紗羅ノ国/修羅ノ国
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あれから2ヶ月という、短いようで長いつきひがたった。私は現在、阿修羅王の相談役という名の元、阿修羅城の一室で引きニートを満喫している。
この国の言葉を流暢に話せないので、話す相手も特定の侍女さんと阿修羅王くらいのものだ。阿修羅王の臣下である倶摩羅さんとも挨拶程度のもの。
しかも、阿修羅王は月の出ている夜は必ず、夜叉族との戦に赴くため、殆ど一人で過ごしている。さすがに、暇だ。
『香港でも友枝町でもここまでの時間ダラダラした事ないし、旅に出てからなんてもっと行き急いでたんだから。
ここに来てだいぶ暇、すごい暇、猛烈に暇ぁ〜』
料理も家事も何もかも侍女さんがやらせてくれないし、出来ることと言えば縫い物か瞑想くらいのものだ。圧倒的に娯楽がない。
ゔーーーん、と唸っていると自室として頂いた部屋に阿修羅王が入ってきた。この人は、いつもよく分からない時に来て、日が暮れると帰る。
阿修羅王はゆっくりと椅子に腰掛けると、侍女さんの用意してくれたお茶に舌鼓を打っていた。
「おや、どうしたのだメイリン。
浮かない顔だな」
『暇なんです!!何かお仕事させてくださいよーー!』
「其方が以前そう言ったから、私の相談役になったのではなかったか?」
『相談役とか名ばかり過ぎるでしょ!!
もっと洗濯とか料理とか皿洗いとか!』
「戦とか、か?」
『そう、戦とか!…え、戦ですか?!』
戦とは、あの空に浮かぶ孤城、月の城での夜叉族との戦い。その戦いに何度参戦したいと申し出ても阿修羅王は否と首を振っていた。
「“其方の保護”が私の対価だ」
「其方に武の才があるのは見て取れる。だが、彼処は戦場。武を競う場所ではない。命の取り合いなのだ」と、口酸っぱく言われてきた。
そりゃ、私には殺し合いなんて物騒な事した経験はないし、王の言っていることは分かる。それにこの城に滞在している以上、阿修羅王の言うことは絶対だ。
『……いい、んですか?』
「あぁ。昨日、戦力である兵が一人亡くなってな。其の者の代わり、と言っては聞こえが悪いが、夜叉族に遅れを取るわけにはいかない。嫌ならいいぞ?」
『い、行きます行きます!!』
元気よく手を挙げると、王は眉を下げて笑った。
ーー--------
日が落ちて、戦の時間になった。
いつもなら一層暇になる、と感じでいた時間だったが、今の私は高揚感と不安で一杯だった。
「夜叉族には最近、とても強い兵士がいる。夜叉王の臣下では群を抜いているものが二人。おそらく夜叉王配下で最強だろう。其の者達の相手はしなくていい。
あと、その顔布は取ってはいけないよ。他の者にお主が女だとばれれば、一斉に斬りかかってくるかもしれないからな」
『は、はいっ…!』
まるで子供に言って聞かせているようだったが、初めての戦場と言うこともあり、私は素直に頷いた。
兵士として、と言われたが私の格好はどこか浮いていた。それもそのはず、目から下を隠す顔布に、シャラシャラと音がなる金属の飾り、防具は腕と胸につけられ、何処か踊り子のような格好だ。
正直ふざけてるのかと思ったが、阿修羅王の言うことは絶対だ。半笑いで渡してきたが、これも何か考えてのことだろう。私は自分にそう言い聞かせた。
倶摩羅さんには私の正体を知っていてもらったとのこと。阿修羅王はああ見えて、倶摩羅さんのことを信頼しているようだ。
馬のような竜に跨がり、倶摩羅さん、阿修羅王の近くで並走する。
見上げる空には、大きくまばゆい月と、そこに浮かぶ孤城があった。
あたりがユラリと揺らめくと、先程までいた場所ではなくなっていた。
『ここは、』
「月の城です、構えてっ…!!」
不思議な現象に辺りを見回していると、倶摩羅さんから鋭い声が上がった。
その声に従い、私は渡された薙刀を構えた。
視界の端が先ほどと同じようにユラリと動き、その瞬間、横にいた兵士が矢で肩を射抜かれた。
本当に一瞬の出来事だった。兵士は馬のような竜から転げ落ち、辺りがざわつく。
矢が放たれた先を見ると、そこには夜叉王と率いる軍勢が現れていた。
その中にある、見知った顔に思わず目を見開いた。
『う、そ…』
「行くぞ、メイリン。気を引き締めなければ、やられる」
『………はい、』
確認しなければ。
あの糸みたいに細い髪を靡かせている人を、あの屈強な肉体で、刀で阿修羅族の軍を一人で薙ぎ払っている人を。
気がつくと、私はその人達の前へ向かっていた。
「…っ、……」
「…あぁ?なんだこの細ぇのは」
『………やっぱり、そうだ』
顔布をしているから、相手は私のこと分からないだろうが、私は分かった。近くに来て、肌で感じた。この人達は黒鋼とファイだ。
瞳は紅と蒼ではなくなっているけれど、間違いない。
「…ッチ、何だか分かんねぇが、此処は戦場だ。殺るか殺られるかの世界だ。そこに足を踏み込んだって事たぁ、どうなっても知らねぇぜ」
『っ!!』
「破魔・竜王刃!!」
よく見知った技名が叫ばれ、剣戟が飛んできた。勢いよく飛び退き空中で舞う。「胡蝶のようだ…」と何処かから聞こえた気がした。
宙を見つめている、ファイと目があったような気がして、着地を失敗してしまった。
倶摩羅さんが心配して駆け寄ってきてくれたが、その腕を狙ってファイが矢を放つ。
あいつら、本気だ。
ベル、と心の中で黄金の蝶を呼び起こし、薙刀の刃の部分に付加させる。
本気でしないと、こちらがやられる。決意を固めて、黒鋼へ飛び出す。
私の薙刀を受けた蒼氷と、鍔迫り合いになり、力で押し負けてしまった。
「軽いな。もっと殺るつもりでこい」
『…うっ、るさい!!!』
薙刀で近くの岩を綺麗に切り、その部分を蹴り飛ばす。それを目くらましに近づき、高くジャンプした位置から大きく振りかぶる。
黒鋼は私をみてニヤリと笑い、蒼氷から再び剣戟を放つ。
「破魔・龍王陣!!」
『っゔ、ああぁーー!!』
螺旋状に飛んできた剣戟はまるで吠える龍のようだった。こちらに向かってやってきて、私なんて城の端まで軽く弾き飛ばされてしまった。
『……ったた、本気でやりやがって』
その方が有難いが、腕や足がボロボロでもう動けない。悔しくて、思わず涙がこぼれた。万が一にも黒鋼に勝てるとは思ってなかったけれど、ここまで手も足も出ないなんて。
すると、近くの岩場からガサッと足音が聞こえた。敵兵なら危ない。すぐ臨戦態勢にはいるが、先ほどの傷が障り顔を歪めてしまう。
しかし、目に飛び込んできたのは、黒目を伏せてこちらを心配そうに見ているファイだった。
『…なにか、用?』
「………」
『ボロボロの敵にトドメを刺しにくるなんて、マメな人ね…』
「……!」
満身創痍の身体を無理やり起こしてファイを威嚇していると、突然私の腕を引き、自分の胸元へ引き寄せた。
きゅっと抱き締められ、寒い冬のような匂いが鼻腔をくすぐる。
「……Είστε ηλίθιοι, εσείς」(ばかでしょ、きみ)
『…ファイ?』
「Μην με ανησυχεί πια.
Μην επιτρέψτε μου να σας αρέσει πια…」(これ以上、心配させないで。
これ以上、君を好きにさせないで)
『…………あ、の』
切なそうな声と目線が、私の胸を貫く。
もし、もしも。このままこの世界で暮らして、ファイと言葉が通じなくて、敵同士で、そうなったら私は…。
その思考を遮るように、遠くで倶摩羅さんが私を呼ぶ声が聞こえる。ーーー行かないと。
ファイもそう思ったのか、私からするりと腕を離し、倶摩羅さんの頬スレスレに矢を射る。ファイと私の存在に気がついた倶摩羅さんは歯を噛み締めてファイに反撃するが、ひらりと躱し、余裕の笑みで去っていく。
「メイリン様!この怪我、先程のやつに!?」
『いえ、私が特攻してしまったから…あの人は…』
ファイが去っていった方向を眺め、言葉があやふやになる。
その姿を見て、倶摩羅さんはまた眼光が鋭くなる。
「兎に角、本日もそろそろ月が天に昇ります。王と合流しましょう」
『はい、……』
ファイは、私を抱き締めながら何を言ったんだろうか。あんな切なそうな声で、また馬鹿なことを言ってたんじゃないだろうか。
そんな思考は、阿修羅王と合流した後にも続いた。
(衝動と行動)