紗羅ノ国/修羅ノ国
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蒼石さんの計らいによって、私たちは陣社の境内?にお邪魔させてもらっている。
本当な女人禁制なんだとか。だが、ファイ達は泊めて私は無理ですなんて、蒼石さんはあえて言わない。
とても優しい人だなぁ。
「とても綺麗な場所ですねぇ。
建物だけじゃない、この場も空気もとても清浄で」
「もうずっとずっと昔から、この陣社はこの国を守っています」
「なにからー?」
ファイの疑問に私達の後ろからついて回る男衆は声を荒げる。
「色んなもんだよ!
外からの敵とか!疫病からな!」
「その陣社を守るのが蒼石さまの一族よ!代々不思議な霊力をもった人が産まれてな!その中でも一番強い霊力を持ったお人が陣主になるんだ!」
「神社と神主みてぇなもんか」
「かんぬしー?」
『神に仕えて社を守る者のことよ。
日本国ってくらいだから、黒鋼の国にもいるのね』
「いや、神社はあるが神主はいねぇ。
居るのは姫巫女だけだ」
「それが黒たんを飛ばしたお姫様ー?」
黒鋼を飛ばしたのは大道寺さんと同じ魂の知世姫だっけ?
世間は狭いとは、このことだろう。異世界の話だが。
「紗羅ノ国の陣社を知らねぇとは、よっぽど遠い所から来たんだなお前ら!!」
「女は学がねぇし、当然だな!」
「あ"?」
『性別の物差ししか持ってない方々よりは、まだマシな脳みそなんですけど?』
「あはははーー遠い所から旅してきましてー」
黒鋼に睨まれ、私に反論された男衆は怯えていたが、ファイがなんとか諌め話を変えた。
「今も大変な感じですかー?」
「どうしてですか?」
「神社の周りだけじゃなく、あっち」
指を指す方向には大きな両開きの扉があった。周りの空気が微妙に変わるのを肌で感じる。
「注連縄って言うんですか?
あれよりもっともっと強力な結界がありますよねー?何かから中にあるものを守る感じの…」
「……先程の剣術や攻撃の避け方といい、貴方と見立てといい。
ーーー只の旅のお方ではないようですね。
これも何かのご縁、お話ししましょう。今起こっていることを」
蒼石さんは先ほどの指さされた扉を開け、私達を中へ導いた。
扉の中には、何重にも重ねられた注連縄や清浄なものがたくさんあり、ある種の神域のようだった。
そして、目の前には、石造りの像が真ん中に鎮座してある。
「この、夜叉像のことを。」
私達が扉の中に入ったと同時に、夜叉像の目元から頬にかけて、赤い線がつぅっと伸びる。
女人禁制だと言っていたので、つい自分のせいかとも思ったが、蒼石さんは私を見つめ首を横に振った。どうやらこの異常はもっと他にあるようだ。
月明かりのみが照らす中、蒼石さんはこの国の異常を語る。
まるで、誰かに懺悔するように。
「一年に一度。
月が美しい秋頃になると、この夜叉像は傷ついた右目から血を流すのです。それが遊花区に居を構えている“鈴蘭一座”が旅から戻ってくる日と毎年一致しているものですから、陣社に仕えてくれている氏子達が…」
「遊花区のヤツらがどうのこうのと騒いでやがったのか」
『女だからとも言ってたわね』
眉をハの字にしながら、蒼石さんは困ったように笑う。
「毎年ってどれくらい前からなんですかー?」
「私がこの陣社を受け継ぐよりもっと前。
先々代の陣主であった曾祖父が残した文に、血を流す夜叉像のことが書き記してありました。“鈴蘭一座”の前身である旅の一座が、今遊花区と呼ばれる所に住み始めてから怪異が起こったことも」
「しかし、なんでその一座が戻ってくるとこの像が血を流すんだ?」
「曾祖父は“鈴蘭一座”が守り神としている阿修羅像が関係していたのではないかと、考えていたようです」
『阿修羅像、ね…』
その名前を聞き、私は何故かファイに視線を流してしまう。記憶の虫食いの一部なんだろうか。答えは、出ない。
「この国でも戦いの神なのか?」
「戦いと、災いを呼ぶ神とされています。
夜叉神は夜と黄泉を司る神。
阿修羅神が呼ぶ厄災は、人々を黄泉の国へと送るものではないか。夜叉像の血の涙は阿修羅像が呼ぶ厄災への警告ではないかと、曾祖父も祖父もそう考えて…」
話を終えると、タイミングよく男衆とは別の着物を着た氏子が現れて、蒼石さんに祭事の時間を告げる。
「結界を超え、貴方達がこの時期、陣社にいらしたのには理由があると私は考えています。どうか、お連れの方とお会いになられるまで、ここでゆっくりお休みください」
そう言って会釈をし、蒼石さんはこの場を後にした。
扉が閉まると同じく、黒鋼はファイを鋭い視線で突き刺す。
「何か言いたそうだな」
「うーーん。っというかー。
この像、警告とかそんなので泣いてるのかぁ。もっと何か別の理由がありそうな気がするんだけど」
『………』
神を祀ることに執拗に拘るあまり、陣社の人達には見えていないものがあるのかもしれない。
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祭事を終えた蒼石さんは、違和感がないよう私達に服を取り揃えてくれた。
黒鋼は黒の着流し、ファイも同じような白い着流しに襟巻き。そして、私には…。
「すみません、メイリンさん。男物しかなくて。出来るだけ明るいものを用意したんですが…」
『いえ、寧ろごめんなさい。着るものやお風呂まで気を遣わせてしまって』
用意してくれたのは、白の袴と月が描かれた柄物の羽織りだった。袴も引きずってはいけないからと、幼少の頃来ていたものを引っ張り出してくれたらしい。優しさが染み渡る。
「よくお似合いです」
『ありがとうございます』
「それにしても、本当にお仲間と同じお部屋で良かったのですか?
お一人の部屋もご用意できますが」
『大丈夫です。よく同じ場所で雑魚寝してますから』
あははは、と乾いた笑みしか出ないが、流石にここまで贅沢も言ってられない。
それでしたら、と蒼石さんは笑顔で二人が待つ部屋へ案内してくれた。
「もうお二人とも先にお食事も摂られてますから、後はお好きに」
『何から何まで本当にありがとうございます』
「いえいえ。
メイリンさんには氏子達が特別迷惑をかけてしまいましたので」
蒼石さんはそれでは、と会釈をして自室へ戻っていった。やっぱり優しい上司って感じだなぁ。
襖を開けて、部屋に入ると酒瓶がゴロゴロと転がっていて、奴らに思わず白い眼を向ける。
『人様のうちで何やってんだ!』
「えへへーだってこの国のお酒美味しいからー」
「あぁ、ツマミもあるしな」
『もうメシ食って寝ろよ!』
しかし、黒鋼がいった通り、三つある御膳の中にはびっしりと酒のつまみになるものしかなかった。なんでだ…。
「メイリンちゃんも飲むー?美味しいよー」
『…はぁ、未成年だから飲まない』
「おめぇは飲むな。ガキだから」
ガキには酒の味は分かるまい、とでも言うように私を見てふっ、と笑い黒鋼は再び酒を煽る。その瞬間、男衆から散々馬鹿にされたフラストレーションが爆発し、無理やりファイの持ってたお猪口を奪い取りそこらへんにあった酒瓶からお酒をなみなみ注ぐ。
二人からの制止する声も聞かず、その酒を一気に飲み干した。
喉が焼けるように熱くなり、視界がぐらつく。体が思うように動かず、いつもより重力を感じる。
「メイリンちゃんっ、大丈夫?!」
「ほれ見ろ。馬鹿が急に呑むからだ」
『……だぁ〜れがバカだコラーー!!
くろがねー!毎回思ってたけどなぁ、あんた人のこと小馬鹿にしすぎだーー!』
わー!わー!と叫ぶ私を、二人とも眼を丸くして見つめていた。
黒鋼は頭が痛くなった、と言い額を抑えていた。
「あーあーー、酔っ払っちゃってるよぉー。
ほら、メイリンちゃんお酒離そうねぇ」
『やーだー!ファイが勧めてきたんでしょ!お酒おいしいからもっと飲むのー!』
「お酒弱かったんだー…」
「なんでこの旅の奴らは妙な酔い方すんだよ…!!」
ファイは止めようとするが、何だか楽しくなってきたのでここで止まるわけにはいかない。
『はーーい!一番、李苺鈴歌いまーす!
なっに歌おっかな〜〜』
「…いいじゃねぇか」
「黒様メイリンちゃんの歌、意外と気に入ってるよねー…」
「酒の肴にゃあちょうどいい」
酒瓶を持っていたがそれも畳の上において、何を歌うか考える。
火照った頬をちょうど目に付いたファイの手で冷やしながら、ゆっくりと口ずさむ。
ファイから、え、と聞こえたような気がするが、分からない。
すっと息を吸い込み、唇と喉を震わせる。
『あなたに届けたい、切ない愛を。
世界で一人の、あなただけ抱いて生きたい、
あなたに伝えたい たしかな希望。
はるかな時間も距離も越える、---あなたのために』
歌詞に私の想いも乗せて、この頑固なわがまま野郎に届けたい。
歌っている時に爆発しそうになる心臓が、まだドキドキいって痛い。ファイは驚いたように蒼い瞳が溢れそうになるくらい、私を見つめている。
私にはまだ、この気持ちを伝える勇気も、責任を取る覚悟もあるとは言い切れないけど。
この気持ちを受け取ってくれたら、どれほど嬉しいだろう。
私の心とは裏腹に、アルコールの力で瞼はゆっくりと閉じていく。
「…芸事は大したもんだが、惚気は勘弁だ」
「やだなー、黒ぽん。そんなんじゃないよ。
……本当に、そんなんじゃない」
ファイは、膝の上で寝落ちしてしまった私の髪を撫でながら、先ほどの歌を心に閉じ込めた。
(異常と感情)