紗羅ノ国/修羅ノ国
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『ま、迷った……』
まさか過ぎる。地図通りに行ったのに、遊花区の鈴蘭一座の暮らしている長屋?らしいところにつかない。
蒼石さんの地図が間違ってるなんてことはないだろうから、残る可能性は私が方向音痴という、最大にして最も矮小な理由くらいだろう。
いやいや、まさか。香港じゃ迷ったことないし、小4にして日本、友枝町に来日した時も迷わなかったこの私が?
それこそ異世界での迷子とか、シャレにならない。
『モコナの翻訳圏外に出たらどうしよう…』
こうなると分かっていたら、黒鋼でもファイでも、あの失礼な氏子の一人でも連れてきたのに。どうしよう、の言葉がぐるぐると脳内を駆けずり回る。
おそらく遊花区の中には入っているだろう事は分かるが、鈴蘭一座になかなかつかない。すっかり太陽も顔を隠しつつあるこの時間に。
『来た道戻ろうかなぁ…』
私が弱気になっている時、突然空が暗くなり、地面が揺れた。
あちこちで悲鳴が聞こえる中、空が!という言葉が耳に残った。
その言葉に従うように視線を天に向けると、まるでモーゼのようにズズズと大きな音を立てて空が、割れている。
その異常な光景に目を奪われていると、白く丸い生物が大きな羽を生やして、空高く飛び上がっている。
あれは、間違いなくモコナだろう。ということは、近くにサクラと小狼が近くにいる…?
しかし、混乱している人たちの中から探すのは至難の技だった。なんとか見つけようと必死にキョロキョロと琥珀の少年と優しげな少女を探していると、いつのまにか特殊な風が私の体を覆っていた。
『えっ、えっ!?今移動したら…!!』
そう、これはモコナの口の中に吸い込まれる---次の異世界へ移動する時特有の現象だった。けれど、今移動してしまって大丈夫なんたろうか。私はまだサクラと小狼にも会えていないし、ファイと黒鋼とも離れている。
このまま移動なんかしてしまったら、もしかしたら離れ離れのまま、別の世界に落ちてしまうことも、あるかもしれない。
脳裏によぎったその事態は、とてつもなくやばい。あの子達は“物語の終わり”まで一緒だった。何があったとしても、どんな事になっていても。しかし、この旅のイレギュラーである私は…?
冷や汗が止まらない。
私の嫌な予感など知らないと言うように、いつもの如くしゅるん、と音を立てて紗羅ノ国を旅立った。
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ドサッ!と音がしたと思ったら、埃っぽい土の地面だった。
辺りを見渡すと誰もおらず、後ろには山、前には豆粒くらいではあるが、村が見える。しかし、やはりと言うか旅をしてきた一行の一人も側にはいない。
さて、本格的に迷子だ。ここが何処だかも、言葉が通じるかも分からない。
短い期間で3度も迷子になり、その都度状況が悪くなっている気がする…。厄日かな?
これなら泣くほど厳しいお母様からサバイバル術を習っとくんだった。
『…どーーしよー』
不安と情けなさで涙が出てきそうだ。
とりあえず、地平線の端くらいに見えている村を目指そう。人に会わないと、始まらない。もしかしたら、話が出来るかもしれないし。
何分か歩いていたら、その村から馬が勢いよく走ってくる音が聞こえる。なんだ?と目を細めて確認すると、黒髪をなびかせた綺麗な女の人が馬らしきものに乗りこちらに向かってくる。
段々と顔の輪郭まで目視できるところまでやってきた彼女の顔は、中性的でとても美しかった。美人、というより麗人と言った方があっている気がした。
『………というか、本当に私の方まで近づいてきてない?』
よく見ると馬と竜の中間くらいの動物だったが、移動速度は凄まじいものだ。
嘶きと共に私の目の前で止まり、上から彼女の視線が降ってくる。
「こんな所で迷子か?」
『……え、えぇ。まぁ、』
言葉が、通じる。若干漢詩の現代語訳みたいに聞こえるが、聞き取れるし、通じる。
心に希望の光が射したように思えた。
「家はあるのか?」
『ない、です。
仲間と旅をしていて、はぐれてしまったの』
「なら、我が城へ来るといい。歓迎しよう」
謎の麗人はふんわりと笑い、手を差し伸べてくれた。不安や、知らない世界での恐怖もあったのか、思わずその手を取ってしまった。
すぐ様私を自ら乗っていたその動物の上に乗せ、あれよあれよと言う間に謎の麗人が言っていたお城へ着いてしまった。
「さぁ、ついたぞ。
其方を歓迎しよう。私は阿修羅、ここは我の城---阿修羅城だ」
『…阿修羅、城』
大きな城を見上げてぼーっとしてしまう。
石造りの城門を抜けると、阿修羅と名乗った女性に向かってずんずんと歩いてくる男が一人。
「阿修羅王!!心配しましたぞ!!!」
「客人の迎えに言っていたのだ。そうガミガミと言うな」
「客人、ですか?」
『客、人……?』
「あぁ、其方は客人だ。仲間と合流するまで好きなだけここで休んでいくといい」
またもやふっと笑みをこぼした阿修羅王は、そのまま私に着替えを用意する、と侍女らしき人に命じて何処かへ行ってしまった。
阿修羅王に声を荒げていた男は、こちらをギロリと睨み、不服そうに頭を下げて私の側から去っていった。
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侍女の人に着替えを手伝ってもらった。着替えの手伝いなんてされるのは李家にいた幼少時代以来である。恥ずかしいような、仕様がないような。
『あ、ありがとうございます』
「いえ、この間にて王がお待ちでいらっしゃいます。」
侍女さんは私にそう告げると、早々に下がってしまった。他に選択肢もないし、ここまでしてくれた阿修羅王に再度お礼と、聞きたいことがいくつかあったので、待っていると告げられた間の扉を素直に開いた。
「おぉ、よく似合っているな。さ、腹がすいただろう。口に合うか分からないが、食べ物を用意させた」
朗らかな笑みを携え、宣言通り阿修羅王は優雅に座って私を待っていたようだ。
言われるがまま阿修羅王の対面に腰を下ろし、すっと己が知りたいことを口から零す。
『あの、その前に色々聞きたいことがあるんですけど』
「ん?どうした?」
『会ってすぐの、何処の馬の骨かも分からない、年端もいかない私みたいな者に、どうしてここまでするんですか?』
そうだ。本来、王である立場ならよく分からない不穏分子などは自分の城に入れるべきではない。
敵対している者の間者かもしれない、という可能性があるから、普通は入れないし客人として着替えや食事を用意しない。
だから、阿修羅王の臣下らしき男の人も私のことを睨んでいたのだろう。
馬鹿ではなければ、この考えには容易く至る。この王は、どうなのだろうか。
ごくりと固唾を飲み、阿修羅王の返答を待つ。すると、阿修羅王は数秒の沈黙の後、勢いよく吹き出し笑い声をあげた。
『え?』
「あっ、ははは…!いや、悪い…。さすが魔女の言った通りだな」
『魔女…?ってまさか!!』
迷子になった時より、冷や汗がだらだらと垂れてくる。私は知っている。異世界で魔女と言われるある人を。
私の予想通りに、部屋にある小さな泉から、彼女の声が聞こえた。
〈メイリン、お久しぶりね〉
『…やっっぱりあなただったのね!』
〈あらヤダ、あたしが阿修羅王に言わなければ貴方は今頃迷子の末に行方不明になっていたかもしれないのよ?〉
『……説明を要求するわ』
水面に映る魔女はふっと不敵な笑みを浮かべて、赤い唇をゆっくりと開く。
〈ここは修羅ノ国。
考えている通り、貴方は移動してきたわ。そして、一人で落ちてきた〉
『あの子達は、無事なの…?』
〈ええ、その内此方へ落ちてくるわ〉
『そう。私だけなのね』
〈………貴方は“イレギュラー”だもの。
阿修羅王の対価として“貴方の保護”を要求したのよ〉
「そうだ。私の願いの対価は、"修羅ノ国の端に、黒髪で紅色の瞳の少女が途方にくれている。其の者を保護しろ”という内容だった」
『……なるほどね。理解しました』
「願いの内容は聞かないのか?」
『聞いたところで、私にはどうする事も出来ないし、それはあなたの願いでしょ?』
私の言葉に再び阿修羅王は笑うと、「改めて歓迎しよう、小さな客人メイリンよ」と私の瞳を見て綺麗に微笑んだ。
(対価と利害)