紗羅ノ国/修羅ノ国
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阿修羅王の、あの夜の忠告はなんだったのだろう。それが、頭からずっと離れない。
『望むものがあるのなら…か』
私の望み、願いってなんなんだろう。
今の私の欲しいものは、私が〈李苺鈴〉になった理由だ。理由もなく、たまたま偶然、知識を持った私が、知っている世界に転生なんてしないだろう。何かの、誰かの意図があって、こうなったはずだ。
『本当に、そうなのかな…』
ーーーーーーーー
月の城の戦が再び始まった。
今夜も、阿修羅王から出るな、と言われた。怪我のせいだろう。その私に代わり、小狼が出るらしい。ファイと、黒鋼を確かめに。
出発する皆に、せめていってらっしゃいと言いたくて、私は門までお見送りに来た。
「サクラをお願いします」
『ええ、任せておいて。
阿修羅王、いってらっしゃいませ』
「あぁ、いってくる」
今日の阿修羅王はどこか遠くを見つめている。迷子の子供のような、そんな儚い目で小狼を見つめている。
私はそんな人に、ただただ無事を祈るしか出来ない。
出陣する阿修羅軍の後ろ姿を瞳に移し、不甲斐なさばかりが募った。
今夜の戦いは、誰も死者は出なかったようで、満身創痍になりながらも皆帰還してきた。特に、小狼と倶摩羅さんは見た目の派手な怪我を負っていた。
『おかえりなさい、すぐ怪我の手当てを…』
「いえ、おれは大丈夫です!」
『大丈夫な訳ないでしょ!!消毒しないと!倶摩羅さんも!』
「いえ、私も結構で…」
倶摩羅さんは矢傷を受けたようで、無理やりにでも傷を見せてもらうと、何故か違和感を感じる。
『…入射角も、速度も威力も、全部……。まるで計算されたような傷…』
「前の、メイリン様を怪我させたあの夜叉族のものです…!!私が不甲斐ないばかりに…」
「メイリンさん、月の城で夜叉族のファイさん達にあったんですか!?」
「やはり貴様奴らの仲間か!!」
小狼の台詞に、倶摩羅さんが噛み付く。仕方なしに倶摩羅さんの手当ては侍女さん達に任せ、部屋を退出してもらった。眼光が突き刺さるが今は放っておこう。その方がいいだろう。
倶摩羅さんが出て行ったことによって、私と小狼の二人きりになった。懐かしい感覚に陥るが、この小狼とは二人きりなんて初めてだ。消毒布の音だけが静かに部屋に響く。
どう言えばいいか分からず、少しの沈黙を保って戸惑いながらも言葉を紡いだ。
『……で、小狼も会ったわけね』
「はい。でも、おれを見てもなんの反応もなかった」
『私の時も、そうだったわ』
「それに!二人とも、瞳が黒かったんです!
あの二人は、この世界の黒鋼さん達なんでしょうか…」
その疑問が浮かんでこなかった訳じゃないが、私はその可能性は低いと思う。阿修羅王はわざわざこの国に私達を呼び寄せたと言っていた。それなら、ファイと黒鋼も近くに落ちているだろう。
それに、いくら深紅の瞳だろうがサファイアブルーの瞳だろうが、科学の力を持ってすれば黒の瞳にできることを知っている。魔法を使えば容易いだろう。
『……どう、なんでしょうね』
もう一つ、仮定の証拠としてあげるなら、ファイはこの国の言葉ではない言葉で、私に語りかけたのだ。それが、ファイ・D・フローライトたる証拠のように思える。
しかし、だったら何故私達に何もないのか?黒鋼なんて容赦なく私と小狼をボコボコにしてくれて…。思い出すだけで腹が立つ。
なんにせよ、確証のない、希望的観測に過ぎないものを、今は話せない。
『…ごめんね、小狼』
「え、」
『なんでもなーーい!はい、おしまい!』
誤魔化すように包帯を巻き終わった箇所を叩けば、小狼からうめき声が聞こえた。
『ご、ごめんなさい!つい!』
「だ、大丈夫です…。それより、メイリンさん。サクラが目覚めたら、少し村を見に行ってみようと思うんです」
『村?なんでまた』
「おれ達がここにいるってことは、一緒に旅をしている黒鋼さん達も時間差で近くに落ちているんじゃないかと思って」
『なるほどね』
確かに。確証のない仮定をずっと信じ続けるより、可能性の低いものを順に潰していけばその仮定の信憑性も上がる、か。
まっすぐな琥珀が、私を貫く。
『…よし、私も行くわ!道なら阿修羅城にきた時見たし!』
「えっ、でもメイリンさんまだ傷が…」
『大丈夫よ!これ大げさに包帯巻かれているだけだから』
そうと決まれば、阿修羅王に直談判だ。
あせあせと慌てている小狼を横目に、阿修羅王の寝室へと向かう。
コンコンと扉をノックすると、中から阿修羅王の声で、許す、と聞こえたので遠慮なく扉を開ける。
『…失礼します。阿修羅王』
「ん?どうした?」
『サクラが起き次第、小狼と村へ行ってまいります』
「何故?」
『仲間の探索をしに』
「駄目だ。メイリンはまだ病み上がりだろう。そのような体で無茶は許さない」
『…ふ、そう言うと思いました』
私が無茶を言った時に用意していたであろう台詞には、動じてやらない。
ぐるぐると巻かれた包帯や消毒された布を取り外す。少し痛むところもあるが、おくびにも出さない。
『これくらい、もう何ともありません!!』
「…はぁ。乗り物は1匹しか出さない。二人で帰っておいで」
『ありがとうございます!』
「全く、メイリンといい倶摩羅といい。私の周りには無茶をする者ばかり居るのだな」
呆れ笑う阿修羅王は、私の治りかけの傷をそっと撫でた。ツゥと痛みが走るが格好付けた手前、痛いなどとは言えない。
『無理でもなんでも、やりたいからやってるんです』
「そうか…。やりたいこと、か」
また、遠い目をする阿修羅王が心配だが、そろそろ太陽も真上だ。軽い昼食をとり、阿修羅軍の方々と同じ装束を身に纏う。
二人で乗るには十分な馬竜(と、勝手に呼ぶことにした)を貸してくれたようで、案内も兼ねて、私が手綱を握る。小狼を後ろに乗せるなんて、中々出来ることではないから気分がいい。
少し走れば、城の情景から森に囲まれた村が見えた。ここだ。
小狼は徐々に焦りを見せ始め、村に入った途端、馬竜から飛び降りた。
「すみません、聞きたい事があるんですが」
『こらっ、危ないでしょ!!』
「誰だ!何処から来た!!」
「見ない顔だな…」
警戒心を露わにする村人に、ごくりと固唾を飲む。恐る恐る小狼が、阿修羅城からやって来たと言うと、村人達は手のひらを返して朗らかになる。
「そうか!王の客というのはお前さん達か!」
「子供が三人と言っていたなぁ」
「たしか、一人は琥珀の瞳の男の子、あとは翡翠の色の瞳と柘榴色の女の子が二人だったか」
「おぉ!確かに琥珀と柘榴の目だ!」
私も馬竜から降りると小狼と同様に囲まれて瞳の色を覗き込まれる。
年老いた女性からは握手をせがまれる。なんだか有名人にでもなった気分だ。
「どうしてご存知なんですか?」
「知らせが来たんだよ。王の客には何人たりとも手出し無用だと」
『なんとまぁ、大げさな…』
思わず笑ってしまったが、なんとも阿修羅王らしい。小狼は、自分たちにそこまでする阿修羅王を不思議に思っているのだろうか、すこし呆気にとられているようだった。
村人の一人が小狼に切り出す。
「それで、聞きたい事があるんだったか?」
「はい、人探しをしているんです」
『どっちも高身長で、一人は鬼みたいに無愛想な黒髪で、もう一人はムカつくほどへらへらしてる金髪よ』
「メイリンさん、悪意が…」
あの二人の特徴を的確に伝えると、村人は顔を見合わせて口々に覚えがないと言う。
「そう、ですか…」
落胆と、不安で小狼が固まっている。
しかし、私はあの戦場であった二人がより一層、旅を同じくしている黒鋼とファイなんだろうと思えて来た。思いが、ひときわ強くなる。
そんな中、突然小狼が頭を抱えてしゃがみ込んだ。痛みで顔が歪んでいる。
『小狼!』
「羽根を…、探さないと…」
『え……?』
小狼が、抑えているのは頭ではなく右目だった。なんで、今羽根なの…?私の心臓が、ドクリ、ドクリと嫌に音を立てている。
小狼は私なんか目に写っていないように、側にあった大きな姿鏡に映る自分を不可思議な現象が起きているかのように瞬きもせず見ている。
村人達は、大丈夫か、どうしたと心配そうに私達を覗き込む。
「…すみません、大丈夫です」
『しゃ、小狼本当に大丈夫なの!?目、痛いんじゃ…』
「おれは大丈夫です、心配させてすみません」
にこりと、何もなかったように小狼が笑った。全てを飲み込んだような、何もなかったようにしたい、というような笑顔で。
その笑顔に、また胸が騒ついた。
何かがそこまで近づいて来ているような、そんな焦燥感を抱いて、村を去った。
(無謀と呆然)