阪神共和国
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失うものの大きさは皆一定だ、なんて言っている人がいるとするわ。じゃあそれを否定する人は一体いくらいるのかしらね。
『さぁね。きっとそれを肯定する人と同じくらい否定するんじゃない?』
なら貴方はどう思う?
失うものの大きさは、皆一定なのかしら?
『私は、…まだ失っていないから分からないわ』
あら、そうかしら? 私から見れば貴女はいろんなモノを多くを失ってる様に思えるのだけれど。
『けど、得た物も多いから。
〈前のわたし〉には無かったはずの力も想いも、人間関係もある』
その力で何かを得れたのかしら? なにか特別なものを成し遂げた? 何かの役に立った? 何かを守れた?
『……本当は。ほんとはもっと、もっと大きな力が欲しい。私なんて要らないかも知らないけど、あの子達を守れるくらい、大きな力が…!』
ーーーなら、与えましょう。貴方が望む、力を。
『え、金色の、蝶々…?』
ーーーーーーー
「ぷぅ、みたいな?」
『あ、うん』
「えーリアクションうすーい!」
冷たい体に違和感を覚え、意識が浮上してきた。目を覚ますとそこは知らない天井、もとい謎の白く丸い生命体が視界いっぱいに広がっていた。いや、唐突過ぎてリアクションもなにもない。てか近い近い。
見渡して見ると、どうやら何処かのアパートだったようで。しかも、なんと側には白い人と黒い人と…。見覚えのある顔がざっと4つ(+さっきの白い生き物も見たことある)もそこにあり、気を失っている。目覚めてすぐなのにもう一度気を失いたくなった。
『……な、なんで?? あんなに大口叩いて、わ、私、次元の魔女に会ってないんだけど!?』
「メイリンはー、寝ちゃっての!」
『…え、あの、モコナ?でいいんだよね?』
「わーすごーい!侑子が言ってた通りなの!どうしてメイリンは、モコナがモコナだって分かったの?」
『あ、いや、…まぁ、“知ってた”からね』
あれ、こういうのってあまり喋らない方がいい?でもモコナだからいいの?
あぁもう、あの子達にはこういう話しようと思ったことなかったから勝手が分からない。
『世界を渡るには、対価が必要なんじゃないの?私、なにも渡してないんだけれど…』
「侑子がね、メイリンからは以前大きな対価をもらったから要らないんだって!」
『…大きな、対価?』
まだ見ぬ次元の魔女よ。あなたは私のなにを知っているの?
心の中で問うても、頭の中の魔女は不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「んぅ〜〜、ココどこー?」
「ったく、うるせーなぁ…」
「二人とも起きたー!」
そういえばモコナは次元の魔女と通信できた気がする。なら私も何かのアイテムを次元の魔女と交換して何らかの物を貰ったら、旅の道中で柊沢君と通信出来るのか?おそらく否である。例え出来たとしても、あの自他共に認める性悪魔術師が逐一私と通信するとか、まずない。人に頼み事しておいて負んぶに抱っことは、ふざけてんのかあのインチキ眼鏡。心で毒吐けば、しっぺ返しのようにびるびると寒気が襲った。
『へ、っぶしゅっん!』
「あ、さっき寝てた子だー。おはよー、大丈夫?ほら、タオル使ってー」
『あ、ありがとう…』
「どういたしましてー」
にっこりと微笑む白い人に、柊沢君とはまた違う嫌悪感を抱かざるを得なかった。
ふとその人から視線を外すと、意識がないはずなのにずっと女の子の手を離さない、私の幼馴染の顔があった。いや、正確には幼馴染と“同じ顔”の人が横たわっていた。
『……そりゃそうか』
「メイリン?」
『なんでもないわ。モコナはこの子達を拭いてあげて』
「あいあいさー!」
モコナと白い人が仲良く拭いているとモコナの大きな声が聞こえた。どうやら、男の子の方が起きたらしい。
「さくら!!」
「一応拭いたんだけど、寝ながらでもその子のこと絶対離さなかったんだよ、君。…えっと」
「小狼です」
私の幼馴染と同じ名前で、同じ顔の女の子を、同じように守る男の子。知ってたはずなのに、どうして胸が痛むんだろう。
「こっちは名前長いからファイでいいよー。で、こっちの可愛い女の子が…、ってごめん、名前まだ聞いてなかったよねー?」
『…李苺鈴よ。メイリンでいいわ』
胸が痛む理由に知らんぷりしながら知った顔に自己紹介をする。
「で、そっちの黒いのはなんて呼ぼうかー」
「黒いのじゃねぇ!!」
間髪入れずにツッコんだのは、さっきから物静かだった黒い人。
「黒鋼だ!」
「くろがねねー。ほいほい、くろちゃんとかー?くろりんとかー?」
白い人、基ファイはもう黒鋼にあだ名をつけ始めてる。うわ、久しぶりの既視感。友枝町にいた時も感じたものだ。やっぱり“本の世界の中に来る”というのは、すごい違和感だ。
小狼は小狼で、真剣な面持ちでサクラを見つめていた。すると、いきなりファイが小狼の服に手を突っ込んだ。そんな趣味あったっけ?
「うわぁっ!?」
「な、なにしてんだてめぇ…」
『……』
「あは、メイリン固まってるー!」
ゴソゴソと探して出てきたものは、それはそれは綺麗な羽根だった。一目見ただけで、魔力のない私でも近寄りがたいオーラを放つそれを、ファイは慣れたように触る。
「これ、記憶のカケラだねーその子の」
「え!?」
「君に引っかかってたんだよ、ひとつだけ」
ファイの手元からふわりと離れた羽根は、自らさくらの身体へと溶けていった。とても綺麗だ。
「これが、さくらの記憶のカケラ…。体が暖かくなった…」
「今の羽根がなかったらちょーっと危なかったねー」
「おれの服に偶然引っかかったから…」
「“この世に偶然なんてない”って、あの魔女さんが言ってたでしょー。だからね、この羽根もきっと小狼君がきっと無意識に捕まえたんだよ、その子を助けるために」
なんて表情をするんだ、こっちの小狼は。
本当に愛おしそうにあの子を見つめる。
本当に悔しそうにあの子を撫でる。
ここの小狼は“私の知ってる”小狼じゃない。まるで別人。そりゃそうか。
「…なんてねー。よく分かんないんだけどねー」
くにゃんと表情を緩めるファイに、また嫌悪感。本当はこの人魔術師じゃなくて道化師なんじゃないだろうか。
「けど、これからはどうやって探そうかねー羽根」
「はーいはいはい!モコナ分かる!」
「え?」
ウサギのように飛び跳ねながら挙手した白まんじゅう。それに、小狼は藁にもすがる思いと飛び付いた。
「今の羽根、すごく強い波動出してる。だから、近くなったら分かる。波動をキャッチしたら、モコナこんな感じになる!」
「げっ!」
『っ!?』
今の今まで糸目キャラの若く閉じてたはずのモコナの目がめきょっと大きく開いた。
いや、知ってたけど!!知ってたけど生で見るこわい!着ぐるみの中を見てしまった、あの感覚に近い!
「あはは、だったらいけるかもしれないねー。近くになればモコナが感知してくれるんなら」
「教えてもらえるかな、羽根が近くにあった時」
「どーんとまかしとけ!」
「…ありがとう」
違うと頭ではしっかり分かっているのに、やはりどこか重ねてしまう。昔から近くにあったあの笑顔に安心感を覚えた。
ーーそんな時、冷たい声が空気を裂いた。
「お前らが羽根を探そうが探すまいが勝手だが俺にゃあ関係ねぇぞ。俺は自分がいた世界に帰る、それが目的だ。お前達の事情に首を突っ込むつもりも手伝うつもりも全くねぇ」
「はい、これはおれの問題だから。迷惑かけないように気をつけます」
「あははははー真面目なんだねぇ小狼君ー」
真面目、というか。それが当たり前だと思っている辺り、なんだかこっちの小狼は危ない気がする。まぁ幼馴染の方も相当危なっかしかったけれど。
黒鋼は舌打ちを一つ零し、ファイに今後どうするのかを尋ねた。ものすごく不機嫌そうでまるで獣のようだ。
「んー?」
「そのガキ手伝ってやるってか?」
「んー、そうだねぇ…。
取り敢えずオレは元いた世界に戻らないことが一番だからなぁ。
ま、命に関わらない程度のことならやるよー。他にすることもないし。メイリンちゃんはどうするのー?」
突然、私にも質問が投げられる。正直なにも考えていなかった私は焦った。三人の視線がビシビシと突き刺さる…。痛い。
『…そうね、私もやることがあるからそれの邪魔にならない程度なら、って所かしら』
やることとは、この“本筋”の破壊と私のルーツ探しだから、邪魔になるなんてことはないんだろうけれど。
軽い自己紹介やら人柄が分かったタイミングで、廊下からバタバタと音がした。ガチャと扉が開くととても賑やかそうな男の人と、物静かな女の人が現れた。
男の人が空汰、女の人は嵐さんというそうだ。
なんでも、次元の魔女と知り合いなんだとか。
「ちなみにわいの
がしと黒鋼の肩を掴み、空汰さんは「つーわけで、ハニーに手ぇ出したらぶっ殺すでっ♥︎」と満面の笑みで言った。あ、思い出した。この調子のよいノリ、封印の獣のケルベロスに似てるんだ。
嵐さんは、その発言を無視して暖かいお茶を配っていた。空汰さんも、気にしてないみたい。いつものことなのだろう。仲がいいことで。
「さて、事情はそこの白いのから聞いたで。とりあえず兄ちゃんら、プチラッキーやな」
「えっとー、どの辺りがー?」
「モコナは次行く世界を選ばれへんねやろ?それが、一番最初の世界がココやなんて、幸せ以外のなんでもないで」
閉めていた窓の障子に手を掛ける空汰さん。
「ココは、阪神共和国やからな!」
キラキラと輝く星と、それに負けじと輝くネオン。この十数年、香港と日本の友枝町しか行かなかったからか、とても懐かしい感覚に襲われた。そういえば、ここは前の私の国でいう大阪なんだっけ?
それを証明するように、夜でも賑わう町の声が耳に届いた。
(ハロー、異世界。聞こえますか?)