桜都国/桜花国
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小狼と黒鋼は焦りながらも、己の足が絡まるほどに駆けていた。
それも先ほど〈小人の塔〉で、新種の鬼児は〈猫の目〉にいるという情報を受けたからである。あそこには、おそらくファイとサクラ、メイリンとモコナがいるだろうと。
鬼児狩りでない、ましてやサクラやモコナのような非戦闘員であり、小狼の大事な人であるサクラが無防備のまま居る。心配する要素はそれだけで十分だった。
また、先の戦いでファイは脚を怪我しているし、メイリンは素手である。新種の鬼児がどれほどのものかは分からないが、ロの段以上の鬼児は武器が必要なため、勝つことは難しいだろう。
二人とも肩で息をしている中、やっとの思いで〈猫の目〉へ到着すると、店内は何もかもがめちゃくちゃになっていて、戦った形跡が見える。
「小狼!黒鋼!」
「何があったんだモコナ!」
「ファイが鬼児にやられたの!!」
瞬間、二人の顔が強張った。
しかし、強靭な、いくつもの修羅場を超えてきた黒鋼はその一瞬で持ち直し、現状把握に努める。
「やられて、どうなった?」
「わからないの!
ファイが、サクラから離れちゃダメって言って!鬼児が取り囲んで音がして…、そのあとファイいなくて!」
「……喰われたのか、鬼児に」
「…分からない。けど、メイリンがファイは死んでないよって」
店内が荒れ、ファイのことでひと時頭を占めていたので、 ファイ同様に居ない彼女のことが頭から抜け落ちていた。
しかし、モコナは悲しそうに、戸惑いながらも伝える。
「あのね、最初はお客さんだと思ったの。マントみたいなの被った男の人で、その人が鬼児を連れてきたみたいで…」
「…どんな男だ」
「ファイがね、“星史郎さんですか?”って」
モコナを抱える、小狼の顔がまた強張り、纏う雰囲気も、心配や不安から徐々に決別や決意の色に変わっていった。
「その男の人が去った後ね、メイリンが慌てて後を追いかけていったの…」
「あんの馬鹿娘…!」
「あのね、小狼に伝えて欲しいって。
“小狼を待ってる。桜の下で”」
「……黒鋼さん。サクラ姫をお願いします」
「勝てる相手なのか?」
「いえ、おれでは星史郎さんには勝てないでしょう。でも、…行きます」
即決する小狼に、黒鋼は苛つきをおぼえる。
コイツらは、皆身勝手だと。
ぐっと、堪え〈蒼氷〉に手をかけた。
「……日が変わってお前らが戻ってこなかったら、後は俺の勝手だ」
「…有難う御座います」
黒鋼に任せ、小狼はまた歩みを止めない。
歩き続けて、壊れるまで。
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呼吸がおかしくなるくらい走っているのに、星史郎さんには追いつけない。
鬼児が溢れ出す街中で、一心不乱に走っているのに。
頭に残るのは後悔ばかりだった。
あの時、ファイの側に行って一緒に戦っていれば。あの時、星史郎さんを倒す力が私にあれば。---あの時、ファイにこの気持ちを伝えていれば。
駆けていた足が絡まり、盛大に転けた。
手は血と砂でぐしゃぐしゃになって、目は涙で霞んでいく。
『止まっちゃ、ダメなのに…!』
黒鋼もサクラもファイも、小狼も。立ち止まるなんてしない。
魚のように泳ぎ続け、鳥のように羽ばたき続け、人のように抗い続ける。
自分もあの人たちに、あの子達に憧れたのだ。だったら、立ち止まっている暇はない。
『……“絶対、大丈夫だよ”』
暖かさが心にじんわり広がる。
もう、大丈夫だ。たらればを言い続ける暇なんてない。走らなきゃ。
私の気持ちとは反対に、視界に陰を落とす存在を感じる。
私は片手を伸ばし、指先を伸ばし。
『…ベル、おいで』
そう願うとあの黄金の蝶が、指先にひらりと留まった。大丈夫、この子が一緒だ。
不敵な笑みを浮かべ、陰を落とす存在--鬼児に向かい高く高く飛び上がり、ベルが留まった方の腕を振り上げ落とす。
声なく四散していく黒い鬼児は、見渡すとここら一帯を埋め尽くしていた。
キリがない。心でそっと舌打ちをすると、どこからか銃声と叫び声が聞こえた。
ある一つの可能性を思い浮かべて、そちらへ向かうと、はやり予想した通り猫依さん達四人が背中を合わせて数えきれないほどの鬼児と交戦中だった。
『猫依さん!志勇さん!』
「メイリンさん!」
「あんた、鬼児狩りじゃねぇのにこんな時に出歩いちゃあぶねぇぞ!」
「そうです、最近この国はおかしな事ばかりで…」
皆さんよそ見している場合じゃないのに、志勇さんも蘇麻さんも、猫依さんも龍王さんも一般人だと思っている私のことを心配してくれている。
だが、ぽぅと灯る光を脚に移動させて、近くにいる丸い鬼児を破壊していく。
「…ま、まじか」
『ありがとう、私なら大丈夫です』
もう涙なんて流さない。
そう言ってその場を後に、桜の下に向かう。
流れていく景色が、段々と怪しげな桜色になっていく。
一人の、マントを被った青年が佇んでいた。
私は相対するように、その青年の前まで歩む。
「…おや、小狼より先に貴方が来ましたか」
『………』
「あの店で見た時よりいい目をしている。少々驚きました」
『…あなた、サクラの羽根持ってるでしょ』
私が開口一番にそう告げると、先ほどまで笑顔を引っさげていたの星史郎さんは、ゆるゆると口元だけ弧を描いていた。
「どうしてです?」
『鬼児は一般人を襲わない。そして、従うこともない、と思う。従属するような生物でもないだろう』
多少でも従属するものだったら、鬼児狩りなんて役職を大々的に集めたり、高い報酬を出したりしないだろう。
そんなモノ達を従えて、自分の代わりに攻撃までさせられる存在を、私は一つしかしらない。臆病だった少年がすごい力を手にしたり、流れの秘術師が領主にまで登りつめたり、ただの心優しいお姫様が病気の子供を複数治せる存在。
『あなたはサクラの羽を持っている』
「流石は李家のお嬢さんだ」
にっこりと、まるで何かに正解した生徒に見せるような笑顔をしていた。
なんでそこまで知っているのかと、疑問を提示するその前に。
私の後ろで、ザッと足が止まる音がした。
振り向くと刀を握って、俯く小狼がそこにいた。
『…小狼、』
「あぁ、やっぱり伝言を聞いて一人で来たね。お嬢さん、話はまた後だ」
「メイリンさん、すみません。
…ファイさんを鬼児に襲わせたのは貴方ですか?」
「そうだよ」
「ファイさんはどうなったんですか?」
「死んだよ」
『嘘よ!』
死ねないと言ったんだ。やる事がある、と。
嘘吐きの奴が嘘の仮面を被らずに、絶体絶命でも魔法を使わずにそう言ったんだ。
ファイの死の否定を大きくすると、星史郎さんの白く濁った目は私を捉えた。
「…やはり君は少し邪魔だね」
『………』
ザザ、と鬼児が勢いよく私に向かって刃物を突き立てる。
そこに、小狼が持っていた刀で間一髪防いだ。桜が、このピリリとした空気に似合わず夜の闇にひらひらと溶ける。
一瞬の閑静。そして、----
『小狼!!』
「ッ!!?」
ぐさり、と鬼児の刃が深々と--私の胸に突き刺さる。まるで、胸から禍々しい異形の刃が生えているような。
鬼児が後ろから小狼を襲うのが見え、咄嗟に小狼と鬼児の刃の間に割って入ったんだ。
視界に、星史郎さんのにこりとした顔が入ってきて、これは私に向けられた攻撃だと気が付いた。
「メイリンさん!!」
『小狼、……後は、頑張って、ね?』
スルスルと消えていく私の体を見て、ある一つの仮説が、本物になった気がした。
最上の笑顔を小狼へ向けると、なんとも泣きそうな表情でこちらを見ていた。
『ぜったい、だいじょうぶよ…』
「おれ、おれ…」
小狼の言葉を最後まで聞くことなく、私はこの国から去った。
(無敵の呪文は、いつでも)