日本国
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「小娘、俺に話していない事ってのはこれだけか?」
『いいえ、まだあるわ。
私の事、聞いてくれる?』
「約束したからな。言える日が来たんなら教えろ」
黒鋼の言葉に、思い出すのはレコルト国での事。東京での事。コーヒーみたいに苦い思い出の中に、そっと優しさのミルクが小さく混ざり合ってる。
『ファイには先に話したけどね、私この世界を知っているの。この世界って言っても、ここじゃ伝わり辛いだろうけれど。
えっと、私が生まれ変わって今の姿になったって言うのはみんな知ってるのよね?』
「うん、侑子から聞いたよ。
全部忘れちゃったメイリンに、お話ししてた時に」
「…メイリンちゃん」
東京で先に話していたファイは、心配そうに私を見ていた。あの後泣き喚いて気を失ったから、ファイの心配は当然だろうけれど。
私は大丈夫よ、と出来るだけ優しく微笑む。
『その生まれ変わる前、前世でね。私は日本人だった。日本国とも、次元の魔女がいるような日本でもない。あなた達を“書物”として、先に知っていたの。“あなた達の旅のお話”が大好きで、何度も何度も読み直した。
それを記憶して、今まで魂(ここ)に刻まれている』
懐かしい気持ちになって、目頭が熱くなる。
皆、困惑した様子が手に取るように伺えた。
そりゃそうだ。トリップの定番、だろうけれど急にこんなこと言われた誰だってびっくりする。普通は信じられないで終わる話だろうけど、私は今まで散々予知のような事をしてきた。
私がしてきた行いが、全てこの話の裏付けをしている。それに、皆戸惑っているんだろう。
『だから私は、あなた達の真名も、この先どうなるかも“知っている”』
放つ言葉を、どう捉えられるか不安で仕方なかった。
真名を知られれば魂の半分を掴まれたと同じだと、かの魔女は言っていた。
この先を知る私は、サクラを助ける時に必要なヒントや、悲劇を知る。避ける事だって出来るかもしれない。
しかし、総合して気持ち悪いと吐き捨てられるかもしれない。おまえは不要だから、とここに置いていかれるかもしれない。
それを怖いと思ってしまう。私は臆病だ。
「真名を名乗った覚えはねぇが、知っている。そういう事か」
『……ええ』
「ーーーーーなら別にいい。
おまえの阿保さ加減は身に染みてる。そんなモンで悪さなんぞしねぇだろ」
『え』
「まぁメイリンちゃんは、良くも悪くも素直で馬鹿だからねぇ」
『は』
「モコナ達の事大好きってコトすっごく伝わったーー♡」
『ちょ、ちょ、ちょっと待って!
これそんな簡単な事じゃないのよ!?
本来真名なんてそう易々とバラすものじゃないんでしょ?』
安易に受け入れられて、今度は私が戸惑う番だった。何故こんなにすっと受け入れられるの?
オロオロしてしまう私の手を、ファイがふんわりと取って、優しく握られた。
「皆、君を見てきたんだよ。
どんなに素敵で、優しくて、仲間想いか。君は仲間の為に涙を流せて、拳を握れる人だ。
記憶をなくしても、それは変わらなかった。だからオレ達はこうして笑っていられるんだよ」
「今は…居ないけど、もしサクラがここに居てもきっとメイリンはメイリンだって、ちょっと泣きながら言うと思うよ!」
「んなモンなら、早く吐いちまえばよかったんだ」
「黒ぽんデリカシーないなー」
「乙女心分かってなさ過ぎだなー」
「うるせぇ!」
すぐに何時もの雰囲気に戻ってしまった。
それが可笑しくて、愛おしくて、笑い声と一緒に涙が浮かび上がった。
けれど、まだ一言も発していない人がすごく真剣な顔つきで考え事をしていた。
『……ねぇ、小狼はどうしたい?
私はこの先起こる事を、知っている。そしてそれが決して良い事ばかりじゃないって事も。あなたの真名も、これまでの辛い日々も、勝手に“知っている”』
「…一つ、質問がある」
『何、かしら』
「貴方の知っている書物の中の、小狼達の旅に、貴方自身は描かれていたのか?」
この問いが来ると、心のどこかで思っていた。私が、この人達にちゃんとした形で伝える日が。
『私が知っている書物には、李苺鈴の存在は露ほども描かれていなかった。
私は、この旅ではプラスαの存在』
歪めてしまったのは、私の願い、だろう。
幸せになりたい、憧れの女の子のような幸せがほしい、と願ってしまったばかりに私は“私”になった。
それがこの人達にとっていいのか、悪いのか分からない。
小狼がどう言うかで、私はこの先着いて行けなくなるだろう。ここでお別れか、それとも元の世界に帰ることになるか。
どくんどくんと、嫌に心臓の音が耳につく。冷や汗が背筋と手に集中して、喉の奥がカラカラになる。
ーーーけれど、期待を裏切るように小狼は少し笑って口を開く。
「そうか、それなら貴方が知っている道筋になるとは限らないな」
『そ、れは、そうだけど』
「姫を、取り戻す為について来てくれるんだろう?」
『当たり前でしょ!
じゃなくて、小狼は平気なの?あなたがまだ話していない事も、後悔も私は知ってるのよ?
……小狼は、私が着いてきても平気?』
「あぁ、貴方がいると心強い」
その言葉が、どれだけ嬉しいかあなたは知らないだろう。その微笑みが、どれだけ喜びを与えるかあなたは、知らなくてもいい。
今はただ、この情けなく流れる涙が止まる事を祈ろう。味方だよ、と言われてるような優しい手の主は私にゆっくり笑いかけながら、透き通るような蜂蜜色になった片方だけの瞳を細める。
「だから言ったでしょ?
自分のがすっごく重たくても、メイリンちゃんの荷物くらいみんな持ってくれるって」
『本当ね』
その言葉が本当だと知るのは少し遅かったけれど、それでもまた大切な言葉が増えた。
キラキラした、宝石みたいな言葉の数々を宝石箱に詰め込んでぎゅっと抱きしめる。
そして、ついに最後の戦いへ向かう朝がやってきた。
魔女から旅に出る前に、と渡されたのは、李家の式服だった。朱色に染め上げられた、白の袖振りの、私の大切なもの。もうボロボロになってしまったけれど、袖を通すと気持ちが引き締まった。
姿見で式服を纏った自分を見て、思わずクスリと笑みがこぼれた。
『あれだけ形にこだわっていたのに、今じゃ別人みたいね』
肩口までの長さになってしまった髪を纏めて、気持ちばかりのお団子をつくり赤いリボンで結ぶ。なんだかごっこ遊びをしているみたいな姿に、また笑ってしまった。
仕切り直すように、一つ息を吸う。ぱちんっ、と弾けるように頬を叩くと袖に付けられた鈴が返事をするみたいに小さく鳴った。
着替え終わって神木の間へ向かうと、小狼以外揃っていた。元の服装をして。
ばさ、と背後から音がして振り向くと、桜舞う中で私達と旅をしていた小狼の服を着た、『小狼』が立っていた。
ボロボロの外套に、首に掛かっているゴーグル、そして強い意志が宿る琥珀色の瞳。
あぁ、“終わり”が始まるんだ。
〈モコナ〉
「はい」
〈玖楼国の止まった時間に行ける機は、一度しかない〉
「…はい」
〈四月一日が記憶を対価に貴方達に渡した飛王の居場所とこの機を逃さないで〉
切な願いを込められたその言葉が痛い程、こちらに伝わってきた。肺が、重くなる。
けれど、行くんだ。必要としてくれるから、あなたに会いたいから、あなたの笑顔がもう一度見たいから。
黒鋼より先に引っ叩いて抱き締めてやるんだ。
〈行きなさい、玖楼国へ〉
いつもより大きな羽が私達を力強く包み、風が頬を撫でた。
そして、最後の世界、切り離された玖楼国へ向かった。
(花の色は移り変わる)