桜都国/桜花国
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〈白詰草〉から帰る道中、私・ファイ・黒鋼の間には一切会話がなかった。
黒鋼は渋々負傷したファイを担ぎ、私はとんでもなく重い酒瓶を渋々運んでる。
鼻歌を歌って楽しそうにしてるのはファイだけだ。腹立つ。
「ふんふんふーん」
「……だぁぁあ!!!!耳元でふんふんふんふんうるせぇ!!ちょっとは静かに出来ねぇのか!」
『黒鋼、近所迷惑よ』
暗にお前もうるせぇよと忠告すると、こちらにも睨みを利かせてくるからよっぽど不機嫌なんだろう、と伺えた。
帰ったらツマミでもつくってやるか…。
ずんずんと大きい歩幅で歩く黒鋼に、少し早歩きしながらそう思った。
喫茶店が近づくにつれ、なにやらウチにお客様がいっぱいいらっしゃるのが目に入った。
その中に、店番をしていたであろう小狼とサクラの姿も。
「ただいまー」
「「ファイさん!?」」
2人して黒鋼に俵担ぎされてるファイに驚いているようだ。私も庭先に見知らぬ人がいて驚いてるよ。
そんな私の驚きよりも、もっと驚いている人がいた。
「……蘇麻?」
黒鋼は小さく、庭先にいた褐色の品のある女性に呟いた。まるで久方ぶりに再開した旧友が目の前にいるかのように。
その驚きの影響で持っているものを-----つまり、ファイを落としてしまった。
ドサァッと音がしたと思ったら結構な重量が私に降り注いだ。
『……っぃたたた』
「わーーごめんよーメイリンちゃん」
目を開けるとファイが至近距離にいた。視界いっぱいの金の髪と瞳の宝石のような青。
綺麗だと、最近常々思う。
見惚れていないとは言い難いが、少し見すぎたのか、ファイは首を傾げている。
「これって黒様が読んでた本で、らっきーすけべって言うんだっけー?」
『すっ!??』
ぼふんっと顔がオーバーヒートを起こす。本当に今日はなんなんだよ!
違うだろ!!使い道が違うだろ!!!
「なんでここに!?知世姫も一緒なのか!?
まさか天照も同行してんのか?!」
「あ、あの…」
私の上からファイがズルズルと退いている間に、黒鋼は褐色の品がいいおねーさんに詰め寄っているところだったらしい。
しかし、二度あることは三度ある。
「確かに私は蘇麻です。
でも貴方とお会いするのは初めてかと思うのですが…」
閑話休題。
あれから店先のお客様は夜も遅い、ということで帰っていった。私達は、ファイの手当てもあるからと一旦中へ入り、なにがあったのか互いの報告を聞いた。
「店番お疲れさまー」
「いえ」
一息つきたくて、お茶を用意しようと立ち上がると、サクラが何故かにこりとこちらに笑いかけてきた。
「お茶、準備してたの」
『……そう、ありがとう』
パタパタと走って行き、全員分のティーカップをそろそろ、ガチャガチャと音を立ててゆっくり持ってきてくれた。
危なっかしい所が、また記憶の彼女と重なる。
しかし、私の思いを知ってか知らずか、サクラは先ほどの出来事を思い出したかのように言う。
「蘇麻さん、本当に黒鋼さんの国にいらっしゃる蘇麻さんとそっくりなんですね」
「びっくりしてファイ落っことしたーー!」
「うるせぇ!!!」
黒鋼は、煽るモコナにガッと牙を剥き怒鳴る。
「でも、本当にいろんな世界にいるんだね。次元の魔女が言ってたように"同じだけど違う人"が。-----だったらこれからも会うかも知れないねぇ、前いた世界で会った人と」
可能性は、大いにあるだろう。
私にも、小狼にも、黒鋼にも、ファイにも言える。
元いた所で仲良くしていた人が、次の瞬間敵だったり、顔なじみが剣をむけたり、行く手を阻むこともあるかも知れない。
私は、サクラと小狼の顔を見ながら、そう思った。
小狼がファイの足の手当てを終えたようで、酒場についての話題へと変わった。
「酒場に行ったらメイリンちゃんがいてねー、あ!そうだ!おみやげがあるんだよー」
『あぁ、それならここにあるわよ』
カルディナさんが見繕ってくれた袋をじゅるりと解くと何本かの酒瓶が出てきた。
「そうそうそれそれー。倒れた時割れてなくてよかったー。酒場で買って来たんだぁ、これ飲みながら話そうよー」
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空には満月が登り、外はしんとした優雅な夜が満ちていた。
しかし、我が家はそんな夜とは打って変わり、騒がしく宴会気分が充満していた。
「えへへ」
「うふふ」
「あははー」
にゃーんにゃーんと喧しいファイ、サクラ、モコナは完全な酔っ払いになっていた。
私は前世も今世も未成年な為、お酒は頂いてない。お酒は20歳になってからだ。精神年齢の話じゃなくて、肉体の話な。
「弱いなら進んで酒なんて買ってくるなっ!」
『カルディナさんとお酒選んでる時、黒鋼もノリノリだったじゃない』
ことり、と黒鋼の前に簡単な鶏皮の湯引きを出すと満更でもなさそうに箸でつまんで酒と一緒に食べている。
「でねーー、酒場には美人の歌姫さんと可愛いバーテンダーさんがいたのにゃーん」
「にゃーーんっ。あれ?メイリンちゃんはなんで一緒だったにゃん?」
にゃんにゃんとモコナとサクラが私に詰め寄ると、本当にこういうところが苦手だ。
この顔には強く出れない。
「そのバーに行ったらメイリンちゃんがお歌うたってたにゃーーん」
「にゃんでにゃんでー?」
『バ、イ、ト、よ!!くさい!離れなさい酔っ払い!』
「ピアノ弾いててカッコよかったにゃーー。そのあと、3人でいっぱいお話聞いたにゃー」
「にゃーーん」
「んでねー、オレも喫茶店やってるって言ったらお店の名前教えてって言われたんだけどにゃー」
「まだ決めてないにゃーー」
「あ!あのねー!侑子がお店の名前は〈キャッツ・アイ〉にしなさいってー」
「いいねぇ、猫の目だーにゃーーん」
「にゃーん」
うふふあはは、にゃんにゃんと楽しそうで何よりよ、もう。
私は諦めてお皿洗いに専念していると、玄関先で2人静かに座っていた小狼と黒鋼が鬼児狩りでの今後のことについて話していた。
「おれに、剣を教えて貰えませんか」
とうとう、ここまで来たのか。
忘れさせられたと言っても、ここが〈あった〉のは覚えていた。きっと、小狼にとって重要な事柄なのだろう。
小狼はこれから、黒鋼に剣を教わる。私は何をすればいいんだろう…。
手元で勢いよく流れる水を眺めながら、思案を巡らせる。
「有難うございます!」
「お前もきっちり酔ってんじゃねぇか!!
あと、お前らそれ以上一滴たりとも飲むな!」
黒鋼のツッコミが冴え渡る部屋の中、今はこの穏やかな日々が続けばいいと願うだけだった。キュッと水を止めて、そろそろ寝るか、と思っていたら。
「お前ら全員寝ちまえーーー!!!」
耐えられなくなったのか、黒鋼は私の方に振り向き、肩をがっしり掴む。
「…おい、何勝手に抜けようとしてんだ小娘」
『アハハハやだなー黒鋼!私はただ、お風呂の準備をしに…』
「コイツら、寝かすの、付き合え」
ノー!と突きつけるには余りに勇気が要るような、魔王か鬼かという表情で睨まれれば、さしもの私にも恐怖と同情の念が湧いてくる。
小狼は比較的早く酔いが覚めたようで、風呂に入らせてそのまま就寝した。
問題はサクラとファイとモコナのにゃんにゃんトリオだ。
「おい白まんじゅうちょこまかと…!!」
「うふふのふーーー」
『ほらサクラとファイ、これ飲みなさい』
水の入ったコップを渡すも、いやいやと首を横に振られ、すげなく拒否される。こんの、酔っ払いどもめ…!!
「メイリンちゃーーん」
「メイリンちゃーーーんっ」
『ゔっ、…重い、酒臭い…!!』
2人して抱きついてきて、にゃんにゃんとまた楽しそうだ。お酒はもう飲ませまいと、両腕に重しをつけながらも、2人から酒瓶とグラスを遠ざける。
すると、モコナを捕獲して小狼の部屋に突っ込んできたであろう黒鋼が帰ってきた。
ちょうどいい、どちらか引き取ってもらおう。
『くーろーがーねーー!!』
「あ?…何やってんだお前ら」
『私は!なにも!してないでしょう!
いいからどっちか持って行ってよー!!』
うるせぇなと黒鋼は独りごちりながら、いつのまにか寝て私を抱き枕に寝てしまったサクラを抱き上げた。
「…寝てるヤツ上に運ぶのは難しいだろう。お前はそこのバカを連れて行け」
『…黒鋼が優しい』
「優しかねぇよ。てめぇも早く寝ろ」
愛情の裏返しかよ。今度からおっきいワンコじゃなくて、ツンデレまっくろくろすけって呼ぶぞ。
パタパタとサクラを割れ物のように抱きかかえ、二階へ上がる黒鋼の背中を見送りながら、その後の思案を巡らせる。
『…さて、と。ファイ、あなたもそろそろ部屋に行くわよ』
「えぇーー、もうちょっとメイリンちゃんと飲みながらお話したいー」
『だーめ。ほら、戸締りもしないといけないんだから』
くにゃんくにゃんとおねだりをされるが、知った事か。私は、明日も早起きしないといけないんだから。戸締りをして、お風呂へ行こうと思い、ソファから立ち上がると座っていたファイに腕を引かれて、またソファへ逆戻り。
--いや、戻ったのはファイの腕の中だった。
『あ、あの、ファイ?』
「…メイリンちゃん、今日のステージすごくよかったよ。お歌も上手だったし、ドレス姿だって綺麗だった」
『あ、あ、…ありがとう』
自分の顔が、やけに熱いのが分かる。お酒も飲んでいないのに、顔が火照って仕方ない。
「でも、あんな大勢に綺麗な姿を見せて。…オレ、すこーしだけ、嫉妬しちゃったかも」
『は?』
ファイが嫉妬する意味が分からず、何故?と突きつけようとすると、視界が反転した。
どうやらファイに押し倒されているらしい。
本当に酔っ払っているのか?と疑いたくなるほど、押してもビクともしない。
『ちょ、ファイ、重い!』
「ねぇ、……オレの見えないところに行かないで。遠くに行こうとしないで」
いつもとは違う、低い声。怒っているような、切ないような、願いのような。そんな声が耳を犯していく。ビリビリと、背中に何かが走った。
このわがまま野郎を今すぐ怒鳴りつけたいのに、身体に力が入らない。
ファイの吐息が首元にかかる度、私の力がへなへなと抜け落ちていく気がした。
「オレを、置いて行かないで」
『…え』
気がつくと、ファイは私の首元に埋もれながら寝ていた。
…まじか。え、まさか朝までずっとこの状態?無理でしょ重い。しかも、この状態は、いろんな意味で…。
『…心臓に、悪い』
酔っ払いの戯言だ、と笑ってしまえれば楽なのに。さっきの言葉はどこか真実味を帯びていて、私に向けての言葉じゃないように聞こえた。
(私が闇を祓えたらいいのに)