桜都国/桜花国
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あれから月が昇ったあと、小狼と黒鋼は一度見回りと称し、2人で外へ。
残ってしまった私とサクラとファイはカフェ開店の準備をしていた。
とは言っても、昼の運び込みで大体終わっていたので、そこまで手をつけるところはなく、カーテンの設置や椅子の配置くらいなものだった。
「ごめんなさい、メイリンちゃん。椅子全部運ばせちゃって」
『いいわよこれくらい。
私の代わりに、小物類やってくれてたんだし。それに、サクラにやらせたら運びながら寝そうだしね』
「はう…」
「にゃーん、にゃーん、にゃにゃーん」
「ファイさん、さっきから何してるんだろう?」
『さぁ?看板は作り終わったから、遊んでるんじゃない?』
ファイのことを視界に入れると、どうも昼間のことを思い出してし顔が熱くなる。あれは、きっと、全然、そんなんじゃないのに。
そんな私の思考を遮るように、出入り口のドアが怒号と共に乱暴に開かれた。
「てっめーーーー!!」
「おかえりー」
「お、おかえりなさい」
『おかえり、小狼』
「た、ただいま」
怒っている黒鋼を待ってましたと言わんばりに鬱陶しい笑顔で出迎えるファイ。そして、それにわたわたする小狼もサクラ。この光景もパターン化されつつあるな。
「よくもっ…、妙な名前つけてくれやがったな!」
「市役所の子が偽名でもいいって言うからさー、でもこの国の字わかんなくてーー。これ描いてー『おっきいワンコ』と『ちっさいワンコ』にしてもらいました~」
ばーん!と出してきた紙には大きい黒い犬と、耳がヘタっとしてる小さい可愛い犬が描いてあった。何となく黒鋼と小狼に似ている…。
さては、絵心があるな?
「で、オレはこれでー、サクラちゃんはコレー。『おっきいにゃんこ』と『ちっこいにゃんこ』でーす」
さらさらー、と今度描いて出てきたのは黒くてふてぶてしそうな大きな黒猫と、サクラのような目がくりくりの小さな白猫の絵だった。
うん、やっぱり似てる。
「だから喫茶店の看板もニャンコにしたんだー。でも、メイリンちゃんだけ自分で書いちゃって~、メイリンちゃんだけにゃんこじゃないんだよーーー?」
『いや、不服そうな顔されても…』
私のこういう嫌な予感は的中することが多い。なので今回も自分で書いて提出したのだ。
しかし、私はもう一つ予想立てていたことをすっかり忘れていた。
そう、黒鋼がブチ切れる、ということだった。
「そのワケ分かんねぇ事しか考えねぇ頭と、小娘の頭ん中カチ割って綺麗に洗ってやる!!」
「きゃーー、おっきいワンコが怒ったーメイリンちゃん逃げろー」
『刀あぶなっ!!なんで私も!?』
ファイに手を引かれながら逃げ惑う。こんなに騒いだらご近所迷惑だろうな。今度お詫びも兼ねて挨拶回りに行こう。
そこへ、からんからんと小狼達が連れてきたのか、二人組の初のお客さんが訪れた。しかし、黒鋼が追ってくるから顔が見れない!
「うまそうな匂いだな」
「チョコケーキの試作なんですー」
『そうそう、開店は!明日からだけど!食べていって、ください!
…あーもう!!避け辛いし喋り辛い!』
「「よろこんで!!」」
と、やっぱり二人分の声が聞こえた。ていうか、ようやくちゃんと顔が見れた。大きな、それこそ黒鋼くらい大きな男の人と、私より少し背の高いボブカットのセーラー服を着た可愛い女の子。その横には大きな犬を携えていた。
お菓子とか料理は、万国共通だったみたいで、ファイにはそれなりの知識があったらしい。しかし、フォンダンショコラの作り方自体は知らなかったので、昼間送られてきた余り物を食べながらレクチャーして出来たものを出した。我ながら、うまく教えられたようだ。
甘い匂いが充満して、幸せな気分。
セーラー服の女の子、猫依さんはジタバタしながらおいしーと絶品してくれた。
新鮮な反応で、思わずほころんでしまう。
『サクラ、これ猫依さんと志勇さんに持って行ってあげて』
「う、うん!」
淹れたての紅茶を動く度にカチャカチャと音を立てて不安そうに持っていくサクラの姿を見て、なんだか木之本さんを思い出した。そういえばあの子も、よく月城さん相手だとカチャカチャと音を立てて持って行ってたような。懐かしい。
「紅茶、ありがとう!」
「メイリンちゃんが淹れてくれたものだから、美味しいですよ」
『お店とかで出すのは初めてだから、もしよければ感想とかお願いします』
「……美味しい!さっきの避け方も、紅茶の入れ方も教えて欲しいくらい!」
『ふふ、ならよかったわ』
猫依さんは、一息つくと隣でじっと見つめていたサクラに声をかけた。
なんだか、柔らかい雰囲気だな。
「桜都国には来たばかりなんですね」
「はい、昨日。だから、あんまり詳しくないんです」
「着いた夜いきなり家宅侵入されたり、メイリンちゃんがお風呂溢れさせたりして大変だったよー」
『それは言わなくていいの!』
「そういえば、市役所の子が鬼児のこと説明してくれた時に言ってたんだけど、〈段階〉ってなにかなぁー?」
「鬼児の強さはイが一番上で、ロ・ハ・ニ・ホ・ヘ・トと、下がっていくんです。それを更に五段階で分けていて。例えば、ホの一段階だとホのランクで一番強い鬼児。ホの五段階だとホのランクで一番弱い鬼児ってことですかね」
「と、言う事は、一番強いのは『イの一』」
「そう!鬼児狩りはみんなそのイの一段階の鬼を倒すため日々頑張ってるんです!」
『へぇー』
なんだか、本当に昔お母様に隠れてしていたネットゲームみたいだなぁ。
「てことはーー、昨日うちに来たハの五段階ってのは中間よりちょい上くらいー?」
「そりゃ妙だな。家に侵入できる鬼児はロの段階以上なんだが…」
神妙な顔つきの志勇さんを横目に、これはなんだかきな臭いところに来たなぁと思っていたら、さっきまでお利口に座っていたワンちゃんがピクリと動き出した。
「鬼児が近くに出たみたい!」
『そのワンちゃんが教えてくれるの?』
「そうなの!
あ、メイリンさん、すごくおいしかったです!」
「ごちそうさん、幾らだ?」
「今日はサービスでー。また来て色々教えて欲しいなぁー」
「おう、是非寄らせてもらうよ」
『お待ちしてますね』
「またね!」
「また」
そうして、初めてのお客さんは帰っていった。あの子がサクラの友達になれば、サクラはもっと優しくなるのだろうか。木之本さんのような、そんな子になるのだろうか。
「もう常連さん候補出来ちゃったねぇ、『おっきいワンコ』」
『あ、私しーらない』
ファイが煽るから黒鋼がまた刀を抜いた。さながら幕末の武士のように。なんだよもう、勝手にやってろ。私はお皿洗いしてるから。
ジャーと水を足して数分も経たない間に、ふと、小狼はモコナに尋ねた。
「モコナ、羽根の波動は?」
「感じるけど、やっぱりすごく弱い…。場所までは分からない」
「鬼児狩りは情報を得るのに有利だそうだ。きっと色々聞けると思うよ」
『そうね、私達もカフェのお客さん達から聞いてみるわ』
「モコナもがんばってキャッチする!」
小狼の励ましで元気になったモコナがとても微笑ましくて、私はサクラの方にまで気が回らなかった。
その晩、もう就寝にも近い時間に、サクラが小狼に飲み物を持っていきたいというので、ホットチョコレートの作り方を教えた。これは偉直伝だから、どこの国の人でも間違いない味だろう。
「ありがとう、メイリンちゃん」
『ええ、この借りは高くつくわよ』
「えっ、え??」
『ふふ、冗談。サクラももう休みなさい』
よく寝るサクラに、就寝の催促をして、戸締りの確認の後、私も部屋に足を向けた。
すると、なぜか小狼の部屋を覗くファイと黒鋼の姿があり、思わず隠れてしまった。
「なんだ、今のは」
「対価っていうのはそんなに甘くないってことだよ。誰かがサクラちゃんと小狼君の間にあったことを彼女に教えても、サクラちゃんの中ではその情報は、すぐに消去される」
どくんと、胸が嫌なくらい跳ね上がったのを感じた。そうか、サクラは一度自分で思い出そうとしたんだ。阪神共和国で、小狼に知らない人と言ったことを悔やんで、謝りにきたところ。
…また、忘れていた。
誰かが私の記憶を封印した、ということは分かったはずなのに、忘れていたことがショックで仕方ない。
小狼が、サクラが傷つくのを防げなかった自分が悔しい。ぎゅっと握りしめた拳に爪が食い込む。
「小狼君は分かってたのかもね、こうなるって。羽根を探してサクラちゃんが記憶を取り戻して、小狼君との関係に疑問を持っても、差し出した対価は戻らないって」
「だからガキは姫に言わなかったのか。以前、自分と姫がどういう関係だったのか」
「それでも“やる”って決めたことは“やる”んでしょう、彼は」
そうだ。その気持ちだけは変わらない。やると決めたらやる。そして、その所為で自分が傷つくことを厭わない。茨があると知っていても、そこに裸足で踏み込むような、そんな小狼だから、癒えることのない傷を負わせたくない。
(忘れない痛みはない)