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「誰だ」
突然発せられた低く唸るような声に、一瞬体が固まった。
頑張って抜き足差し足と近寄っていたのに、傷を負った野生の獣は衰えていないようだ。
スパーンと勢いよく襖を開けると驚いたように目を見開いている黒鋼がそこにいた。
当たり前だ、彼の自室なのだから。
「おまえかよ!」
『遊びに来たわよ!』
「自分の部屋に帰れ、そして寝てろ!」
『いいじゃないっ、あそこ広くて暇なのよ』
ずんずんと容赦なく部屋へ侵入する私に黒鋼は顔をしかめる。なんだよ、せっかく知世姫が居ない時を見計らって来てあげたのに。
「…体は平気なのか?」
『えぇ。絶好調、とまではいかないけどね。ずっと寝てたようなものだし。
て言うか、あなたに言われたくないわよ。一番の重傷者じゃない』
「問題ねぇ」
『そう、ならいいわね!』
寝台の上から、真正面に置かれている銀竜を眺めている黒鋼に指をさした。
『組手に付き合ってちょうだい』
「…あのへらいのとやってろ」
『イヤよ!あの人、私の髪を見ていっつも暗い顔になるんだものっ!
辛気臭過ぎて、ボコボコにしても楽しくないじゃない』
「いつも楽しそうにボコボコにしてるじゃねぇか」
『む、あらぬ誤解を受けてるわね。
よし、組手でその誤解を晴らしましょ』
「誤解じゃねぇっ!おまえが今証明しちまっただろうが!」
黒鋼が牙を向いて吠える。
なんだ、元気じゃないか。身体的に一番深傷を負っているからって、心配して損した。
取り敢えずごちゃごちゃ言っている黒鋼を引きずって、大きな広間に向かった。
ーーーーーーーー
天照さんが言うには、壊さなければそのまま使ってもいいと言っていたので、念のため、小狼と星史郎さんが戦った時のように、また知世姫に結界を張ってもらった。
これで壊しても文句を言われない。
「おい、本当にやんのか?」
『あったりまえでしょ。“全部忘れてたあの子”の時は全然運動なんてしてなかっただろうし、諦めて私の運動不足解消に付き合いなさい』
ぐっぐっ、と準備運動をしてる私に、棒立ちのまま黒鋼が言葉を投げる。乗り気ではないのだろう。ガシガシと頭をかいて、深いため息が流れてきた。
『…もし、万が一。黒鋼が勝ったら、私がまだ話してない事、話してあげる』
「ハッ、小娘が俺に勝つ確率なんてあんのかよ」
負けず嫌いめ。
ーーーーお互い合図なんてないまま拳をぶつけ合った。
一つ一つ放たれる打撃が重い。これを受けて片腕が機械だなんて、誰が思う?
打たれるだけは性に合わず、横から来る蹴りを軽くしゃがみ避けた。間合いに入り、腹へ目掛けて型通りの拳をぶつけた。
が、それも軽く受け止められ、私の腕を握り、壁へ目掛けて放り投げた。
突然やってきた衝撃に抗えず、壁に背中を打ち付けた。ガハッ、と無意識のうちに肺から酸素が抜けた。
『…ッあんたゴリラか!
普通女の子を片手で投げないわよ!』
「普通の女は鳩尾に全力で拳も入れねぇ!」
軽口叩き合いながら、私も黒鋼も警戒は解かない。それが武人として心地いいけれど、やっぱり叶わない。
立ち上がりながら、そう思った。
けれどこれは諦めじゃない、再スタートだ。
『雷よ』
私の手のひらに、誰かさんによく似た魔法陣が出て、びりびりと電気が走って行く感覚が私に伝わる。
『獣のように走り、厳格を示せ。
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落雷のような怒号をあげて雷が黒鋼目掛けて走って行く。威力は十分。
黒鋼は目を見開き飛び避け、私を凝視した。
結界を張っていたおかげで、壁に穴は空いてないようだ。
「…お、まえ。魔法が使えたのか」
『残念、ハズレよ。
昨日使えるようになったの』
「あの魔女に何を渡した」
『あはは、そんな怖い顔しないでちょうだい。これは前に払ってた分の、オマケみたいなものよ。
餞別、と言った方が正しいのかしら』
笑う私と、また眉間にしわを寄せる黒鋼。
組手を再開する空気じゃなくなり、如何なものかと思案していると、ふっと結界が解けた。
入り口付近にいたはずの知世姫を見ると、そこには着流しをきたファイがひらひらと手を振っていた。
あ、やばい。見られてた。
『と、とにかく、組手は黒鋼のーーーーーー…あ、れ』
「おいっ!」
「メイリンちゃん!」
言葉の途中でばたりと倒れた私に、二人の声が降ってきた。
魔力を使うと、こんなに体力消費が激しいなんて、知らなかった。力なく笑うと、視界が暗く意識は落ちていった。
ーーーーーー
「はぁー、馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、メイリンちゃんってホントに相当〜〜の馬鹿だよねぇ」
『一遍に三回も馬鹿って言わないで…』
「自業自得だ」
「メイリン起きても平気なの?」
寝台に座る私を取り囲むように、ファイ、黒鋼、小狼、モコナが顔を覗かせる。
何だかんだ心配げに顔を曇らせているのは、小狼とモコナだけだった。
ゔっ、この旅の良心…!!
『し、しょうがないでしょ?こちとら魔法使い初心者よ?』
「それでも病み上がりの体引っ張って、慣れない魔法使う言い訳にはならないよねぇ」
『もう!ごめんなさいっ!
ちょっと運動不足も兼ねて、黒鋼で試したかったの!試し切りしたかったの!』
「黒鋼は通販番組のトマトかっ!」
モコナの例えがうまい。けれどそうじゃない。私のイメージは刀だった。
決して深夜にやってる通販番組の、無駄に切られるトマトや、無駄に焦げ付かせるフライパンのことを言いたかったわけじゃない。
「…慣れるまではあまり無理な使い方はしない方がいい」
『……はぁい、善処します』
「懲りてねぇな」
「オレ達の肝がヒヤヒヤするから、本当に反省してね」
ぺちんっ、とファイからデコピンを喰らい、小さく痛いと呟いた。黒鋼のげんこつのせいで、ファイまで手足が先に出るようになったみたい。嘘の笑顔で躱されるよりマシだけれど、嬉しいやら悲しいやら。
「それで、なんでおまえが魔術を使える?
俺が知らねぇ事とは何だ」
『言ったでしょ?貰い物の魔力なの。
ほら、私の巧断の蝶々居たでしょ?』
「メイリンのパンチとかキックをすっごい力に変える蝶々さん!」
「あーー、居たねぇ」
『あれが魔力だったらしいのよ。
私を魔女の元に飛ばした奴から昨日知らされてね』
「力を増長する魔術から、力を創造する魔術に変わったのか…」
「やっぱりあれってそういう事だったんだぁ」
「ファイ気づいてたの?」
「まぁ何となくね」
ファイは気付いてたのか。流石と、思わざるを得ない。
何気なく手のひらを開いて閉じて、やっぱり魔力というのは不思議だと思う。
あんなに魔力無しと言われて絶望したのに、実際持ってみても、あまり変わらない。
周囲も、私も。
そして、同時に思う。
魔術を使い、髪を切った私は、記憶の中の〈李苺鈴〉と大きく違っている。
それでも私は李苺鈴だ。
李家に生まれ、小狼のいとこで婚約者で、中国拳法を得意として、クロウカード集めも少し手伝った。木之本さんの事が嫌いで、好きで、尊敬して、憧れた女の子。
それが、私だ。
(水面に映る、知らない私)