桜都国/桜花国
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暗い海の底にゆらゆらと漂っていた。
いつからとか、そんなことは覚えてない。本当に、気がついたらだった。
その海の底には、いっぱいのキラキラしたガラスのような欠片が踊るようにゆらゆら漂っている。一つ一つ手に取れば、それは眩い光を放つ。
一つの破片を手に取ると映像のように何かが映し出された。
これは、私が初めて日本に来た時。小狼すごい迷惑そうだったっけ。
あ、これは、マラソン大会の時。木之本さんに勝つって息巻いてたけど、おんぶされてゴールしたやつだ。苦い思い出。
こっちはいちご狩りに行って、蔵に閉じ込められた時の。あれは、確かみんなでスケートに行った時。
これは木之本さん達と月峰神社へ縁結びのお守りを買いに行ってクロウカードに出会った時の記憶。
一つ一つ欠片を手に取って眺めていく。
これは、私の思い出の欠片なんだろうか?
ということは、もっと水底に行くと、〈前のわたし〉の記憶も眠っているんだろうか?
好奇心なのか、知識欲なのか、興味本位なのか。
わたしの記憶があるんなら、見てみたかった。ぼんやりとしか覚えてないあの朝食や、通学路の風景を、あの子達に憧れたあの日々を。
しかし、その気持ちは一つの声に邪魔される。
「行ってはダメ。
この先は、行ってはダメよ」
どうして?
私は見てみたいの。
「これは貴方にとって、とっても残酷な、希望なんて砂糖一匙もなかったような、忌むべき記憶よ」
声に従うように、水底は私を追い出すみたいにぼこぼこと空気を上へ上へと押し上げる。
それに抗えず、私はその空気とともに押し出されてしまう。
「早くお帰りなさい。
貴方の目覚めを待つ者が、近くにいるみたいよ」
ーーーーーー
ばっとまぶたを押し上げると、視界には宇宙のような、キラキラと光る星空のような風景が広がっていた。
そして、鼓膜をつんざくピーピーという無機質な音。
〈ゲスト番号、
まだ処理が追いついていない脳を必死にフル回転させて、あたりをもう一度見渡すと、私は何かのガラスの中にいて、その外にも先ほど見た星空に(私がいるであろう)ガラスの卵型のカプセルが何十何百とあった。
なるほど、分からん。
先ほど見た妙な夢のせいか、まだぽやぽやする脳に、しかし新たな衝撃が届くことになる。
「や、やっと目が覚めた…」
「やっほーメイリンちゃん、おはよー」
『小狼!ファイ!?』
ガラスを隔てた向こう側には、いつもの格好の小狼とファイの姿があった。
あぁ、やっぱり生きていたんだ…。
目頭が熱くなりながらも、突然プシューという音と共に隔てていたガラスはなくなったので、私はカプセルの中から外へ出る。
俯き、涙とある感情を必死に我慢するが、サファイアブルーの瞳を見た瞬間、それは無理難題だと思い知った。
『………ィの、』
「んーー?どうしたの?」
『ファイの馬鹿ぁあ!!!!』
ばちーーん!とファイの頬へ綺麗な平手打ちが決まった。
小狼はあまりの衝撃にえぇー!!と声を出すが、そんなの今はどうでもいい。
この白いきめ細やかな肌に私のモミジをつけて固まっている、へらへら魔術師に物申したい事が山ほどあるのだ。
「……」
『ばか!嘘吐き!サイテー!』
「あ、あの、メイリンさん」
『小狼は黙ってて!!
おたんこなす!まぬけ!ひょろなが…!』
「メイリンちゃん…」
泣くものかと、目一杯涙を溜めて、悪口を言ってやる。今までの不平不満を。
なのに、ふわふわのコートに抱きしめられて、気がつくと溜まっていた涙は崩壊し、溢れていた。
「ごめんねぇ、メイリンちゃん」
『ぐず、ゔっ…ばか、ばか、死なないって言ったのに、』
「うん、ごめん。いっぱい心配かけたね」
『そんなの、してない…。うぬぼれんな、私は怒ってるのよ…』
「ごめん」
ぽんぽんと回された腕が、背中を優しく叩く。何度も、何度も、私をあやすように。愛おしいと、言われているような感覚に再度陥る。それになんだか腹が立って、私は思いっきり踵でファイのつま先を踏んづけてやった。
「っいだ…!」
『次死んだら許さない!あと、危なくなったら、次は何言われようと手を出すからね!!』
「…はは、りょーかい」
涙をゴシゴシと自らの袖で拭い、何事もなかったように出口へ歩き出す。
おろおろとしている小狼には申し訳ないが、今はおそらくそんなことをしている場合でもないのだろう。
自動ドアがウィーンと私の前で開くと、視界の端から端まで、別の世界だった。
「…メイリンさん、ここは桜都国ではなくて、
「桜都国は現実に存在しない国、仮想現実ってやつらしいよー」
『…やっぱり』
二人の話を聞いて、私は得心がいった。
小狼がその呟きにはっとして、私に疑問を示す。
「メイリンさんは、どこで?」
『どこで、気づいたかって?
色々あるけど違和感を感じたのは、最初。入国手続きの時に偽名でも大丈夫って、何でもやる課の人が言った時に引っかかったのよ』
「そんな最初から…」
『よくわからない、しかもバラバラな衣装を身に纏ってる旅の人たちを、偽名で入国させて商売までさせるなんて、普通の国政ならまずありえないわ』
他にも鬼児の動向を管理している市役所や、鬼児の段階が明確に分かれていることも気になっていた。これじゃまるでインターネットゲームだ、と。
小狼の話を聞くと、〈小人の塔〉という所で鬼児と対峙した際の疑問が、桜都国への疑問と繋がったそうだ。
妖精遊園地というくらいなので、外を歩くと観覧車やジェットコースターなどが空まで見渡す限り広がっていた。
ファイは早めにあのカプセルから出たらしく、先ほど話してくれたような事を聞いて調べていたらしい。
「でも、何故この国に来た時の事を、覚えてなかったんでしょう?」
「
小狼のハテナへ瞬時に、まるでナレーションのように綺麗な一つの声によって答えが提示された。
コツコツと上品なヒールの音が、先ほど目の前で開いた無機質な部屋に響き渡る。
その声や音に呼応するよう、私と小狼は頭痛に襲われる。
頭の中に、今まで触れていなかった記憶が強制的に、テレビの砂嵐のような形で再生される。
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モコナの口から吐き出されたそこは、一人一人カプセルの中だった。
楽しみながらキョロキョロするファイ、モコナに文句をこぼす黒鋼、サクラを心配する小狼に、落ちる衝撃に耐えるだけのサクラ。
そして、私。
その私達を華麗に出迎えたのが妖精遊園地の綺麗なスタッフ達だった。
あわあわしているサクラに対して、夢卵の説明をする。
「ようこそ!妖精遊園地へ!」
「夢卵のご使用ですね。
皆さま初めてですか?」
「は、はい…」
「では初心者設定にしておきますね」
手元の機会を操作するのがうかがえた。
どうやら、何かが始まってしまうみたいだ。
スタッフのお姉さんの操作によって、入っていたカプセルが全員分閉じる。
「それでは皆様、良い夢をお楽しみ下さい」
「待ってください!」
『あ、れ…』
がくんと、強い睡魔がやってきて頭を殴られたように強制的な眠りにつく。
カプセルに入っている他のみんなに目を配らせ、抗いながらもまぶたがゆっくり閉じていくのを感じた。
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砂嵐の音が遠のき、ぼんやりとした頭も徐々に現状把握が出来てきた。
ただ、記憶が混濁しているのか足元が少しおぼつかない。
ふらついていると、そっとファイが腕をとってきた。
「大丈夫?」
『…ありがと、記憶を弄られるのは苦手かも』
「そう、みたいだねー。
小狼くんも思い出した?」
こくり、と頷く小狼はいまだに神妙な顔をしていた。よくあれで立っていられるよ。
「つまり、あの世界が本物だと思うようにされてたってことだねぇ」
『それで、あなたは…?』
上品な足音の主は綺麗な女の人だった。
千歳と名乗った女性は、この遊園地の創設者の一人だそうだ。
千歳さんは憂いを帯びた顔で小狼へ問いかける。
「貴方は夢卵システムの干渉者をご存知と伺いました。教えて欲しいんです、その方について」
「…何故ですか?」
「………このままでは、ゲームがゲームで済まなくなってしまいます」
そう告げられ、思考が巡る。
ゲームが、ゲームで無くなる。アバターがあればそのままの姿に。
ゲームで傷を負えば、リアルでも。
私ははた、と気がつき、自身の両手を広げると生傷と皮がめくれた手のひらがあった。
なるほど。桜都国で転んだ時の傷が、今もそのままになっている。
「ゲームは安全でなければいけません。
たとえ仮想現実世界で、どれ程危険な目にあおうと現実ではありません。その世界から退去すれば、それは夢の中の出来事と同じ」
夢の出来事は起きればなくなる。
夢で傷を負っても勿論なにもないし、例えば落下して死んでも、人を殺めても、それは所詮夢の中での話だ。
まるで、関係のない。
しかし、千歳さんの話は、否定するように“けれど”と続く。
「けれど干渉者が現れました。干渉者は妖精遊園地がコントロールしている鬼児という敵を外部からの干渉によって操っています。このままでは夢が…」
千歳さんの話も途中で、外からけたたましい音が鼓膜を振動させる。異常を知らせる、幕開けを知らせるベルのように。
千歳さんは外の事態を尚も憂い告げる。
「夢が、現実になってしまったようですね」
(そのベルは、幕開けか)
(それとも幕引きか…---)