桜都国/桜花国
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私の気持ちを知らず、月は降り、日は登る。
寝ぼけ眼で着替えをする。今日は襟付き黒のワンピースのようなシックな格好だ。髪型も合わせて、サイドを編み込み低い位置でツインテールにして、毛先だけ巻く。
顔を洗い、身支度を済ませたら二階に降り、居るはずのファイに今日こそ話しかけるんだ。
昨日はありがとうって。
告白の、返事についても。
ぱん!と頬を叩き喝を入れ、下に降りると誰もいないことに気がついた。
黒鋼・小狼は修行。ファイとサクラ、モコナは買い出しに行ってくる、とモコナの字でメモ書きが置いてあった。留守の間はお客さんも少ないだろうから大丈夫だと思う、ということも。
『気合い入れて損した…』
はぅ、と息を吐いて、開店準備に取り掛かろうとキッチンへ入ると、一通り終わらせてくれている形跡がある。
…少し、胸がくすぐったくなった。
そうこうしているうちに、からんころんと扉が開く音がし、いらっしゃいませと振り向くと、そこには見覚えのある、傾国の美女----織葉さんがいた。
「お久しぶり、メイリンさん。
お店やってるって聞いたから、来てしまったけれど大丈夫かしら?」
『はい、いらっしゃいませ!
お好きな席へどうぞ』
私がそう言うと、キッチンに一番近いカウンターの奥へ織葉さんは腰掛けた。
「小腹が空いているの。おすすめのもの、頂けるかしら?」
『喜んで!』
ふわりと微笑まれるので、私も気持ちが解けていく。提供するフォンダンショコラと、紅茶を用意して、織葉さんの前へそっと置く。
『当店自慢の、フォンダンショコラです。お口に合うか分かりませんが、紅茶もどうぞ』
「ありがとう」
ふわふわと湯気が舞うフォンダンショコラをフォークで切ると、そこからとろとろのチョコレートが溢れる。試行錯誤の末にできたものだ。四月一日くんは、これをさらりとやってのけるものだから流石としか言いようがない。
「美味しい」
『ありがとうございます。
織葉さんは今日、お一人で?』
「ええ、たまたま近くを通ったの。
ここのお店は今は貴方1人なの?」
『皆、出かけてまして』
それから、織葉さんはバーでの出来事や、私のステージを見て
「あら、紅茶がなくなってしまったわ」
『淹れてきますね』
「ありがと。それじゃあ、今度はカフェモカを頂けるかしら?」
『りょーかいです』
おかわりもしてもらい、ゆるゆると時間が流れ、織葉さんはそうだと、思い出したかのように私に尋ねる。
「メイリンさんの好きな方は、この間居らした、どちらの紳士なのかしら?」
『ぶッ!!??
な、な、なんの話ですか!?』
「〈白詰草〉でメイリンさんの歌い方を見てわかったわ。
貴方、恋をしているんでしょう?」
『してませんしてません!!』
あわあわと、顔に熱が集まっていくのが手に取るようにわかる。幾分か冷たい両手のひらを顔に寄せ、熱を吸い取る。
「…そんなに可愛らしい顔をして、まだ自覚されてないの?」
『へ?』
可愛い?たしかにお母様から頂いたこの顔は人様にお見せできる程度には整っているが、と目の端に銀のポットに反射して映る、私の表情はまさに、“恋する乙女”のそれだった。
「ふふ、じゃあ教えてあげるわ。
そうね、…例えば、その人を目で追いかけたり、心の隅にはその人がいつも居座っていたり、一日中意識がそちらへ向いたり、話しかけられると嬉しくなって、なにもないと落ち込む。違う女の子が瞳に映るとモヤモヤしたりね」
『モヤモヤ…』
「それが恋に落ちているサインだと、私は思うわ」
織葉さんは、体験してきたように私に話す。その独白にも似たセリフの端々に、信じられないほど覚えがあった。
『私は、恋を、しているんでしょうか…?』
「少なくとも私にはそう見えるわよ」
カップに入ったカフェモカを美味しそうに啜る姿も絵画のようで、この人には敵わない気がした。
そうか、私は、ファイが好き、なのか。
サファイアブルーの瞳も、糸のようにさらさらな髪も、長い手足も。
あのへらへらした笑みも、よく気が回る所も、優しい手つきも、寂しそうに溢れるあの言葉も。
心の中で1人確認するようにつぶやく。もう、疑問形ではなく、確信だった。
『私は、彼のことが好きみたいです…』
「よかったわ。
〈白詰草〉でのステージの件、考えておいて」
それじゃあ、とお勘定を済ませ、織葉さんはゆっくりとした足並みで帰っていった。
はは、と乾いた笑みがこぼれる。
『こんな事、してる場合じゃないのになぁ』
自覚したものは止められない。
この気持ちを、伝えたら楽になれるんだろうか。
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あれから少し経ってからファイ、サクラ、モコナが帰宅した。
おかえり、と言うと、今日はただいま、と返ってきたので少し熱が上がった。
『…そ、それにしても、結構買い込んだわね』
「まだまだ持てたよ!」
「サクラ、張り切ってたからーーー」
『ふふっ、ほら荷物置いて、着替えてらっしゃい。もうそろそろお店が混む時間なんだから』
じゃあお願いします、とにこりと微笑むとサクラとモコナは着替えのため自室へと戻っていった。
『ファイも、着替えてきたら?』
「んーー、サクラちゃんが戻ってきてからにするよー」
ファイは杖を立てかけ、そのまま購入したものを戸棚に収納していく。
私も手伝おうと、近づき、購入したものを一つ一つ確認し、手に取る。
『…ファイ、あのね。
昨日はありがとう…』
「昨日ー?あぁ、いやに絡んできたお客さまねー。オレが行かなくてもメイリンちゃんだけでなんとかなったろうけどねぇ」
『まぁ、もう少し鬱陶しければ殴ることもやぶさかじゃなかったけど…。そ、それでも、ありがとう!』
「…どういたしまして。
あれは、メイリンちゃんへの言いがかり甚だしかったからー」
顔が真っ赤になる。
素直に伝えるのに、あんまりにも慣れていなくて。
どきどきと早る胸の鼓動が、空気にまで振動していきそう。
「……それより、オレあの夜なんにも覚えてなくて、何かしなかったー?」
『あの、夜』
そう言われて思い浮かんだのは、お酒を飲んでソファで2人して寝てしまった日のことだった。
何もなかったといえば、なにもなかったし、何か言われたかと問われれば切なそうなあの「行かないで」の言葉がまだ耳に残響している。
『て、貞操倫理に引っかかることはされてないと思うわ』
「あははー、ならよかったー」
『ただ、抱きしめられて嫉妬しちゃうとか、押し倒されて置いていかないでーって言われたくらいで』
「…………」
ぴしり、とファイが固まる音がした。気がする。くすり、と笑ってそんな所も好きみたいだと自分がひどく愚かに思える。
「あ、あははー。全く覚えてないやー…」
『でしょうね。すごく飲んでたもの。
ったく、いい大人なんだからもう少しセーブしないと…』
「返す言葉もないよー。
でも、いい大人から忠告だけど、メイリンちゃんももう少し危機感を持った方がいいよ」
『え?』
「オレが起きた時、胸元が乱れて、それはそれはセクシーショットだったんだから〜」
『っ!!!』
例えるなら、瞬間湯沸かし器のように私はかぁあと赤くなった。手に取っていた林檎も、衝撃のあまり床に転がっている。
『ふ、ファイのばか!!ばかばかばーか!!!』
「あははー」
お前なんて知るか!と吐き捨て、手伝いもそぞろにホールへ向かった。
早く顔の熱を、下げないと…。
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時間は過ぎ、ファイもサクラも、いつもの喫茶店スタイルに落ち着き、店は大賑わいの時間。
からんころんと音を立てて扉を開けたのは、大荷物を抱えた黒鋼だった。
「ワンコひとりかえってきたー!」
「おえりなさい」
「おう」
両肩に二つずつ乗せたそれは、おそらく小麦粉か何かだろう。あれだけをいっぺんに持って帰るって…、やっぱりこいつはゴリラだ。
『おかえりなさい。
よくそれ持って肩もげないわね…』
「お前とは出来が違うからな」
『ムカつく!』
「おかえりーお使いありがとーー」
「今度は店のヤツに運ばせろ」
そう言って、ドサリと誰もいないカウンターへ小麦粉の袋を置いた。
相変わらず眉間にシワが寄っていて、普通の人なら怒ってると判断するくらいだ。
「でも自分で持って帰った方が安いんだよー。だから買ってくるって小狼君がーー」
「あの、小狼くんはっ?」
早く帰ってきて欲しいのだろう、サクラは小狼について黒鋼に伺うが、返ってきた言葉は鍛錬中だ、という言葉だけだった。
しょんぼりする暇もなく、お客様から声がかかり、サクラはいそいそと注文を取りに行く。
「くんくんくん」
「『げっ』」
ファイは何を思ったのか、黒鋼の袴を引っ張り、何かを察知したように黒鋼の匂いを嗅いでいた。
『お、お邪魔しましたぁー…』
何か見てはいけないものを見た気がして、私もそっとその場を後にする。
…こうなると、私が恋してるのか怪しくなってくる。黒鋼相手にモヤモヤがない。
むしろ、お邪魔しちゃいけないような…。
「おいコラ待て!!小娘!」
「メイリンちゃんすごい誤解したねー。
お酒のにおいしたから嗅いだだけなのにー」
「誤解させるような事するからだろ!」
「どーこーいってーたのー?」
「…ったく、あの酒場にもう一度行ってきた」
「〈白詰草〉ー?」
そうだ、と黒鋼が答えると駄々をこねる子供のようにオレも飲みたかったーー!と言い出すファイ。
その声に聞き耳でも立てるか、と思うも、すぐさま別のお客様から声がかかり、その思案もあえなく却下だった。
陽も落ち、店の中にはほぼ常連になりつつある猫依さん、志勇さん、蘇麻さんのみになった。ここまでくると、ほぼ閉店しているようなものだ。片付けつつ、気軽に仕事ができる。
「はぁーーーもぅ本当に何でこんなに美味しいのかなぁ〜いくらでもいけちゃうよー」
『そんなに気に入ってくれて嬉しい。今日のはサクラが作ったのよ』
「じ、上手に出来てよかった…」
「おいしいよ!」
「そんなにケーキばっか食うと、太るぞ嬢ちゃん」
「もぅ!志勇さんのいじわる!」
「はは、それにしても龍王のヤツ遅いな」
「また無茶をなさっていないといいんですが」
蘇麻さんの相方の龍王さんと待ち合わせしているようだ。それにしても猫依さんと志勇さん滅茶苦茶可愛いなぁ。
のんびりとした空気が漂う中、店のドアが大きな音を立てて開いた。
お客様かと思い振り向くと、肩で息をしている小狼と龍王さんが立っていた。
おかえり、という雰囲気でもなさそうだ。
「…どうしたの?」
「新種の、……鬼児に、会っ…た」
「戦ったの!?」
「いや、鬼児を従えてて…それが凄い量で…だから、そのまま、…逃げてきた…けど、」
肩を上下に揺らしながら龍王は皆に情報共有を最優先とする。
皆がピリッと意識を張り巡らし、龍王の次の言葉に息を飲む。
「でも……あれは、絶対、…強い!」
やはり新種の鬼児ともなると、そうなのだろう。いつも感じる既視感と、焦燥感に私は胸をぎゅっと掴まれたようだ。
サクラは小狼にコップ一杯の水を渡そうと、駆け寄るが、何故だか小狼の表情に陰りがあるのに気がついた。
「どうしたの?小狼くん」
「あの鬼児と一緒にいた人、おれの知ってる人かも知れない……。
おれに、戦い方を教えてくれた人です。」
小狼の何かに気づいたような、気付きたくないような表情に、私はまた、焦りを見出す。
私は、何もできないままだ。
(焼け尽くすような不甲斐なさ)