桜都国/桜花国
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あの小狼とサクラを見てしまって、自分の不甲斐なさに嫌気と吐き気がした。慌ててあの場を後にして、私は自室に籠ることしかできなかった。下で窓ガラスが割れた音がしたが、そんなこと気に留めてられる状態じゃなかった。
『なにが〈原作〉を壊すよ!!
なにが、みんなが涙を流さないようにするよ!!!全部全部ッ、……私はなにも出来てない…』
こうやって泣いて、自分の愚かさと無力さに頭を垂れることしか出来ない。私は、ここにいる意味があるのだろうか?
足枷にしか、…いや、私がいても足枷にすらならない。まるで、意味がないんじゃないだろうか?
『……そうだよ。私はこの旅に、いらな』
「メイリンちゃん」
ーーー声が、した。振り向くと、月明かりがスポットライトのように彼を照らしていた。それはまるで、暖かく、白く、尊い救いの光のような。
『……どう、したの』
「あの時小狼くんの部屋を覗いてたの、オレと黒様だけだと思ってたんだけど、後ろからメイリンちゃんの魔力の匂いがしてさ。
なんでかなー?って思ってメイリンちゃんの部屋覗いたら、……泣いてたの?」
『……ッあな、たに関係ないわ』
「あるよ。だって、目の前で好きな女の子が泣いてるんだから…。見過ごせるわけないでしょ」
にっこり笑ったその顔は、いつもなら憎たらしく感じるものだった。けれど、今の私はそれにしか縋りつけるものがなかった。何かに寄りかからなければ、私は私をダメにしてしまう。
頭を撫で付けるファイの手に、救われてしまった。私が救わなければいけないはずの人の、優しい手。愛おしいと囁くような撫で方をされるものだから、調子に乗って振り解けない。
傲慢で、とてつもない驕りでしかないのに。彼は私なんか必要ない。プラスαな、私なんか。
『…ありがとう、もう大丈夫よ。小狼達を見て、少し心が乱れただけだから』
本当のことだ。けれど、少しなんてどころではない。山の天気のような荒れ模様だし、海の嵐にも負けない程だった。
しかし、私は体裁を保つのに必死で、まるで来ないでと線引きをしている子供みたい。そんな自分が、ひどく小さく見える。
ファイも今の私が怯えている子供に見えたのだろうか。ぐっと私の腕を引いて、胸の中に閉じ込めた。
「大丈夫だよ、だいじょーぶ」
『……えっ、と、ファイ?』
「怖かったんだね、でも大丈夫だから。オレ達はそんなヤワじゃないし。
黒ぷーなんて殺しても死ななそうだし、小狼君はちょっと危なっかしいけど信念を通すまで死ななそう。オレはもともと死ねないし、モコナもサクラちゃんも、ちゃんと強いよ」
そんなの知ってる。黒鋼も小狼もサクラもモコナもファイも、みんなが強いのは私が一番よく分かってる。
『だから、…だから私はいらないの!
私なんていなくても、十分この旅は成立するの!!』
「……怖かったんだね」
離れるかと思った腕は、さっきよりも強く私を手放そうとはしなかった。
「辛かったね、怖かったねぇ。気付いてあげられなくてごめんね。今はオレしか居ないから、なぁんにも怖がらなくていいんだよ」
『……何よ、それ』
「メイリンちゃんはね、いつもみんなの心配をしてくれた。阪神共和国では小狼君を。高麗国では春香ちゃんと、オレ達を。そして、ジェイド国ではサクラちゃんを。
そんなメイリンちゃんがいるから、みんな無茶しても帰ってこようと思うんだよ。不思議だねー、最近知り合って旅しだしたばかりなのにーー」
『私は前も言ったわ…。戦いたいの。待ってるだけ、守られるだけの、お姫様じゃない…』
「分かってる。守られてるのはオレ達だ」
『強いから安心しろとか、守られてるとか言ってることが無茶苦茶よ…!』
それでも私のことを、受け入れてくれているような気がした。
『もう先のこと分からないのよ!!サクラのことも小狼のことも、黒鋼もファイもモコナも守ってあげられない!!みんなを痛みから守れないのよ!?』
「それでも、傷付いても精一杯ついてきてくれるんでしょ?だったらだいじょーぶ」
だいじょーぶ、だいじょーぶと繰り返すファイに、木之本さんがひどく重なった。彼女がいつも口にしていた“無敵の呪文”。絶対大丈夫だよ、とかそんな根拠のない自信どこから来るんだって、いつも思ってた。けれど今やっと分かった。その言葉そのものが自信になって、伝えた人に暖かさと勇気をくれるんだ。
胸の鉛が、すうっと軽くなる。
『……なんにも知らない、私でもいいの?』
「オレ達のことを知ってくれるなら」
『魔法も剣も使えない、この身一つしかないわよ?』
「オレ達のために使ってくれる手のひらでじゅーぶんだよ」
『いっぱい、いっぱい迷惑かけると思うわ』
「いいよー、どんどんかけてよ。オレもサクラちゃんも小狼くんも黒わんもモコナも誰も、嫌だなんて思わないからーー」
嬉しすぎる言葉の数々に、錯覚しそうになる。私は、あくまで追加要員で。プラスαで。本当は関与しない存在で。本当は、〈李苺鈴〉でもないくせに。強がって、欲しがって、構って欲しいだけだ。
『……それでもいいのかな、』
「いいよ。
オレはメイリンちゃんがなにをそんなに怖がってるのか、きっと説明されても理解できないけど。少なくともオレは今の、そのままのメイリンちゃんが好きだよー。
強くて、たくましくて、可愛くて、心配性で、凛としてて。ちょっと乱暴で口調はキツくて、…けれどとても傷付きやすくて、脆くて、1人で生きていけそうなのに、すぐ消えてしまいそうな、メイリンちゃんが」
『…それは、褒め言葉ではないわよね?』
「いやいや、女の子はちょびっとくらい隙のある方がいいよー。次元の魔女さんとか隙無さすぎるからー」
『……ふふっ、あははは!』
ファイの精一杯の言葉に、心を動かされてしまった。尽くしてくれた言葉が七色の宝石のように、胸いっぱいに広がって、キラキラ輝いている。あんなにふにゃりと笑う笑顔が苦手だったのに、今はすごく安心する。
私は、ばしん!!と自分の頬を叩き、改めて彼と向き合う。
『……心配かけて悪かったわ、ごめんなさい。私はもう、大丈夫』
「あららー、立ち直るの早いねー。弱ってるメイリンちゃんも可愛かったのになーー」
『あなたは私を元気にしたいのか、落ち込ませたいのかどっちなのよ!』
「あははー。
あ、そーだ、下には降りて来ちゃダメだよー。鬼児狩り2人が物騒なお客サマと交戦中だから」
『あ、あの音!やっぱり!』
「…だいじょーぶだよ。鬼児は鬼児狩りに任せて、メイリンちゃんはさっきの返事考えててー」
それじゃあおやすみーと、考える暇を与えず私の頭を一つ撫でて、ファイは部屋を出て行った。鬼児についてのことはもう頭からすっぽり抜けており、最後の返事?について悩ませることしかできない。
頭をよぎるのは、「オレはそのままのメイリンちゃんが好きだよー」だとか、「好きな女の子が~」という台詞の数々。仲間としてとか、またはからかわれているのかとも思ったが…。
『え?あれ本気なの?本気のアレなの??え、え!??』
李苺鈴、齢14。
どさくさに紛れて、初の告白をされたかもしれない。さっきまで青かった顔は、沸騰しそうに赤くなってしまった。
(アオからアカに)