桜都国/桜花国
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さっきより晴れ渡った心模様に、くすりと笑いながら先ほどファイから渡された袋の中身を取り出す。
出てきたのは、椿柄の和服と少し短めの袴型のスカートだった。帯を結び、その上から椿がモチーフの帯留めをベルトのように付ける。
可愛らしいリボンも入っていたので、ありがたく髪留めに使う。
履物は黒の編み上げブーツで、なんちゃって大正ロマンの出来上がり。
『…ふぅ、中々動きやすくていいんじゃない?』
一度回し蹴りをしてみても、引っかかったり躓いたりしない。
ファイにしてはナイスチョイスだと、思わず笑みがこぼれた。スカート丈も色合いも、私好みのものだった。
「メイリンなんだか嬉しそう!」
『あら、おはようモコナ。…って、別に嬉しくなんてないわよ』
「そーお?モコナには、メイリンがうふふーってなってるように見えるの!」
『なってないってば!
もぅ、モコナは小狼達のお手伝いして来て!』
はーいなんて言いながら、モコナはぴょんぴょんと器用にドアを開けてみんなのいる場所へと戻って行った。一息着いてから、私も手伝いに向かう。
少しして蒸気のシューという音と共に、ふわりとお茶の香りが鼻の前を通った。その香りに誘われた、というわけじゃないけれど、ここは素直に戻るとする。
みんなのいる場所へ向かうと、昨日はあった淋しくも広々とした部屋は丸いテーブルや、お店の様な立派なカウンターが鎮座しており、まるで違う場所みたい。
びっくりして、立ち止まっていたら、お茶の準備をしていたファイが私に気がついて話しかける。
「あー、メイリンちゃん似合ってるねー」
『…ありがとう。これ動きやすくて、中々気に入ったわ』
ひらりと回って動きやすさを見せると、なぜかファイのにやにやが更に増した気がした。
何故だろう。
ふと、回ったついでに見えたソファでまだ眠りについているお姫様が目に入った。笑みと、呆れた吐息が口から漏れる。
『魂が同じなら、寝坊ぐせも同じなのかしら』
「…ん~~、あともうちょっとだけ」
『もうそろそろ起きたら?お姫様』
「あれ…?メイリン、ちゃん?
それに、…お茶の香り?」
鼻を掠めるお茶の香りが目覚まし時計になったのか、お姫様は案外すんなり体を起こした。そうして、先ほどの私の様に、この光景に少し固まる。
起きたお姫様に一番最初に反応したのは、やはり小狼だった。
「目が覚めましたか?」
「はい、あの、これ…」
「昨日、鬼児を倒して市役所で貰ったお金で用意したんだよー」
『それじゃあ、昨日の化け物って中々のものだったのね』
「そういうことー。それでね、服もこの国のに着替えたんだ。
でも黒るんのそれ、どう着るのかさっぱり分かんなかったよー」
「こりゃ袴だろ」
「黒鋼さんの国は、そういった服装なんですか?」
「まぁ、近い感じではあるな」
「てことは、メイリンちゃんの国もそうだったりー?」
『あるにはあるけど、ちゃんとしたものは私も着たことないわ』
今の服装もなんちゃってだし。
袴の人もいれば、小狼は学ラン、ファイはバーテンダーの衣装だった。
少し近代的だけれど、基本的には洋服の導入が始まった大正あたりの服装、文化だろう。
異世界というのは、こうも文化が違って、しかし私の常識を抜けないものなのか。まぁ、私自身忘れているだけなんだろうけど。
「あのね、オレここで喫茶店やろうと思ってー。お客さんから色んな情報聴けるって、市役所の子も言ってたしー」
「モコナもそれするー!」
「ってことで、サクラちゃんも一緒にやろうよー」
「はい、頑張ります!」
「うん、頑張ろうねー。メイリンちゃんはー…」
いつものにっこりと嫌な笑みで、けれど、どこか私に気を使ってくれているのだろうその笑顔を向けるファイの言葉に、私はやんわりと笑顔を作った。
『そうね、一緒にやろうかしら。
2人じゃ回りそうにないし』
「…そっか。じゃ、さっそくサクラちゃんはお着替えだー」
「えっ?えっ?」
「あ、でもサクラちゃんコレの着方分かんないかな?メイリンちゃん分かるー?」
大きな袋を、私の方へ傾け中身を覗かせる。中には正しく大正ロマンの女給さんの服が入っている。
これなら、割といけるかも知れないと踏んだ私は、頷いてみせ、ファイから袋をぶん取ってお姫様の手を掴み、また私の部屋へ舞い戻った。
「え?えっと、メイリンちゃん?」
『ほら、お姫様。その格好じゃ喫茶店なんて出来ないわよ』
「あ、うん、えっと」
着実にお姫様を着替えさせていって、最後にエプロンをつけると、立派な女給さんの完成だ。うん、大正ロマンって素敵だ。
『よし、これなら大丈夫ね』
「うわぁ…!ありがとう、メイリンちゃん!」
『…別に、これくらい普通よ。
その姿、小狼に見せて来たら?』
うん、とうきうきで行くのかと思いきや、お姫様は私の手をそっと握りじっと私の瞳を見つめる。
突然の行為に、戸惑いを隠せないでいるとお姫様は口を開いた。
「あのね、……サ、サクラって呼んで欲しいの」
『……へ?』
「メイリンちゃん、この前ジェイド国でわたしのことサクラ、って呼んでくれてたでしょ?でも、今はお姫様に戻ってるから」
『…そう、だったかしら?』
「だから、これからもお姫様、じゃなくてサクラって呼んで欲しいなって」
真剣な眼差しに、少し迫力負けしながらも、私がどうしてお姫様呼びだったのかを思い出す。
そうだ。元は、木之本さんとこの子を区別するように、嫌味交じりに呼んだのが初めだった。この子が小狼に絶望を呼ぶから、私はせめて嫌味で呼んでやろう、と。
しかし、ジェイド国で幽閉された時、嫌味なんて言ってられる余裕もなくて、この子があの子みたいに強くないなんて思うことも出来なくて、私はいつの間にかこの子を〈サクラ〉と呼んでいた。
あんな子大っ嫌いだったのに、今では私の中の〈サクラ〉という名前は、こんなにも強い象徴になっているだなんて。
「やっぱり、いやだった?」
『………サクラ。の方が呼ぶの短いし、そっちの方が楽かもね』
「っ!!ありがとう、メイリンちゃん!」
『ちょ、暑苦しいから手をそんなに握らないでちょうだい。もう、ほら行くわよ』
入る前とは違う距離で、私たちはこの部屋を出た。
扉の前にはファイとモコナ、そして心配そうに立っている小狼の姿があった。
「…あ、あのメイリンちゃんどこもおかしくない?」
『私が着せてあげたんだから、大丈夫に決まってるでしょ?』
サクラは私の言葉を信じたのか、恥ずかしがりながらも小狼の側へ駆け寄り、私に投げかけた質問と同じものを小狼にも投げていた。小狼から返ってくるのは首を横に降る動作だけだけれど。
そんな微笑ましい状況を眺めていると、隣のファイも私を私と同じ目で、微笑ましいものを見る目でこちらを見ているのに気が付く。
『なにかしら?』
「いや、メイリンちゃんは喫茶店手伝ってくれないと思ってたから」
『サクラみたいなフリフリ着るのは御免よ。動きにくいったらないわ』
「さっきまでお姫様って呼んでたのに、呼び方サクラになってるねーー」
『っ!そ、それは、サクラにお願いされて…。そ、それに、そっちの方が短くて、呼びやすいから、だし…』
「あはははー、素直じゃないなー。…やっぱり、メイリンちゃんは鬼児狩りとか、戦いに行く方が良いのかな?」
にこにこと笑うファイの目元は、やはり笑ってはいなかった。
またあの目だ。気に入らない、探りを入れるような目。嘘の仮面。探っても面白いものはなにもないっていうのに。
『私、素直じゃないの。だから、答えてあげない…って言うつもりだったけど、服のお礼で一つ答えてあげてもいいわ』
「それはそれはー、恐悦至極」
『……私は戦っていないと、忘れちゃいそうだから闘いたいし、強くなりたい。…けど、たまになら、のんびりするのも悪くない、と最近思うこともあるわ』
「…メイリンちゃん、君はいつの間にそんな顔をするようになったのかなぁ?」
『そんなって、どんなよ』
「暖かくて、木漏れ日みたいな…」
なんだか、ファイから目が反らせない。サファイアブルーの瞳は、私の赤い目線を奪い、伸びる手が私の頬を捕らて離さない。
ファイの白くて綺麗な顔が近づいてきて、あと数センチ。お互いの吐息が顔にかかってしまうくらいの距離でーーーーその時、テーブルの上に乗っていたモコナの口からごばぁっと何かが飛び出て来た。
はっとする私達が飛び離れたのは、一瞬だった。ファイは先ほどの雰囲気を振り払いモコナに近寄る。
……その先を想像してしまう私とは、まるで違う。
頬を赤く染めた私以外は、モコナの口から出てきた魔女からの贈り物に夢中だ。モコナが言うには、フォンダンショコラというお菓子らしい。説明を聞く限り、とても美味しそうだ。きっと四月一日くんが作ってくれたのだろう。
うん、もうさっきのことは一時忘れよう。もしかしたらゴミが付いてたのかも知れないし。
ファイは、お茶にしようと紅茶やティーカップを人数分用意していた。
手際がいい…。私も頭の中に焼き付いた光景を振り払って、お皿を慎重に運ぶサクラを手伝うことにした。
(ドロドロと、溶けてなくなればいい)