレンタインだー!
あれ?でもさっきファイの名前呼んでなかったよね?」
『……………ゔ』
何を隠そう、“全て”終わった後、ファイとは晴れて恋人になって、最初のバレンタイン。
私から気持ちを伝えることも少ないから、この機会にきちんと伝えたいというのもある。
ファイは、別で用意した。所謂、本命チョコだ。
「わかった!本命チョコだーー!」
『わぁ!!モコナストップストップ!!!本当に待って!』
ぴょんぴょんと飛び跳ねてどこかへ行こうとするモコナを必死に止める。
仕方ないから味見と称して一粒分けた。示談交渉だ。やむおえまい。
本命と一目でわかるのは恥ずかしいし、本命だと分かっている状態で渡すのはもっと恥ずかしいのだ。乙女心よ、分かれ。
ファイにはとびきり出来のいいものと、みんなにはしないデコレーションを施して、箱の底にはハート形のメッセージカードを添えた。読めないのは承知の上で。
当日、いつ渡そうか脳内で色々考えて、考えて。結果、その当日になっても、答えは出なかった。
〈メイリンさん、大丈夫か?〉
『あはは、ちょっと寝不足で…』
〈まぁ、無理しないでね。チョコレートありがとう〉
『ええ、四月一日君もありがとう。さすがの出来よね!お店で売ってるみたい!』
〈メイリンさんだって綺麗に出来てる。
素直にファイさんに渡せるといいな〉
四月一日君へはモコナを通じて送り合った。最近、四月一日君の口が日に日に憎たらしくなっていることに遺憾であるが、願いを叶える店を受け継いだのだ。あれくらいふてぶてしくなければ。
あとは、柊沢君へあっちの小狼達の分も合わせて送った。四月一日君より数億倍陰険なクソメガネとは話したくないので無言で。
きちんとカードを添えたのでそれを見てくれることを信じている。
「みんなにはちゃんと送れたー?」
『うげ、ファイ……』
「あははー、ヒドイ反応だー」
『あ、えっと、送れたわよ。あとは、サクラだけなんだけど…あ、四月一日君にお願いしたら良かったわね』
一つお願いになってしまうが、あの子の喜ぶ顔のためだ。安いものだろう。
すると、後ろからすっと白い手が伸びてきて、私の体を優しく包んだ。
「……今日、バレンタインデーなんでしょ?」
『そ、そうねっ』
「…黒様達には渡してるとこみたよー。あれ?でも、オレ貰ってないような気がするんだけどなー」
『……あぁもう、ネチネチと!!はいっ、どーぞ!』
ファイ用の青色の箱を勢いよく渡した。顔が赤い気がする…。というか、もうちょっといい感じに渡したかったのに。
一見なんの変哲も無いチョコレート。今更だが、我ながら意気地無しだと、すぐに自己嫌悪に陥った。
ファイは乱暴に渡された箱を開け、まじまじと中身を見ている。
「……メイリンちゃん、コレ」
『だ、大事に食べてね』
「もしかして、オレのだけちょっと違う?」
『っ!な、なんでそれを!?』
「えへへうれしいなぁ〜〜〜」
『答えなさいよ!あ、さては黒鋼かモコナの分見たわね!?』
「えへへへ〜〜、モコナが言ってたけどチョコレートにも意味があるんでしょ?お友達同士なら友チョコとか、義理チョコとか、ーー好きな人に渡すなら、本命チョコって言うんだっけ?」
『……ゔぐ』
だめだ。顔が真っ赤で、ファイの目を見れない。けれど、ものすごいニヤけて調子に乗ってることは分かる。殴りたい。
私の反応もそこそこに、ファイは箱を開けて、一粒一粒丁寧に食べている。
咀嚼音や舌を這わせる音が、やけに部屋に響く。
なんだろう、すごくこの部屋から去りたい。安全地帯へ赴きたい。
「なんか下に入ってるー、…メッセージカードだぁ」
『よ、読めないだろうけど、形だけね』
「…………」
片手で箱を大切に持って、もう片方でメッセージカードを開けて文字を目で追っている。
赤いカードとファイの白く長い指はよく似合うなぁと見ていると、あることに気がつく。
……コイツ、目で追っても読めないんじゃないの?どうせ私になんて書いてあるか聞いてくると踏んでたのに、メッセージカードを見て固まっている。
「……メイリンちゃん」
『な、に…ぉわっ』
静かに私の名前を呟くと、ファイは箱を置いて私に飛びついてくる。
重力で、後ろにあったソファに倒れ込んでしまった。
『ど、どうしたのよ!』
「…えへへ、オレも君を好きになれて幸せだよ。ありがとう」
『っ!!?』
口の端に小さくキスをされて、ぼふんっとさらに顔が赤くなる。いや、待て。さっきの、さっきのファイの言葉って…。
『…よ、読めたの?そのカード』
「うん、読めるように勉強したんだ〜」
『っ、教えたの誰よ!!』
「小狼君」
思わず頭を抱えてしまった。そうか、忘れてた。
今の小狼は、文字圏一緒なんだった…。それに、日本で生まれ育った生みの親もいる。完璧に読み書きできるじゃないか。失念だ。
だが、引攣らないのかと思うほどニヤニヤと溶けているファイを見て、どうでも良くなった。
『……緩み過ぎよ、全く』
「メイリンちゃんからの言葉も、お菓子も。全部オレのためだって思うと嬉しくて、つい〜」
『…お返し!楽しみにしてるからね!』
「は〜い!倍返しがんばりまぁーすっ」
(あなたに会えて、)
(あなたを好きになって幸せよ)