紗羅ノ国/修羅ノ国
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『とにかく、急がないと月の城の戦いに間に合わないわ…』
「はい」
なにもかもを飲み込んだ笑顔は気に入らないが、私も焦燥感を心に閉じ込めて、阿修羅軍が出陣する場所へ馬竜を急がせた。
早く行かなければいけないので、帰りは小狼が前で手綱を握る。辺りはもう日が落ち、月がゆっくりと上がっていく。
大きな音を響かせながら駆けていくと阿修羅王と倶摩羅さんの姿が見えた。
『お待たせしましたー!』
「メイリン様!」
「……どうした、小狼」
「いえ、なんでも」
目がまだずきずきと痛むのだろう。眉間にシワを寄せながらも口角を上げる小狼に、阿修羅王は優しい笑みで助言を授ける。
「そうやって飲み込むばかりでは、見ている誰かが悲しむだけだ」
「……」
「それに。秘めるばかりでは、何も変わらん」
阿修羅王のその言葉は、何故か私にもひどく突き刺さった。
何かを決めた強い気持ちを抱え阿修羅王は、笑い、出陣する。
「さて、そろそろ決着をつけよう」
『王…』
決着、がつくのだろう。今宵の戦いで。
決着がつけば、どうなってしまうのだろう。長い年月停滞し、戦ばかりしていた阿修羅族と夜叉族。その余計な心配を暗喩し、視界はユラリと揺らめいた。
気がつくと、やはり空に浮かぶ孤城。月の城だ。来るのは2回目だが、夜叉族は躊躇なく私達を狙う。
「……よう、ガキ」
『小狼っ!!』
黒鋼が小狼に攻撃を仕掛ける。その衝撃で、私は後ろから落馬してしまった。
その着地点に、狙ったように矢がいくつも飛んでくる。ーーーファイだ。
高い所から狙っているのが、少しだが認識できる。放たれた矢は、私の腕から三センチはズレている。それを見た瞬間、何かがぶちっと音を立てて切れた。
そろそろ限界だ。その月に照らされる髪も、口元だけの笑顔も、手加減が見て取れる攻撃も、小狼の隠すような笑顔も、阿修羅王の覚悟を決めたような表情も、なにも言ってこないそこのバカ二人も、全て、全てムカつく。
『……上から、見下ろしてんじゃないわよ!!!!』
いつの間にか、私の拳に寄り添っている黄金の蝶を乗せ、ファイが立っている岩場を思いっきり殴り崩した。足場が崩れても、奴なら何とかするだろう。いい気味だ。
王!!と呼ぶ倶摩羅さんの声が聞こえ、阿修羅王に視線を向かせると、阿修羅王はどこかいつもと違う様子で、敵兵士を大勢薙ぎ払っていた。
『阿修羅王!!』
「来るな」
炎を身に纏い、何度も向かってくる敵兵士を、その剣で一撃で払う。
瞳にも炎を宿し、見据えるのは月を背負うように立つ、夜叉王のみだった。
阿修羅王には私達は、もう見えていない。
「夜叉王、決着をつけよう。
私は----己の願いを叶える」
夜叉王の元まで飛び上がると、阿修羅王は抵抗のない夜叉王の胸に剣を突き立てた。背中から、阿修羅王の炎の剣が見える。
勝敗は、決したのだろうか。阿修羅王の顔は見えない。
「阿修羅」
夜叉王の、愛しい者を呼ぶような優しい声が、静かに月の城に響く。抱き合うその姿は、まるで蜜月の逢瀬のようだった。
私がつけた傷だと、阿修羅王は夜叉王の右の顔の傷を優しく撫で、唇を一つ落とす。
寄り添う姿は、なんと切なく儚い。
その儚さを象徴するように、夜叉王は光を放ち身体は砂となり、衣服と阿修羅王を残して風に消えた。思わず、この場にいる全員が息を飲む。
夜叉王の残した衣服から、パァアッと目を覆うような光を放ち、何かが現れた。
目を凝らしてみると、サクラの羽根だ。
夜叉王の残したものを抱きしめ、遠くを見つめる阿修羅王。そこに、あなたの本当の願いがあったのか、と遅ればせながら気がついた。
「こちらへ、小狼」
阿修羅王の元へは小狼のみが呼ばれた。光が降り注ぐ、そこはまるで舞台の上。
「…夜叉王は」
「死んだ。もう随分前になる」
「じゃあ、さっきまでいたあの人は…」
「幻だ。その羽が見せていた。
まるで生きているかのような、影身(うつしみ)」
光とともに降る阿修羅王の声は、どこか神に懺悔しているようにも思えた。
小狼も、私も、敵であるファイや黒鋼もその声に聞き入るしか、出来ない。
「夜叉族との戦いは永い。
長である夜叉王と刃を交えて、ある日気付いた。夜叉王は病に冒されていると。
互角である筈の夜叉王に私が傷を付けられたのも、その病の為だ」
「……」
「ある日、夜叉王が来た。
修羅ノ国にある私の居城に。月の城でしか相まみえない筈なのに…。
だから私は知ったのだ。夜叉王は、死んだ。ただ魂となって私の元を訪れたのだと。
けれどその次の日、月の城にまた夜叉王は現れた。その羽根の力で現れた幻となって。私が付けた傷のない夜叉王でも私には消せなかった。----もう、とうにいない只の幻でも」
縋るように、有ったはずの温もりを求めるように、阿修羅王は夜叉王の形見の剣をさらに抱きしめる。
そして、いつもの笑顔で小狼に羽根を託した。
「望みは叶ったか?」
「……はい」
「月の城は阿修羅が制した!
願おう、我が真の願いを」
大地に剣を突き立て、願いを口にする。それは、誰もが願う、叶ってはいけない願いだった。願いを叶えることができない月の城は、みるみる崩れていく。
「…やはり、我が願いは月の城を手に入れても叶えるには重すぎるか」
『阿修羅、王……』
「阿修羅王!!城が崩れます!早くこちらへ!」
「いやだ」
「王!!早く!!」
「いやだと言った」
倶摩羅さんの声は、もう阿修羅王には届かない。私がどれだけあの人の生を願おうが、あの覚悟に腹を立てようが、生きる事を望まない人は、動かせない。
ぎりりと歯をくいしばる。
「小狼、メイリン。
諦めればそこで全てが終わる。願い続けろ、強く。強く。例え己が何者でも、他者が己に何を強いても、己の真の願いを願い続けろ」
『……あ、あぁ、阿修羅王っ…!!!』
阿修羅王の足場は崩れ、倶摩羅さんの断末魔が響いた。
私の足場もとうとう崩れ、重力が私を大地へと強制的に誘う。浮遊感、それと敗北感が胸を支配する。
無意識に阿修羅王へ差し出すように、手を伸ばす。すると、その手を取ったのは阿修羅王ではなく、ファイだった。
ふんわりとその手を優しく掴んで、私の体を横抱きにする。
『……ファ、イ…』
「言ったでしょー、これ以上心配させないでって。泣くならせめて、オレの近くで泣いて」
『…っひ、ぐ。泣いて、ないわ』
「そーだね。
でも、今なら誰も見てないと思うなぁ」
『……だれも?』
「うん」
『ファイも?』
「オレも」
『そう…』
なら、大丈夫ね、とファイに顔を見せないように首に腕を回し、そっと涙を流した。
今は、今だけは。阿修羅王を思って、願って、悔やんで泣いてもいいだろう。
(懺悔と残骸)