桜都国/桜花国
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結論から言うと、眠れなかった。
あのあと、ファイがこの部屋から出て行ったあと、色んなことを考えてしまって。両目元に黒々としたクマを抱えて、見るからに眠れなかったという顔だ。なんというブス。せっかくお母様が顔だけは良く産んでくれたのに。
一応アジア系の美少女である顔面は、今はとても疲れ顔である。見る影はあるのに、見れたものではない。
まぁ、こんな日が昇ってすぐの時間に誰も起きてるはずはないので、今日は置き手紙を置いて、早々に此処を出る予定なのだ。
考え事と、あとはこの世界の調査のためである。私は記憶を失っているのにも関わらず、この世界に来てからというもの、借りた自宅兼喫茶店の近くまでしか外に出ていないのだ。由々しき事態。
なので、まずは知るところからということで、用意していたこの世界の服に袖を通して、姿鏡のまでくるりと回る。
丈は短いが、動きやすいセーラー服に、可愛らしい黒猫のチョーカー。両サイドにお団子をいつものように作り、赤いリボンで飾る。
可愛いが、クマのせいで最近流行りの病んでいる子にしか見えない。
『……仕方ない、今日はポニーテールにするか』
せっかく二つに結った髪だが、しゅるりと解いて無造作に一つにまとめる。気休め程度に、そこにリボンをつける。
身支度を済ませ、部屋をそっと出る。隣の部屋はまだすーすーと寝息を立てているサクラの部屋なのだ。
こんな夜か朝かもハッキリしない時間には、さすがの黒鋼も起きてはいないだろうから、みんなに気づかれないように、細心の注意を払いながら、抜き足差し足で廊下を通る。
関係ないが、抜き足差し足って言葉、なんだか卑猥だなぁと、本当に関係ないことを考えながら。
この屋敷兼喫茶店は、お客様をおもてなしするホールを抜けてからでないと出入り口にはたどり着けない仕組みになっている。まぁ、お客様がここを出入りするのだから当然だろう。
しかし、今日ばかりはその作りが仇となってしまった。
ホールから見て、カウンター席の奥はキッチンになっているのだが、そこからするはずのない甘い美味しそうな匂いが漂ってくる。
この家で、料理をするのは私を入れて2人。
私はこんな格好だし、残るは悩みの種をばら撒いて逃げやがったあの白い魔術師しかいなかった。
恐る恐るキッチンの方をのぞいて見ると、やはり白い人影が何かをコネているのが見えた。
こんな朝早くに?とも思うが、しかし、ここを通らないと出入り口に迎えない=外に出られないのだ。いっそ、窓から出るか?
部屋に戻って、上からなら窓から出てもバレないかも知れないし。…よし、そうと決まれば。
「おはよー、メイリンちゃん。そんなところで悶々としてないで、こっちにおいでー。いま、パン焼いてるんだー」
『ふぁっ、ファイ!?お、お、おは、よう!』
「はいはーい、一名サマごあんなーい」
突然目の前に登場したファイに驚いているとあれよあれと腕を引かれ、私の目的の場所ではなく、カウンター席の、しかもキッチンを眺めるには最適な席へと連れていかれた。
『わ、わたし、今日は用事がっ!』
「いいからいいからー。さぁ、召し上がれ~」
どんっ、と出て来たのは、ラズベリーのジャムがたっぷり乗せた、三枚重ねのパンケーキだ。お皿の端に生クリームも乗っていて、視覚的にも、そして嗅覚的にも私の疲労と空腹のお腹を刺激する。うっ、素直に美味しそう…。
気がついたら並べられたフォークとナイフを手にとって、おもいっきり頬張っていた。おいしい。しかし、理性が負けた瞬間だった。
『…で、なんでこんな朝から作ってたわけ?』
「いやー、もしかしたらメイリンちゃんが来るかもなーって思って。それに、オレあんまり眠れなかったから」
『ゔ……』
「まー、メイリンちゃんが来なくても、黒ぴょんと小狼くんがあと少ししたら降りて来るしねーー」
『流石の小狼と黒鋼でもこんな時間から起きないでしょう。あの時間からだったら、ほぼ寝てないわけだし』
「まぁそうだね~。てことは、メイリンちゃんも寝てないのー?」
『ふごっ!!!?』
いくら美味しいものでも、気管につまったら苦しい。そりゃそうだ。ゴホゴホと咽せている私に笑顔でどーぞーとお水を渡してくるあたり、咽せるところまでがファイのシナリオだったようだ。こいつ、マジか。
『あ、あのねぇ!言っとくけど、私あなたのことなんて全ンンン然ッ、これっぽっちも好きじゃないんだから!!いっつもへらへらふにゃふにゃだし!フ、ファイより小狼の方が可愛いし、モコナの方が盛り上げ上手だし!そ、それに黒鋼の方が使い勝手いいし…』
「うーーーん」
『それに!それに、……サクラの方が、可愛いし守り甲斐ある、でしょ…?』
なんだこれ、なんだこれ。
自分で言ってて、とても悲しくなる。私は戦いたいのだ。守ってもらう必要なんてない。
なのに、なんでだろう。
「そりゃぁ、守り甲斐はサクラちゃんの方が上かもだけど、オレが守りたいなぁって思うのは、メイリンちゃんだから~」
『っ!』
にへら、と笑うファイの言葉が真剣なのか嘘なのか、分からない。顔に、熱が集まる。
それを必死にバレないように、私は可愛らしいパンケーキをかき込み、水を一気に飲み干した。
『ご、ごちそうさま!!美味しかったわ!!』
「お粗末サマー」
『じ、じゃあ、私これから用があるから』
「うん、気をつけてねーー」
そう言ったファイの視線は、私を捉えて離さなかった。耳に残る熱を振り払うように、私は乱暴に店を飛び出した。
もう、ほんとなんだって言うのよ!!!
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メイリンちゃんが出て行って数時間後、二階からパタパタと可愛らしく慌てた音が聞こえた。
もう一人のお姫様が起きたようだ。
「おはようございます!!」
「おはよーーサクラちゃん」
「ごめんなさい寝坊しちゃって!」
あわあわと髪を手櫛で整えている姿を見ると、なんだか微笑ましく感じる。
そんな彼女のために、優しい紅茶を入れてあげることがオレに出来る事だろうと、ぬるくなった紅茶を入れ直す。
「大丈夫だよー。まだお店開ける時間決めてないしぃ。それにサクラちゃんはまだ本調子じゃないしねーーー」
「明日はちゃんと起きられるように頑張ります!!」
「応援してるよーー」
「あの、他のみんなは?」
「メイリンちゃんは何処かにお出かけ。あとのみんなは市役所行ったよーー。昨夜また鬼児が出て、それやっつけたから報酬もらいにーー」
「昨夜ですか!?」
ひどく心配した表情のサクラちゃん。そりゃそうだ、自分の寝ていた時に小狼君達が危ない目にあってるかもしれないんだから。
「また怪我したんでしょうか?」
怪我、ではないが小狼くんは手に負えないような傷を抱えてる。そこが、隙であり彼の強みなんだろうけれど。
「…心配?」
「……はい、小狼君はわたしの記憶を探すために頑張ってくれてるのに、わたし、何もできないから…。それに、小狼君時々、すごく独りに見えて………」
寂しそうで、ものすごく心配しているんだろう。しかし、自分ではどうすることもできない。サクラちゃんを見ていると、最近の自分と何故か重なるような気がする。
-----メイリンちゃんを、無意識のうちに目で追っている自分と。
けれど、決定的な違いはオレがサクラちゃんみたいに、率直に自分の気持ちが言えないことだろう。ごっこ遊びのように、誤魔化し、はぐらかして、騙し騙しじゃないと。
「……ほんと、さすがだねぇー」
「へ?」
「何もできないことなんてないよ。
笑ってあげてよ。サクラちゃんの笑顔が、小狼くんのごちそうだから」
そんで、サクラちゃんのごちそうはこっちー、とメイリンちゃんが今朝食べていったパンケーキセットをとん、と前に出すとぱぁあと明るい笑みがこぼれる。
こんな仕草ひとつ取っても、サクラちゃんの可愛らしいと、メイリンちゃんへの可愛いの矛先は違っている。そう、再認識させられた。
「ワンココンビもそうだけど、いつ帰ってくるんだろうねー…」
(気持ちの行方)