桜都国/桜花国
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外の騒がしさに違う意味で店内がざわつき出し、これじゃパニックになりかねないと踏んだ私は、備え付けのグランドピアノに手を添えた。
李家のお稽古のお陰でコード弾きくらいは出来るので、ステージ内容を即興で弾き語りに変更する。咄嗟のことだったから、曲は全て前世で培われたアニソンメドレーだ。ただ偶然にも歌詞がいいものを中心にしていた為、結果的にお客さんのパニックも防げたらしい。
何曲かのサビを奏でた後、あの曲へと繋ぐ。
『見つけたいな、叶えたいな。
信じるそれだけで、超えられないものはない。
祈るように、奇蹟のように
想いが世界を変えていくよ。
---きっと、きっと、おどろくくらい』
ラストの曲に相応しい。
思わず口角が上がるくらい、笑えるくらい前向きで、奇跡をずっと信じるような歌は、今でも鮮明に歌えた。
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ワァアっと歓声が上がる中、ファイと黒鋼は〈白詰草〉のバーカウンターでお目当てのバーテンダーと話していた。
「……ねぇ、カルディナちゃん。あのステージの子は?」
「あぁ、オニーサンもあの子気になるんか?
今日の飛び入り前座の若手なんやけど、中々目ぇひくやろ?」
「へぇ~…」
「…いや、あれ小娘じゃねぇのか?」
「アラ、知り合いやったんか。ほな丁度ええから呼んできたるわ」
近くにいたボーイに声をかけたカルディナは、ファイの笑っていない目、などは見ていなかった。
『私に、お客さん、ですか…?』
「ええ、今カルディナさんとお話ししていらっしゃいましたよ。確か、二人組の鬼児狩りの方かと」
ステージ終わりの控え室に、ボーイさんがやってきた。ステージ衣装のままで大丈夫だから私に客だと言うが、鬼児狩りの知り合いなんてそんな居ないし、もしかして黒鋼たちかとも思ったが、小狼は〈白詰草〉に入れる歳じゃないから。草薙さんたちだろうか…?
お仕事の次いでだと思い、身支度もそのままでまだ見ぬお客さんのところへ向かった。
『お待たせしまし、…た!??』
「おぅ」
「やっほーメイリンちゃん」
白と黒の高身長紳士が、そこに居た。
『いや、いやいやいや、あなた達何でここに!?そ、そうじゃなくて、ファイあなた怪我してるじゃない!!黒鋼も酒飲んでないで、こんな怪我人早く持って帰って手当しないと…!!』
「途中からだったけど、ステージ良かったよー」
「お前にあんな芸事が出来たとはな。まぁまぁじゃねぇか」
『いや、話聞けよ!!』
落ち着きぃ、とカルディナさんが奥からりんごジュースをグラスに注いでくれた。一応心を落ち着かせ、仕方なくファイの隣に腰かけた。
『……それで?なんでここに居るのよ』
「ワンココンビが情報屋さんに貰った情報で、このバーに来れば新種の鬼児の情報を知ってる人がいるーって聞いてねぇ」
「途中で鬼児に遭って、こいつァこのザマだがな」
成る程、やっぱりここは当たりだったか。
「それはそうとしてー、なんでメイリンちゃんがここに居るのかなぁ?小狼くん達より少し歳下だったよね?」
『あーー…、今日散歩してたらここの店の人と会ってね…』
今日の経緯(いきさつ)を話す。しかし、ファイが聞いてきたのにも関わらず、どこか生返事で、黒鋼は特に興味もなさそうに酒を煽っている。じゃあなんで聞いたんだよ。
と、何処かへ行っていたカルディナさんが帰ってきた。
「じゃーー、カルディナちゃん。新種の鬼児に会った人の話を聞きたいんだー」
「ちょい待ち。あの歌の後や」
そうして始まったのは、織葉さんのステージだった。
私の時とは打って変わり、他の客達はしんと、静かに、うっとりしながら彼女を見ていた。
形の良い彼女の唇が動き、楽器のような綺麗な音色がマイクを通して、歌になっていく。
「時の向こう 風の街へ。
ねえ、連れて行って
白い花の夢かなえて、甘い指でこの手をとり。
ねえ、遠い道を導いて欲しいの
貴方の側へ。
その歌声絶えない昼下がり、目覚めて二人は一つになり
幸せの意味を初めて知るのでしょう。
連れて行って…-----」
『素敵…』
「…綺麗な歌だねぇ」
しかし、黒鋼にはあまり刺さらなかったらしく、不機嫌そうにまたお酒を煽る。
「何処かへ行きたいなら自分で行きゃあいいだろう。他人に頼まずに」
「黒たんならそうなんだろうねぇ。
俺はずっと待ってたから。連れてってくれる、誰かを…-----ってこんなこと言ったらまた嫌われちゃうねぇ」
『誰かを、……誰かの、助けを待つ…か』
黒鋼のメンタル強さであれば、待つ必要もないだろう。
しかし、現状を打破できずに志半ばで心を折られた人は、もうどうしようもない。どうしようも、なくなってしまうのだ。
自分で呟いた言葉がどうしても心に引っかかりを覚える。
「終わったぞ。鬼児の話を聞かせろ」
「兄ちゃんせっかちやなぁ。っていうことみたいですよ----織葉さん」
カルディナさんがシェイカーから注いだカクテルをそっと出すと、ステージ終わりの織葉さんがそこにいた。
『お疲れ様です、織葉さん』
「ええ。メイリンさんもお疲れさま。ステージ、機転が効いて良かったわ。
新種の鬼児の話だったかしら?」
「はいー」
「奢って下さる?そしたら教えてあげる」
喜んで、と答えるファイの後ろでもっと強い酒を注文する黒鋼に、コイツらはどこへ行ってもコイツらだと確信し、りんごジュースを喉へと通した。
「桜都国の鬼児は、鬼児狩りが誤って一般市民を傷付けてしまわないように、皆異形なの」
「あー、なるほど。それであんな感じなんですねぇ」
「でもね。あの鬼児は人の形をしていたのよ。----それはそれは美しい、男の子の姿だったわ」
話が終わったかのように、カクテルを少し呑み織葉さんはにっこりと笑った。
「お兄さん達が聞きたい話はこれで終わりかしら?」
「そうみたいですねぇ」
『…って黒鋼、あなた何してるの?』
「今晩呑む酒を見繕ってる」
「兄ちゃんイケる口やさかい、ウチも楽しなってきてなぁ」
カルディナさんと黒鋼の間には何本もの種類の違う酒瓶が置いてあった。まさかこれ全部持って帰るの?
『はぁ、もういい。私、先帰るわよ』
「えー、暗いから一緒に帰ろうよ~着替え終わるの待ってるからねーー」
はいはい、と手であしらう様にして私は控え室へと足を運んだ。
1人になると思い出す、昨日のファイのこと。
ダメだと頭を振っても抜け落ちてくれなくて、せめてもの救いが黒鋼なのがどうしようもないが。
『この格好について、ちょっとくらいなんか言いなさいよ…』
ポツリと呟いたその言葉は、お客さんのざわめきとBGMに殺された。
(この気持ちも殺してくれ)