玖楼国
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チチチチと鳥の鳴き声が聞こえる。ぱっと目が覚め髪を解かして、部屋を出ると丁度小狼達も身支度を済ませて出てきた所だった。
「メイリンおはよ!」
『おはよう、モコナ』
「おはようメイリンちゃん」
『…おはよう、ファイ』
おはようと言えばファイは優しく笑う。あまりにも綺麗で、少し泣きそうになった。
しかし、段々と家の異変に気が付き始めた一行は徐々に警戒を強める。
極め付けは、黒鋼の言葉だった。
「料理が…」
「ないね、パーユ。食べたかったの?」
「違ぇよ。あの親子の昨夜の様子で、朝飯も用意してねぇってのは妙だと思っただけだ」
「……確かに」
「何かあったのかな」
弾かれたように小狼は家を飛び出し、辺りを見回すが昨日と変わらない穏やかな町並がそこにあるだけだった。そう、そこに、ずっとあるだけだ。
警戒しながら歩く小狼の前で、一人の少年が転びそうになる。咄嗟に手を掴んで助ける小狼に、私はぎり、と奥歯を噛み締めた。
「ありがとうお兄ちゃん!旅の人?」
「…あぁ、」
「ほんとにありがと!
玖楼国はいいとこだよ!」
皆が楽しそうに暮らす日常は、あまりにも尊く、そして儚いものだ。
その儚いものを己の手で壊す選択を強いられるのは、とてもじゃないが耐えられない。
ぎゅっと痛くなった胸を手で押さえた。
しばらく歩くと昨日と同じように店先で手を振る少年とその母親が小狼へお礼を言う。
本当に寸分違わず同じ光景に、一行は眉を歪めた。
「その格好、異国の人かい?」
「なんだか4人とも随分変わった服装だね。
それぞれ別の国から来たのかい?」
「いいねぇ」
「あの子だけじゃない。みんな昨日と同じことをずっと話してる…」
全員同じ事を繰り返す町を染め上げる夕陽は、また暮れようとしていた。
「へんだよ…。モコナ達起きてまだ全然時間経ってないのに」
それでも話は進む。
親子は私達を快く泊めてくれるし、晩ご飯をご馳走にもなる。何の違和感もなく、町の人たちは流れるように時を進めていく。
「…ごちそう、さま」
「お母さんのね、パーユも美味しいんだよ」
「パーユって…」
「これ!中にね、市場で売ってるうちのリンゴが入ってるの」
「だよね。あのね、それ昨日も…」
少年は昨日と変わらず、モコナと自慢のパーユの話をする。すんなりと、そうであることが当然のように、必然のように。
小狼へリンゴを手渡し微笑むのだ。
お母さんは明日の朝食にどうぞと笑い、私達の寝床を準備してくれた。昨日と同じように。
けれど、警戒を怠らないファイが、今夜はメイリンちゃんも一緒の部屋で、と母親に希望して、昨日私が寝た部屋に小狼とモコナを。
小狼達の部屋に、私とファイと黒鋼を割り振った。
一旦、物事を整理するために同じ部屋に集まった。ただ、私はみんなの顔が見れずに目を伏せた。
「……やっぱり繰り返してるね」
「1日すべてじゃない。夕方から夜までの数時間だ」
「繰り返してたとしても、モコナ達が来たから何か変わっちゃったんじゃないかな?
この家の子は、小狼がいなかったら転んでたかも」
………心臓が、痛い。
「何の為にこんなことしやがる」
「分からない。
けれど、飛王の策である可能性が高いね」
小狼と、黒鋼の目の色が変わった。
そりゃそうだ。どっちも仇であることに違いないのだから。
「もう一日確認してみる?
明日も同じ時間を繰り返すか」
「…あぁ」
小狼が頷き、明日の指針も決まった為今日はお開きとなった。小狼とモコナにおやすみ、と告げると元気のない返事が返ってきた。
モコナは相当応えているようで、またちくりと心臓が痛くなる。
マントを掛けて、手袋を外すファイへ黒鋼は訝しげな様子で声をかけた。
「…昨日と違って、小僧達と部屋を分けた理由は何だ?」
「メイリンちゃんには話があったからだけど、黒さまは気付いてると思った」
「……」
「気付かれてると分かってると思ってたけど、が正解かな?」
厳しい顔で黒鋼の外套を捲ると、義手の接続部分から血が滲んでいた。眉間にシワが寄るのは痛がらない黒鋼の痛覚を勝手に想像してしまったから。ただでさえ慣れない義手だ。
神経を繋ぐのも、あの見た目では肩まわりを動かすときでさえも痛いだろうに、黒鋼は表情を殺した。
しかし、黒鋼を餌として吸血鬼化したファイにも、“知っている”私にもそれは意味をなさなかった。
滲んだ血を指で掬い、血色の薄い舌で舐めとった。話には聞いていたし、勿論“物語”の中でも大きな事柄だったので覚えているが、こうまざまざと血を舐めとるファイを見ると、どうして私があそこに居なかったのか、と奥歯をギッと噛み締める。
今も燻り続ける後悔が、私の中でまた揺らめく。見たくない、見なくちゃいけない。
私の、背負えなかった罪を。
「…義手が、合わないのか?」
「動くから問題ねぇ」
「……昨日より痛むか?」
「答えろよ。それで繰り返してる時間の中で、オレたちの時間が進んでるのかが分かる」
痛みを必死に押し殺していた黒鋼に、躊躇なくファイが切り込んだ。
心配は勿論だが、放置していた怪我の痛みが増していれば“切り取られた時間”の中で、私達ごと巻き戻っていて記憶だけが続いているのか、私達は戻らず玖楼国の町の人たちだけが巻き戻っているのかが分かる。
その理論に納得させられた黒鋼は、嫌々痛みが増している事を是とした。
すると、ファイは黒鋼の頭を思いっきり殴ったのだ。……物凄い音がした。
「痛いなら最初からそう言え、馬鹿」
「ってっめ!!」
「一緒にいたら隠しきれない事の方が多い。
後で知ったら小狼君もモコナももっと辛い」
辛そうに表情を歪めるファイは、伏し目がちにこちらを見た。
これは、私にも言っているのだろうな。その考えがすとんと落ちてきた。
咎めるような、哀しいようなサファイアブルーの眼差しが私の胸を刺す。
「メイリンちゃんも、何か隠し事……いや、オレ達に知られたくないと思ってることあるでしょ?」
『あるわよ。…でも、それは言わない』
「言えない、じゃなくて言わないんだね」
『…そうね、言わないわ』
「じゃあ、これだけでも否定して?
自分を犠牲にしても、オレ達を“よくないこと”から守ろうとか、考えてないよね?」
ファイの言葉と声色が、嫌でもピッフル国を思い出させる。慣れない殺意に押し潰されそうになりながら、“みんなのため”に身を犠牲にして戦っていたあの時。けれど、サクラに泣かれて、ファイと黒鋼に怒られて。小狼とモコナは優しかった。
懐かしさと、今から襲いかかるであろう恐怖に視界が霞んだ。それでも安心させたくて、笑ってみせる。まだ、大丈夫。
絶対泣いたりしない。
すると、目の前のファイは瞳を激情で染め上げ、私のおでこに思いっきりデコピンをかました。
『ぃっっ!!?
な、な、なにすんのぉ!!』
思わぬ衝撃に、溢さないと決めていた涙がちょろっと出た。ぺちんって言わないデコピンってあるんだ…。
いや、これは恐怖だとか不安だからじゃない。痛みに対しての生理的な涙だ。なんて、心のどこかで言い訳が聞こえる。
「……キミは、もう少し残される人の気持ちを考えてくれ」
『なによ、それ…』
「まだ懲りてないみたいだからね」
「おまえが言うか」
「…オレだから言うんだよ」
綺麗に笑い、自戒のように言うファイに目を見張った。
しかし、私はもう、あなたで十分“残される辛さ”を経験してる、と文句を言おうとした瞬間、視界がグラリと歪んだ。
メイリンちゃん!と悲鳴にも似た声が聞こえて、意識はそこからフェイドアウトしていった。
(堪えるならいっそ)
(泣いてしまえ、と願った)