桜都国/桜花国
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(※少し下品な表現が含まれます)
ちゅんちゅんと、鳥の鳴き声さえも頭を嫌に響かせ、そのせいで眠りから意識が浮かび上がってくる。
朝日が昇りたてなのか、陽の光が眩しくて、まだ瞼は開きそうにないが、ゆっくりゆっくり脳が覚醒していくのが分かる。
体が痛く、頭もガンガンする。昨日飲んだ酒のせいだろうか。全くひどい酔い方をした。
もう少し寝ても誰も文句言わないだろうと、再び眠りにつこうと思った、その時。
なにやら、枕に使っているものがいつもと感触が違うことに気がついた。
そして、オレの匂いじゃない。別の、花とか果物っぽい匂いが鼻腔をくすぐる。
「…………」
驚きで瞼が開き、視界いっぱいに少し乱れたハカマ?と綺麗な肌があった。
思わず勢いよく離れ、顔を覗くとメイリンちゃんだった。そうか、あの後ソファで一緒に寝てしまったのか…。
それにしても無防備すぎやしないだろうか?
まだ夢の中の彼女は、とても幸せそうに眠りについている。あまりよく覚えてないが、変に絡んでしまってないだろうか。
「…オレも気持ちよかったけどねーー」
もう少し抱き合って眠っていたいが、意識してしまって睡眠どころではないだろう。
気持ちを押さえつけるように、オレはメイリンちゃんの頬に口づけし、乱れた衣服が見えないよう掛け布団を肩までかけてあげ、二階の自室に戻り再度寝ることにした。
……ちゃんと、眠れるだろうか。
-------
気がついたらソファの上で寝ていた。
昨日は、確かソファでファイと眠ってしまった筈なのに、起きたら1人だった。
ということは、ファイは私を起こさずに1人自室へ戻ったということだ。薄情な奴め。
とりあえずシャワーを浴びて程なくして朝食を作り出す。
黒鋼と小狼を見送り。少し経ってから珍しく早起きしてきたサクラ、モコナと一緒に朝食を済ませていた。すると、お客様が店の前で開店を待っているのがわかった。
「あ!どうしよう、まだファイさんが起きてない」
『大丈夫よ、あんなの居なくても。
私達だけでお店開けちゃいましょ。モコナは食器片して、サクラは開けてお席に案内してあげてー』
はい、と2人の綺麗な返事を聞き、私はキッチンで下準備をする。
ぐつぐつ、とんとん、ジャーとまるでちゃんとした喫茶店の厨房のようで小さく笑ってしまった。
少し経ってから、ファイがだらしない顔で二階から降りてきた。
何故か、目が合わない。
注文をとってパタパタと走っていたサクラが、降りたてのファイへ心配そうに伺っている。
「おはよーファイーー」
「おはようございます、メイリンちゃんがいたしお客様も待っていたから開けたんですけど……大丈夫ですか?」
「わ〜〜〜〜〜〜。頭の中で何か鳴ってるよぅ〜〜」
「ファイ2日酔いだーー」
くわんくわんと身をふらつかせ、カウンターへ突っ伏している。そりゃあれだけ飲めば、次の日に影響も出るよ。
1人自室へ戻ったファイへの仕返しだと、自業自得だと吐き捨てる。
サクラも同様に飲んでいたが、2日酔いなど知らない、というような爽やかな笑顔だった。
「今日は寝坊せずに起きられました!」
「わぁ、まぶしいーー…」
「2日酔いには液キャベがキクって侑子が言ってたーー!」
サクラ、モコナとは打って変わってとても辛そうなファイを横目に、仕方ないからとコップ一杯の水を用意した。
『液キャベはないけど、水飲めば少しマシじゃない?』
「……あ、ありがとぉ。
そうだ、サクラちゃんワンワンコンビはー?」
「確か、強い鬼児を倒すのに武器がないといけないって、鍛冶屋さんへ行きました」
「そっかー。なら、帰りはそこまで遅くないねーーー」
コップを手渡すも、何故だかまた目を逸らされる。しかも、私に聞けばいいものをサクラに…。ほんんと何だこいつ。昨日は嫌ってほど絡んできたのに。急に、こ、告白…とかもしてきたくせに!
どこかモヤモヤする気持ちを抱え、私は仕事に没頭した。
ファイが来たことで、私はキッチンからホールへ出る事ができ、忙しさから先ほど感じたモヤモヤもある程度ごまかせるようになった。
「注文いいですかー?」
『はい、ただ今』
ひと席のお客様から注文が入り、そこへ駆けつける。男性の方、一名だ。思わず珍しいと思ってしまったが、男性一名でも甘いものが食べたくなる時はある。うん、分かる。
そうして注文を取ろうと、簡易的なメモを取り出すと、返ってくるのは視線のみだった。
『あの、ご注文は?』
「ずっと可愛い子がいるなぁと思って見てたんだけど。君、昨日〈白詰草〉に居た子だよね?俺のこと覚えてる?」
『はぁ、』
正直に言おう、全く覚えていない。そして、興味もない。
昨日、〈白詰草〉では情報収集の為、お客さんに少し話しかけていたが、あくまで情報収集だ。それ以外の世間話を聞く耳など持ち合わせていないし、最後のファイと黒鋼がやって来た衝撃で、大半のお客さんの顔は飛んでいる。
『すみません、ご注文は…?』
「あはは、素っ気ないなぁ。
今日、何時に店閉まるの?この後、予定ある?もう一度、君と話がしたくて」
『はぃ?』
本当になにを言ってるんだこの人。
するりと、メモを取る腕を持っていかれぎゅっと握られた。その一瞬、気持ち悪いと感じ、思わず腕を払った。
そのお客様は私の態度が気に入らなかったのか、みるみる表情を変化させ、座っていた椅子からがたりと立ち上がった。
「俺に触れられて、照れてるのかな?
昨日はあんなに仲良く話したのに」
『いや、あの、ここはそういう店じゃないので、』
「…お、お高く止まりやがって!!
どうせバーで男漁りでもして、ヤりまくってやがるくせに!俺もそれに乗っかってやろうと思っただけだろうが!!俺のどこが不満なんだ!」
激昂するお客様の気持ちを沈め、サクラや他のお客様へ迷惑のかかる前に出て行ってもらおうとしたが、返って火に油を注いでしまった。めんどくさい。
やいやいと、有る事無い事誹謗中傷を受け、それでもギリギリ笑顔の私を褒めて欲しい。
突然、そのお客様の頭に大量の水が降ってきた。なんだ、と思いそちらを向くと、お客様へ注ぐ水が入ってたであろうピッチャーを傾けた無表情のファイがそこに立っていた。
キッチンにいたんじゃなかったの…?
「なっ、お前なにしやがる!!」
「…お客さまー?
当店はバーでもセクシーパブでもございませーん。この子はうちの大事な大事な、仲間です。変な言いがかりや、女漁りを目的としていらっしゃるなら、----…どうぞお帰りを」
今まで見たことのない眼光で、お客様を睨みつける。ファイのサファイアブルーの瞳が、一層冷たく見える。私でさえ、少し怖いと思うほど、冷たく、殺気を孕んだそれだった。
一般人がそれを向けられたら、蛇に睨まれた蛙も同然。お客様は固まり動けなくなり、そして這うようにその場から去っていった。
しん…と辺りにいたお客様達も静かに、固唾を呑む音しか聞こえない。が、その瞬間、1人のお客様から拍手が聞こえ、すぐに店にいたお客様全員から拍手を送られる。
「いいぞー兄ちゃん!!」
「かっこいいーー!」
「スカッとしたわー!」
「姉ちゃん可愛いから気をつけろよー」
ファイは、また何時ものへらへらした顔に戻っており、賞賛や拍手に対して舞台役者さながらのお辞儀をしていた。
そして、私の方を見ずに、振り向かずに、再びキッチンへと帰っていった。
………なんなんだよ、本当に。
「メイリンちゃん、大丈夫?」
『え、ええ。私は大丈夫よ。サクラや他のお客様にまで迷惑かからなくてよかった』
「でもさっきのファイ!すごかったのー!
侑子が読んでた少女漫画みたーーーい!」
きゃっきゃと騒ぐモコナを撫で、またモヤモヤしたものが広がっていった。
今日はあんなことがあったからと、少し早めの閉店となった。
皆で閉店作業をしている中、カウンターの掃除をしているモコナがゆるゆると話しかける。
「ファイー、平気ー?」
「うん、だいぶマシになってきたよ〜〜」
「それにしても今日のファイすごくかっこよかったーー!どうぞお帰りを、ってところがねーー」
「あははーオレの声だーー」
「モコナ108の秘密技の一つ、声真似ーー!」
何やってんだか、と白い2人に冷ややかな目線を送るも、今日一日を通してファイとは目が合わない。モヤモヤが加速していく。
気を紛らわせるように掛けている時計を見ると、もうそろそろ小狼と黒鋼が帰ってきそうな時間だった。
『サクラ、ここ任せてもいいかしら?』
「うん、大丈夫」
『ありがとう、お風呂の準備してくるわ』
いってらっしゃい、とふわふわした笑顔が私を見送った。
ぱたぱたと逃げるように風呂場へ入り、洗面台でばしゃばしゃと顔を洗う。
モヤモヤは、マシにならなかった。
備え付けの鏡に映るのは、ひどい顔をした自分だった。
『めんどくさい、嫌になる…』
今日の騒ぎで助けに入ってくれたファイが、少し怖かったけれど、頼もしかった。
けど、目が合わない、話しかけてこない。
こんな事でいちいち精神的ダメージを受けている事が面倒くさくなる。
私は、私は…。
『……お風呂の、準備をしよう』
気を紛らわせるように、カルディナさんから頂いた可愛いバスボムを用意した。
ホールに戻ろうとする足が嫌になるほど重く、遅い。
もう二階に上がってしまおうか。
けれど、2人におかえりと言いたいから、それだけ言って、もう休んでしまおう。
ぱたりぱたりと歩いていると、ホールから黒鋼の声が聞こえた。もう、帰ってきてたのか。ファイと黒鋼の話し声がやけに耳から離れない。
意図的に、作為的に作られた鬼児の話、新種の鬼児、サクラの羽根が関係しているかもしれない。私も、織葉さんの話を聞いてそう感じた。ここは、ゲームのような世界だと。
しかし、次の話題に私は身を固まらせるしかなかった。
「おまえ、昨日あの小娘と契りを結んだのか?」
「っ!?…えぇー、何々黒さまオレと恋バナしたいのー?」
「ちげぇよ!」
「あんまり覚えてないけど、シてないよー」
「まぁ、だろうな。
俺にゃあ関係ねぇが、ややこしいことだけはすんな」
「しないよー。…できたら、苦労しない」
私は、鈍い方でないと、思う。
だから、知らぬふりはもうできない。ファイの言葉を冗談だと、思えない。あの表情を、声を聞いてしまったら。
何故かジワリとこみ上げてくる涙を隠しながら、私は自室へと逃げ込んだ。
(モヤモヤの正体)
ちゅんちゅんと、鳥の鳴き声さえも頭を嫌に響かせ、そのせいで眠りから意識が浮かび上がってくる。
朝日が昇りたてなのか、陽の光が眩しくて、まだ瞼は開きそうにないが、ゆっくりゆっくり脳が覚醒していくのが分かる。
体が痛く、頭もガンガンする。昨日飲んだ酒のせいだろうか。全くひどい酔い方をした。
もう少し寝ても誰も文句言わないだろうと、再び眠りにつこうと思った、その時。
なにやら、枕に使っているものがいつもと感触が違うことに気がついた。
そして、オレの匂いじゃない。別の、花とか果物っぽい匂いが鼻腔をくすぐる。
「…………」
驚きで瞼が開き、視界いっぱいに少し乱れたハカマ?と綺麗な肌があった。
思わず勢いよく離れ、顔を覗くとメイリンちゃんだった。そうか、あの後ソファで一緒に寝てしまったのか…。
それにしても無防備すぎやしないだろうか?
まだ夢の中の彼女は、とても幸せそうに眠りについている。あまりよく覚えてないが、変に絡んでしまってないだろうか。
「…オレも気持ちよかったけどねーー」
もう少し抱き合って眠っていたいが、意識してしまって睡眠どころではないだろう。
気持ちを押さえつけるように、オレはメイリンちゃんの頬に口づけし、乱れた衣服が見えないよう掛け布団を肩までかけてあげ、二階の自室に戻り再度寝ることにした。
……ちゃんと、眠れるだろうか。
-------
気がついたらソファの上で寝ていた。
昨日は、確かソファでファイと眠ってしまった筈なのに、起きたら1人だった。
ということは、ファイは私を起こさずに1人自室へ戻ったということだ。薄情な奴め。
とりあえずシャワーを浴びて程なくして朝食を作り出す。
黒鋼と小狼を見送り。少し経ってから珍しく早起きしてきたサクラ、モコナと一緒に朝食を済ませていた。すると、お客様が店の前で開店を待っているのがわかった。
「あ!どうしよう、まだファイさんが起きてない」
『大丈夫よ、あんなの居なくても。
私達だけでお店開けちゃいましょ。モコナは食器片して、サクラは開けてお席に案内してあげてー』
はい、と2人の綺麗な返事を聞き、私はキッチンで下準備をする。
ぐつぐつ、とんとん、ジャーとまるでちゃんとした喫茶店の厨房のようで小さく笑ってしまった。
少し経ってから、ファイがだらしない顔で二階から降りてきた。
何故か、目が合わない。
注文をとってパタパタと走っていたサクラが、降りたてのファイへ心配そうに伺っている。
「おはよーファイーー」
「おはようございます、メイリンちゃんがいたしお客様も待っていたから開けたんですけど……大丈夫ですか?」
「わ〜〜〜〜〜〜。頭の中で何か鳴ってるよぅ〜〜」
「ファイ2日酔いだーー」
くわんくわんと身をふらつかせ、カウンターへ突っ伏している。そりゃあれだけ飲めば、次の日に影響も出るよ。
1人自室へ戻ったファイへの仕返しだと、自業自得だと吐き捨てる。
サクラも同様に飲んでいたが、2日酔いなど知らない、というような爽やかな笑顔だった。
「今日は寝坊せずに起きられました!」
「わぁ、まぶしいーー…」
「2日酔いには液キャベがキクって侑子が言ってたーー!」
サクラ、モコナとは打って変わってとても辛そうなファイを横目に、仕方ないからとコップ一杯の水を用意した。
『液キャベはないけど、水飲めば少しマシじゃない?』
「……あ、ありがとぉ。
そうだ、サクラちゃんワンワンコンビはー?」
「確か、強い鬼児を倒すのに武器がないといけないって、鍛冶屋さんへ行きました」
「そっかー。なら、帰りはそこまで遅くないねーーー」
コップを手渡すも、何故だかまた目を逸らされる。しかも、私に聞けばいいものをサクラに…。ほんんと何だこいつ。昨日は嫌ってほど絡んできたのに。急に、こ、告白…とかもしてきたくせに!
どこかモヤモヤする気持ちを抱え、私は仕事に没頭した。
ファイが来たことで、私はキッチンからホールへ出る事ができ、忙しさから先ほど感じたモヤモヤもある程度ごまかせるようになった。
「注文いいですかー?」
『はい、ただ今』
ひと席のお客様から注文が入り、そこへ駆けつける。男性の方、一名だ。思わず珍しいと思ってしまったが、男性一名でも甘いものが食べたくなる時はある。うん、分かる。
そうして注文を取ろうと、簡易的なメモを取り出すと、返ってくるのは視線のみだった。
『あの、ご注文は?』
「ずっと可愛い子がいるなぁと思って見てたんだけど。君、昨日〈白詰草〉に居た子だよね?俺のこと覚えてる?」
『はぁ、』
正直に言おう、全く覚えていない。そして、興味もない。
昨日、〈白詰草〉では情報収集の為、お客さんに少し話しかけていたが、あくまで情報収集だ。それ以外の世間話を聞く耳など持ち合わせていないし、最後のファイと黒鋼がやって来た衝撃で、大半のお客さんの顔は飛んでいる。
『すみません、ご注文は…?』
「あはは、素っ気ないなぁ。
今日、何時に店閉まるの?この後、予定ある?もう一度、君と話がしたくて」
『はぃ?』
本当になにを言ってるんだこの人。
するりと、メモを取る腕を持っていかれぎゅっと握られた。その一瞬、気持ち悪いと感じ、思わず腕を払った。
そのお客様は私の態度が気に入らなかったのか、みるみる表情を変化させ、座っていた椅子からがたりと立ち上がった。
「俺に触れられて、照れてるのかな?
昨日はあんなに仲良く話したのに」
『いや、あの、ここはそういう店じゃないので、』
「…お、お高く止まりやがって!!
どうせバーで男漁りでもして、ヤりまくってやがるくせに!俺もそれに乗っかってやろうと思っただけだろうが!!俺のどこが不満なんだ!」
激昂するお客様の気持ちを沈め、サクラや他のお客様へ迷惑のかかる前に出て行ってもらおうとしたが、返って火に油を注いでしまった。めんどくさい。
やいやいと、有る事無い事誹謗中傷を受け、それでもギリギリ笑顔の私を褒めて欲しい。
突然、そのお客様の頭に大量の水が降ってきた。なんだ、と思いそちらを向くと、お客様へ注ぐ水が入ってたであろうピッチャーを傾けた無表情のファイがそこに立っていた。
キッチンにいたんじゃなかったの…?
「なっ、お前なにしやがる!!」
「…お客さまー?
当店はバーでもセクシーパブでもございませーん。この子はうちの大事な大事な、仲間です。変な言いがかりや、女漁りを目的としていらっしゃるなら、----…どうぞお帰りを」
今まで見たことのない眼光で、お客様を睨みつける。ファイのサファイアブルーの瞳が、一層冷たく見える。私でさえ、少し怖いと思うほど、冷たく、殺気を孕んだそれだった。
一般人がそれを向けられたら、蛇に睨まれた蛙も同然。お客様は固まり動けなくなり、そして這うようにその場から去っていった。
しん…と辺りにいたお客様達も静かに、固唾を呑む音しか聞こえない。が、その瞬間、1人のお客様から拍手が聞こえ、すぐに店にいたお客様全員から拍手を送られる。
「いいぞー兄ちゃん!!」
「かっこいいーー!」
「スカッとしたわー!」
「姉ちゃん可愛いから気をつけろよー」
ファイは、また何時ものへらへらした顔に戻っており、賞賛や拍手に対して舞台役者さながらのお辞儀をしていた。
そして、私の方を見ずに、振り向かずに、再びキッチンへと帰っていった。
………なんなんだよ、本当に。
「メイリンちゃん、大丈夫?」
『え、ええ。私は大丈夫よ。サクラや他のお客様にまで迷惑かからなくてよかった』
「でもさっきのファイ!すごかったのー!
侑子が読んでた少女漫画みたーーーい!」
きゃっきゃと騒ぐモコナを撫で、またモヤモヤしたものが広がっていった。
今日はあんなことがあったからと、少し早めの閉店となった。
皆で閉店作業をしている中、カウンターの掃除をしているモコナがゆるゆると話しかける。
「ファイー、平気ー?」
「うん、だいぶマシになってきたよ〜〜」
「それにしても今日のファイすごくかっこよかったーー!どうぞお帰りを、ってところがねーー」
「あははーオレの声だーー」
「モコナ108の秘密技の一つ、声真似ーー!」
何やってんだか、と白い2人に冷ややかな目線を送るも、今日一日を通してファイとは目が合わない。モヤモヤが加速していく。
気を紛らわせるように掛けている時計を見ると、もうそろそろ小狼と黒鋼が帰ってきそうな時間だった。
『サクラ、ここ任せてもいいかしら?』
「うん、大丈夫」
『ありがとう、お風呂の準備してくるわ』
いってらっしゃい、とふわふわした笑顔が私を見送った。
ぱたぱたと逃げるように風呂場へ入り、洗面台でばしゃばしゃと顔を洗う。
モヤモヤは、マシにならなかった。
備え付けの鏡に映るのは、ひどい顔をした自分だった。
『めんどくさい、嫌になる…』
今日の騒ぎで助けに入ってくれたファイが、少し怖かったけれど、頼もしかった。
けど、目が合わない、話しかけてこない。
こんな事でいちいち精神的ダメージを受けている事が面倒くさくなる。
私は、私は…。
『……お風呂の、準備をしよう』
気を紛らわせるように、カルディナさんから頂いた可愛いバスボムを用意した。
ホールに戻ろうとする足が嫌になるほど重く、遅い。
もう二階に上がってしまおうか。
けれど、2人におかえりと言いたいから、それだけ言って、もう休んでしまおう。
ぱたりぱたりと歩いていると、ホールから黒鋼の声が聞こえた。もう、帰ってきてたのか。ファイと黒鋼の話し声がやけに耳から離れない。
意図的に、作為的に作られた鬼児の話、新種の鬼児、サクラの羽根が関係しているかもしれない。私も、織葉さんの話を聞いてそう感じた。ここは、ゲームのような世界だと。
しかし、次の話題に私は身を固まらせるしかなかった。
「おまえ、昨日あの小娘と契りを結んだのか?」
「っ!?…えぇー、何々黒さまオレと恋バナしたいのー?」
「ちげぇよ!」
「あんまり覚えてないけど、シてないよー」
「まぁ、だろうな。
俺にゃあ関係ねぇが、ややこしいことだけはすんな」
「しないよー。…できたら、苦労しない」
私は、鈍い方でないと、思う。
だから、知らぬふりはもうできない。ファイの言葉を冗談だと、思えない。あの表情を、声を聞いてしまったら。
何故かジワリとこみ上げてくる涙を隠しながら、私は自室へと逃げ込んだ。
(モヤモヤの正体)