桜都国/桜花国
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異常を知らせる衝撃は無機質な部屋の大モニターにも映し出されていた。
異形のモノ、鬼児が現実に現れて人や物を襲っている映像。災害の映像のようにどこか他人事のようだけれど、今にも崩れそうな音がそこかしこから響いている。
これは、紛れもなく“本物だ”。
「この桜花国には、〈夢卵〉の仮想現実を実体化させる程のシステムはありません。
干渉者がどんな方法でそれを実現しているのか、早くそれを把握して対抗手段を取らないと。この妖精遊園地だけではなく、この桜花国全土に鬼児が広がってしまいます!」
仮定ではあるが、こうなって仕舞えばほぼ決定だろう。サクラの羽根。力の権化。
それが実現させてしまっている。あれがサクラの中に入れば、鬼児も……。
しかし、それは至極難しいものである。
私の思考より早く、小狼は駆け出した。
「サクラ姫達を探します!」
「それなら見つけたかもー」
『猫依さん達に預けてたのね…!』
ファイは大きなモニターの映像からサクラ達を見つけ出し、黒鋼も見つけては指をさした。
「黒鋼さん!星史郎さん!!」
モニターには、袴を着ている黒鋼とあの笑っていない眼鏡の青年星史郎が、壊れかけの観覧車の上で対峙していた。
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鬼児の襲来により二次災害が加速する妖精遊園地を、小狼は見つけたサクラ達の元へと駆け出した。
サクラは先ほど映し出された映像通り、猫依さん達鬼児狩り組に保護されていたので安全性は極めて高い。
『って、モコナ!よかった、無事で…』
「小狼ー!メイリン!ファイー!」
「龍王!」
「ちっこいわんこ!
よかったー!あのまま別れたらもう会っても分かんねぇからな!」
「あの世界は現実じゃなかったんだな」
「知らなかったの?」
「えへへー、オレ達旅行者だからー」
『あまり気にしないで、猫依さん』
飛び寄ってくるモコナをごめんね、と頭を撫でていると、小狼は深刻そうにサクラを見つめる。しかし、サクラは眠っているだけだ、と蘇麻さんは優しく微笑んでくれる。
「このお嬢さんは大丈夫だ。
…だが、あっちは大丈夫じゃなさそうだけどな」
『黒鋼…』
「星史郎さん…。本気だ」
小狼の琥珀の瞳は、遠くにある二人の相対を逃さない。そして、理由はその二人を師と仰ぐ者としてなのか、二人の実力を肌で感じているからなのか、私達には分からない。
黒鋼と星史郎の繰り出す一撃が交わり、交差する。小狼の言う通り、彼らは殺し合いをしている。武をただ単に磨いてきた私には分からない、必殺の場所。
どちらかが絶対死ななければ終わらない戦い。降参や敗退、がない世界。
怖くも美しく、思わず魅入ってしまう。
会話はあまり聞こえないが、黒鋼のことだ。ここまでの相手と戦えるなら異世界にきた甲斐がある、みたいな事を話しているのだろう。最近は鬼児ばかりとの戦いだったし。
話しているうちに、黒鋼も星史郎も只ならぬ雰囲気になり、重い、殺す覚悟のある一撃を放ち、交わる-----その時に、二人の間にガツンッ!と矢文?が勢いよく刺さった。あれは、下手すれば死人が出るぞ。
戦いに見入ってしまっていたが、その矢文を放ったのはどうやらモコナらしい。
その場にいるファイ以外の人たちは唖然やらドン引きやら。
「おっまえら…!!!」
「黒様ーやほー」
『や、やっほっほー』
黒鋼が私達の存在に気が付いたので、ファイに習って小さく手を振ってみた。
ものすごい怒号が飛んできた。すると、星史郎も私達に気がついたのか、白く濁った瞳でこちらを写す。
「ちゃんとこっちに戻っていたようですね。三人とも」
「……どういう事だ」
警戒心は解かず、黒鋼は抜きっぱなしの刀を再び構える。
同時に、星史郎の胸元が大きな光を放ち、モコナが反応した。
出てきたものは、サクラの羽根で間違いないようだ。……やはり。
「あれが、ゲーム世界を、桜都国を実体化させている元凶です!!」
星史郎は右手にサクラの羽根を掲げ、けたたましい音を奏でながら、世界を混濁させていた。桜都国と、桜花国が、一つになってしまう。始まりのような、終わりの音。
創造主のように高く己の立つ場所を宙に浮かせ、この世界を眺めている星史郎。その元に、小狼は躊躇なく飛び込む。
『…難しいって分かってても、飛び込むんだから』
「ほんと、小狼君って感じするよねー」
壊れている建物をつたい、風が舞う中、小狼は星史郎の他にも影があることに気がつく。
どれだけ距離があろうとも、どれだけ風が耳を塞いでも、星史郎のその声だけははっきりと皆の鼓膜を震わせた。
「〈イの一〉の鬼児が現れた」
「見つかっちゃった♡」
風の中から出てきたのは、鬼児、というより魔人のような禍々しく巨大なモノを従わせている、-----織葉さんの姿だった。
「〈白詰草〉の織葉さんだー」
『…………』
サクラの羽根や、桜都については幾らか仮説を立ててあったから、それが事実であってもまだ納得はできた。
ただ、あまりにも意外な人が。いや、ゲームやアニメではそれもまた定石だろう。
ラスボスが生き別れの兄弟だったり、死んだと思われていた味方が実は生きていたり。
“そういうもの”なのだ。
「まさか、こんな方法で引っ張り出されるとは思ってなかったわ」
「すみません」
「でも仕方ないかな。なかなか有望そうな鬼児狩りさん達が情報収集にやってきた時、貴方のことを言ってちょっと目をそらさせてもらったし」
「ってコトはー、お店で教えてもらった情報はーー」
『……デマってことね、やられた』
「あら、メイリンさんってば。人聞きが悪い。全部がデマってわけじゃないわ。
“鬼児を従えていた美しい男の子”と会ったのは本当。ただ、その男の子は鬼児ではなかったけれどね」
意地の悪い、食えない笑みに顔を歪めながら、織葉さんは風になびく髪を耳にかけた。
「ゲームが面白くなるなら“誤った情報をワザと与えること”もまたイベントの内よ」
「そういったイレギュラーな対応が出来るのも、貴方が
織葉さんや星史郎、龍王さん達と、勿論私は知っていて、しかし小狼や、ファイ、黒鋼には全く触れてこなかった、用語が飛び交う。
鬼児はあくまでもデータ、生きていないモノだから気配は感じない。データの強みだろう。
「でも、貴方には気配があります」
「私は鬼児の役割を演じているけれど、桜花国にもちゃんと存在している、プレイヤーキャラクターだから。
いつもは〈白詰草〉で歌っていて、参加者の誰かが鬼児を段階ごとに倒して然るべき手順を踏めば、やっと〈イの一〉の鬼として現れる予定だったの。そして、
つまり、織葉さんはラスボスであり、ゲームマスターであるということ。そして、千歳さんに笑顔を向けているところから察すると、創設者、もプラスされるだろう。
あの歌声、あの美貌でそんな設定。
なんていうチートだ。情報過多にも程がある。
話は巻き戻り、織葉さん達のいう干渉者、星史郎について。
彼はどうして、桜都国と桜花国に対して災害と言っていいほどの害をなしながらも、何を求めていたのか。何を、したかったのだろう。
聞き取りづらいが風に乗ってやってきた言葉は、“永遠の命を与えれる”、“昴流”、“吸血鬼”という単語のみ。
吸血鬼なんて存在するのだろうか?いや、これはとてつもなく愚問だった。
魔女や魔術師、喋る魔法具、封印の獣、忍者にお姫様に転生者が存在するのだ。吸血鬼ぐらい当たり前の存在だろう。
星史郎が求めていたものは、織葉さんにない。この世界にも存在しないと分かったのか、星史郎の笑顔は、諦めの色をしていた。
「ゲームの世界が現実化しているのはこれのせいです。制御は出来ませんが、この世界から消えれば影響も消えますよ。
それに、あの二人がいないなら、長居は無用だ」
そう、私の仮定が正しかったようだ。
彼が去れば、この世界は元の桜都国と桜花国に戻る。しかし、そこに待ったをかける声が一つ。---小狼だ。
強い、炎のような眼差しで、星史郎に羽根を求める。
小狼は、あの桜の下での戦いに、勝てなかったのだろう。私と同じく、あの世界では一度死んだ。私は少し長く眠っていたようなので、小狼は私とほぼ同時に国外に出たと考えていい。つまり、全く歯が立たないということ。私から見ても、実力差は明確だった。
しかし、羽根のために。小狼は結んでいた緋炎を鞘から抜く。
「まだ、未熟なおれにはこの剣はきっと扱いきれない。けれど、抜かないままでは万に一つも勝ち目はない。
だから、----わずかな可能性があるなら、それに賭けます。」
緋炎から、まさしく緋色の炎が轟々と灯っている。その姿は、一番最初に心で操っていた炎の巧断を彷彿とさせる。
小狼は、星史郎の元へ飛びかかり、そして大きく緋炎を振り下ろす。
「倒した!?」
「いや、……避けられたねぇ」
まさしく、星史郎はなにも傷を負っておらず、悠々とその場に立っていた。
相対する小狼に賞賛を送るほど、悠々と。
「きっと君はもっと強くなる。
これから様々な出来事を経て、もっともっと。その先にある事実が、たとえ望むものではなくても、その強さが君を支え、導く」
「星史郎さん…!!」
星史郎のその言葉は、まるで私達の未来を予言しているかの、小狼の師として応援しているかのような言葉だった。
凪いでいた風は星史郎の元へ集まり、立っていた場所に独特な魔法陣、次元の魔女のものが敷かれていた。
「じゃあ、また。小狼」
「星史郎さん!!!」
集まった風と一体になり、ゆらゆらと星史郎は消えていく。次の世界に移動したのだろう。これでは言い逃げ、勝ち逃げだ。
小狼は手を伸ばすが遅い。
消えてしまった星史郎に、羽根を取り戻せなかった後悔が、小狼に渦巻いているのが、見てとれた。
小狼達を遠巻きで見ていた為、側にいるモコナの異常には気がつかなかった。
「モコナ?」
『モコナ、どうしちゃったの!?』
「星史郎さんが使った魔法具の力に引きずられてる。どちらも〈次元の魔女〉からのもの。
力の源は同じだから…」
『それって、あの人が移動した力に誘発されて、誤作動をおこしたって事?』
「まぁ、そんな感じかなーー」
ファイはモコナの誤作動にいち早く気づき、志勇さんに預かってもらっていたサクラを引き取り、私と黒鋼と小狼を呼ぶ。
「もうこの国ともお別れかもー」
『そうね』
「あぁ!?」
「え!?」
大きなツバサを広げ、星史郎と同じ次元の魔女の魔法陣を出しているモコナは、次の世界にいく合図のようだった。
「お別れってどういうこと!?」
「ちょっと待てよ!!」
モコナがいつものように口を大きく広げ、ダイソンにも負けないと謳っていた吸引力を発揮している。
すると、時間差で桜花国が元に戻りつつあるようで、魔人のような鬼児もじわじわと、まるでエラーが起こったように消えつつある。
龍王さんや蘇麻さん達アバターや、黒鋼やサクラの桜都で買った衣装も消えていく。
「きゃーー!いっちゃだめー!」
『猫依さん、ごめんなさい。この子、最後まで起きなくて』
「そんなっ、…だめだよ!まだわたし、ちっこいにゃんこさんと、メイリンさんとお話ししたいもん!」
『…ありがとう』
この子の事を、好きになってくれて。
私とも、仲良くしてくれて。
風が、私達を取り巻く。早く、早くと急かすように。
『この子、サクラっていうの』
「サクラ、ちゃん…?」
『えぇ。もし、また会えたら仲良くしてあげてね』
「っ、はい!」
先ほどの星史郎のように、スルスルとこの国から居なくなる私達を、この国の人達は笑顔で見送ってくれた。
消え去る最中、織葉さんは私に向かい口をパクパクとさせて手を振っていた。
“が、ん、ば、れ”って、私の恋についてだろうか。この感情の在り方を、行方を思案する。横にいるファイを見て思わず苦笑いをこぼした。
色々な感情を生み出し、記憶して、お世話になったこの国と皆と別れ。
私たちは桜都国、桜花国を後にした。
(もう一度会えたときは、)
(あの人に胸を張れる私でありますように)