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「時を読み、場を読み、そして人の生筋を操り。待ち望んだ次元を刻んだ躯。
やっと手に入れたそ。それな帰らねば全てが無に帰すところだった」
サクラの躯を手に入れた飛王は不敵に笑みを深めた。
己の悲願達成が目の前に、ゆっくりゆっくりとサクラの頬を撫でる。
サクラを奪い去ったカイルは、ふと疑問に思う事をどうしようもなく不気味な主人に尋ねる。
「本体になったサクラ姫の躯は?」
「この写身を創った後、滅して消えた」
「!」
「やはり本体と同じ写身は、そう容易く創れるものではないらしい。この姫の写身は、あのクロウの血筋とは違う。魂と躯、どちらも写したからな。
しかし、それも先読みの内。こうなる事も読んで、あの者達やわ旅の供にしたのだ。
この躯と姫の魂があれば、次元を超える力が手に入る」
何事もなかったようにそう語る飛王に、カイルは背筋が凍るように身を固めた。
ーーーーーー
玖楼国へ向かうのはあと数日後、と魔女は言った。それまで、それぞれの思いを抱え、もどかしい思いの中彼女を思う。
私も、例に漏れずその時を思う。天照さんが用意してくれた自室を、月の光だけが見ていた。
最後の戦い。
そこで、私に何が出来るのだろう。
きっと助言をしても、意味をなさないだろう。彼らは私の言葉を聞くだろうけれど、それよりも己の心で動くから。
だから、そんな彼らに少しでも力を貸してあげたい。微々たる、小さな願いでもいいから。彼らの運命を切り開く力を、私も信じたいから。
『それでも、私には力が圧倒的に足りない。手のひらから大切なものを守り抜く力が、私にはない』
あるのは、ぼろぼろの式服と中国拳法と、次元の魔女からもらった巧断だけ。
色んなものを失って、てのひらに残った力はそれだけ。
ぎゅっと力なく拳を握った。
すると、部屋に飾られていた鏡が月の光を反射させた。きらりと、視界の端に留まる。
なんだ、と思ったけれど、その疑問はすぐに解消された。
〈やぁ、お久しぶりですね、苺鈴さん〉
『……何の用かしら、柊沢くん』
〈旅に出て幾分か変わったのかと思えば、相変わらずドライですね〉
『こんな時に、そんな嫌味を言いにきたのなら即刻切るわよ』
飾り鏡に映るのは、涼しげな笑みを浮かべた柊沢エリオルだった。
こんな状況でイタ電は、シャレにならないから本当に帰ってくれ。というか、モコナ通さず通話してくるって反則か。
〈いえ、貴方に次元の魔女とクロウ・リードからの遺品を届ける為に、ご連絡しました〉
『遺、品…』
先程話した魔女からは、そんな雰囲気微塵も感じなかった。けれど、私はこの人達の思いも過去も知っている。
もう戻らない、あの人達を一方的に“知っている”。
〈そんな重く取らないでください。
今後、魔女は居なくなるでしょう。そして、貴方ときちんと話す機会も、もう無いはずです〉
『……そう、ね』
〈だから私に言伝を頼んだ、そう捉えてください〉
『貴方が、遺品なんて言うからでしょ』
〈二人とも居ないのだから同じ事だ。
失ったものは、戻らない。
………ところで、貴方は失ったものは皆、一定であると思いますか?〉
何処かで聞いたことがある言葉を、柊沢くんはフラットな音で言った。
失うものは皆一定なのかは、分からない。
黒鋼は父と母、そして領地と片腕を。
ファイは理不尽な理由でもう一人の自分と、愛を教えてくれた王を腕の中で。
小狼は己が望んでしまった結果、最愛の人が再び同じ最期を辿り、世界を歪めた結果、長い長い時間を。
サクラは最愛の人の記憶を。
私も、色んなものを失った。
憧れていた普通の女の子の幸せ、憧れていた女の子への想い、前世での幸せな記憶、あの人との、記憶。
優しく甘く、厳しい阿修羅王の手。
『けれど、色んなものを手に入れた。
辛いこともあったけれど、手に入れたこの幸せを、この人たちを守りたい。
それでも、この幸せを守るための力は私にはない。女の私の中国拳法じゃ、守れるものは少ない。
手の中にある幸せが零れ落ちていくのは嫌だ。私はもっと別の力が、ーーーー魔力が、欲しい』
〈それが、貴方の答えですか?〉
『えぇ』
〈ではその願い、叶えましょう〉
次元の魔女のような口振りで、柊沢くんはいつもの身の丈程ある杖を振り降ろすと、飾り鏡の中から黄金の蝶々がひらりと飛び出した。
『……どうして、ベルが』
〈それは元より、クロウ・リードの魔力の一部でした。それを貴方にと、次元の魔女へ預けていたのです。
それは魔力の源。貴方がどうあるかを決めれば、その蝶は力になります〉
『対価は、』
〈もう貰っているでしょう?
ーーー貴方が生まれ変わる時に〉
そう言われ、ハッとした。
私は、生まれ変わる時に重い対価を払ったのだ。払い過ぎだ、と魔女にも言われる程の記憶と死体。「貰いすぎても、払い過ぎても駄目だ」と言われたけれど、私には払えるものなんてそれしかなかった。だから、魔女にまた困ったら助けてくれ、と願ったのだ。
『…ったく、あなた達はどこまで』
〈貴方に帰ってきて頂かないと、私が李くんやさくらさんに怒られてしまいますからね〉
『ーー終わったら、必ず帰ると伝えて』
ひらひらと舞う黄金の蝶々は、寄り添うように私の人差し指に留まった。
〈貴方の生に、幸多からんことを〉
眼鏡の奥で笑う彼は、やはりクロウ・リードによく似ていた。
飾り鏡には、もう何も映されていなかった。
きっとこの鏡は、知世姫が置いたのだろう。この会話をさせる為に。
『色んなものを、背負わされるわね…』
「それでも、キミは歩みを止めないんだろう?」
突然聞こえた声に、私は驚かなかった。
月光の陰に隠れて、顔はよく見えないがもう分かる。いくら謎めかれても、最後まで残っていた点と点なのだから、そこが結び付くことくらい、記憶をなくしていた私でも分かる。
『やっぱりあなたがガーネットだったのね、ベル』
「この姿でも、俺の事そう呼んでくれんだね。嬉しいなァ」
『違和感が凄まじいけれどね』
つんと答え、私が腰掛ける寝台の横に飄々と立っているのは、夢の中に出てきたガーネットと名乗る男だった。
桜都国で営んでいたカフェに足繁く通っていた風態そのままで笑うその仕草は、胡散臭さがにじみ出ている。
「いつから気付いてたの?」
『今さっき。柊沢くんがあなたを鏡から飛び立たせた時にやっとよ。
それに言ってたでしょ?ガーネットは偽名だって。あなたの真名は“ベル”だもの』
「ソーネ。名前をつけるって事は、使役するって事だ。だから俺はキミの夢の中にいた。
キミが俺をちゃんと必要とするまで」
『私が魔力として、あなたを望んだら消えてしまうの?今まで通りでは、なくなってしまうのね?』
疑問符はあるけれど、この言葉はどこか確信めいていた。
私とベルが溶け合って、一つになる。
私の、糧となる。
「キミの心が彼のものであるように、俺はキミのものだ。キミの力になるために、俺はひらひらとキミの指先に飛んできたんだよ」
だから、そんな悲しまないでと、私の頬をそっと撫でる。ふんわりと、花の匂いがした。
いつも、いざという時は助けてくれて、力になってくれて、助言をくれて。
私の一番近くにいた、綺麗な蝶々。
『……ありがとう、ベル。
私は皆を守れる力が、魔力が欲しいわ』
ベルの体が無数の黄金の蝶になって、私の体に流れてきた。暖かさが胸いっぱいに溢れて、涙が止まらない。
「運命なんかに、負けないでね。
ーー俺の可愛い
月の光だけが、一人になった私の涙を見て見ぬ振りをしていた。
(雲隠れにし、夜半の月かな)