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煙の中からゆらりと立ち上がったのは先程私が飛び蹴りをかました星史郎だった。
「おや、貴方もまた随分変わったようですね」
『飛び蹴りしたんだから咳の一つでも零したら如何かしら?』
何事もなかったように笑顔で歩いてくる。
そこそこ威力のある、しかも不意打ちでの攻撃だったのに。この人本当になんなんだ。
思わず冷や汗が垂れた。
「綺麗で艶やかな髪だったのに、勿体無い」
『なっ…』
ふと、私の髪を一房持ち上げて、躊躇なく唇を落とす。あまりに突飛な行動過ぎて固まってしまう私に、星史郎は笑みを深めた。
ジャキン、と鋭利な音が背後から聞こえると同時に、私は後ろから引っ張られた。その瞬間、星史郎は後ろへ避けていた。星史郎のいた場所には、鋭く長い鉤爪が空を裂く。
後ろを振り返ると、ファイが金色の、鬼のような眼で星史郎を見つめている。
雰囲気とは一転、背後でこそこそと話す声が聞こえる。
「お兄様ですか?」
「ええ、困ったひとで。
人のもが大好きなんです」
「まぁ。うちの姉も…」
「どうだというのですか」
「おほほほほほ」
「人にものを訪ねる態度かそれが」
「君がいうか?」
「うるせぇ!」
「だね」「「まったくですわ」」
「だからうるせぇってんだ!!
『いや、あなたの声が一番うるさいわよダントツで』
なんだか状況とは裏腹に、懐かしいような言い合いの所為で和んでしまったじゃないか。
「失礼、では改めて。
双子の吸血鬼に会ったんですね」
「こことは別の世界、東京で」
“東京”の言葉に、体が無意識のうちに強張って、肺が重くなり、眉間にはシワが濃く刻まれた。
思い出すのは、サクラの悲鳴。ファイから溢れ出す血と水の匂い。黒鋼から感じる焦燥感。そして、小狼の無慈悲な、温度の感じない眼差し。
私は途中までしか知らない。けれど、きっと“物語”通りに進んだのだろう。道筋通りに、事は進んだのだろう。だから、皆眉をひそめて、苦く重い表情をしている。
白い佇まいにポッカリと浮かぶ、ファイの眼帯が何故かその時だけ視界に入れるのが痛かった。
ーーーーーーーー
小狼が、星史郎が持っていた羽根を掴んだ時にどす黒いものが溢れ、神木の中へ吸い込まれて数十分。
知世姫は小狼が夢の中へ向かったのだと言った。そして、小狼は、吸い込まれる直前「サクラ姫と一緒に、戻ってくる」と言い残した。
残された私達の目の前には、どくんどくん、と脈打つ桜の神木と、そこに眠れるサクラだけ。黒鋼とファイは心配そうにハラハラしているが私は下唇をぎゅっと噛みしめる。
「メイリンさん。
そんなにしていたら、血が出ますよ」
『星史郎、さん』
「おや、そう呼んでくださるんですね」
『当たり前でしょ。
最初は、まぁ記憶が無かったせいで恨み言吐いたりもしましたけど。…私よりも前から、こんな風に小狼の為に歯痒い思いをしてきた先輩なんですから』
「先輩ですか、いい響きだ。
君は、彼らのように待たないのですか?」
『私には、ああやって無垢に信じることは出来ません』
彼ら、ファイ達のように待つなんて私には出来ない。信じる、というのは信じる側の願いも含む可能性があるからだ。
私が小狼達を信じて、望むような未来を描くという事は、絶対的に何かを犠牲にする必要がある。私の知っている道でさえ、犠牲があるというのに。
だから、私は彼らを信じる事はしても、彼らに優しい未来を信じてはいけない。願ってはいけない。願うと、行動を起こしてしまうから。私が言葉一つでも彼らに伝えると、未来は変わってしまうから。
「難儀ですね」
『全くです』
目を細める星史郎は、どこか遠くを見ているようだった。それは一人の師としてか。それとも、同じような境遇の私に感化されてなのか。ただ一つ言える事は、ひらりと舞う桜は、心境に似合わず綺麗だった。
ーーーーーーーー
「願いがあります」
傷だらけになりながら、小狼は画面の向こうの次元の魔女へ告げる。
願いがある、と。春の桜のように突然いなくなってしまったサクラを、取り戻す願い。
「さくらの居場所を教えてください」
〈……どっちの
「どちらもです。さくらは絶対、死なせない」
その言葉を聞いて、ハッとした。眠気まなこに冷たい水を浴びたように、目を覚ました。
私はいつも世界に怯えていた。世界の強制力ともいえる絶対的な力に。そして、その反面、大きく揺れ動く運命に。
何をしても変わらない悲劇に。ふいに呟いた言葉で変わる結末に。けれど、そんなもの、人の意思に比べればどうって事ない。
さくらを絶対死なせないと、運命に抗う小狼の、強い瞳を見るとてこでも動かない気がしたからだ。運命なんて不可視なものを怖がっていた自分が馬鹿みたいだ。
こんな簡単な事、どうして気がつかなかったのか。
〈教えたとして、他の三人はどうするの?〉
「行く」
「行きます」
〈…メイリンは?〉
『行くわ』
人の想いは、何よりも強いだなんて。
初めから知ってたはずなのにね、木之本さん。
〈では、対価は。
…既に受け取っているわ〉
「だれに?」
〈小狼と誰より近いひと。そして、貴方達と一緒に旅した姫と同じ対価を過去にあたしに払っていた〉
「姫と同じって事は…」
『記憶、とても大切な』
〈そして本人は、自分の過去も両親の名前も、この対価を渡した事さえ忘れている。
貴方と同じ、願いの為に〉
瞼を閉じて映るのは、四月一日君のあどけない横顔だった。彼も自分自身が傷つく事を何ともおもわず、周りを守ったつもりで傷つけていた。旅をし始めた、最初の頃の小狼のようだ。
〈飛王は夢の為に人の魂を集めていた。だから、その魂の行き先を追えば居場所は分かる〉
私も一歩間違えば、その餌の一つになっていたかもしれないと思うと、ぞっとした。
「魔力を持つものが相手の居場所を知るという事は、自分の居場所も知らせる事になります」
〈……えぇ。
この店は、来るべき日の為に作ったもの。そして、あたしもその日の為にここにいる。
ーーーー飛王が居るのは玖楼国よ。“切り取られた時間”の中の…ね〉
(運命の傾く音がした)